後日談と言う名の公式二次創作のはじまりです。
盛夏(1)
「終わっ! ……おっと」
図書館の一角に設けられた勉強スペースで大声を上げかけた蒼は、慌てて口を閉じた。周囲からの咎めるような視線が蒼に刺さるが、それらは数秒と保たず逸れていく。口内で暴れる感情が鎮まるのを待って、ため息に変えて吐き出した。
「……ふう。あぶねえあぶねえ」
「お疲れ様、アオイ」
ポーズめいて額を拭う蒼を、正面に座る出流は労う。夏休み当初は山のように積み上がっていた課題を必死にこなし、八月中旬に入って漸く終わったのだ。解放感から大きな声の一つくらい上げたくなるのも、無理からぬ事だった。
「でも思ったより早く終わっちゃったから、外はまだ暑いかなあ」
「適当に涼んでから帰るか」
蒼と出流は一時間ほど、各々興味のある本を読んでから図書館を出た。
日が暮れて幾分か暑さがマシになった図書館からの帰り道。蒼は右手で持った学生鞄を肩にかけ、蒼の右を歩く出流は両手で鞄を前に持って歩いていた。
二人は、気さくに今後の予定を話し合う。
「宿題全部終わったしよ、流石にそろそろ遊びてえな」
「良いけど、何かアイデアは?」
「ンなもん夏の風物詩があるだろうが。海だよ海! 海行って泳ぎまくる! これしかねえ!」
「………プールじゃ、だめ?」
「ダメに決まってんだろ! 今までずーっと室内でチマチマチマチマ宿題やってたんだぞ? 外で遊ばねーとバランス取れねーだろうが!」
蒼は手を戦慄かせて天に吠える。インドア派の出流としては外で遊ぶのは好きではないが、宿題の山でフラストレーションが溜まっているのも事実。蒼が望んでいることだし、偶には動き回るのも良いかなと思えた。
「わかったわかった、じゃあ海に行こうか。でも海となると少し遠出になるし……そうだ」
「どうした?」
「せっかくだし別荘使おうかなって。それならゆっくり休んで海いっぱい楽しめるでしょ?」
「別荘? そんなの持ってたのかよ」
「少し前に買ったんだって」
「それはありがてえけど……使っていいやつなのか?」
「お父さんに確認して、事前に清掃とかしてもらってだから……んーと、来週くらい?」
「十分早えよ。……しかし、別荘か。別荘ね……」
蒼は少し遠い目をして、出流が自分とは格の違う金持ちの家系であることを再認識する。
豪邸に住んでたり、使用人がいたりと色々知ってはいる。だが、それらは次第に慣れるもので。新たなブルジョワ要素が出てきたことで新鮮な衝撃を受けていた。
蒼は再び出流の顔を見る。黒髪に目元を隠した彼はキョトンとした表情で蒼を見返していた。
(コレ、他人から見りゃあ財産目当てとか思われちまうのかな。まあ、良いさ。言いたいやつには言わせときゃあ良い、うん)
「アオイ?」
「あ、いや。何でも。ま、まあそういうことなら、使うか! 別荘行って一泊二日か何かして遊び倒してやろうぜ!」
「そうだね。昼前に家を出て、午後は海で遊んで、夜ゆっくり休んで二日目に帰る……ちょっとした旅行みたいなものかも」
「いいなそれ。っていうか別荘ってどこにあんだよ」
「ええっと……ごめん、帰ったら確認するね」
「おう頼むわ」
蒼と出流は道すがら、旅行の予定を話し合う。程なくして家に着いた二人は、続きは通話で行う事にして一旦別れた。
夕食後、蒼は出流とオンラインで予定を詰めていく。何時にどこで集合するか。ご飯はどこで食べるか。外食するなら予約を取るべきか。別荘の近辺で何かイベントはやっているだろうか。
話し合う事はいくらでもあって、でもその全てが楽しい。旅行は予定を決める時が一番楽しいなんて夢のない話をよく聞くが、そうかもしれないと蒼は思う。出流と何処へいって何を食べて、何をして楽しむか。話し合うだけで情景が自然と目に浮かんで、もう既に行った気分にすらなってしまう。
この旅行の楽しい所だけを味わっているかのようで、本当に当日楽しめるのかちょっと不安なくらいだった。
飛ぶように時間が過ぎて、気がつけば日付が変わる直前。ある程度の予定が定まった所で、一度解散の流れになった。
「おやすみ、イズル」
「うん、おやすみアオイ」
通話を切ろうとした蒼の指が、出流の思い出したような「あ」の一声で止まる。蒼はスマホに表示された切断のボタンから指を離した。
「イズル?」
「………」
スマホの向こう側から返事がない。通話とは関係の無い話かと思ったが、それならそれで出流は訂正してくる筈だ。
ややあって。
「……えっと、楽しみに、してるね。その、それだけ」
「? おう。じゃあ切るぞ」
「うん」
蒼は今度こそ通話を切る。切って、怪訝な表情を浮かべた。
(なんか歯切れ悪かったな。楽しみは楽しみだろうに、何をそんな―――あっ)
出流の考えそうな事を想像した蒼は気付いた。海に行くと言うことは。海で泳ぐということは―――水着姿になるということを。
「ハッ、見たいなら素直にそう言えっつの」
言いながら蒼は口元のにやけを自覚する。不思議と悪い気はしなかったからだ。
「ま、求められてるんじゃあしょうがねえ。とびっきりの水着を選んでやるさ」
蒼は頭を掻きながら椅子から立ち、拳を握りしめて壁の向こうの夜空を見る。
(キノがな!)
蒼のファッションセンスは成長途中だった。
本編完結後、活動報告で予告していた後日談の「もう一つのネタ」改め「夏の小旅行」編、開幕です。
……ちなみに時系列で言うと「アルバイト」編の後になるのですが、アルバイト編は…………
へへっ。
次回は2日後の18時に投稿予定です。
本作にR-17.9のタグあった方が良いと思いますか?
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