アオイとイズル   作:東雲。

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このくらいならR-15の範疇……たぶん。


盛夏(3)

 出流の喉はカラカラになっていた。暑さは勿論あるだろうが、主要因はそちらではなく緊張である。

 

(きゅ、急にとんでもないことに……!)

 

 水色のレジャーシートの上に、蒼はうつ伏せに寝そべっていた。その腰のあたりに膝を向けて正座した出流は、震える指で蒼の長い髪を背中から除け、クリーム状の日焼け止めをすくい取る。滑らかな触感が指に纏わりつくと、これからすることの実感が一段と重みを増し、乾いてへばりついた喉をごくりと鳴らす。

 出流は目線を水平に――蒼の艶めかしく見える背中を意識しないように――向けて、蒼に問い直した。

 

「ア、アオイ……本当に、その……いいの?」

「しょうがねえだろ……背中だけ焼けるなんて、みっともねえ真似できねえし……」

「ぼ、僕。こんなことしたこと無いし……失敗するかも」

「俺がやるよりはマシだよ。良いから早くしろって」

「う、うん……」

 

 大神は空気を読んでどこかへ行ってしまったため、今この場には蒼と出流のふたりだけ。降って湧いた強制スキンシップに出流は完全に及び腰だった。蒼の肌に触れるのは――漠然とだが――もっと先だと思っていたから。

 端的に言うと、心の準備が全く出来ていなかった。

 

 いっぽうの蒼も出流と似たような心境だった。まさかこんな状況で出流に肌を許す事になろうとは夢にも思わなかった。シチュエーションにかこつけて不埒な行為に及ぶような奴ではないと信じているが、そうでなくとも他人に背中を直接触られるのは十七年の半生で初めてである。色々と不安は拭いきれない。

 

「じゃ、じゃあ。いくよ……」

「こ、こいっ」

 

 蒼はぎゅっと目をつむり、その瞬間に備える。心臓の鼓動がだんだんと早まって、どくどくと強い音が嫌に大きく耳に響く。波の音に意識を向けて待つこと十数秒。蒼が少し焦れてきたその瞬間だった。

 

「ひんっ」

 

 ぬる、と。

 少し冷たいクリームを纏った出流の指が、蒼の背に触れる。

 

「あの、アオイ。声」

「う、うるせえ早くしろ」

「わ、わかった。えっと……こういう感じ?」

 

 背中の中央辺りに乗せたクリームを、出流の指と掌が優しく伸ばしていく。

 

「んうっ」

「また――」

「いっ、いいから! ……さっさと終わらせてくれ」

「が、がんばる……」

 

(畜生、なんだこれ恥ずかしすぎる……! 出流に触られるたびに変な声が勝手に……!)

 

 蒼は、妙に敏感な己の肌に憤りを抱き、口を両手で覆って強引に声を殺しにかかった。

 だが、出流の手がもたらす刺激は、真綿で首を絞めるように蒼を追い詰める。

 

「んふっ……んぅっ、っ!!」

 

 出流の指が蒼の背を這う度に、ぴりりと弱い静電気のようなものが蒼の背筋を駆け抜け、蒼の鼻から甘い息が漏れる。流石に鼻まで抑えては息が続かないため、蒼もそっちばかりはどうしようもできない。

 

 出流は両手で、蒼の背中のクリームをまんべんなく伸ばしていく。蒼の反応をなるべく意識しないようにしつつ、一刻も早くこの甘ったるい地獄から抜け出すために。

 

 ぬるぅ―――、と。

 出流の両手が、蒼の背中を上から下に撫で下ろす。

 同時に、蒼の脊椎をそれまでの比ではない電撃が突き抜けた。

 

「~~~~っ!」

 

 蒼は薄桃色の電流に腰を跳ねさせるが、これもまだ序の口。きちんとムラなく塗るべく、出流は再び両手を首筋まで動かして塗り上げる。

 

「ふーっ、ふーっ!!」

 

 出流は至って真剣だし、蒼もそんなつもりは毛頭無いのだが。

 もしもこの光景を見た者がいたのなら、何かの撮影か特殊なプレイにしか映らなかっただろう。

 

 ビキニに触れるギリギリのラインまでクリームを伸ばし、くびれを掴んだ両手を脇の下まで持っていく。今度は背筋のでっぱりと手首のくぼみを合わせるように掌を押し当て、一直線に背骨の上を滑らせる。

 

「っ、……っ! んっく……!」

 

 蒼は目尻に涙を滲ませながら本能で察知する。これ以上はまずいと。

 だが止めようにも、両手で口を抑えているため声を上げられない。手を離せば済むことだが、その瞬間言い逃れのできない声を上げてしまう気がしてできなかった。

 

(そういえば、これどこで終わるのが正しいんだろ……?)

 

 片やの出流も止めどきを見失っていた。出流の見立てではもう十分塗れていると思うのだが、実際のところがどうなのかがわからない。手を離した瞬間怒られるのではと思うと、完璧を目指す他に道はない。

 ……もしくは、蒼のなめらかな柔肌をもっと堪能したいという欲があったのかもしれないが、少なくとも出流はそれを自覚してはいなかっただろう。

 

 あるいはいくところまでいっていたかもしれないその行為は、蒼のアクションによって唐突に打ち切られる。

 

「………ッ!!」

「わっ!?」

 

 足を大きくバタつかせた蒼の抗議に、出流は思わず手を離す。

 

「――ぶはぁっ。………水分!」

 

 蒼は口を覆っていた手を離し息を吐いたかと思うと立ち上がり、ずんずんと歩いてクーラーボックスからアルミ缶入りのスポーツドリンクをひったくるように取り出して呷る。涼やかな喉越しと淡い果実の風味が心身を急速にクールダウンさせてくれた。

 

 桃色の空気が頭から抜けると、入れ替わるように雑多な不満が立ち込める。それは妙に感度の良い自分の身体に対してだったり、あるいは漠然と世界そのものへ対してだったり。

 

「イズル」

 

 蒼は一息に飲み干した空き缶を持ち帰り用のビニール袋に放り込むと、背後の出流に振り返らずに口を開いた。

 

「まずは、ありがとよ」

「あ、うん。どういたしまして」

「で、だ」

 

 蒼は出流に背中を向けたまま続けた。単純に今の顔を見られたく無かったためだが、出流からすればさっきまで自分が散々触り倒した部位を見せつけられて落ち着かない。

 

「お前がそういう奴じゃないってのは知ってるし、頼んだ俺が全面的に非があるのも頭じゃ分かってる。でもな、感情がどうにもならねえから……一言だけ言わせろ」

「う、うん?」

 

 蒼は体ごと振り返り、正座を崩して横座りになっている出流に向けて、上体だけをぐうっと倒し据わった目つきと朱い頬を間近で向ける。

 

「ヘンタイ」

「えっ」

 

 それだけ言い終わると蒼は海に向かって歩き出す。腕を十字に重ね肩関節を伸ばすストレッチをしながら。

 

「っしゃ! 遊ぶぞイズル!」

「えっ、あの……えっ!?」

 

 出流は突然の一言にも、そこからの蒼のいつもの調子にも付いていけないまま、慌ててTシャツを脱いでから蒼の後を追って海へと走った。




これもまた起きるべくして起きたスケベです。

次回も明日の18時更新予定です。
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