アオイとイズル   作:東雲。

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ちょっと長いかなと思ったので二分割。


受容(1)

 蒼が女性になって三週間が経ち、()()はすっかり学校に馴染んでいた。

 元々蒼は、学力的には背伸びしているこの高校で何人も友達を作れる程度にはコミュニケーション能力が高い。アウトドア系もインドア系もどちらも好む多趣味な蒼は他人との接点が多く、それを会話の切っ掛けにできる主体性もある。

 男の頃は強面や体格の厳つさがマイナスになってとりわけ女子には避けられがちだったが、その容姿がとんでもないレベルのプラスに働く今、蒼は一躍クラスの人気者になっていた。

 

 休み時間の度に蒼の周りには常に性別を問わず数人の友達が集まり、そのグループごとに異なる話題で盛り上がる。今はクラスの女子達にメイクを教わっているらしく、出流はその様子を自分の席から眺めながら、頬杖を突き煩悶としていた。

 

(アオイ……)

 

 別に今更、蒼の人気に嫉妬しているわけではない。それ自体は予想できた事だからだ。出流が悩んでいるのは、自分自身の変化についてだった。

 

 出流は脳内で蒼の姿をイメージしようとする。三週間前までの男だった頃の蒼の姿を。

 だが、うまくいかない。目つきも顔立ちも輪郭がぼやけて定まらず、挙げ句今の蒼に収束していく。出流の脳内で『五十右 蒼』とペアリングされた人物像が置き換わりつつあった。

 

(なんか……やだな、こういうの。僕、そんな薄情者だったのかな)

 

 無二の親友であったはずなのに、その顔も声もたった三週間で忘れてしまう。心の大部分を占めるものが崩れていく感覚が、出流の気持ちを沈ませる。

 なんなれば、蒼の他の友達はどんな気持ちで今の蒼と接しているのか聞きたいくらいだった。だが出流には『友達の友達』に話しかける勇気はないし、彼らなりに折り合いをつけているのだろうと思うしか無い。

 

 そうでなくとも出流にはもう一つ、耐え難い自らの変化があるのだから。

 

「イズルー! 見ろよメイクしてもらった俺の顔! ますますイケてんじゃね!?」

「五十右さん、素が完璧過ぎてメイクのし甲斐なかったけどね……」

 

 楽しげな笑顔と共に蒼が近づいてくる。出流は反射的に顔ごと逸らした。

 

「う、うん。似合ってるんじゃない、かな!」

「ちょっとしか見てねえじゃねえかよ。もっとよく見ろオラ!」

 

 蒼は出流の頬を両手で押さえ、自分の方に向けさせる。目が潰れるかのような美しさを至近距離で浴びせられた出流の顔が発火する。

 

(指ひんやりして……じゃなくて、か、顔が近い……!)

 

 普段と比べて頬に少し赤みが増して目元がよりくっきりしている。そのせいか、元来の蠱惑的に魅力的な瞳が更に強調されて目が離せなくなる。

 

「う、あ……め、目元をメイクしてもらったの……?」

「おう! アイ――なんとかってやつ」

「アイシャドウね」

 

 ついてきた女子が補足してくれたが、出流は全体的にそれどころではない。

 

「ほ、ほっぺも?」

「ああ。えっと……ファウンデーションだったっけ?」

「それ財団……。あと塗ったのはファンデーションじゃなくてチーク」

「そうそれ」

 

 女子と談笑する蒼の横顔。朱を差した頬と紺の瞳のコントラストが美麗で、出流の顔にどんどん熱が集まっていく。精神的に限界に達した出流は、下から蒼の腕を跳ね上げた。

 それと同時にスピーカーから響いた予鈴が、昼休みの終わりを告げる。

 

「ああもう、大変よろしいんじゃないかと思う! これでいいでしょ! 授業始まるよ!」

「ハハっ、ごめんごめん。じゃな!」

「ふふっ」

 

 蒼は愉快げに笑いながら、女子は微笑ましげな笑みを零してそれぞれの席に戻っていく。外に出ていたクラスメイト達がぞろぞろと戻ってくる中、出流は深い溜め息をついて机に突っ伏した。

 

「はぁぁ……」

 

 顔が熱い。鏡を見るまでもなくきっと耳まで真っ赤になっていることだろう。心臓がバクバクと早鐘を打ち、寿命が年単位で縮まった気さえする。

 無機質に冷たい机が今は実にありがたい。熱暴走を鎮め冷静になっていく出流の心を占めるのは、悔しさと自己嫌悪だった。

 

 

 無二の親友の過去の姿を忘れる以上に耐え難いこと、それは―――今の蒼を、異性として意識してしまうことだ。

 

 

 最初の一週間は、蒼は男だと思えていた。その容姿も、ゲームのアバターのようなものだと、『本来の姿(リアル)とは別のもの』だと捉えていた。だから、軽率に褒めることも出来た。

 

 だが時間が経つにつれ、蒼への認識が変わっていく。今の蒼の姿が本来の姿だと感じるようになって、次第に蒼の顔がまともに見られなくなって。

 出流はどうしても、その変化を認められなかった。

 

 友情が愛情に捻じ曲げられていくようで。

 『お前の親友への想いなんて所詮この程度だろ?』、見えない誰かに嘲られているようで。

 

 それが、心の底から悔しくて堪らない。その悔しさと同時に募るのが自己嫌悪だ。

 

 出流は机に伏せた顔を横に向けて、斜め前方の席に座る蒼の横顔に目をやる。さっきまで散々にからかわれてまだドキドキしている出流をよそに、蒼は授業に集中してすっかり学生モードだ。

 

(アオイは、僕をこんな風には意識してないんだろうな……)

 

 先の気安さからは、そういった気配はまるで感じ取れない。蒼を意識しまくっている出流に対し、蒼は今も変わりなく、出流のことを親友だと思っているのだろう。

 

 異性として意識されていないことが悔しくて――そのままでいてほしい。

 僕以外の誰かの物にはなってほしくないけど――僕が付き合うのは先の理由から怖い。

 

 身勝手で醜い感情が、出流の心を淀ませる。

 

 全部アオイに打ち明けて楽になりたい。でも、それで何になるのか。アオイを困らせるだけじゃないのか。

 

「―――ル、イズル」

 

 家族には言えないこと。アオイにさえ――むしろアオイにこそ言えないこと。胸の中に積もったもやもやが出流の心に重く伸し掛かる。

 

「イズル!」

「のわっ!」

 

 耳元で響いた蒼の声に、出流は思考の沼から引き上げられる。隣を見上げるとカバンを肩に掛けた蒼が出流を見下ろしていた。

 辺りを見回すと皆放課後の予定を話し合いながら帰り支度を始めていて、そこでようやく出流は午後の授業が全部終わっていたらしい事に気づいた。

 

「ボーっとしてんなよ、帰るぞ」

「え、あ、うん」

「後、今日俺んち寄ってくれよ。宿題助けてくれ」

「え、あ、うん。―――えっ?」

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