アオイとイズル   作:東雲。

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当初は分割投稿予定でしたが、いい感じの区切りどころがなかったので纏めてしまいました。


盛夏(4)

 アクシデントこそあったものの、以降は大きなトラブルも無く二人は海を満喫した。

 水泳勝負をしたり。

 

「っしゃあ勝ったァ!」

「ぶはっ、ぜえっ、はあっ……凄いねアオイ、女の子になっても敵わないや」

「ははっ。ま、こういうのは培ったセンスが物を言うところあるし? 体力があれば良いってもんでも―――」

「……アオイ?」

 

(Tシャツ着てるときはわからなかったけど、腹筋普通に割れてんだな……あれ? イズルってこんながっしりな身体してたっけ?)

 

「アオイ?」

「っ! ななんな何も見てねえよ!!?」

「何も言ってないけど」

 

 出店の行列に並んで昼食を食べたり。

 

「おかしい……俺達は焼きそばだけ頼むつもりだったのに、何故フライドポテトまで……?」

「並んでると漂ってきたよね。カレーっぽい香り」

「アレは反則だろ……勝てねえよ……」

「でも買ってよかったって思える美味しさだよ。はいアオイ」

「おう。……んむ。むぐ、んぐ。……ま、小でも旅行だもんな。金使ってナンボってやつか」

「感動は一期一会だね」

 

 


 

 

「なあ、イズル。白波瀬の一件があった以上お前が俺を心配したくなるのもわかるんだけどよ」

「うん」

「流石にトイレにまで付いて行くなんて言わねーよな?」

「もちろん。外で待ってるね」

 

 海水浴場に併設されたトイレの近くで、蒼と出流は一旦別れる。というより、催した蒼に出流がくっついてきた形だ。

 出流はじりじりと肌を焼く炎天を避け、トイレの出入り口から見える日陰に退避する。

 彼をここまで過保護にさせる原動力は唯一つ、それは(主にマンガ等で得た偏見に基づく)危機感である。

 

(こんな浮かれた場所でアオイを一人にしたら、絶対にナンパとかされるに決まってる!)

 

 蒼は言うまでも無く最高の美少女だ。蒼本人も認めているし、彼女を一目見れば誰もがそれを理解するだろう。事実、蒼が少し浜辺を歩くだけで老若男女問わず周りの視線を釘付けにしていたのを出流は知っている。

 だからこそ、彼女の美貌に群がる存在に細心の注意を払うべきなのだ。それを怠ったからこそあの事件は起きたのだから。

 

 海は楽しい場所だが、だからこそ浮ついた男共も少なくない。彼らの毒牙から、蒼を守る義務が自分にはある―――と、出流は思い込んでいた。

 

(ただのナンパならアオイだって断るだろうけど、白波瀬くんみたいな悪い人もいるかも知れない! 僕が近くにいればアオイを守れる!)

 

 と熱意を燃やしたは良いものの、その熱意を焦がすような熱気の中であてども無く待つ行為ほど退屈で長く感じるものはない。真綿で首を絞めるような苦しみの中、全身から汗として抜けていく水分を清涼飲料水で補いながら公衆トイレの出入り口を見張っていた出流に、予想外の事態が訪れる。

 

「何か探しものかな?」

「うわっ!?」

 

 急に背後から声をかけられた出流は、驚きのあまり危うく手中のペットボトルを取り落としかけた。なんとか掴み直して額の冷や汗を拭ってから振り向く。

 出流に声をかけたのは、身長175cm程度――出流より10cm近く高い――の白い髪の美女だった。スリムな身体を黒の競泳水着で引き締めて強調し、サングラスをかけた姿はどこかセレブめいた気品と優雅さを感じさせる。

 

 見覚えは、無かった。

 

「あ、えと、その。なっ何か、ご用、で……?」

 

 動揺と初対面の人間への苦手意識からどもってしまう出流に、女性は上体を屈め自然に目線を合わせてくる。サングラスを持ち上げて頭頂に動かし、翡翠の瞳を出流に向けた。

 

「いやあ、一人でこのあたりをフラフラしてたから、暇なのかなって思ってね?」

「そ、そういう、わけでは。その、連れを待ってまして」

 

 顔を近づけてくる女性に、出流はそっぽを向きながら返す。

 

(初対面なのにグイグイくる……何なのこの人怖い! 助けてアオイー!)

 

 出流は若干パニック気味だった。

 

「ふうん。大切にしてるんだね」

「は、はいっ……!」

 

 会話が終わりそうな雰囲気に出流は内心ほっとしていた。

 が。

 

 

「―――でも、あんなに熱心にトイレの出入り口にばかり視線を向けていると、見る人が見れば怪しまれてしまうよ?」

「………、へ?」

 

 

 その一言に出流の表情が凍る。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、君―――どう映ってしまうかな?」

「―――っ!?」

 

 考えに、入っていなかった。

 出流は蒼のことばかりを考えて、そんな自分自身を客観視できていなかった事に気づく。

 

 確かに、言われてみれば今の自分は相応に不審者だろう。蒼との関係やナンパされるかもしれないという危機感を全部打ち明けたとしても、怪しまれている現状を鑑みれば『現実と妄想の区別がつかなくなったストーカーの言い分』扱いされかねない。

 

 あるいは、もっと考えれば相手も納得する言い方が出来たかも知れない。だが、女性の持つ捕食者的なオーラに呑まれ、出流は思考も身体も錆びついてしまっていた。

 

「ははは、そう怯えなくても良いよ」

 

 女性は出流の肩を掴んで隣に引き寄せ、直ぐ側で囁きかける。その眼光は蛇を思わせる鋭さを宿していて、出流は正しく蛇に睨まれた蛙。

 自分に一定の非はあり、相手は論理という駒を使い出流を詰めてくる。出流の中に、こういう状況への備えは無かった。

 

「ちょっと場所を変えて話をしようよ、何か冷たいものでも食べながらね……良いかな?」

 

 こちらに同意を問う姿勢。だが出流には―――今の出流には、それを拒否する勇気は無い。緊張で乾いて張り付いた喉を動かし、「はい」の二音を口にしようとして。

 

「待て待てこらァ!」

 

 助け舟が、出流の身体を強引に引っ剥がした。

 

 


 

 

「あ、アオイ……?」

「おう」

 

 出流はよたよたとふらつき、蒼によりかかる。蒼は抱き寄せた出流の腕を胸元にがっちり固定し、女性から目を離さず返事をした。

 

「イズル、一応聞くけど知り合いか?」

「ち、違う。知らない人……」

「オーケー」

 

 蒼はそれだけ聞くと、出流を抱き寄せたまま警戒心を隠さず女性と対峙する。白髪の女性は蒼の態度を飄々と流していた。

 

()()イズルに、何の用すか」

「いやあ随分と警戒されちゃったなあ。イズルくんが怪しい動きをしてたから、教えてあげてただけなんだけども」

「どっか連れてこうとしてましたよね?」

「そりゃあ、こんなあっつい中で長話はお互い辛いじゃないか。涼しい場所で話の続きをしようとしただけさ。……良ければ君もどうかな? 私は君ともぜひ話をしてみたいな」

 

 女性はにこやかな笑顔を蒼()()向ける。出流は怯え、縋るように蒼の顔を見上げた。

 

「結構です。っつーか、ナンパならよそでやってください。こっちは保護者もいるんでご心配には及びませんし、女でも普通に通報モンですよ」

「ふふ、これはこれは。それなら私は大人しく引き下がろうかな。またどこかで会おうね☆」

「ケッ、おととい来やがれ!」

 

 ひらひらと手を振りながら悠然と去っていく女性が人混みに消えていくまで睨みながら見送った蒼は、ようやくそちらへの視線を切って出流の顔を見た。

 

「なんだったんだアイツ……。で、大丈夫かーイズル」

「う、あ、アオイ……」

「ったく、俺がナンパされるかもって警戒するのは良いけどよ、自分の事もちゃんと見ろっつの。お前も顔は悪くないんだし、身体だって……その、なんか、アレだしよ……」

「アレ?」

「と、とにかくッ!」

 

 蒼は出流の身体を引き上げ―――ようとしたが膂力不足で叶わず、出流が自分で立ち上がった。

 

「イズルみてーな奴を狙う、あーゆー女も居るってこと。ちゃんと覚えとけよ!」

「う、うん。ありがと」

「………なあイズル、なんで顔が赤くなってんだ?」

「え、へ?」

 

 蒼が据わった目つきで出流を見る。出流は慌てて顔を逸らすが、回り込まれてそれでおしまいだ。

 

「人が心配してやったのに、お前まさか鼻の下伸ばしてたんじゃねーだろうなァ……?」

「ち、違うよ!? そうじゃなくて!」

「じゃあなんだよ言ってみろ」

「いや、その、それは」

「やましい事が無いなら言えるよなあ?」

「っ……」

 

 とはいえ、無理からぬ事だろうとは蒼も思った。あの女性、単にルックスが良いだけでなく――これは蒼の見立てだが――相当()()()()いる。女性経験の乏しい初心な出流に、ドギマギするなと言っても難しいだろう。蒼の中に僅かに残っていた男の感性もそれを肯定している。

 が、それとこれとは話が別だ。頭の中で理屈は通っていても、何か言わねば気がすまない。

 

(女の思考回路って、厄介だなあ……)

 

「そ、その」

 

 入道雲を眺めていた蒼は視線を落とす。ようやく出流も正直に話す気になったらしい。『元男のよしみだ、多少の浮つきは許してやるか』と肩をすくめた蒼だったが。

 

「蒼に、抱き寄せられた時。その、腕が……蒼の、む、むねに、当たってて……それで、その……」

「んがっ」

 

 二人して顔を赤くする結果になった。

 

 



 

 

 その後もなんやかんやと海を楽しんでいると時間は飛ぶように過ぎていき、空が茜に染まるころ。

 昼に比べると人口密度が半分を下回った海水浴場から出流たちも撤退することにした。シャワーで汗を流し、元の格好に着替えて車に戻っていく。

 

 今日の予定は海だけではない。この後にもう一つ、イベントが控えているのだから。

 

 大神の運転で一行は佐倉家所有の別荘に到着する。舗装された道が切れた所で車を降りた蒼は、後部収納から着替え等が入ったリュックを取り出して背負い、海用の諸々が入ったスポーツバッグを掴んで提げる。出流も自分の荷物を手に車を離れて歩き出した。

 

 住宅地から離れ、海が見える崖近くに建てられた別荘は周囲より一段高い場所にあるためか、腰の高さ程度の柵で敷地の隔離はできているらしい。三角屋根を見ながら段差を登れば四角い石畳の道が玄関まで伸びていた。

 庭は砂地が敷き詰められ、丸く背の低い庭木が石畳の両脇を固めている。

 

 家屋は二階建ての四角い家だった。白い壁には規則的に窓がはめ込まれ、正面中央に玄関扉がある。蒼はぼんやりと見上げて一言。

 

「俺ん家よりでけえんだけど」

「そう? まあ立ってないで早く入ろうよ。流石に疲れちゃった」

「お、おう。……なんか、改めて、イズルん家ってすげえんだなあ」

「凄いのはお父さんとお母さんだよ」

 

 言いながら蒼と出流は開いた扉からエントランスに入った。

 まず目に入ったのは玄関の真ん前にある二階への大きな階段。その両脇の奥には扉が一つずつあり、食堂と応接間に繋がっているようだ。左右の壁には使用人用の部屋や調理室へと繋がる扉がある。

 吹き抜けのエントランスは開放感があり、天井の明かりが全体を昼間のように照らす。二階の廊下は玄関の真上を除いたコの字型にエントランスにせり出して、いくつかの部屋に繋がっていた。

 ステレオタイプな洋館然とした作りに、蒼は率直な感想を口にした。

 

「殺人事件起きそう」

「思ってても言わないの」

 

 二人は軽口を叩きながら階段を上がる。大神は玄関でそれを見届けてから、踵を返して車を車庫に入れに行った。

 

「じゃあ、また二時間後くらいに」

「うん。少し休んでから、だね」

 

 今日だけの各々の自室の前で二人は一旦別れる。出流は部屋に入ると邪魔にならない位置に荷物を下ろし、軽く見回す。

 内装や家具類は本来の自室と比べても簡素なもので、どちらかというと蒼の部屋の方が近いくらいだったが、そちらにも慣れ親しんでいる出流としては悪い気はしない。物が少なすぎるのが少し気になったくらいだ。

 出流は靴下を適当に脱いで今夜お世話になるベッドに倒れ込んだ。

 

「疲れた……。でも……楽しかったなぁ」

 

 海ではしゃいだ疲労からか、それとも新品のふかふかベッドの魔力か。すぐに眠りに落ちた出流が再び目を覚ました時には、約束の二時間が十分のロスタイム付きで経過していた。

 

「やっば!」

 

 慌てた出流が一階に降りると、使用人の部屋から大神と蒼の話し声が聞こえてくる。

 

「メイドさん二人に出待ちされてたんですけど」

「ははは、ちょっとしたサプライズのようなものですよ。御二人へのね」

 

 会話の内容を頭に入れるより先に、出流は使用人室に飛び込む。

 

「ごめんアオイ! 寝過ごし――」

 

 

 

 ()()姿()の蒼が、向かって右に流したおさげ髪をふわりと浮かせ、出流に振り返る。

 

 

 

 涼やか且つ可愛らしい空色の地に織柄が気品をプラスし、白いひまわりをふんだんにあしらった一着は夏の空気にこれ以上無く似合う。薄い水色の帯は腰と色合いを引き締め全体の調和に一役買っている。

 そして、それを纏う蒼もまた、普段とは違う姿だった。腰まであった銀の長髪は肋の下までの三つ編みのおさげに生まれ変わっている。いつもの妖精的な魅力とはまた違う、大人びた美しさが出流の胸を強く打つ。

 松下に『基礎が良すぎてやり甲斐が無い』と言わしめたその顔に施された控えめの化粧は、しかしてその基礎に慣れた出流にとっては新鮮な衝撃を齎した。少しだけ赤みを増した頬、艶めきを重ねた唇に僅かに伸びた睫毛。その全てが蒼の魅力を大きく引き出していた。

 

 計画を立てた当初、蒼が浴衣を着るなんて予定は立てていなかったし、蒼に一人で着付けや髪型の変更が出来るとも思えない。そこで先程の漏れ聞こえた会話が脳に染み込んでくる。

 つまり、大神が手を回したのか、あるいは他の使用人の自発的な行動か、蒼は半強制的に着せ替えられたのだろう、と出流は推測を立てた。

 

「………………」

 

 蒼の可愛さに処理落ちを起こした脳でたっぷりと時間を掛けて。

 

 出流が声も出せずに呆然としているのを見て、蒼は出流に近寄り背中を強めに(はた)く。

 目を白黒させながらつんのめった出流が蒼を見上げると、蒼はカラッとした笑顔を浮かべていた。

 

「けほっ、へ、はれ?」

「褒め言葉は道すがらいくらでも聞いてやるから、とっとと行こうぜ。――夏祭りによ!」

「あ。う、うん!」




当初は逆ナン部分も他同様ダイジェストで済ませるつもりでしたがなんか筆乗っちゃった。
別荘の立地はボヨヨン岬のあたりを、建物は某カヘッカヘッと鳴くアオサギが出没するお家をイメージしていただければ(中身はまた若干違うと思いますが)。

次回は明後日の18時投稿予定です。


【ゲスト人物(ゲスト人物って何)紹介】
・渚の自称おまわりさん
年齢:24
身体的特徴:身長175cm、セミロングの白髪、釣り眼でスレンダー体型。女性ながら男勝りな雰囲気がある。
趣味:ナンパと夜遊び(ワンナイトラブ)(男女問わず)
『可愛ければ誰でも好きだよ私は』

この日は非番なので純粋に海を楽しみに来た。なお彼女にとっての「海を楽しむ」にはナンパが当然のように含まれている。

余談ですが、仮に蒼が間に合わなくて出流が連れて行かれたとしても、一緒にご飯食べて軽い注意と世間話で解放されます。
出流は初対面の女性に過剰に流されるような人間ではないですし、彼女もそれを察しているため何もしません。というかそもそも成人がソッチ方面で手を出していい年齢ではない。
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