闇が混じり始めた空の下、蒼と出流はアスファルトの道を並んで歩く。左手には雑木林、右手には田んぼが広がり、足元から前へと伸びる影は二人の身長の一・五倍ほどはあるだろうか。
「ったく。マジで死ぬほど褒めちぎりやがって」
「アオイが可愛い過ぎるのが悪い」
「開き直んな! ……どういう責任転嫁だよそれ」
不機嫌そうな口ぶりをしているが、もちろん蒼は上機嫌だ。表も裏も無く褒められれば悪い気はしないし、それが恋人になのだから尚更。その証拠に蒼の足取りは軽く、浴衣の袖を揺らし時折鼻歌まで歌っている。
「で、お祭りの場所はどこだ?」
「徒歩十五分って話だから……もう少しだと思うよ」
「はー、足ちょっと疲れてきたな」
「おぶる? 前みたいに」
「やめろマジで」
今回の小旅行における海と並んでのもう一つのイベント。それがこの夏祭りだ。別荘の近辺で何かイベントをやっていないか探していた二人は、たまたま近くで夏祭りが開かれる事を知り、予定に組み込んだのである。
「しっかし意外だったな。イズルは祭りとか苦手だと思ってた」
「あー……。普段はアオイに連れ出されてばっかだったね」
「だろ? 今年はどうしてまた」
「そんなに大した事じゃないよ。せっかく遠出してるんだから楽しいことに時間をいっぱい使いたいなって……それだけ」
「祭り、楽しんでたんだな」
「楽しんではいたよ? 疲れもするってだけ。でも、今はアオイが、その……恋人、なんだし。アオイを、楽しませたいなって」
「………そ、そっか」
「アオイ、照れてる?」
「分かってて聞いてんじゃねえよ……!」
そんなこんなと話ながら歩いていると、少しずつ人々の喧騒が耳に届いてくる。
祭りの会場はすぐそこだ。
どこかの学校の駐車場を貸し切って執り行われている夏祭りは、結構な規模と人口密度を誇っていた。二人は駐車場の出入り口に立ち、会場に入ろうとする人々と出ようとする人々で混み合っている様子を眺めていた。
「思ったより盛況だな」
「そうだね。何から回るか予め決めたほうが良さそう」
「とりあえずメシ食おうぜ。それ込みで来たんだからよ」
「アオイは何食べたい?」
出流に聞かれ、蒼は腹をさすって聞いてみる。昼に身体を動かしまくったので身体は炭水化物か肉を求めているが、焼きそばは昼に食べた。
「ん~……たこ焼き。イズルは?」
「かき氷食べたいかなあ」
「甘いもんは後にしろよ」
「じゃあまずたこ焼きで、次は?」
「比較的空いてる所を周る感じでいいだろ」
「おっけー。じゃあ行こっか」
出流が蒼の手を掴む。不意を打たれての手繋ぎに蒼の頭が発火した。
「なッ! 急にっ」
「だって、こうしないとはぐれちゃいそうでしょ?」
「っ……それも、そう――」
理は出流にある。蒼もそれを認め、大人しく繋ぎ返す。
「――だな!」
―――ただし恋人繋ぎで。
「っ!?」
今度は出流の顔が発火する番だった。長い前髪を乱して狼狽える出流を見れば蒼の溜飲は下がっていく。蒼は自分が優位である認識を隠そうともしない勝ち誇った表情を出流に向ける。
「おら、俺たちは
「む。なら、この方が離れにくいで……しょっ!」
出流は蒼の手を一度離し、蒼の二の腕を掴んで引き寄せてから肘の裏側で挟んでホールドする。身体ごと引かれた蒼は出流の側に傾き、より掛かるような姿勢になった。
一気に増えた接触面、服越しに伝わる体温に蒼の心臓が早鐘を打つ。
「バッ、これだと動きにくいだろーが! それに片腕使えねえようなもんだしたこ焼き食えねえだろ!」
「そんなの、食べさせあいっこさせればいいじゃん! ほら、恋人なんでしょ!?」
「くそっ、こいつ―――あっ」
開き直りが得意技になりつつある出流をどうするかと思案しかけた蒼は、自分達に向けられる目線を感じ取って顔を上げる。
そう、二人は人で混雑する出入り口の付近でこれまでの乳繰り合いをしていた。即ち公衆の面前。似たようなカップルも大勢いて人口密度故に多少騒がしかろうと目には留まらないだろうが、二人のそれは多少の枠を越えていた。
周囲からの関心という名の視線が、蒼達に突き刺さる。
半ば二人きりの世界に没頭していた蒼と出流は、そこでようやく状況を理解し、絡めた腕を外し身を縮こまらせてそそくさと入場列に向かう。
結局恋人繋ぎで周ることにした。
「ほいたこ焼き一丁!」
「はーい」
パック容器に六個入りのたこ焼きを出流が受け取る。二人は素早く場を離れ、列を避けて背の低いブロック塀に腰を下ろした。左右の植え込みは二人で座るには若干狭く、身を寄せ合わせるしかない。
パックを開くと、食欲を誘う濃いソースの香りがふわりと立ち上った。
焦げ目の殆どない綺麗な表面には黒と白のソースがたっぷりかかっており、これまたふんだんに乗った青のりがソースの後を追うように磯の香りを届け、かつお節は熱気の中で踊って目を楽しませる。
出流は二本用意された爪楊枝に手を伸ばしたところで、蒼が待ったをかける。
「アオイ?」
「爪楊枝なんて細いモン使ったら最悪破れるだろ? まあそれも一興ってんなら止めねーけど……折角の浴衣を汚したくないしな。やっぱコレだろ」
言いながら、蒼は袖の下から二膳の割り箸を取り出した。袖の下から物を取り出す仕草に、出流の恋心と少年心が同時にくすぐられる。
「おおー……って、いつの間にそんなの用意したの」
「別荘から持ってきた。あって困るもんじゃねーし?」
蒼は片手と口で手っ取り早く箸を割り、そのままたこ焼きを一つ摘んで出流に向ける。ニタニタと意地悪な笑顔で。
「はいあーん」
「火傷するって」
出流は首を引き、手を間に差し込んで制する。が、蒼は引かない。
「んだよ俺のたこ焼きが食えねーってのか? それに、熱いなら冷ませばいいだろ?」
「う…わ、わかったよ。ふ、ふーっ」
「フッ!」
出流が恐る恐る息を吹きかけようと口を近づけたその時、逆側から蒼が強く息を吹きかける。風に舞った青のりとかつお節が出流の顔に当たり、出流は危うくひっくり返りかけた。
「うわわっ!? ~~~~っ、もう!」
「ははははは! 悪い悪い!」
イタズラが成功して上機嫌に笑う蒼に、出流は強く出られない。蒼とのじゃれ合いが楽しくて態度に出したほど怒っている訳でもないし、どうあれ蒼が楽しんでいるのならそれに水を差したくなかったのもある。
「……次は、ちゃんと食べさせてよね」
「おう、流石に二度はやらねーよ。ほい、口開けろ」
「あーん」
今度は素直にたこ焼きが入る。さっきのひと悶着で多少は表面が冷めたのか、口に入れただけで火傷するほどでは無かった。が、噛んだ瞬間ソースや生地の旨味と一緒に生地の内側にたっぷり詰まっていた熱が口の中にじゅわりと広がり、結局出流は悶絶することになった。
「……っ! ………ッ!!」
「ははは、あいにく
黒髪の奥から恨みがましい目を向ける出流をよそに、蒼はたこ焼きを一つ箸で割る。湯気を吹く割れ目に息を吹きかけて中身を冷ましてから自分の口に運んだ。
味自体は普通のたこ焼きと大差ないが、祭りに賑わう人々を眺めながら食べると、不思議と特別に感じる。
それを見ながら、出流はようやくたこ焼きを飲み込んだ。
「ひー、ふー……ところでアオイ、その食べ方はちょっと邪道なんじゃ?」
「何がだよ。『美味しく食う』以外の王道があるもんか」
「そんなことは……ないんじゃないかなぁ」
言いつつも、たこ焼きを三個ずつ分け合って――『あーん』はしたりしなかったり――食べた二人は再び手を繋ぎ、立ち上がって次に行く屋台を探しに歩き出した。
次回も明後日の18時に投稿しますが、その次は遅れそうです。
まだ書けてないので(書き溜め消滅)