夏祭りデート後編・兼……?
二人は比較的行列の短い屋台を中心に回っていく。チョコバナナを頬張り、水ヨーヨーを釣り、射的で遊んだ。
チョコバナナは暗喩に疎く何も気づかない出流の前で蒼が墓穴を掘り。
「あ、チョコバナナの屋台が空いてる。行こ、アオイ」
「イズル、わざとか?」
「何が?」
「……いやなんでも」
「?」
水ヨーヨー釣りでは蒼が器用さを見せて三つ釣り上げた。
「っしゃあ三つ目ェ!」
「おおー……アオイ凄いね」
「フフ、水ヨーヨー釣りの達人と言ってくれ」
「役に立たなさそう」
「言っちゃいけねえこと言ったなお前」
射的では、蒼が外しまくる横で出流が射撃を安定させ、駄菓子を取りまくった。
「だァーっ! 当たらん!!」
(銃床を肩で抑えて、腕を台に乗せて固定、サイトでしっかり狙いを定めて……撃つ)
「なあおっちゃん、この銃曲がってねえか?」
「馬鹿言うなよ嬢ちゃん」
(今のは外したけど、どのくらい逸れるかはわかった。後はそれを踏まえて照準をずらせば―――当たる)
「よし」
「おっ、上手だねえ兄ちゃん!」
「えっ、イズル上手くね?」
「射撃の達人と呼んでね」
「強そうな肩書き取りやがって!」
「ハハハ、その調子で彼女に良いとこ見せてやりな!」
等々と遊んでいるうちに、その時が来る。
下手な笛のような気の抜ける音が聞こえる。祭りのざわめきが静まり、人々が音のする方を見た。射的で当てた口笛を吹けるラムネで遊んでいた蒼と出流もそれに倣う。
夜空に大輪の花が咲いた。数秒限りの、儚く美しい花が。
この夏祭りのメインイベント―――学校のグラウンドを使用した花火大会だ。
腹に響く重低音が一拍遅れて二人を震わせる。漆黒のキャンバスに乱舞する光の礫と、再び黒に染めようとする夜闇との激闘は、見る者の心を強く揺さぶった。
噴火するかのように火花を高く吹き上げたかと思えば、小規模な花火の連続爆発がかんしゃく玉のような高い破裂音を響かせる。大型の花火もただカラフルに弾けるだけではなく、弾けた光の粒が更に無数の小さな花火に変わったり、キャラクターを模した花火も夜空を彩った。
誰も彼もが花火に目を奪われ空を見上げる。幼い子供は拙い滑舌で歓声を上げ、大人は子供を肩車したりカメラを向けたり風情を肴にビールを飲んだりと、各々のスタイルで花火を楽しんでいた。
蒼も同じだった。口を開け、夜空を煌かせる一瞬の芸術に瞳をキラキラと輝かせながら見つめている。横に立つ出流は、そんな蒼を―――蒼の瞳に映る花火を見ながら、言った。
「花火、綺麗だね」
「だな!」
蒼は、花火を見つめたまま返した。出流は蒼の横顔に優しい笑顔を向けてから、蒼と同じように花火を楽しむ事にした。
フィナーレの大型花火の連打が終わり、かすかな煙の匂いが鼻に届く頃には、会場からはぞろぞろと人々が去っていく。蒼達もその流れに従って会場を後にした。
来た道をそのまま辿り、別荘に帰り着いたのは十時前。窓の明かりはついたままだが、扉を叩いても反応が無い事に出流が首を傾げる。
「あれ?」
「どうしたイズル」
「あ、いや。大神さんとかが出迎えてくれると思ってたから。反応が無いの意外だなって」
「早いけど寝ちまったんじゃね? 普通に扉開けて入っちまえよ」
「うーん……まあそれもそっか」
出流は持たされていた鍵で扉を開ける。エントランスには明かりが点っていたが、人の気配が無い。大神ほどの年季と実績を誇る使用人が、主人の息子の帰りを待たずして寝てしまう事などまず無い。
訝しむ出流は、閉めようとした扉からひらりと落ちる書き置きを見つけた。
「なにこれ……『申し訳ございません、坊ちゃま。蒼様。私共使用人一同、本家に呼ばれ一度帰らなければならなくなりました。つきましては明日の午後にお迎えに上がりますので、お二人とも外出をなるべく控えお休みいただきますよう』だって」
「あー、なんか急用出来ちまったのか。じゃあしゃーねーな」
二人は靴を脱いでエントランスに上がる。今日一日とは言え家に帰ってきた安心感からか、蒼はぐっと背伸びをした。
「メッセージで連絡くれれば良かったのに」
「気を遣ってくれたんじゃね? ワンチャン俺らの邪魔にならないようにってよ」
「ああ、そっか。ごめんね大神さん」
大神の心遣いに得心しつつ、二人はカーペットの敷かれた階段を上がる。
「お風呂とかはもう沸かしてあるみたいだから、さくっと入って寝ちゃおうよ」
そう言って出流は自分の部屋の扉に手をかける。だが、返事が返ってこない。出流は蒼のいる右へと振り向いた。
蒼は出流と同じようにドアノブを掴んでいた。だが、どこか呆けた目でノブを見ている。何か考え事でもしているようだった。
「アオイ?」
「っ」
出流の呼びかけに、蒼は震えてから少し慌ただしい動きで向き直った。
「な、なんだ? イズル」
「いや、さっさとお風呂入って寝ようって」
「お、おう。俺はちょっとその、アレだから。イズル先入れよ」
「え? ……うん、わかった」
蒼の態度が気になったが、本人が言わないなら聞くべきではないと考えた出流は大人しく先に風呂に入ることにした。
40分ほどの入浴を済ませその他諸々の寝る前の準備を終えた出流は、風呂場に向かっていった蒼を見届けてから自室に引き返した。
パジャマ代わりのTシャツ&短パンのラフな格好で、出流はベッドに寝転がる。
眠気が湧くまでスマホを弄って暫く時間を潰していた出流だったが、ふと蒼の態度について考えた。
(アオイ、様子が変だったな。急に慌てたりして……。そんなにおかしいことあったかな。月の……はないか。アオイは体調崩すタイプだし)
だんだんと瞼が重くなり、出流はごろりと寝返りをうって横向きに寝そべる。
湧きかけた眠気に身を委ね、もう少しで出流の今日が終わる―――はずだった。
(まあ確かに、この別荘に二人しかいない状況は見ようによっては危ないかもしれない……
出流はがばりと身体を起こす。急速に眠気が霧散し思考が回転を始めた。
今この家にいるのは蒼と出流の二人だけ。それはつまりここで起きる一切合切を、見咎める者も止められる者もいない事を指している。
ともすれば、あるいは。
期末テスト前のいつかの夜、『あわや』のところまで行きかけた
出流とて年頃の少年だ。一度その可能性に思い至ってしまうと、思考はどうしてもそちらに引っ張られてしまう。
蒼の怪しい態度が、もしも自分と同じ状況認識に至った故であるのならば―――?
(い、いやまさかね。別に、何も起きないよ。このまま寝ればすぐに朝が来るし、そしたら後は帰るだけ……)
不埒な考えを無理矢理頭の奥に押し込んで、シーツを被ろうとしたその時。
コン、コン。
出流の部屋の扉が、弱めにノックされる。
「!!?」
今まさに良からぬ事を考えていた出流は驚きのあまり飛び上がった。ベッドから落っこちかけてわたわたとバランスを取り戻した後、ベッドのへりに腰掛けて気持ち声を張る。
「あ、アオイ? どうしたの?」
『……イズル』
扉越しに、どこか真剣な蒼の声色。出流は先程の思考がぶり返して思わず生唾を飲む。
『……今日、楽しかったよな』
「う、うん。すっごく」
『海のことも、祭りのことも。大切な思い出になるよな』
「そ、そうだね」
相槌を打つ出流の鼓動が激しさを増していく。正直、勘弁してほしいと思った。その落ち着いた声音も、今日のこれまでを振り返るような言い草も、全てが思わせぶりに感じてしまう。
まるで。
(今から何か始めるみたいな―――!)
『………なあ、イズル』
『最後に、もう一つだけ、さ。思い出―――作らないか?』
こわばった出流の頬を伝う一筋の汗が、小さく光った。
次回、ふたりだけの火遊び。
なお、今話で無事書き溜めが尽きたので明後日の投稿はお約束出来かねます。善処はしますができましたので明後日の12時に投稿します。