時節に合わせているので『盛夏』よりも後のお話です。
ある意味これも公式二次創作。
出流の家には『季節は積極的に楽しむべし』という家訓がある。これは母の八重が出流が産まれる少し前に決めた規則で、例えば春は敷地内の庭園に植えられた桜の木で使用人も参加しての花見を行うし、夏に一度は家族で避暑地の別荘に赴く。
小さい頃の出流にとって、こういうノリはあまり好みではなかったが、蒼と出会ってからはその何事も
それはそれとして時は
「「……………」」
お互いに身じろぎ一つ起こさず五秒ほどの後、出流は無言で静かに扉を閉める。
「どういう意味だおいコラァ!!」
顔を真っ赤にした蒼が飛び出してきた。出流は片手で目元を覆って蒼を視界に入れないように努め、それが尚更蒼の頭に血を上らせる。
「いやその、違う、違うの。頼むから待ってアオイ」
「待てるかバカ! この際マイナスでも良いからなんか言えや!!」
「じゃ、じゃあその……すごく可愛い」
「っ!」
「それで、その。心を落ち着ける時間が欲しい。感情が飽和して泣きそうになってるから」
「情緒どうしちまったんだよ。……でも、まあ。そういうことなら許してやるよ。落ち着いたら入ってこいよな」
蒼はそう言って出流の部屋に戻る。出流は深呼吸を繰り返してなんとか心の荒波を鎮めようとするが、網膜に焼き付いた残像に掻き乱されてなかなか落ち着けない。
(だ、だってしょうがなくない? 蒼がうちに来た時普通に普段着だったもん。僕が近所にお菓子配りに行く間にまさかあんなことになってるなんて思わないし、なんか肩出してるし。服を着てるのに肩がハッキリ見えるのが思ったよりインパクトがあって…………ってアオイのことばっか考えて全然落ち着かない!!)
出流は土下座の姿勢で額をゴリゴリとカーペットにこすり付けて雑念をすり潰す。なんとか心中をさざ波まで持っていくまでには、およそ十分の時間を要した。
「待たせてごめんね」
「マジでな」
勉強机の椅子に腰を下ろした出流とベッドに座り込んだ蒼が向かい合う。一番ヴァンパイア感のあるギザギザのコートは座るのに邪魔だったので外してハンガーに掛けたので、今の出流はシックな礼服のみ。少し大人びているようにも、子供が服に着られているようにも見える少々アンバランスな状態だった。
「でも意外。アオイってそういう格好するのそんなに好きじゃないと思ってた」
言いながら、出流は控えめに蒼を観察する。二度目ということで今度は耐えられた。
改めて見るとやはりと言うべきか、今の蒼は普段とはまた異なる魅力を感じさせる服装だった。
白い肌に銀の髪という、透き通る美しさを持つものの、ともすれば主張が薄くぼやけて見えかねない色合いを、ダークネイビーがベースのドレスのような装いが胴を中心に引き締める事で、普段より存在感を発揮させる出で立ちになっている。
どこぞの組み分け帽子のようなつばの広いよれた帽子は光を遮ることで、蒼の紺色の瞳の煌めきを強調しており、ロングスカートはシースルーで蒼の細くしなやかな脚線美を内側に描く。肩を大きく出した設計は、明確な露出こそ控えめなものの――否、だからこそ扇情的だ。
生地は全体的に柔らかいが、腰を留めるオレンジの細い帯がハロウィンらしさを演出しつつ、ダークネイビーの縮退色効果でくびれをより際立たせる。
全体的にけっこうオトナな雰囲気―――というよりこういったコスプレみたいな行為は、蒼が苦手とするところだと出流は思っていた。
出流に問われて蒼は頬を掻く。少し照れているように顔を赤らめた。
「ま、まあ。せっかくのハロウィンだしよ。たまにはこういうのも良いかなって」
「なるほどね」
すると蒼は帽子のつばを摘んで目深に被り直し、顔を半分隠す。
「アオイ?」
「……イズルはさ、俺のこういう格好。その……どう、思う?」
「すごく嬉しい」
即答だった。
「ま、マジ?」
「もちろん。さっきがまさにそうなんだけど。アオイがその格好で僕を待っててくれたって事実がもう受け止めきれないくらい嬉しすぎて、なんかもう訳わかんなくなっちゃった。もし今後もこういう季節ごとの度にアオイが新しい姿になってくれたら、そのうち僕の頭バカになっちゃうかもね」
「いッ、いちいちオーバーなんだよったく」
口先を尖らせて文句をつける蒼は、自分の口元がニヤニヤと吊り上がっている事に気付いていなかった。出流は突っ込まない事にした。
「ってかさ。俺この部屋で普通に寛いでたのに急にイズルんちの使用人達がやってきてさ。『蒼様も坊ちゃまに合わせて仮装なさいませんか!?』って結構な勢いで来たんだけど? あの人達、俺を着せ替え人形か何かだと思ってねーだろーな?」
「いやあ……そ、そんなことはないんじゃない、かな?」
あまり使用人を悪く言いたくない出流は言葉を濁すが、正直なところは多少その気はあるように思えた。それだけ蒼の今の姿が着飾り甲斐があるということなのだろうが、蒼が迷惑しているようなら流石に止めさせるべきとも考える。
「アオイは、そういう扱いは嫌?」
「んー……」
出流が直球で聞くと、蒼は腕と足を組んで考え込む。その所作も服装のせいか妙に様になって、出流は生唾を飲んだ。
「いや、まあ。一応『この服は流石に無理』みたいなのは聞いてくれるし……普段しない格好ができるのはなんだかんだ楽しいからなあ……」
「そう? 嫌になったらちゃんと言ってね。その時は控えさせるから」
「お、おう」
(……さらっと『控えさせる』って言ったなこいつ。まあその辺りは流石にこの家の人間って感じするなぁ)
蒼の中で『敵わない相手』の流代と、『怒らせたら怖そうな人』の八重。その二人の息子である出流に蒼は、何かの風格の片鱗を垣間見る時がある。今後出流が大きくなっていくと、そちら側がデフォルトになるのだろうか。
まあ未来の事をあまりあれこれ考えすぎるものではない。蒼は軽く頭を振って、ベッドから飛び降りる。
「おっとそうだ。せっかく仮装したんだからこれやっとかねーとな」
「アオイ?」
「ふふん、イズル」
椅子に座る出流の前まで歩いた蒼は、帽子の位置を整えて楽しげな表情で両手を広げる。
「トリック・オア・トリート! お菓子をくれなきゃいたずらしちまうぞっ!」
「はい、クッキーね」
「もうちょい乗れよつまんねーやつだな」
蒼の表情は一瞬で憮然としたそれに変わった。
「そりゃあ少し前まで配る側だったんだから用意してるよ。ちなみに
出流が差し出したクッキーが数枚入った袋を、蒼はぞんざいに片手で受け取る。封を開けて一つつまみながら、蒼はベッドに戻って縁に腰を下ろす。
「むぐ、んぐ。うまいなコレ。……そうだな、俺とイズルの服を交換とかどうよ」
「……お菓子持ってて良かった」
「そんなに嫌か?」
「もし僕が死ぬほど似合わなかったら一生モノのトラウマになるじゃん」
「無自覚って怖えな」
「? ……あ、そろそろ晩ごはんだ。アオイの分も用意してるみたいだったし食べてってよ」
「おう。………な、なあ」
出流(素顔は可愛い系)は時計を見て立ち上がる。部屋を出ようとする背中に、蒼は一瞬の躊躇いを乗り越えて声を上げた。
「どうしたの?」
「その、さ。イズルはやらなくていいのか?」
「何を――ああ」
蒼の意図を察した出流は、掛けてあったギザギザのコートを羽織り直して蒼に向き直る。
「アオイ、トリック・オア・トリート!」
「悪い。クッキーたった今全部食っちまった」
「じゃあなんで聞いたの」
今度は出流が仏頂面になる番だった。
「そりゃあお前決まってるだろ」
蒼は口元を軽く拭ってから、出流の視線を吸い寄せるように足を組み直してから左手をベッドに突き、右手を出流に向けてゆるく広げる。
「イ・タ・ズ・ラ。かくいうイズルは俺にどんなことするのかな?」
まるで何でもないことのように、何をされても構わないとばかりに。余裕綽々な態度で出流を挑発する蒼。
尚その内心はハラハラでいっぱいだった。興味本位で動いたが、正直何をされるのか全く予想できていなかった。
「………」
出流は少しの間動きを止めた後、何かを決心したように決然と蒼との数歩の距離を詰める。
「っ」
その勢いにちょっとビビった蒼に構わず、出流は蒼の右手を掴む。
くるりと裏返して手の甲を上に向けながら片膝をつけ。
流れるように唇を寄せて。
蒼の右手の甲にキスを落とした。
「っ!!?」
予想外に気障で、しかし躊躇いも恥じらいもない滑らかな所作に蒼の顔は一瞬で発火する。出流はぱくぱくと口を開いたり閉じたりしている蒼を穏やかな表情で見上げた。
「
「へ、ぁ」
出流は再び立ち上がりながら身体を前に出し、掴んだままの蒼の右手を自分の背中側に引きながらベッドについていた蒼の左手を自分の右手で上から抑える。
ベッドの縁に座ったまま、無抵抗で身を乗り出させられた蒼の耳元に口を近づけ。
半分に細めた目を蒼に向けて流しながら―――
「
―――とどめを刺す。
出流は完全にフリーズしてしまった蒼を見てしてやったりと笑みを浮かべて扉を開ける。半分部屋から出かけたところで振り返った。
「ふふっ。じゃ、下で待ってるからね」
蒼の挑発をいい感じに返せたんじゃないかと手応えを覚えながら、出流は自分の部屋を去っていった。
蒼は、まるで金縛りにでもあったかのように、身体を引かれた状態のまま固まっていた。
思考が纏まらない。何一つ脳が動いていない感覚だった。
だが、時が経つほどに出流の発言の意味を少しずつ理解していき。ゆっくりとベッドに背中から倒れ込む。
「………ふへっ」
奇妙な笑いが止まらない。口角がおかしなくらい持ち上がっている。
身体が小刻みに震えていた。自分の身体を抱きしめても震えも笑いも収まらない。
「ふへっ、っふ、ふふっ、ふふへへへっ」
あんなことを言われて、何か言い返してやるべきなのに。
何かを言い返すよりも。その事に頭を使うよりもまず真っ先に。
(あー、やっばいなコレ)
―――『嬉しい』と、思ってしまった。
(俺、すっかりイズルに逆らえなくなっちまってる―――)
その変化もまた、今の蒼には心地の良いものだった。
翌日、二人は同じベッドで目を覚ました。
(何故かは伏せるとして)男としての自信を付け始めたので調子乗って、蒼ちゃんに対し時折カッコつけたムーブをしだす出流くんはいます。
蒼ちゃんは(いつの間にか)出流くんの『攻めっけ』に弱くなってしまっているのでへにょへにょになります。