アオイとイズル   作:東雲。

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アルバイト編の後編―――


アルバイト(2)

『イソミギちゃーん!』

「イソミギちゃんオーダーお願い!」

「あいよぉ!」

 

 客が蒼を呼ぶ声、キッチンで店長が蒼を呼ぶ声、ホールの蒼が応える声が町中華『玲瓏』に響く。

 

 蒼が『玲瓏』でのアルバイトを始めて、早くも四週目が経ち八月は下旬に差し掛かっている。ホールスタッフとしての働き方も慣れて、立ち振舞もなかなか堂に入ったものになっていた。

 今週で当初の契約期間分は終わる。『五十右くんさえ良ければ、週一でも良いから入ってくれると嬉しい』と店長は言っていたが、実際どうしたものかは考えどころ。

 時給は高いし店の雰囲気も……まあ悪くはない。蒼のシフトは当然のように他のホールスタッフが配置されていないのは色んな観点から大丈夫なのかと思うが、それについても慣れてしまった。

 ただハチャメチャに疲れるのは確かなので、これを日常にしたいかと問われると少し躊躇ってしまう。

 

「お客様、ご注文伺います」

「ああ、麻婆豆腐セットを1つ戴けるかな?」

 

 そして今日も蒼は精力的に動き回る。勿論チャイナドレス姿だ。

 生え際が後退気味な常連客は、蒼を見て顔を綻ばせた。

 

「仕事終わりにイソミギちゃんの顔が見られると、一日の疲れも吹き飛ぶよ」

「はは、そりゃどうも」

 

 4週目になると目新しさも薄れて、予約だけで満員御礼というほどでもなく、少しくらいなら客と雑談する余裕も生まれていた。

 蒼の接客効果はちゃんと出ているらしいが(by店主)。

 

「イソミギちゃんは……今夏休みだろう?」

「ええまあ。そうですけど」

「いやあ、良いねえ……夏休み」

「はあ」

 

 急に遠い目をしだした客に蒼は曖昧な表情になる。

 

「一ヶ月以上も夏休みがあるなんて、学生の内だけだからさ、懐かしくて」

「あー」

 

 「こういうこと言っても説教臭いって思われそうだけどね」。客はそう前置きしてから真剣な目つきを蒼に向ける。

 

「思い出は学生のうちに……いや、時間がある内に作れるだけ作ったほうが良いよ。社会人になったら周りが結婚したり忙しくなったりで、徐々に余裕が無くなっていくんだ」

 

(説教臭えなあ)

 貼り付けた微笑みの裏で、前置き通りの感想を蒼は抱いた。

 

「友達と遊ぶでも、旅行でもなんでも良い。大半の間違いに取り返しが利くのも学生の特権だからね。今のうちにいっぱい遊ぶんだ。過去を振り返るのは美しい事だけど、それは振り返って温められる過去がある者にしかできないことなんだ……」

「………」

 

 妙に黄昏れた雰囲気に、蒼は『酒でも飲んで来たのかな』と思った。

 

「まあ、そういうことなら今週末に海行く予定っすけど」

「おお素晴らしきかな青春。友達とかい?」

「いや――」

 

 その時、店の引き戸が風車(かざぐるま)の回るような音を立てる。来客の合図だ。

 

「あ、いらっしゃいま――」

 

 蒼は接客用の少し高めの声を張りつつ来客を出迎えようと身体ごと振り向き。

 

「えっと……失礼します?」

「―――」

 

 出流の姿にビシリと固まった。

 

 


 

 

 カウンター席に座った出流は――多分町中華の雰囲気を知らないなりに、主要な客層であるサラリーマン達に合わせようとしたのだろう――学校の制服を着ていた。

 それでも小柄で年若い彼は広くない店内では若干目立っているのだが。

 

「……こちらァ、お水になりまァす」

「あ、うん」

 

 耳まで赤くなっている蒼は、引き攣った笑みで出流の前にコップを置く。そのまま出流に顔を寄せた。

 

(なんで来たんだよ! つかどっから知ったよ俺言ってねえだろ!?)

(い、いやその。たまたまSNSでこのお店のこと見かけて、家から近いしもしかしたらアオイかなって思ったら気になっちゃって……)

(直接聞きゃいいだろわざわざ来なくたってよ! ここはイズルみてーな金持ちの来る場所じゃねーって!)

(そ、それは大丈夫。お母さんに言って外で御飯食べる許可は貰ってるから)

(そういうことじゃ……!)

 

 小声で話し合う蒼と出流。その様子を店中の常連客が興味深げに見ていた。

 

『おいアレ…』

『イソミギちゃんのああいう態度は珍しいな……』

『まさか。まさかなのか…?』

 

 色めき立つ周囲の常連客。蒼はしまったと思ったが時すでに遅し。

 隣のカウンター席に座っていた客が、真剣な顔を二人に顔を向ける。

 

「イソミギちゃん。そっちの子は……お友だちかい?」

「! あ、え、えと。その」

 

 横合いから急に声が飛んできて、聞かれていない出流がテンパり始める。

 

(ど、どうしよう。こういう時なんて返すべき? 友達? 親友? それとも恋人? なんかアオイ人気みたいだし、恋人って言うと良くないのかも?)

 

 座ったまま右往左往して慌てふためく出流。蒼は諦めたかのようにため息を吐き、出流の肩を掴んで抑え、つむじに顎を乗せて。

 まるで友人の挨拶に応えるような自然さで、口を開く。

 

 

()()()()()

 

 

 しん、と。『玲瓏』が確かに一瞬、静寂に包まれた。

 

 出流を含め客全員が、鳩が豆鉄砲食ったような顔で蒼を見る。厨房の店長ですら、調理の手が止まり唖然の表情で振り返っている。

 

 中華鍋の中で油が弾ける音だけが数秒虚しく響き。

 やがて。

 

『『『『「えええええええ!?!!?」』』』』

 

 商店街の外まで響くユニゾンが炸裂した。

 

 


 

 

『いやあ高校生カップルとは初々しいねえ!』

『将来の新居は6LDKかい!』

『こんな可愛い恋人が出来たら眠れない夜もあるだろう!』

「あ、あはは……?」

 

 数分後、出流は常連客達に謎のテンションで絡まれていた。絡んでくる客は軒並みジョッキやグラスを片手に赤ら顔を浮かべており、立ち込めるむさ苦しさに出流はめまいがしそうだった。

 

 彼らは蒼に彼氏が居たとて怒りも失望もしない。むしろ、この場における蒼の新たな一面を引き出してくれる期待を込めて、出流を歓待しているつもりだった。

 

 性格の違い故か出流はあまり好意的に受け止めていないが、それはそれ。アルコールが程よく効いた思考回路はその辺りをあまり寸借していなかった。

 

『ところで君』

「は、はい。わっ」

 

 常連客は出流の肩に手を置いて、あくせく働く蒼の方を向かせた。

 

「はい、ラーメンセットお待ちどう!」

 

 ある時は銀の髪を揺らしながら配膳する。

 

「店長、日替わりAとB1丁ずつ!」

 

 又ある時は声を張り上げ、注文を伝える。

 

「ありがとうございました!」

 

 そして客が店を出る時は笑顔を向けて、再び店内を巡り歩く。

 忙しそうだし、見ていて働きすぎではないかと心配になるが、蒼の姿は活力に満ち満ちていた。

 そんな蒼の勇姿を華麗に彩る水色の袖なしチャイナドレス。特注でもしたのか蒼の体躯にぴったりな一着は蒼の白い四肢と合わさることで、晴天下の海と砂浜のような青々しく晴れ晴れとした、爽やかな印象を見るものに与えていた。

 

『せっかく彼女があんなにも可憐で美しいチャイナドレスを身に纏っているんだ。何か一言、かけるのが礼儀じゃないかい?』

「……!」

 

 『確かに』と思った出流は、頭の中で褒める言葉を考える。だが衆目が突き刺さる状況に緊張が高まり、いい言葉が出てこない。

 身体が強張り、いつの間にか背筋を伸ばして居住まいを正す出流。バーコード頭の常連客はほうれい線の浮いた口元をほころばせ、蒼に手招きしながら呼びかける。

 

『イソミギちゃん! カレシさんが呼んでるよ!』

「人の彼氏に絡まないでくださいお客様。で、どしたイズル。注文か?」

「あ、え、えと……」

 

 近づいてきた蒼に、出流はカウンター席から降りて向かい合う。周囲から温かい視線が向けられて、とても冷静ではいられなかった。

 乾いてへばりついた喉を唾液で無理やり動かして、出流は声を絞り出す。

 

「そのっ! チャイナドレス…似合ってるな……って…………」

「ん……お、おう。ありがと」

 

 残念ながら、そのくらいの褒め言葉はバイト中に日常になっていた。

 

((あちゃあー……))

 周囲の常連客どもの声なき声が聞こえた気がして、出流は頭が真っ白になった。

 

「そ、それで。えっと、あの。んと……! …………っ」

「……あー……」

 

 口をぱくぱくと開閉しながら手をせわしなく動かす出流を見て蒼は、彼の混乱っぷりを察した。慣れない場所で馴れ馴れしい男どもに絡まれているのだ。コミュニケーションが苦手な出流にはさぞキツイ環境に違いあるまい。

 蒼は出流の肩を掴んで回れ右させ、背中を押して椅子に座り直させる。

 

「ま、とりあえず水飲んで、それからゆっくり注文決めな。んで飯食ってけ。俺が自慢することじゃないかもだけど、ここの中華は美味いぞ」

「う、うん」

「この格好に言いたいことがあるなら、バイト終わった後にたっぷり聞いてやるからさ」

「……ありがと、アオイ」

「おう。じゃ、ゆっくりしてけ。お客様?」

 

 そう言って、蒼は仕事に戻っていく。出流はカウンターにべたりと身体を伏せた。

 

「はあぁぁぁぁ………」

『そうか、君は口達者なタイプでは無かったか。はははすまんすまん』

「…………」

 

 軽い口ぶりで謝りながらジョッキを傾ける常連客に、出流は少し顔を傾けて恨みがましい目を向ける。

 主要因は周りのおっさん連中だなどという場の空気を損ねる発言を控えた出流は、多少の苛立ちと不甲斐なさから来る後悔を淀んだ吐息に変えた。

 

『まあとりあえずご飯を食べようカレシくん! お詫びにおじさんが奢ってあげよう!』

「はは……」

 

 乾いた笑いを浮かべながらメニュー表を開く。中華自体は食べたことがあるので、大抵の料理は見覚えくらいはある。だが明確に好みの料理があるわけでもないので迷ってしまう。

 

『迷ったなら店長に今日のおすすめを聞けば教えてくれるよ』

「な、なるほど」

 

 従業員と客の距離感が近い。こういう所が町中華の特徴なのだろうかと出流は思った。

 

「あ、あの。店長さん」

「おっなんだい?」

 

 慣れない行為で首筋に汗粒を浮かべつつ、顔と声を上げた出流。

 

「え、えと。その、オススメとかって―――」

「オイオイオイどうなってんだよこの店はァ!!」

 

 だがその声はホールの一角から響いた怒声に、無慈悲にかき消されるのであった。




―――その一!(悪あがき)

期待を裏切り申し訳ありませんが、もうちょっとだけ続くんじゃ(多分あと一話か二話)

次回は二週間以内には投稿できるんじゃない……かなあ(希望的観測)
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