急に店内に響いた大声に驚く出流。何事かと目を向けると、テーブル席にいた男二人が蒼を怒鳴りつけていた。
「酒注ぐくらいガキにだってできるだろうがよ!」
どちらも20代半ばくらいで、片方は赤い髪――染めたのだろう――でスカジャンを羽織っている。ガラの悪い面に厭らしい笑みを浮かべて、蒼を口撃するのを楽しんでいるだろうことが見て取れる。
「メシ作るのに時間かけてるくせに、詫びの一つも無いわけ?」
もう一人は整った顔の金髪で、パリッとしたスーツと首元のネックレスで小綺麗に見えた。こちらは興味なさげな風を装って爪の手入れをしているが、蒼を責める言葉はしっかり口にしている。
彼らの文句とテーブルに置かれた酒瓶から、出流は状況を推察した。
多分、彼らは最初料理がなかなか来ない事に不満を述べた。その誠意として蒼に酒を注がせようとしたが、それも断られる。だから腹を立てこれみよがしな態度を取り始めたのだろう。
「ウチはそういったサービスはしていません。それに、本日はスペシャルサービスデーで、料理の提供に時間がかかる場合があることもお伝え済みです」
蒼は頭を下げつつも物怖じすること無く、彼らの要求をハッキリと断った。だが言葉で収められる状況ではもう無いのだろう、相手の語気は強まるばかりだ。
「いやそーゆー話じゃなくてさァ!」
「人を待たせてる自覚があるのかって話でしょ」
スカジャンの茶髪が吠え、スーツの金髪が目だけで蒼を睨みつける。
ちなみにスペシャルサービスデーとは、単に蒼がホールに立つ日のことを指す。チャイナドレスの銀髪スレンダー美少女が料理を持ってきてくれるし注文を聞いてくれるというだけの日で、特にそれ以上の意味は無い。
それでも普段より客の入りが多いので集客効果はバッチリ出ていた。
「………」
「よ、よしなカレシくん!」
蒼を守るべく席を立とうとした出流だったが、腰を浮かせた所に常連客が肩を掴む。
「何故ですか」
「知らないみたいだから言っておくけど、あの二人はここらじゃ有名な迷惑客コンビ、通称『赤鮫』! 突然やってきては難癖つけて危険行為を要求してくる要注意人物で、なんでも実家の影響力が大きいらしく、彼らを出禁にした店は遠からず閉店するという噂もある!」
とりあえずこの近辺における目の上のたんこぶのような相手なのだろうと出流は理解した。
(……この街、思ったより治安悪いのかなぁ)
「………彼らの本名などは」
「聞いたことがない。どこかの企業の御曹司なんじゃないかと言われてはいるが……」
「そうですか」
座り直した出流に、常連客は声を潜めて話しかける。
「ここはイソミギちゃんにうまく切り抜けてもらうしか無い。おじさん達も忸怩たる思いなんだ……!」
出流が見やれば、周囲の客も心苦しそうな顔で彼らから視線をそらしている。目をつけられると碌なことにならないと分かっているのだ。
(さて、どうしようかな)
だがしかし、佐倉 出流に静観するという選択肢は無い。
よりベターな選択肢を考えこそするが、他に手がなければ店内で大立ち回りをも辞さない覚悟であった。
(確かに、ここで僕がただ飛び出して状況が好転するかはわからないし、アオイがバイトしているお店に迷惑をかけるのは
打てる手、付け入る隙は無いか。出流は手がかりを求め、身を乗り出して彼らをよく観察する。
(……あれ? あっちの金髪の方、どこかで?)
出流の記憶に引っかかる、金髪の方の顔。
(そう、確かいつかのパーティー会場で……あ、うん。やっぱりそうだ)
もう一度よく見て先程の会話を思い返し、記憶違いが無い事を確認する。
(あの人なら……説得はできそうかも)
一歩前進した出流だったが、動くにはまだ早い。
(でも、あの人の恨みは買わずに済ませたいな。アオイの為にも……)
決して、相手への手心だけではない。
出流の記憶が正しければ、金髪は隠しているようだが確かな社会的地位を持っている。この場で大声でそれを叫べば多分金髪は引くだろうが、彼の地位に疵がつく。
そうなればこの場は収まったとしても、後々の火種になりかねない。
なので出流としては、『この場であなたの正体を明かしても良いですけど、あなたの名誉の為に黙っておきますよ。その代わりに、この場は引きませんか?』といった具合の内緒話をして、恩を着せつつ相手を引かせたい。
そのために出流にできることは何か。
一人の客として近づいたところで、赤髪に阻まれてしまう。彼らの隣に座ることが自然なものでなければ。
(隣に、座る――あ)
一つ、思いついた。
けれど、うまく行くだろうか。
(いや、まあ、大事なのは肩書だから。
最悪身を切る事にはなるが―――己の都合など、蒼を守ることに比べれば些事に等しい。
「店長さん」
「な、なんだい?」
中華鍋を振るう店主が驚いて出流を見る。出流は、至極真剣な眼差しを向けていた。
「……お願いがあります」
(あーめんどくせ。さてどーすっかな)
頭を下げて罵詈雑言と要求を聞き流しながら、蒼は考えを巡らせる。
研修の際に、店長から要注意人物として彼らについての
(でも、確か未成年が酒注ぐのって法に触れるんじゃなかったっけ)
『玲瓏』でアルバイトする事になった折、ふと気になって調べたことがあった。たしかダメらしい。
それを知らないのなら言えば取り下げるかもしれないが、危険な賭けでもある。
蒼自身記憶が曖昧なのだ、下手に法律という強い手札を盾にすると、いざ間違っていた時の立つ瀬が無くなる。
(店長引きずり出せばなんとかしてくれるか…? いやどうだろうなぁ……なんかこいつ等が来た途端覇気が萎れてたからなぁ……)
「ええ、ですから……」
赤髪の『タイム・イズ・マネー』だか『ザッケンナ』だかの威圧的な文句を蒼はマニュアル通りに聴き流しつつ、のらりくらりと言葉で対応を引き伸ばす。どうにか状況を好転させるためのアイデアを出す時間稼ぎだ。
だがそんなものが長く持つはずもなく。
「いい加減にしろよ……ッ!」
赤髪が痺れを切らし、蒼の手首を捕まえる。蒼は反射的にその手を振りほどこうとして。
横合いから伸びた手が、赤髪の手首を掴んでいた。
「アァ!? てめぇ何様―――っ」
「えっ誰……、ッ!!?」
赤髪が威圧的に顔を上げ、蒼の視線が伸びた腕を追いかけて、驚愕に息を呑む。驚きの方向性は、違っていたが。
黒い髪で目元を隠した、蒼と背丈が同じくらいの細身の『少年』―――佐倉出流。
だが、今の彼が身に纏っているのは、来店時に着ていた学生服ではなかった。
「
腿の半ばまでスリットの入ったその衣装は、紛うことなき
出流は一度掴んだ手首を両手で握り直す。赤髪は怒りを忘れたかのように、振りほどこうともしなかった。
「当店は、従業員への過度の接触は――」
季節外れの長い袖に長い裾、控えめなスリットで男性特有の骨の太さなどを隠しているのだろう。
しかし、果たしてそのような小細工が必要なのかと思える程に。
恥じらいに頬を染めつつも優しく笑う出流の姿は、性別の概念が根底から崩れるほどに可愛らしく。
「――ご法度、ですよ?」
出流の、ともすれば男を忘れたかのような姿に。
蒼は動揺と戦慄を禁じ得なかった。
好きな性癖発表ドラゴン「男の娘」。
・舞台裏
「従業員として接触する、と。ならコレだね(チャイナドレスを取り出す)」
「えっいやそんな時間は」
「これを着ればイソミギちゃんへの無理な注文を君が肩代わりするという流れが使える! 絶対に着るべきだッ!(力説)」
「そうかな……そうかも………」