アオイとイズル   作:東雲。

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二分割した前編が上がっています。
こちらを先に開いた場合は、一話前から御覧ください。


受容(2)

 炭素製の細芯が、小さな擦過音と共にノートの上を走る。

 出流と蒼は長方形の低い白テーブルを挟んで座り、宿題と格闘していた。

 部屋に入る前までは『これは実質的に女子の部屋に招かれているのでは』とか考えてまた自分を呪っていた出流だったが、いざ始まってしまえばいつもの勉強会と変わらない雰囲気に安堵しつつ、リラックスして眼の前の宿題に取りかかれていた。

 

(アオイが性別変わってからは来るの初めてだったけど……変わってなくて安心したなあ)

 

 蒼の部屋は本人の多趣味の産物として、とにかく物がいっぱいだ。

 スチールラックにはゲーム機やボードゲーム、組み立て済みのプラモが並び、壁に器材を取り付けて三次元的に確保した収納スペースにはバスケットボールや野球のグローブが架けられている。

 整理整頓はされているが趣味のとっちらかった空間、それが五十右 蒼の部屋だった。

 

(これでファンシーなぬいぐるみとか化粧台とかあったらどうしようかと)

 

 出流は『もしそうなってたら部屋に入るのにめちゃくちゃ躊躇しただろうな』と自嘲を含め内心笑っていると、目線を手元に向けたまま蒼が口を開いた。

 

「イズルー、ここなんだけどさ」

「どれ――ッ!」

 

 出流はつい普段のノリで身を乗り出したが、身体を前に傾けている蒼のブラウスの襟元から谷間が見えかけた瞬間、全力で浮かせた腰を引き戻した。油断しきっていた所への不意打ちに胸が高鳴ってしまい、出流は己の迂闊と、欲望に正直な心臓を恨んだ。

 

「どった?」

「い、いやなんでも。それよりどの問題?」

「ここ」

 

 在りし日の姿は忘れるくせにこういう癖は覚えているのかとまた自分自身への憤りが募るが、過ぎたことはひとまず脇に退けて蒼の疑問に答えていく。

 

 そうして一時間と経たずに宿題が終わりかけた頃。

 

「なーイズルー」

「なに?」

 

 一足先に宿題を済ませ、筆記用具を片付けていた出流は蒼へと振り向く。俯いて手元を見ていても蒼の美貌には僅かにも陰り無く、むしろ伏せられて見える瞳に艶のある魅力を覚えて出流の心臓が跳ねる。

 

 最後の問題を解き終えて、コトリとペンを置いた蒼は、しかし目線を下げたまま零すように言った。

 

「いつも、ありがとな」

「え、どうしたの急に」

 

 予想外の発言に出流は面食らう。まずそもそも感謝されるような心当たりが無い。何かあったかと明後日を見ながら記憶を遡る出流を眺めて、蒼が小さく鼻を鳴らす。右手のペンを指先でくるくると回し始めた。

 

「……そんな大した事じゃねーよ。こうやって勉強教えてくれてるだろ? 受験勉強もテスト勉強もさ。イズル先生がいなかったら俺、今の高校に入れてねーだろうし、二年に上がれたかも怪しいんだからな」

 

 蒼の言葉に納得した出流は、しかし胸を掻きむしりたくなるような罪悪感に襲われた。

 

「そ、それは……ごめん」

「なんで謝るんだよ」

 

 腰を浮かせた蒼に、出流は手に持っていた筆箱をテーブルの上に置き、両手を足の付け根に乗せる。

 

「だ、だって……アオイ、僕を助けたから……その、暴力沙汰……で、謹慎になって、クラスで不良扱いされて、だからっ。僕と同じで、皆から離れるために、今の高校、受けたんだよね?」

 

 『自分を助けたせいで、蒼は中学校の居場所を無くした』。元から家柄の影響で居場所をなくしていた出流に引きずり込まれて、蒼も同じ立場にさせてしまった。

 一人の人生、それも今となっては大切な親友のそれを歪めてしまった。その現実を認識する度に、出流は激しい罪悪感に苛まれる。

 

 無力感が体内で渦巻いて、瞼の端から溢れてくる。出流は次第に俯き、声も滲んでいく。

 

「僕っ、僕が、一人で解決できてたらっ。アオイが、僕を助けなければっ……アオイだって今頃――」

「イズル、顔上げろ」

「ぅえ?」

 

 ぐしゃついた顔を上げた出流の頬を、蒼の右手が鷲掴みにする。

 憤怒に燃える蒼の顔が間近に迫り、出流は思わず仰け反った。

 

()アオイ(はほひ)……」

「次に同じ事言ったらマジでビンタしてやるからな」

(ぶぇ)?」

「いいかイズル、よく聞けよ。俺は、あの日イズルを助けたことを後悔してねえ。もう一度あの日をやり直せたとしても必ず同じ事をやってやる。謹慎? 不良? 言いたいヤツには言わせてやりゃあいい。上っ面の評価なんざ重要じゃねえんだよ。……無くして困る居場所でも、無かったしな

 

 まくし立てる蒼の勢いに、出流は完全に呑まれていた。

 最後に小さく零した言葉は、うまく聞き取れなかった。

 

「そもそも! 俺がこの高校選んだのは、お前と―――ッ!!」

 

 何か言いかけた蒼が突然固まる。パクパクと口を開閉させる蒼に、出流は頬肉を挟まれたまま声をかける。

 

アオイ(ふぁふぉひ)?」

「と、とにかくッ!」

 

 蒼は出流の顔面を掴んでいた手を離す。後ろに倒れそうなところを肘で身体を支えた出流を見下ろして、立ち上がった蒼は――昼のメイクはとっくに落としたはずなのに――赤い頬のまま、力強く言い放つ。

 

「俺は出流を助けなけりゃ良かったなんて、これっぽっちも思ってねえ! わかったかこの野郎!」

「う、うん。それは、よく、わかった」

 

 出流は気圧されつつも頷き、同時に自分の考えが変わるのを感じていた。

 

(上っ面の風評よりも大事なもの……そうだ、そうだった。僕はアオイの姿ばかり意識して、アオイの心をちゃんと見てなかったんだ。見た目の性別に囚われず『アオイ』っていう人間を見る。大事なのはそれだったんだ!)

 

 胸の中に蟠っていた靄が晴れていく。今まで囚われていた思考が大したことじゃないように思えてくる。それと同時に、出流の中で蒼への尊敬が強まる。

 

(僕が悩んでたこと、アオイはとっくに答えを出してたんだ。やっぱりアオイは凄いなあ)

 

 出流の返答に満足したのか、蒼はどっかと床に腰を下ろす。憤怒の形相も鳴りを潜め―――頭に疑問符を浮かべていた。

 

「悪い、何の話してたっけ?」

「ええっと……どういたしましてって話」

「ハッ、なんだそれ」

 

 出流の返事に馬鹿らしくなったのか、蒼は笑う。それを見て出流も笑った。

 


 

 宿題を終えた二人はそのまま蒼の部屋で協力型のゲームを遊び、日暮れと共に自然と解散した。これ以降、出流は蒼の容姿を過度に意識することはなくなり―――過去の姿を思い出そうとすることも、しなくなった。




出流にとってのターニングポイントです。

登場人物紹介
五十右(いそみぎ) (あおい)
年齢:17
身体的特徴:銀髪ぱっつんストレートロング紺眼モデル体型色白ウルトラ美少女。APP17
趣味:特になし。
説明:
 とある私立高校の二年生。不運にも女になってしまう。
 小6の頃に親の転勤で全然違う所から出流の住む地域に引っ越してきた。そのまま中学校に進学したが、中途半端な時期に転校したことで新しい環境に中々馴染めずにいた所で出流と出会い、今に至る。

 肉体こそ女になってしまったが精神は男のつもり。現時点では『男性を好きになる訳がないが、でも女性が好きって気分でもねーな』というあやふやな状態になっている。
 出流に対しては友情と同時に強く深い愛情を抱いているが、それは性だの恋だのを伴うものではない。
 ――現時点では。
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