アオイとイズル   作:東雲。

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前回から少し間が空いたのは全部花粉症ってやつの仕業です。
いい目薬買ったのでマシにはなってますが。


幕間 -過去(1)-

 13歳の蒼は、世の中を斜に見ていたつまらない子供だった。

 

 いつ役に立つともわからない事を、習う意味がわからなかった。

 同じ教室にいるだけの他人と、慣れ合う意味がわからなかった。

 苦労ばかりの課外活動に、時間を費やす理由がわからなかった。

 

 実際はただ授業についていけなかっただけ。友達を作れなかっただけ。部活に入ろうとしなかっただけ。白紙の画用紙を『新雪の絵を描いた』と言い張るような行為に過ぎなかった。

 

 中学の時点で同級生より頭抜けた恵体で、いじめの標的にこそならなかったものの―――むしろ、だからこそ、蒼は周囲から関心を向けられる事すらなかった。

 共通の話題を求めて、小遣いを叩いて思いつく限りの趣味っぽいものに手を出してみたが、どれも長続きせず徒労に終わる。

 

 

 ままならない人生に憤っていた、蝉の鳴き声が喧しいある日の放課後。

 

 

 蒼は校舎裏の方に向かう四人の男子生徒を見かける。一人を三人が囲む形で、三人の方が楽しげに笑っているのに対し、顔を俯けた一人は楽しそうには見えない。

 三人と一人の関係性は、蒼にもすぐに察しがついた。

 

(……アホらしい)

 

 人気のない方へ向かっていく彼らの誰とも面識のない蒼に、関わる義理は無い。そのまま帰ろうとして――しかし踵を返す。

 

 特に理由なんてなかった。ほんの気まぐれ以上の何物でもなかった……と、蒼は思っている。

 

 土を踏みながら、蔦の這い回る菱形金網とコンクリートの校舎の狭い間を歩く。木々に日光が遮られた道は薄暗く、半袖には少し肌寒い空気がまとわり付く。

 

 だんだんと、話し声が聞こえてきた。

 

『――なあ佐倉、金持ちなんだろ? 俺達ビンボーなんだから寄付してくれよ』

『俺たちさぁ、トモダチだよな? ちょっとの間借りるだけなんだから良いよなぁ?』

『そうだ、俺最近欲しいゲームあったんだよねえ。一万……いや二万くらい出してくれよ』

『う、うぅっ』

 

 覗き込んだ先は、前後に伸びる校舎が途中で凹んで出来た、大して広くもないスペース。ガラの悪い連中のたまり場としてはうってつけだ。

 三人はひときわ背の低い少年を壁に押し付け囲み、金銭を強請(ゆす)っているらしい。よくはわからないが強請られている側は金持ちの子供らしく、その上見るからに非力で気弱。悪どい事を考える連中の標的としてこの上ない獲物であろうことは、蒼にも想像がついた。

 

「俺の兄貴マジモンのヤンキーだからよ。テメーなんかその気になれば二度と学校来れねーくらいにボコボコにしちゃうぜ?」

 

(結局兄頼りじゃねーか。借り物の威勢で随分と大きく出たな)

 

 何かが、蒼の中でフツフツと沸き上がる。自然と拳を握りしめ、眉間にシワが寄る。

 蒼は、衝動のままに一歩踏み出しかけ。

 

「い、いやだっ」

「あ?」

 

 足が止まる。前髪で目元が見えない少年は、鞄を両腕でぎゅっと抱きしめたまま顔を上げる。

 

「僕、もうこんなのいやだっ。みんな……みんな僕を金持ち金持ちって! 白波瀬(しらはせ)くんも、安発(あわ)くんも中嵜(なかさき)くんも! 僕、もう――」

「うるせェよ」

 

 軽薄な乾いた音が、小さな空間に響いた。

 左の頬に赤い跡を刻まれた少年が、顔を右に向けたまま呆然としていた。

 

「ちょ、流石に叩くのは不味いんじゃ」

「知るかよ、こいつが訳のわかんねーことばっか言ってんのが悪いんだよ」

 

 瞬間、蒼は飛び出していた。『先生を呼ぶ』、『大声を上げる』。色々やりようはあったはずなのに。

 長い時間をかけて胸に堆積していったものが、蒼の身体を衝き動かした。

 

 とりあえず一番近くにいたヤツの鼻っ柱をぶん殴って。

 何が起きたかわからず固まっているもう一人の腹を蹴り飛ばして。

 目を白黒させた三人目の胸ぐらを掴んで地面に投げ倒す。

 

「んぶっ、な、なんだてめぇいきなり殴りやがって!」

「先生に言いつけてやるからな!!」

 

 三人が蒼に向けて悪態をつきながら、蒼が来た方向とは逆の方へバタバタと走り去っていくのを、蒼は荒い息を吐きながら見送った。

 

 見送ったのではない。蒼はただ、その場を動けなかった。

 

 込めた力が中々抜けない右の拳に目を向ける。顔面を殴った時に鼻血でも出たのか微かに血が付いていた。ほんの十秒前の感触が蘇る。一瞬の皮膚と肉の柔らかさ、その直後の骨の硬さ。人を殴ったのは、生まれて初めてだった。

 蒼はゆっくり、壁にもたれかかる少年に向き直る。少年はビクリと震えたかと思うと、鞄を抱きかかえたまま蒼の脇を抜け、蒼が来た道を走っていった。

 

 程なくして駆け付けてきた先生に捕まるまで、蒼は呆然と立ち尽くしていた。

 


 

 日が暮れて、鴉の鳴き声が聞こえてくる頃。

 自室のベッドに仰向けに寝転がった蒼は、組んだ手を枕にしながら天井を見つめていた。自然と、数時間前の会話を思い返す。

 

『あの子達がしていたことは確かにいけないことだ。それを止めようとする心意気は良い。でも、だからって手を出して良い理由にはならない。わかるかい?』

『……はい』

『教頭先生、この通り彼も反省しています。相手の親御さんは停学を求めていますが、佐倉さんの家の事もありますし……謹慎にしませんか』

『まあ、その辺が妥当でしょうな。停学処分は事が大きくなりすぎる』

 

 思い返しても特に意味が無いが、他にやることもない……訳ではなく。謹慎期間中に出された課題や反省文などやるべきことは色々あるのだが、手を付ける気が起きなかった。

 

(……俺って、なんなんだろ)

 

 蒼は、自分のことがわからなくなっていた。

 

 なんで助けようとしたのかがわからない。

 どうして話もせずに殴り飛ばしたのかがわからない。

 自分の中に蟠る、フラストレーションの正体がわからない。

 

(……このままで、良いのかな。良くねえ、よな)

 

 自分が間違っている自覚はある。漠然とした焦燥感もある。だが、そこからどうすれば良いのかがわからない。

 

 蒼はゴロリと寝返りを打つ。壁際のベッドからは自分の部屋がよく見える。

 床に転がったプラモデルとバレーボール。壁に立てかけただけのスノーボード。どれも虚しい見栄を張ろうとした、努力というのも烏滸がましい虚栄の残骸だ。

 

 蒼は再び寝返ってうつ伏せになり、枕を引き寄せて顔を埋める。

 

 ――唐突に扉が叩かれた。

 

『急な訪問になったこと、まずは詫びさせてほしい』

 

 聞き馴染みのない男の声だった。蒼はのっそりと身体を起こし、閉じた扉へ目を向ける。

 

「ホントに急だな。いきなり部屋の前までってのは非常識じゃねーのかよ」

『重ねて詫びよう、すまなかった。どうしても今日中に、君と話がしたくてね――蒼くん』

「……誰だよ」

『その前に扉を開けてくれるかい?』

「やだね、あんたが先だ」

 

 蒼は、謎の男に明確に敵意を向けていた。だから、一つイタズラを思いついた。

 

(アイツが名前を言う直前に扉を開けて驚かせてやる)

 

 先程までの反省の兆しは何処へやら。幼稚な抵抗を企てる蒼を他所に、男は言葉を返した。

 

『では、私が名乗ったら扉を開けてくれるかな?』

 

 蒼は足音を殺して扉に前に近寄り、ノブに手をかける。

 

「……ああ、いいぜ」

 

 扉の向こうにいる男は、咳払いを一つした。

 

(今だっ!)

 

 蒼は勢いよく扉を開け放ち、不届き者の顔を見やる。さぞ驚いただろうと期待を寄せながら。

 

 ストライプの線が入った、灰色のスーツをかっちりと着こなす175cm程度の男。四角い眼鏡の奥の目にはうっすらと隈があり、若干疲れを匂わせる。しかしその微笑みに貼り付けたような不自然さは無く、誰であろうと警戒を解いてしまいそうな柔和さがあった。

 

 男は、眉一つ動かしていなかった。それどころか、握手を求める手を蒼に向けて、待っていたのだ。

 

『私は佐倉(さくら) 流代(りゅうだい)。今日君が助けた少年、佐倉 出流の父親だよ。五十右蒼くん』

 

 オールバックに撫で付けた黒髪を後ろに流した男は、優しい声でそう名乗った。




・白波瀬(しらはせ)
・安発(あわ)
・中嵜(なかさき)
いじめっ子グループ……としてはまだガチじゃないくらいの子供たち。出流相手に金のゆすりしかしてなかったが、当時の出流にはそれはそれで辛かった。
三人合わせて大三元。
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