アオイとイズル   作:東雲。

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幕間 -過去(2)-

 五十右家のリビングは、蒼、さっき名前聞いたばかりの大人(流代)、そしてその子供(出流)の三人だけになった。

 

(キッツ)

 

 三者面談の教師側のように流代と出流に向かい合う蒼は、あの場面に首を突っ込んだ事を激しく後悔していた。

 神経は図太い方だと自認している蒼だが、流石にこれは息苦しい。

 

「……え、ええと、佐倉……さんは、今日は仕事とか……」

 

(大人なんだから仕事あるだろとっとと帰れ……!)

 

 蒼は愛想笑いを浮かべながら、パートに行く母親を見て思いついたキラーワードを第一声でかましてみる。

 

「あるよ。でも今はこっちの方が大事だから時間を作って来たんだ」

「そう、すか。じゃ、じゃあ早く話してくだ、さいよ。俺に言いたいこと、あるんすよね」

「ああ、無理に敬語で話さなくても良いよ。私は気にしないから」

「……お言葉に、甘えて。で、用ってのは」

「うん、君にお礼と……お願いがあって来たんだ。出流の事でね」

 

 そう言って、流代は隣に座る出流の頭を優しく撫でる。緊張しているのか口元を引き結んでガチガチに固まっている出流は、流代に撫でられて少しだけ肩の力を抜いた。

 

「お礼って。俺は別に、助けようと思ってやった訳じゃないし」

「それでも、出流は助けられた」

 

 穏やかに、しかし決断的に言い切る流代に蒼は若干気圧される。

 

「それだけじゃない。君のお陰で私は、大きな過ちに気付くことが出来たからね」

「大きな……過ち?」

 

 組んだ手を机に乗せて、流代は顔を伏せる。

 

「恥ずかしい話なんだが、私はこの十年ずっと仕事に掛かり切りで、子供に――出流に殆ど構ってやれなかったんだ。使用人達がいれば、親が直接面倒を見なくても問題ないなどと……経験も無いくせに育児を軽んじていた」

 

 組んだ手にギリリ、と力が籠もる。己の不甲斐なさへの憤りと悔恨は、見ているだけの蒼にも伝わってくる。

 

「子供もまた、一人の自己を持つ人間であることを迂闊にも失念していた。君が一件を起こしたことで私は出流の現状を知り、本人から話を聞いてようやく、さ」

 

 反省と後悔が滲む声色で、流代は言葉を重ねる。蒼は、流代の言葉を反芻していた。

 

(一人の自己を持つ人間……)

 

 果たして今の自分はどうなのだろうかとも考えかけたが、今は流代の話に集中するべきだと思考を切り上げる。

 

「その結果がこれだ。出流は何年も苦しんでいたのに、問題が起きて始めてそれに気付かされる……まったく自分が情けない。父親失格だよ」

「……っ」

 

 流代のスーツの袖を出流が摘む。流代は心配げに父親を見上げる出流の手に自らの手を乗せて離させ、静かに立ち上がる。

 

「五十右蒼くん。出流を助けてくれて、私の過ちを気付かせてくれて――ありがとう」

「っ」

 

 深々と頭を下げる父を見て慌てて立ち上がった出流は、流代に倣ってぺこりと頭を下げる。

 

「た、助けてくれてありがとう。五十右くん」

「……っ」

 

 蒼は、不可思議な感情に喉を詰まらせる。眼の前の大人は――下手したら子供の方も――本来ならば蒼程度、歯牙にも掛けない立場のはず。それが今自分と対等に話し、剰え頭を下げている。蒼には、それがどうにも居たたまれなかった。

 

「わ、わかったよ。わかったから顔上げてくれよ。どういたしましてって言えば満足かよ」

「ああ、それで十分だ。蒼くんが望むのなら、いくらか謝礼を渡そうと思っているのだけど」

「謝礼って――」

 

 流代は「お金の事だよ」と素直に答える。蒼は慌てて手を振った。

 

「い、いらねえよ! 言っただろ、金や礼が欲しくてやった訳じゃねーって」

「ん、そうか。まあ無理強いはしないけれども」

 

(いくら理由があっても知らない人からポンと金渡されるのこえーよ)

 

 蒼は小市民だった。

 

「では、お礼の話はここまでにしようか。もう一つのお願いの方なんだが……出流」

 

 流代に促され、出流は頭を上げて蒼に顔を向ける。

 

(お願いってそっちからかよ。何のつもり――)

 

 

「い、五十右くんっ! 僕と、その……友達に、なってくれない……かな!?」

 

 

 蒼は二十秒程費やして出流の発言を咀嚼し、その意味を理解する。

 その上で、蒼は言葉を吟味し――口を開く。

 

「頭大丈夫か?」

 

 


 

 

「大丈夫だ、けど」

「だったら常識で考えろ? 俺はつい数時間前に問題起こして謹慎食らってんだぞ。なんでそんなやつと友達になりたがるってんだ。普通ありえないだろ」

「っ……」

 

 何を思ってか言葉に詰まった出流に代わり、流代が話を引き継ぐ。

 

「ふむ、そうだな。出流は見ての通り気弱で、身体も強くはない。今回は蒼くんのお陰で助かったものの、また同じことが起きる可能性は極めて高い」

 

 蒼は憮然とした表情のまま、脳内で三人組の顔を思い浮かべる。あまり性格(と頭)が良さそうな面には見えなかった。

 

「まあ……だろうな」

「そこで君だ。君が出流の隣にいることで、出流を狙う子供達も二の足を踏む。君の存在は出流を守る抑止力足り得る」

「なんだよそれ。俺はボディーガードじゃねーぞ」

「身体を張る必要は無いさ。君がいるだけで自然にそうなる。それでも手を出すような相手がもしいたのなら……それは大人が対処するべきだ」

 

 都合よく使われようとしている印象が拭いきれない蒼は、頭を捻って難癖をつける。

 

「……良いのかよ。俺みたいな不良がソイツの近くにいても。なんか……よくわかんねえけどさ。イメージとか……ないのかよ」

「気にしないさ。人の噂も七十五日と言うだろう? 君がまた問題を起こしたりしなければそんなレッテルはいずれ風化する」

「だったら――」

()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「ッ!?」

 

 『俺がまた問題を起こさない保証でもあるってのかよ』。喉まで出かかった言葉を先回りしたかのような流代の一言に、蒼は動揺して二の句が継げなくなる。

 

「何を、根拠に」

「今日、君を見てそう感じただけだよ」

「そんなの――」

 

(――何の根拠にも――)

 

「なるとも」

「――ッ!」

 

 人生で経験したことのない異常事態が、蒼に危機感を抱かせる。

 

「私はこれでもそれなりの人の上に立っている身分だからね。人を見る目には自信があるつもりだ――まあ息子相手には目が曇っていたわけだが」

 

 流代は頬を掻くが、片やの蒼は冷や汗が止まらなかった。

 

「君は悪党じゃない。若さ故の無思慮さはまだあるが、咄嗟の判断は常識的で、会話の通じる善人だ」

 

 当の蒼がわからなくなっている自分自身の事を、確信を以て断定する流代の物言いに、蒼の背筋が冷えていく。

 

「そんなはず」

「根拠を話そうか。……私が君の部屋まで来た時、君はまず常識を問いてきた。誰何ではなく、完全に無視するでもなく。この時点で君は常識と対話を重んじるタイプである事が伺える」

 

 旗色が悪い。何かを言わなければいけない気がする。

 だが、動けない。何を言っても――言おうとした時点で――返される未来しか見えない。

 

「また、出流のお願いを聞いた後、君が僕に投げかけた疑問はこちらを慮るものだったね。君は自分の都合より他人の都合を重要視できる、利他精神の持ち主だ」

 

 目の前に突然、底の見えない谷が現れたようだった。飛び降りなければ先に進めないが、恐怖が身体を縛り付ける。

 流代は蒼に笑顔を向ける。それまでと何も変わっていないように見えるのに、蒼にはその顔が魔王か何かと見紛うほどに恐ろしく思えた。

 

「まだ言えるが……聞くかい?」

「…………いや、いい」

 

 蒼は、力なく椅子に身を預けて顔を俯ける。世の中を斜に見て賢ぶっていた自分が、いかに子供であったかを理解させられていた。

 

「ということで、私は君を見込んでいる。出流の近くに君がいてくれたら安心だ――とね」

 

 敗北感が胸中に満ちる。だが蒼はそこから反発心を捻り出す。

 

(『常識的で会話の通じる善人』だ? だったら諦めるまで嫌って言い続けてやる!)

 

 幼い誇りを守るために蒼は対話をかなぐり捨てようとして。

 

「……わかったよ。理由はよーく理解した。でもな――」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「――あ?」

 

 それまでの感情の全てが吹っ飛んだ。

 顔を上げた蒼に向けて、流代は肩をすくめておどけた態度を見せる。

 

「適当にでっち上げただけだよ。こういう理由付けをすれば君は納得するかなと思ってね」

「え、は、なに?」

「そもそもこのお願いは、出流から言い出した事だからね。だろう?」

「う、うん」

 

 蒼は半ば存在を忘れかけていた出流に振り向く。出流は両手の指を合わせてもじもじとしつつも顔を上げる。

 

「昼は、お礼も言えずに逃げてごめんなさい。あの時の五十右くんは、少し怖かったから……でも、それだけじゃなくて。『かっこいいな』……って、思ってて」

「かっこ……いい?」

「うん。呼んでも居ないのに、僕を助けてくれたから。とってもかっこよくて、強くて……僕も五十右くんみたいに強くなりたいって思った」

 

 出流は懸命に言葉を紡ぐ。その姿に、蒼は言語化できない心の揺らめきを感じていた。

 

「だけどあの時、五十右くんとても辛そうな顔もしてた。五十右くんも、何かに苦しんでるんだって思ったんだ」

 

 座っているのが堪えられなくて、蒼は自然と立ち上がる。

 腕に小さな鳥肌が立って、汗粒が顎を伝う。少年の青々しい感性が、何かが大きく変わる予兆を鋭敏に感じ取っていた。

 窓も明かりもない部屋の中、閉ざされた扉の前に立っているかのよう。自分の意思で扉を開ければ、蒼の知らない世界が待っている気がする。

 

「僕、五十右くんの事、もっと知りたい。僕じゃ役立たずかもしれないけど、五十右くんの悩み、一緒に解決できたらいいなって」

 

 出流の前髪の間から、彼の瞳が見えた。ルビーのように煌めく深紅の瞳が。

 蒼は、自分にだけ見える扉に手をかけ、そして――

 

「だから、五十右くんと友達になりたいんだ。五十右くんは、僕の――()()()()()()()!」

 

 

 ――春風が、身体を突き抜けた。

 

 

「―――」

 

 知らない世界は、閉塞感に満ちた部屋の中より格段に綺麗だった。

 

(……よりにもよってヒーローかよ。おめでたいにも程があんだろ)

 

 流代の話を聞く限り、出流は何年も前からいじめられていた。にも関わらず、出流からすれば問題児でしかないはずの蒼に、どうしてここまで信頼を寄せられるのか。

 蒼には出流の思考がわからない。だからこそ、知りたくなった。

 

(こんな事なら、寝たフリして帰らせれば良かった)

 

 思考とは裏腹に、蒼の表情は喜びが隠しきれていなくて。

 知らずの内に握りしめて、汗の滲んだ手をズボンで拭って出流に向ける。

 

「――いいぜ。これからよろしく。えっと……佐倉」

 

 自然な笑みを見せながらの蒼の言葉に出流は満面の笑みを浮かべ、両手で蒼の手を取る。

 

「うん! 明日からよろしく! 五十右くん!」

 

 

 中学一年生の初夏のある日。

 夕陽の差し込むリビングで。

 蒼と出流は、友達になった。

 

 


 

「俺三日間謹慎だから学校行くのその後なんだけどな」

「あっ……ご、ごめん」




キリ良さそうに見えますがもう一話だけ過去編にお付き合いください。


登場人物紹介
佐倉(さくら) 流代(りゅうだい)
年齢:44(過去編では40)
身体的特徴:黒髪黒目細身のオールバック黒縁メガネ。インテリヤクザ風?
趣味:人間観察、ゴルフ、ツーリング
説明:
 出流の父にして、IT企業「ブロッサム」のCEO。
 佐倉家が有するグループ企業に就職し、ある日を境に頭角を現す。
 数人の仲間を連れて独立し「ブロッサム」を立ち上げ、以て成功を収めた。
 佐倉家傍流の娘に婿入りし一人息子を設けてからも業績を上げ続け、家族と会社の基盤を安定させるべく奔走する。十年以上の激闘の果てに当初の目的こそ達成したものの、急進の波紋が息子に及んでいたことに気付かなかった。
 反省を経ての現在では、事業の規模も安定路線に入り後継者の育成も順調で、出流にも目を向けられるようになっている。

 他者を取り込むことにかけては右に出る者はいない程の天性の才覚の持ち主。某TRPG風に表現すると《言いくるめ:95》

 十年以上の激闘を戦い抜いた熱意の源泉が、佐倉グループ主催のパーティーで見かけた朱い瞳の女性の微笑みに魅せられたためなのは、夫婦だけの秘密。
 実年齢-10歳に見られる程度に若々しく精力的。秘訣を聞かれた際は「毎日を大切にすることと、妻のお陰です」と答えている。
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