マザコンなトガちゃん   作:白虎しゃも

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習作『額縁の中の星は輝いているか?』

 火伊那ちゃんが先輩の昔話をするとき、事前に何を話すか話さないかは決めておきました。基準としてはこれ話したら被身子に刺されるだろうなぁ、と思ったエピソードは省略しています。夏休みに海へ行った一夏のアレソレだとか、冬休みにクリスマスだからとはしゃいでやってしまったゴニョゴニョだとか。また脳味噌が壊れると騒ぐに違いない、と確信していました。

 しかし、と火伊那ちゃんは考えます。それを言うならこちとら再会したら先輩に子どもがいたんだぞ? と。それもだって被身子が今年で十四才だから先輩のさんじゅー……いややめておこう、どんな風に考えても私の脳味噌が破壊されるだけだ、はいこの話やめやめ! と火伊那ちゃんは考えるのをやめました。

 というか別に先輩のことをそういう意味で好きなわけじゃないからな! とツンデレのように内心で付け足します。それから、そもそも先輩との繋がりを断ったのは私じゃないか、と自嘲しながら晩御飯の熊鍋を咀嚼しました。

 

***

 

 はじめて人を殺したとき、火伊那ちゃんは胃の内容物を全部吐きました。吐けるものが胃液だけになっても尚、吐き続けました。

 

 ヒーローにはなれないだろうなぁ。入学当初、火伊那ちゃんはヒーローになる夢を半分以上諦めていました。このまま何者にもなれないかもしれない、そんな漠然とした不安を抱えつつ、だからといって、解決策があるでもなく。

 でも、先輩が夢を描き出してくれました。何も知らないのに『火伊那ちゃんに似合うと思って』と事もなげにヒーローになった自分の姿を描いてくれたのです。だからすっかり感化されてしまって、まだ間に合うと、惰性で続けていたヒーローになるための努力を一から本気で組み立て直しました。

 そうした折に、公安からヒーローのスカウトを持ちかけられます。公安といえばヒーロー免許の発行に携わっている組織だと、火伊那ちゃんの認識はそれくらいでした。だから、社会としてヒーローだと認めてくれる組織に自分の努力が認められたのだと、当時はこの上なく舞い上がったのを覚えています。

 

『君のその右腕で社会をより良くしよう』

 

 そう言って差し伸ばされた手を迷うことなく取り、これから私は先輩が描いてくれたようなキラキラ輝くヒーローになるのだと、全身が希望で満ち満ちていました。

 

 今にして思えば滑稽極まりない姿だと、火伊那ちゃんは過去の自分を唾棄して止みません。

 

 公安の訓練は予想以上に厳しく、これヒーローに必要か? ということまでみっちり仕込まれましたが、決して挫けることはありませんでした。ときには辛くて逃げ出したくなることもありましたが、そんなときは、自室に飾った額縁を見上げます。額縁の中に輝くのは一等星(ヒーロー)。見た目が大人になった自分というのは気恥ずかしさもありますが、卒業する先輩に譲り受けた大切な宝物です。

 

 なりたかったものは、こんなにも眩しくて、だから目が眩んでいただけで、全部、全部全部全部ただのハリボテだったのだと。眼の前に広がる真っ暗闇の絶望に、押し潰され、擂り潰されます。

 

 初めは真っ当なヒーローでした。いえどうでしょう? あの時から公安の都合が良い駒になるようシナリオが書かれていてもおかしくありません。それくらい順調で、憂いなく、何もかもが充実していました。

 最初から道を間違えていたのだと、歯車は噛み合ってすらいなかったのだと気づいたのは、悪事に手を染めたヒーローの殺害という秘匿命令を受けたときです。

 

 初めに、連絡先を削除しました。それから思い出の品をゴミ袋に詰め込みます。同時に引っ越しの準備も進めて、部屋はもう、一枚の絵画を残して空っぽです。

 

 確かにそのヒーローが仕出かした悪事は、火伊那ちゃんを激怒させてなお足りないくらい酷いものでした。無辜の市民を犠牲にし私利私欲を満たす、その辺のヴィランがお行儀よく見えるほどの悪徳ぶりです。

 それでも、たとえ結果として死刑になるとしても、正規の手段を踏まずに殺すのは間違っていると反対しました。

 

『そんなに自分の手を汚すのが嫌か、レディ・ナガン』

 

 会長は冷たい目をしています。

 

『必要なことだ、理解できるだろう? あぁそうか、理由が欲しいのか?』

 

 今回の件が表沙汰になること被る社会の不利益を、頭では理解しています。しかし、心が納得しませんでした。絶対に、心が受け入れようとしませんでした。

 

『秘匿命令だ、拒否権はない。拒否をすれば……分かるだろう? 君だけじゃない、周りの人も不慮の事故に気をつけないといけなくなる』

 

 だから、会長は。

 

『君は、随分と仲の良いお友だちがいるようだね?』

 

 火伊那ちゃんの心を確実に折るのです。

 

 先輩との繋がりを断てば先輩は安全だ、などとお花畑のようなことは考えていません。先輩を理由にして心を折るような自分が、先輩と繋がっていることに吐き気を覚えたのです。

 人を殺しました。明確な殺意を以て、“個性”を向けました。だからもう、レディ・ナガンは死んだのです。あんなにも夢見た額縁の中の一等星(ヒーロー)には二度となれません。

 額縁を壁から降ろし、外に出ます。開けた場所にそれを投げ出すとマッチを擦って火をつけました。メラメラと燃えて灰になっていく様を見下ろします。先輩ならこの炎を見てどんな絵を描くのかなぁ、頭に湧いたそんな考えを嘲笑います。

 

「ハッ……未練ったらしいなァ」

 

 こうして、何もかも全部、空っぽになりました。

 

 心が折れたのなら、理屈にしがみつくしかありません。表の顔と裏の顔、どっちかが欠ければ社会は立ち行かないと、ヒーロー面して正義を語り、ヒーロー面した悪を殺しました。必要なことです。より良い社会のためです。彼らは理想のために犠牲となったのです。

 沢山の人を救いました。沢山の人を殺しました。

 段々と、何が正しくて何が悪いのか分からなくなってしまいました。少しずつ、少しずつ、摩耗していきます。疲れきって、何もかも嫌になって、空を見上げました。

 

 夜空は分厚い雲に覆われていて、星は一つも見えません。

 

 もう、どうでもいいや。火伊那ちゃんは会長を撃ち殺しました。それが正しいとも悪いとも思いませんでした。ただ、ようやく終わった、とホッと息をつきます。

 そのまま大人しく警察に捕まるつもりでした。正しくは後のことなんて考えていませんでした。星屑にもなれず堕ちてしまった自分に、一体どんな未来があるというのでしょう? このまま待っていれば、それでおしまいです。これ以上、しなくてはいけないことなんてないのだと、火伊那ちゃんが一番分かっていました。

 

 なのになんで、私は逃げ出しているのだろう?

 

 建物の構造は頭に入っています。最短経路で脱出して、そのまま夜の街を駆けて行きました。逃げて、逃げて、逃げ切れず、追手とドンパチやって、また逃げて。でもやっぱり多勢に無勢です。

 気づけば呆気なく致命傷を受けて、路地裏で虫の息になっていました。なんで逃げたんだろうなぁ、お腹に風穴が開いていても、その疑問は残っています。もう指一本動かなくて、痛みすら感じなくなって、それくらいしか考えることがありませんでした。考えて考えて、意識が途切れる瞬間に、気づきました。

 

 あぁそっか、最期に一目でいいから先輩に会いたかったのか。

 

 最期まで私はバカだなぁ、笑いながら、瞼を閉じます。

 

「みぃ!」

 

 口の中に、お肉の入っていない肉まんのような味が広がりました。

 

***

 

「ねています」

 

 声が聞こえて、目が覚めました。目を開くと幼女がじぃっとこちらを見つめています。

 

「おきました」

 

 ……先輩? 小さくなった? APTX4869? 火伊那ちゃんが寝ぼけ眼でむにゃむにゃ考えていると、幼女がパタパタと走っていきました。

 

「ママー! おねーさんおきましたー!」

 

 そうして幼女に手を引かれてやってきた母親は、会いたいと思っていたその人です。

 

「お久しぶりです火伊那ちゃん、お目覚めですか?」

「………なぁ先輩。ここって死後の世界だったりする?」

「前世持ちなのでイエスと答えたくなる質問ですが、そうなると被身子も死後の世界にいることになっちゃいますからノーですね」

 

 母親は幼女の頭を撫でてから、両手を広げると、ドロリとモチモチを生み出します。

 

「『身代わり』。それが私、溶我身代(トガミシロ)の“個性”です」

 

 モチモチはみぃみぃと鳴きながら跳ねていました。幼女が目をキラキラと輝かせます。

 

「みぃちゃん! みぃちゃんほしいです!」

「はいどうぞ」

 

 幼女はモチモチを受け取るとあむあむ口にいれました。“個性”の正しい使い方なので、母親は止めません。

 

「片方のモチモチを食べた人が死んだとき、もう片方のモチモチが、その人そっくりになります。それはもうそっくりで、一から十まで一緒で、見た目だけじゃなく中身も同じになるのです」

「それって」

「テセウスの船だとか哲学的ゾンビだとか、考えるだけ気が滅入るのでやめたほうがいいですよ?」

「……そうする」

 

 火伊那ちゃんはお布団を剥ぐと、傷一つない自分の身体を見つめます。整理しきれない感情を抱えたまま、視線を幼女へ移して口を開きました。

 

「子どもいるんだ」

「えぇ、被身子です。世界一カァイイでしょう?」

「個性的な笑顔だな」

「世界一カァイイですよね」

 

 とりあえず、先輩が子煩悩であることは分かりました。もう一度口を開いて、何も言わずに閉じます。聞きたいことも言いたいことも、聞きたくないことも言いたくないことも、たくさんありすぎて頭の中が渋滞していました。

 息が詰まると同時に、ポロポロと何かが落ちていることに気づきます。頬に触れれば濡れていて、次から次へと涙が溢れていました。

 

「あ、いや、これは違っ――」

 

 取り繕おうと、目を擦る火伊那ちゃんを見て、母親は手を伸ばします。

 

「大丈夫、大丈夫ですよ、泣いてもいいんです」

 

 ぎゅっと抱きしめられて、体温が伝わってきてようやく、火伊那ちゃんはわんわんと泣きました。




なんとこの度、他のトカちゃん二次創作とコラボすることとなりました、わーい! マザコンなトガちゃんがあちら側の世界線におじゃまするようです、わーいわーい! あ、コラボ先は左上の作者リンクから飛んでいただくと出てくる『トガヒミコが××を好きになるまでの物語』です(虚ろな瞳)
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