マザコンなトガちゃん   作:白虎しゃも

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終幕『漆黒に林檎飴を翳し幼女も咲う』

 少女と幼女が義姉妹になってから数日が経ち、八月七日(少女の誕生日)を迎えました。少女は幼女を膝の上に乗せ、三時のおやつに切り分けられた誕生日ケーキをフォークでつついています。加えて今日はもう一つイベントがあるので、ウキウキ気分で身体を揺らしました。

 

「八月七日は七夕です!」

「しちがつじゃなくて?」

「このあたりでは旧暦に合わせているのです。んーと、つまり昔の人が使っていたカレンダーだと八月七日が七月七日なのですよ」

 

 より正確にいえば日付の違いもありますが、わかりやすさを優先してザックリ説明しました。

 

「そして、七夕といえばローソクもらい! 子どもが浴衣を着て家々をまわっては『ローソク出せ』と脅してお菓子を強奪する文化です!」

「おどし……ごうだつ……?」

「ようはハロウィンです。壊理ちゃんはハロウィン知ってますか?」

「うん、『とりっくおあとりとー』っていうの」

「おしい、『トリックオアトリート』ですね。お菓子かイタズラかの二択を迫ることで相手の思考の幅を狭めるテクニックです」

 

 伝統文化は学びが多いですね、と頷きつつ幼女の頭を撫でます。

 

「家々をまわったりはしませんが、ちょうどお祭りがあるので、浴衣を着て行きませんか?」

 

 幼女の小さくなった角を指でなぞると、少女は安心させるように微笑みました。幼女は手に持っていたみぃみぃ鳴いているモチモチにぎゅっと力を込めます。今日までに何匹かのモチモチが尊い犠牲となりましたが、人に対して暴発することはありませんでした。

 お祭りの元締め(のような立ち位置)は祖母であり、溶我の関係者が屋台を出したり見回りしたりしています。普通の農家がやることかと聞かれれば、休耕期に副業する農家は多いです。今が夏で、農業真っ盛りで、正直死ぬほど忙しいですが、溶我の認識としては普通の農家に収まっています。あと孫が楽しそうに参加しているので辞める予定はない模様。

 そして、幼女は少し間を置き、コクリと頷きました。

 

「うん、いきたい」

「やったぁ!」

 

 少女は全身で喜びを表現すると、食べ終わったケーキのお皿を片付けて、幼女と一緒にパタパタと急ぎ足で廊下を歩きます。

 

「ママー! 火伊那ちゃーん! 壊理ちゃんも一緒にお祭り行きます!」

「あぁ、丁度よかった。いま浴衣が見つかったところです。壊理さんに合うサイズもありますよ」

 

 部屋の中は衣装箪笥やダンボールから取り出された衣服で埋まっていました。その中で浴衣が何着か分けられており、少女と幼女はどれにしようと目を輝かせています。その様子を微笑ましげに見守りながら、母親が火伊那ちゃんに話しかけました。

 

「でも浴衣なんて久しぶりですね。着付けの仕方が記憶にありません」

「今どきネットで調べたら出てくるぞ」

「ふむ、便利な世の中になったものです」

「ママ、これにします!」

 

 少女が持ってきた浴衣を受け取りつつ、スマホで着付けの方法を調べます。その隣、選んだ浴衣を抱えている幼女に気づいて、火伊那ちゃんが手招きしました。

 

「着付けするか?」

「! おねがいします」

「ん、任せな」

 

 とことこ近づいてきてペコリと頭を下げた幼女に、テキパキと浴衣を着せます。

 

「髪はどうする?」

「えっと、おねえちゃんとおなじがいいです」

「……あの髪型どうなってんだ……?」

 

 少女の髪型はいつもどおり、彼岸花のようなお団子二つです。なにをどうしたらああなるのか考えて、考えて……分かりませんでした。

 

「逆に考えるんだ。壊理の髪型を被身子にさせれば同じになる」

「?」

 

 火伊那ちゃんの思考回路は先輩に狂わされているところがあります。幼女の髪型を一纏めにして簪で飾り付けると、櫛を片手に少女の方を見遣りました。

 そこには、そうはならんやろ、というレベルで着崩れた少女が立っています。隣にいた母親は居た堪れない顔をして、目をそらしました。

 

「専門は絵画なので……立体も服飾も専門外なので……」

 

 言外に『やりました! やったんですよ! 必死に! その結果がこれなんです!』と煤けています。少女は自分の身体を見下ろして、頷きました。

 

「大事なところは隠れてますし、ヨシ!」

「いいわけあるか! こっち来い!」

 

 上半身は肌蹴て胸元だけでなく肩まで露出し、下半身は生足が余すことなく露わになっています。その扇情的な姿を目の当たりにした幼女は、頬をリンゴのように紅くさせていました。

 火伊那ちゃんは手早く整えながら、ついでに髪型も変えつつ、溜め息を吐きます。

 

「いたいけな子どもの性癖を歪ませないでくれ」

「コレで歪むなら子どもの性癖は大体ミッドナイトに歪められてませんか?」

「おいばかやめろ」

「デビュー準備中ですけど、優ちゃん……Mt.レディもいますし」

「あいつは狙ってやってるところあるけどさァ」

「ヒーローしていたときの火伊那ちゃんも大概でしたよね」

「は?」

「ママもそう思いません?」

 

 真っ白に燃え尽きていた母親が、少女の問いに反応して顔を上げました。

 

「確かに性癖が歪む、つまりフェティシズムを刺激するという点に関して言えば、あのヒーローコスチュームはかなりのものです。なにはもとより火伊那ちゃんは基本的にノースリーブなので腕に目がいくんですね。それで普段着だとスカートを好んで履きますがヒーローコスチュームはズボンでしょう? スカートだと布の動きがあって視線が下半身にいきますがズボンだとそれがないので腕に一点集中するんです。語るまでもないと思いますが腕は火伊那ちゃんの“個性”が表れるだけでなく、その筋肉もまさしく機能美が詰まっています。そうですよ、美なのです。火伊那ちゃんの身体を見たことがあればミロのヴィーナスが不完全の美を抱いているのではなく、ただ不完全なのだと思ってしまうほど完成された美がそこにはあるのです」

 

 真顔でつらつらと述べる母親を見て、少女は元気が出て良かったと思いました。瞳の奥の感情は恋愛ではなく芸術に対する狂気なので脳破壊的にも問題ありません、半壊くらいで済んでいます。火伊那ちゃんは頭を抱えました。

 

「先輩の変なスイッチいれるなよ……」

「わ、壊理ちゃん髪型お揃いだねぇ」

「う、うんっ」

「聞け」

 

***

 

 お祭りが行われる神社へ到着する頃には、辺りはすっかり暗くなっていました。特に駐車場は真っ暗で、どこからかお化けでも出てきそうな雰囲気です。申し訳程度に立っている街灯は経年劣化からか明滅していて、今にも灯りが消えてしまいそうでした。

 祭囃子の聞こえてくる方へ幼女が目を向ければ、提灯が並んで立ち並ぶ屋台を明るく照らしています。眩しいくらいの明るさは、しかし、こちらの足元までは届いておらず、ますます自分が暗闇の中に沈んでいくような心地になりました。

 不安になって、少女と繋いでいた手を引くと、少女はしっかりと握り返し、それから、弾んだ声をかけます。

 

「壊理ちゃん見てください、ほら!」

 

 少女が指差した先に目を向けると、満天の星がキラキラと輝いていました。

 

「わぁ……!」

 

 暗闇の中では、か細い星光も幼女まで届きます。見上げた夜空に架かる天の川が、大きな絵筆を滑らしたようにどこまでも続いていました。

 

「晴れてよかったな」

「織姫と彦星も無事に会えそうですね」

 

 変装した火伊那ちゃんとラフな格好をした母親も星空を見上げて目を細めます。

 

「ふむ、あれがデネブ、アルタイル、ベガですか」

「指差した順ならベガ、デネブ、アルタイルだな」

「あら、ニアピン賞ですね」

「全問不正解でブービー賞だろ」

「……火伊那ちゃんのいじわる」

「はいはい」

 

 少女は脳破壊の波動を感知しましたが、よわよわになっていた火伊那ちゃんがちゃんと笑えていたので、目を瞑ることにしました。おねえちゃんになったから大人の対応も出来るのです。

 ただちょっとだけ、何も難しいことは考えず、ひたすらに母親の愛を享受して甘く溺れていた幼女時代へ想いを馳せました。そういった面では、大人になるって悲しいことなのかもしれません。

 

 的当て屋で半矢になった(弾は当たったけど落ちなかった)獲物を意地になって仕留めたり、幼女とお揃いのお面を頭につけて釣り上げた水風船をパシャパシャ跳ねさせたり、少女がお祭りを満喫しながら歩いていると、色とりどりの短冊で飾り付けられた柳の木を見つけます。近くには短冊を書くための机やペンも用意してあり、人々が思い思いに願いごとを綴っていました。

 

「願いごとねぇ」

「難しく考えなくとも、自分の想いを言葉にすることで整理するくらいの気持ちでいいと思いますよ」

「そういう先輩は、なんで短冊に絵を描いてるんだ?」

「そこに紙とペンがあるからですね」

 

 お祭りの情景をスケッチした短冊を吊す母親をカァイイなぁと眺めてから、目の前に置いた短冊二枚へ目を落としました。一枚は自分用に、もう一枚は幼女用です。

 

「なにをお願いしようかなぁ、壊理ちゃんはどうします?」

 

 林檎飴を小さな口で少しずつ齧っていた幼女が顔を上げました。

 

「おねがいごと……」

 

 脳裏に浮かんだいくつかの願いごとの中に、『おねえちゃんとずっといっしょにいたい』というものがあって、叶うならそれは、とても嬉しいことです。しかし一方で、自分は嬉しいけれど、少女はどうだろうと、不安になります。共に過ごした期間はまだ数日ばかりで、お互い知らないことばかりです。幼女はせめて、これだけは知りたいということを訊ねました。

 

「おねえちゃんは、どうしておねえちゃんになってくれたの?」

 

 質問の内容に目を瞬かせ、はて? と首を傾げた少女でしたが、幼女がまっすぐにこちらを見ていたので、素直に答えます。

 

「トガはね、思いっきり笑って、思いっきり泣いて、そんな風に生きていきたいのです」

 

 下駄を鳴らして、少女はステップを踏みます。

 

「そして、誰かと一緒に笑ったり泣いたり出来たら、もっともっと素敵だと思うのです」

 

 くるりくるりと、袖をはためかせて廻ります。

 

「そうしたら私は、『世界』をもっと“好き”になる」

 

 その瞬間、少女が浮かべた表情に、幼女は心を奪われました。

 

「もちろん世界はとっても広くて、どうやったって相容れない人もいますし、ヤなことだって沢山あります。なにもかもを嫌いになったり、憎くなったりするかもしれません。でも、それでも、だからこそ!」

 

 お腹の底から噴き出す感情を、言葉にのせて紡ぎます。

 

「ホモ・エモートス! 感情こそが私を私たらしめます! ゆえに大好きなものを増やすのです! 一度きりの人生、“好き”に生きましょう! “好き”で生きていきましょう!」

 

 興奮した面持ちで、むふぅ、と胸を張りました。上気しきった頭を夜風が撫でて、ちょっとだけ冷静になると、置いてけぼりになっている幼女に気がつきます。はにかみながら人差し指で頬を掻くと、少女は幼女と目線を合わせるようにしゃがみました。

 

「壊理ちゃんのことを好きになりたくておねえちゃんになりました。それは、生きたいように生きるため、トガ自身のためです。だから壊理ちゃんは何も気にせず、おねえちゃんに甘えていいのですよ」

 

 少女がニッコリと笑います。実を言うと幼女は、最初に見たときその笑顔が怖いと思いました。

 

「わたし……おねえちゃんのこと、もっと“すき”になりたい」

 

 でも今は、もっと笑ってほしいと、笑顔が見たいと心の底から思っています。

 

 

 

 漆黒の空には星々が輝き、花火が咲いては散っていきます。幼女は林檎飴を空に翳して、宝石のように輝くソレを眺めました。それから、花火を見上げる少女の横顔を見て、世界には綺麗なものが沢山あるのだと、目を細めます。

 

 口元には、微かな笑みが浮かんでいました。




これにて完結。
ありがとうございました。
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