「経済学の話をするガングートとイントレピッド」から一年ぶりぐらいの、ガングート再登場。同作中で一瞬だけ出た「あのお話についての話」です。

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人と社会を蝕む寓話

Муравьи и кузнечики. Автор Гангут Курогане

 

今ではないいつか、ここではないどこか。

そこにキリギリス達の国がありました。

 

キリギリスたちの国と言うことでお察しの通り、キリギリスたちは日々歌い、踊り、交わり、遊び暮らしていました。

キリギリスたちは、明日に備えたりしないのでしょうか? 

そう言われても、明日は「まだ無い」ものなのです。

ありもしない物事に対して、見えてもいない物事に対して一体何が出来るのでしょう?

「まだ無い」明日に備えるなど無意味!

この国のキリギリスたちは、そう考えていたのでした。

 

 

キリギリスたちは日々遊び暮らしていました。

ですが、遊び暮らすにしても何をするにしても、先立つものは必要です。

明日は「まだ無い」ものですが、先立つものがないことは「いつもそこにある」現実です。

キリギリスたちは、努力というものを嫌っていました。

だからキリギリスたちは、より楽な方へと流れていったのです。

だからキリギリスたちは、先立つものがないのに()()()()()()()()()()よりも、()()()()()()()()先立つものを得る方に流れていくのでした。

 

「面倒くせえな」

「もっと楽に、ドーンと稼げねえかな」

「チャッチャと済ませてアイツとイチャコラしてえぜ」

 

キリギリスたちは、こんな風に文句を(ブー)垂れながらも働いていました。

「働かざる者食うべからず」という言葉がありますが、これは意味の無い言葉です。

「働かない者が食べても良いのか」と問う前に、まず「働かないと食えない」という現実があるのです。

そして流石のキリギリスたちも、この現実から逃れられてはいないのでした。

 

 

 

さて、キリギリスたちの国があるというのなら…やはりここには、アリたちの国もありました。

 

アリたちの国には、はっきりとした国是がありました。

「明日に備えましょう、蓄えましょう」

 

明日は「まだ無い」ものなのだから、それに備えて何かすることなど出来ないと言ったじゃないか、と思ったかもしれません。

ですがそれは、キリギリスたちの考え方です。

アリたちには、アリたちの考え方があるのです。

 

「明日に備えましょう、蓄えましょう」

この国是の下、アリたちは一所懸命に働き、努力し、先立つものを稼ぎ、蓄え続けていました。

アリたちの勤勉は確実に成果を挙げ、アリたちの国には蓄えが満ち満ちていました。

そしてアリたちの努力は、アリたちの国を確実に進歩・発展させていきました。

 

稼ぐ時はより多く、費やす時はより少なく。

アリたちは常に努力していました。

 

 

「明日に備えましょう、蓄えましょう」

明日は「まだ無い」ものだとしても、明日について、いろいろ予想したり想像したりすることはできます。

ああなるかもしれない、こうなるかもしれない。

こんな予想や想像は、いくらでも出てきます。

 

…いくらでも出てくる予想や想像…明日に備えていたのでは、先立つものはいくらあっても足りなくなってしまいます。

 

For more enjoyment and greater efficiency, consumption is being standardized.

いつの間にか、これがアリたちの合言葉になっていました。

ですが、いくら「消費が標準化」されたところで、明日への予想や想像は止まりません。

やはり、先立つものはいくらあっても足りませんでした。

 

…アリたちの国は、キリギリスたちの国に対して軍事侵攻を行いました…。

 

「明日に備えなければなりません、蓄えなければなりません」

「明日を生き延びるために、私たちはこの国を必要としているのです」

これが、軍事侵攻の理由でした。

 

「まだ無い」明日に備えるなど無意味!

そう考えていたキリギリスたちの国には、貧弱な正規軍しかありませんでした。

精強なアリたちの軍隊に対して、正面決戦などはとても出来ません。

 

「…しょうがねえな」

…そう言いながら、キリギリスたちはゲリラ戦でアリたちに立ち向かいました。

(正規軍も、正面決戦を避け、ゲリラ戦で抵抗する方針を最初から採っていました。)

 

キリギリスたちは意外にも勇敢に戦い、善戦しました。

善戦はしたのですが…ゲリラ戦だけでは大勢を覆すことは出来ませんでした。

 

 

…キリギリスたちの国は、こうして滅亡しました。

 

 

「生き延びるためには、明日に備えなければなりません」

「明日に備えられない者は、滅びるしかないのです」

「そして私たちは、生き延びることが出来ました」

アリたちの国の代表は、このように勝利を宣言しました。

 

…かつてキリギリスたちの国があった土地には、今、資源の採掘プラントや植物工場が建ち並び、「アリたちの明日」のため、先立つものを産出・生産し続けています…。

 

 

***********************

 

あとがき

 

「ども、黒鉄青葉です」

「うむ、ガングート・黒鉄だ…と、お互い知らぬ仲ではないのに何故名乗りあっているのだろうな」

「そう言えばそうですね…ところでガングートさん、文章は見せてもらいましたが、何と言うか…」

「なんとも言えない、嫌な気分になっただろう?」

「ええ?読者を嫌な気分にさせるために書いたんですか?この文章?」

「フフフ、まさか…嫌な気分にさせるのはあくまでも方法だ、目的じゃあない」

「それじゃ、この文章の目的は…?」

「アリとキリギリスという寓話に…何と言うのかな、異議申し立て?をするためさ」

 

「異議申し立て?ガングートさん、『アリとキリギリス』が嫌いなんですか?」

「嫌いだな、私にはこの寓話が人と社会を呪い、蝕んでいるように見える」

「ええ?でも、寓話って言うのは人に教訓なんかを伝えるもので、人に害を与えるようなモンじゃないと思いますけど…」

「ちょっと前にイントレピッドと経済学の話をしたんだが…」

「はあ」

「その時、この寓話の教訓が『勤労に専心する者は生き延び、遊びに興ずる者は滅びる』ということだとすると、人はひたすら働いて働いて、働き続けるしかなくなってしまうという話をしたんだ」

「…ま、まあそれだと確かに、人は何のために生きているのかって話になっちゃいますよね…でも、このお話の教訓としては…遊ぶことも大事だけど、先のことを考えずに遊んでばかりいると後で困りますよ…というのもあるんじゃないですか?」

「確かにな…だが、イントレピッドと話をした後、またこの寓話について考えることがあったんだが…この寓話の害は、人をただ糧を得るために糧を得るだけの存在にしてしまうかもしれない、という点以外にもあるように思えてきたんだ」

 

「それは…?」

「『アリとキリギリス』の元々の話、最後の場面でアリはキリギリスに対して何と言ったか?」

「ええと…元々の話と言うことであれば…『夏の間に歌っていたのなら、冬の間は踊っていたらどうだい?』でしたか?」

「そう、それでキリギリスはそのまま飢えて死んでしまうのだったな」

 

「確かに残酷なような気もしますけど、それでも夏の間、考えなしに遊び呆けていたのはキリギリスなんですから」

「遊び呆けていたキリギリスの愚を、アリが断罪して良い理由は何だ?」

「え?断罪って…」

 

「アリはキリギリスの頼みを断る時、『済まない、こっちも余裕がないんだ』とかではなく、『夏の間に歌っていたのなら、冬の間は踊っていたらどうだい?』と言い放った」

「この言い草は、夏の間働いていたアリには、夏の間遊んでいたキリギリスを断罪する資格がある、とでも言うような言い草だ」

「確かに夏の間働いていたアリは賢く、夏の間遊んでいたキリギリスは愚かだ」

「だがここで『夏の間に歌っていたのなら、冬の間は踊っていたらどうだい?』と言い放ってキリギリスを断罪するアリを是とし、称揚することは」

「賢く勤勉な者は、愚かで怠惰な者を断罪しても良いという考え方を、人に植え付けてしまう」

「この考え方は、人が人を見下し、侮蔑し、残酷に扱うことを肯定する考え方だ」

「この考え方は、人の心を蝕む呪いだ」

 

「…だいたいいつの時代でも、どこの地域でも、持てる者と持たざる者の別はある」

「だが持てる者も持たざる者も、お互いに自分こそがアリで、相手はキリギリスだと言って非難し合っている」

「持たざる者は、日々額に汗して働いている自分たちはアリだ、楽な仕事しかしていないクセにボロ儲けしている持てる者はキリギリスだと言い」

「持てる者は、ここに至るまでに幼い頃から努力と我慢を重ねてきた自分たちはアリだ、努力も我慢もせず楽な方に流れたクセに不平ばかり鳴らしている持たざる者はキリギリスだと言う」

「持たざる者は持てる者に、お前たちはいつか転落する運命にあるのだと呪詛の言葉を掛け」

「持てる者は持たざる者に、そこがお前たちに相応しい場所なのだと侮蔑の言葉を掛ける」

「『アリとキリギリス』は、そこに示されている考え方は、人々と社会を蝕み、分断してしまう呪いだ」

 

「この呪いは、勤勉なアリこそが生き延びるべきであり、怠惰なキリギリスは滅びるべきであるという結論に、容易く人を導いてしまう、そうなれば…」

「…ガングートさんが書いた、この文章のオチに繋がる…というワケですね?」

「…そういうことだ」

 

「でも、この世には『働かないと食えない』という現実があるって、ガングートさん自身も書いていたじゃないですか」

「なら、働くことの大切さを伝えるお話ってヤツも必要なんじゃありませんか?」

 

「そういう話が必要だと言うのなら、私は『アリとキリギリス』よりも『イワンのばか』を推したい」

 

「『イワンのばか』ですか」

「そうだ」

「何となくはわかるんですが…何となくしかわかりません、聞かせてくれますか?」

 

「…どんな人でも手のゴツゴツした人は食事のテイブルへつけるが、そうでない人はどんな人でも他の人の食べ残りを食べなければならない」

「これが、イワンの国でただ一つの掟だ」

「食べ残りを食べなければならない、という言い方をしているが…」

「…これは、働いていないからと言ってその人を見捨てたりはしないということも意味している」

 

「イワンは、賢しらぶって調子づいた挙句に素寒貧になった二人の兄も見捨てなかった」

「兄二人はイワンのことをバカだの何だのと言っていたのにな」

「イワンが『アリ』なら、どうしていただろう?」

「『夏の間に歌っていたのなら、冬の間は踊っていたらどうだい?』と、キリギリスに言い放つような『アリ』だったら?」

「だがイワンは兄たちを見捨てなかった」

「バカのイワンには、前に兄たちからバカだの何だのと言われたことなど、頭になかったのだろう」

「イワンの頭にあったのは…」

「助けを求められた、助けることはできる、だから助ける」

「…これだけだったのだろう」

 

「兄たちからバカにされても、悪魔に妨げられても、そして自身が王様になっても、イワンは自分の手を使って働き続けた」

「働き続けるイワンの頭にあったのはシンプルな、たったひとつの思想だけだ…たったひとつ!」

「働かないと食えない、働くことはできる、だから何があっても働く」

「それだけよ…それだけがイワンの原理(プリンチプ)よ」

「誰かにバカにされたとか…誰が『アリ』で誰が『キリギリス』なのかなど…どうでもよいのだァーッ!」

 

「急にどうしたんですか、ガングートさん」

「今思いついたんで、ちょっとやってみた…まあ私の言い方はともかく、言いたいことはわかるだろう」

「ええ、まあ…」

 

「誰が『アリ』で誰が『キリギリス』なのかなど、一人一人が生きていく上では全くどうでもいいことだ」

「まして自分を『アリ』として無闇に持ち上げ、他人を『キリギリス』呼ばわりして侮蔑するなど、有害ですらある」

「『アリとキリギリス』は、こうして人と社会を呪い、蝕んでいる」

「私はそんな人や社会を呪うような寓話より」

「人同士の優劣・強弱など、無意味なものとして切り捨て」

「自分が出来ることに専心し、自分と人を支えることを奨める『イワンのばか』をこそ、人に奨めたい」

 

「こういう話をすると、人は『脳内お花畑かよ』と言って揶揄するかもしれない」

「だが実際のところ、どんな形にせよ勤勉に努力した者が()()報われて成功するという話自体が、既に『脳内お花畑』な話だ」

「ならば、人を見下し侮蔑することを是とするようなお話よりも、余計なことは抜きにして自分と人を支えることを奨めるお話の方が…」

「…私はそう思う。」

 

「では、最後に一言お願いします」

 

「とは言ったものの、岩川台営業所(ここ)でも何処でも、真面目に働いていないヤツに説教を垂れるときは」

「だいたい『アリとキリギリス』が引き合いに出されている」

「私自身、真面目に働くことを人に奨めるお話としては『イワンのばか』よりも『アリとキリギリス』の方を先に思い浮かべてしまう」

「…私の起源はロシアにあるというのにな」

「このことは、『アリとキリギリス』の呪いが、人間社会の深い所にまで根を張っている事の表れのように思うのだが…どうだろうか?」


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