「地中深くで眠る『彼女』が空を見るには、この都市は邪魔だ! 大穴を塞ぐこの都市は滅ぼさねばならない!」
「愚かな人類と無能な神々に代わって、『彼女』こそが、地上に君臨するべきなのだ!!」
「娯楽だと笑い、生を尊ぶなどと抜かし何もしない神々とは違う! 『彼女』は私に二つ目の命を、慈悲を与えてくださった!」
「私は選ばれたのだ、他ならない『彼女』に!! 私だけが、私達だけが『彼女』の願いを叶えられる! 『彼女』の望みは必ずや成就させて見せる!!」
「いや、うるさいなこのオッサン」
「……なにか言ったか、小僧」
「うるせえって言ったんだよバーカ。彼女だの慈悲だの、喧しいっての。もう碌に動けないくせに」
ベートの陰に隠れながら吐き捨てる。虎の威を借る狐ならぬ、
別に隠れるためだけにベートに近づいたわけではない。他の人に聞こえないよう、小声で指示を告げる。
「見抜いていたとは、恐れ入る」
くつくつと不敵な笑みを浮かべるオリヴァス・アクト。その余裕を持った態度に、ベートが不審そうな目付きをする。
「私を生かそうとしてくださる『彼女』の加護は、未だこの身には過ぎた代物……貴様の言う通り、今の私は碌に動けん」
───私はな、とオリヴァスは笑みを深めた。
「自分は動けないけどモンスターは動くぞ、とでも言いたげな顔だなあのオッサン」
「な、なぜそれを……!」
「なんか凄い驚かれた……」
オリヴァスは何故かこちらを睨みつけ、直後ばっ、と片腕を高々と上げた。
「ええい、やれ!
その言葉を
「───散れっ!!」
巨大な影が頭上から重力に従って落下を始める中、ベートの激声が飛び交った。
誰もがその場から駆け出す。ベートの腕が俺の腹に回り、「ぐえっ」というおぞましい声が口から飛び出した。
間もなく、恐ろしいほどの体積が鉄槌となって地面へ叩きつけられ、その衝撃で大空洞中を震撼させた。
舞い上がる灰煙の奥に存在する巨体。実際に見たことはないが、階層主とよばれる存在よりも大きいのだろう。
「……ベート、さん……」
「チィッ!」
腹に与えられた衝撃で一時的にグロッキーになってしまった俺は動くことができない。だがベートには指示を出していたためこの場は問題ないだろう。
「蹴散ら───」
オリヴァスが巨大花に指示を出そうとする直前に、ベートの蹴りが跳ね上げさせる。
あまりの体格差からダメージはそれほど多くはないだろうが、時間を稼ぐには十分である。
そう、時間。時間が大事なのだ。
「こっちの攻撃、効くのか、コレ!?」
巨躯から伸びる幾多もの触手を躱しながらルルネが呻く。
「倒す必要は無い!!」
「!?」
【ヘルメス・ファミリア】と少し離れた場所にいるレフィーヤに向けて声を張り上げる。
武器を抜いて斬りかかる者。『魔剣』を振り抜いて炎刃を浴びせる者といるが、モンスターは意に介していない。身体に風を纏わせ襲い来る蔦から全力で逃げつつ、ベートにも伝えた指示をこの場に拡散させた。
「少しの間で良い! 時間を稼げばアレを倒す手段が手に入る!!」
「はあ!? てかお前誰だよっ!?」
「うるせえ犬っころ! 返事は『はい』か『YES』か『ワン』だ! レフィーヤッ!!」
「は、はいっ!?」
「『魔法』は温存! ブっ放して貰うのは後から! 今は全力で生き残ることにうわちょ危なっ!? マジ生き残るのに精一杯なんですけど!? つかフィルヴィスどこ行った!?」
襲い来る蔦の触手を間一髪で躱しながら走り回る。ベートは魔剣の炎をブーツに喰わせることで威力を底上げした蹴りを巨大花にぶつけているが、進路を変える程度の効果しか現れていない。フィルヴィスはオリヴァスの所にいたらしく、今レフィーヤと合流した。
このままではジリ貧で殺されてしまう。誰もがそう考えていた時。
「無駄だ」
傷のほとんどを治癒し終えたオリヴァスが高みから一笑した。
そんな彼に俺は物申したい。ここをいったい何処だと思っている。神々の『未知』が眠る
───大空洞の壁面一角が、爆発する。
『!?』
轟善たる破砕音に大空洞にいる全ての者が視線を向けた。
幾筋もの煙を引いてまず飛び出してきたのは、赤髪の女。オリヴァスと同じ
そして女が粉砕した壁面から次に姿を現したのは金髪金眼の少女、アイズだった。
「やっと来た……」
見た所、肩で息をしているが傷らしい傷は見当たらない。これでようやく先に進める。
今この瞬間、敵の意識はアイズ・ヴァレンシュタイン一人に向けられている。その隙にベートに向けて合図を出した。
「……口だけか、レヴィス。情けない」
アイズを観察していたオリヴァスは、味方である女に嘲笑を送り付けていた。
「この小娘が『アリア』などと認められるものではないが……持ち帰るのは死体でも構うまい」
笑みが消え、顔を醜く歪めたオリヴァスは、アイズへの敵愾心を窺わせながら片手を真上に上げた。
「
その一言。その一動作で
「フィルヴィスさん、ちょっと……」
オリヴァスらを無視して、そそくさと黒髪エルフのもとへ向かう。こういう時は
「反応しないで耳だけ傾けてください。この後───」
だがその先を口にすることはできなかった。なぜならば突然、大空洞の中に風が大渦のように吹き荒れ、暴風を付与された一閃によって巨大花が両断されたからだ。
「────────」
その風の、あまりの威力に声を失う。
分かっていた。わかっていたことだ。自分の扱う魔法はあくまで借り物。本来の所有者の、それも精霊由来の威力には遠く及ばないのだと。
だがそれでも、俺が召喚した風が発動者を守り、背中を押す追い風だとすれば、アイズのそれはまさしく
これは無理だ。どれだけLvが上がり、魔法の威力を底上げするようなスキルが発現したとしても、【エアリエル】に関して俺がアイズ・ヴァレンシュタインを超えることはできない。
「───ッ! ベートさん!」
巨大花を一撃で倒したことに、倒されたことに衝撃を受けたのか、オリヴァスは崩れ落ち錯乱したかのように残り全ての食人花をアイズのもとへ進行させた。
ここで出来た隙。オリヴァスは今、アイズ以外の全てから意識を逸らしている。
周りよりもいち早く衝撃から復帰した俺はベートの名を呼んだ。俺の意図を正しく汲んだ灰狼は、自身のメタルブーツに魔剣の火を喰わせて白髪鬼へと迫る。
「!?」
「いい加減に死ね!」
再びベートの蹴りを直撃したオリヴァスは、その身体の殆どを巻き散らしながら吹き飛んでいく。だがベートの表情からしてまだ殺し切れてはいないかもしれない。
それならそれで構わない。今ここで必要だったのはアイズのおかげで生まれた隙を更に大きくすること。
「ベートさん、次! 『魔石』は頭部、穴を空けて! ───フィルヴィスさん!」
「! そういうことか!」
ベートはしばしの間、アイズのいる方向に視線を向け、小さく舌を打つと巨大花の方へ走り出した。ランクアップを果たし、更なる高みに上った彼女へ思うところがあるのだろう。それはそれとして現状を優先してくれたのは助かる。オリヴァスの指示がなくなった途端に動きが愚鈍になった巨大花の体皮をベートとフィルヴィスが駆けていく。
二人とも険悪な空気を保ったまま、これっきりの連携を仕掛ける。いやあ申し訳ない。レフィーヤだと並行詠唱できないからフィルヴィスの方が都合がよかったんだよ。
ベートには事前に計画を伝えていた。フィルヴィスには伝える時間がなかったが、状況から判断してくれたらしい。冒険者って奴は察しが良いから実に助かる。
襲い来る触手をベートが蹴り払いながら、とうとう巨大花の頭上へ到達すると、ベートは踵落としで体を抉る。
広がった傷穴にフィルヴィスは短杖を突き刺し、一瞬で詠唱を完了させて雷を叩き込んだ。
体内の『魔石』が電撃に焼き尽くされ、断末魔も発さないままその長躯が膨大な灰へと果てる。
その光景を見届けてひとまず息を吐く。あー怖かった。こんな人外魔境からはとっとと脱出したい。
そう思いながらアイズの方に視線を向け────残念ながら事態がよろしくないことを察した。
レフィーヤも【ヘルメス・ファミリア】も、今しがたモンスターを討伐したばかりのベート達でさえ言葉を失っている。
視線の先ではレヴィスの手刀がオリヴァスの胸部を貫いていた。
◇
「もう嫌だぁ……」
視線の先でレヴィスがオリヴァスの『魔石』を引き抜き、それを噛み砕く。
直後、レヴィスは地面を粉砕し、アイズへ砲弾のごとく爆走した。
最悪だ。こうならない様にベートにはレヴィスのいない方へオリヴァスを蹴り飛ばしてもらったのだが、結局意味はなかった。オリヴァスの『魔石』を喰らった今、純粋な身体能力ではレヴィスの方が上だろう。アイズは風を纏うことでようやく優勢に立てている。
……過ぎたことを考えても仕方がない。こうなれば今できる最善を実行しなければならない。
「………【大きくなれ】」
レフィーヤを連れてベート達のもとへと走る。その傍らで【ヘルメス・ファミリア】は大主柱の根本、寄生している『宝玉の胎児』の確保に向かう。
だが、大主柱に接近した所で紫の外套を着た仮面の刺客にアスフィは殴り飛ばされた。
それはここに来るまでずっと尾行してきていた人物。レヴィス等と同じ三人目の
「【鐘の音が告げるその時まで、どうか
だが今はそれに構っている余裕はない。詠唱中のため喋ることはできないが、今にもアイズの援護に向かおうとするベートを手で制止させる。
「完全ではないが、十分に育った。エニュオに持っていけ!」
アイズと戦いながらレヴィスが声を張り上げる。
仮面の襲撃者は『宝玉』を握りしめ、そのまま大主柱から強引に引き剝がした。
「……チッ。おい、俺はアイズのところに行く。邪魔すんじゃねえ!」
「【大きくなれ。
ベートの言葉に首を振る。今のベートが行った所で大した援護にはならない。だからこそ
頭が痛くなるほどに状況が目まぐるしく変化し続けている。ベートの気持ちが分からないわけではないが、『最悪』は今じゃない。
「
そこで、再びレヴィスが叫んだ。
「産み続けろ!! 枯れ果てるまで、力を絞り尽くせ!」
瞬間、大空洞が鳴動する。
内心で盛大に舌を打ちながら周囲を確認すると、ビキリッ、という音とともに大主柱にいくつもの罅割れが走った。大主柱に寄生している最後の巨大花が
「【
巨大花から大空洞に広がる触手が、恐ろしい勢いで脈動する。
間もなく、天井、壁面、大空洞の全領域に存在する蕾が一斉に
「【───大きくなぁれ】」
それと同時に、こちらの詠唱も完了した。
成熟を待たず強制的に開花させられる大小様々の蕾。その全てが醜悪な牙を晒し、一斉に天井と壁面から落下する。
───
ダンジョン内で発生しうる
地響きの連続を身体全体で感じながら、右手をベートに突き出す。
「【ウチデノコヅチ】!」
「!?!」
瞬間、沸き上がる黄金の輝きがベートの全身を覆う。
ベートも全身に漲る力の奔流を感じているのか、手を握りしめていた。
迫るモンスターの大群を感じながら俺は叫ぶ。
「その状態はもって十五分! ベートさんは【剣姫】の援護を! 残りは【ヘルメス・ファミリア】と共闘してモンスターの殲滅にあたる! ───【
「は、はいっ!」
「向こうに防衛戦に適した地形があった! そこでレフィーヤが『魔法』を放つまでの時間を稼ぐ! 文句は聞かん! やるか全滅するか今すぐ選べ!!」
「わ、わかりましたっ!?」
指示を出している途中でベートが駆け出す。Lv.5を超え疑似的にLv.6になった今、彼にとって食人花は敵ではない。それが未成体だというのならなおさらに。
ベートが迫りくる食人花の群れを蹴散らしてくれたおかげで多少だが余裕ができた。本当はアイズに【ウチデノコヅチ】を使いたかったのだが、そこまでの余裕はないし再使用まで十分のインターバルが発生する。
【ココノエ】は論外。詠唱連結は時間がかかりすぎる。その間に余裕で五回は殺されるだろう。
この事態を想定して罠は仕掛けてある。あとは「待ってください!」なんなんだよもおおおおおっ!
「なにか!? 今大変な状況ってわかってる!?」
腕を掴んで制止してきたのは今回の作戦の要であるレフィーヤだった。
レフィーヤは杖を握り込み、青褪めた顔で口を開く。
「わ、わかってますっ。わかってるんです、けど、……!」
「───なにを躊躇ってるのか知れねえけど、この場を何とかできるのはレフィーヤだけだ!」
敵の数は尋常ではない。パッと見ただけでも二百、三百……いや、もっといるだろう。必要なのは圧倒的殲滅力だ。時間をかけちゃいけない。時間が経てば経つほどこちらが不利になっていく。
「で、でもっ、私は───」
「だったら逃げるか!? ここにいる全員を置いて!」
息を呑む音が耳に届く。それはレフィーヤのものか、それとも今しがた駆け付けたフィルヴィスのものか。どちらでも構わない。ベートが蹴散らしたとはいえ、新たなモンスターはすぐそこまで迫ってきている。時間がないのだ。
「逃げたいのならそうすればいい。その場合ここにいる全員が死ぬことになる。例外はない。【剣姫】はともかく、ベートさんを含めて全員が確実に死ぬ。遺体も残らずあのモンスター共の餌になる」
「───ッ」
「だけど、」
【ヘルメス・ファミリア】が食人花と交戦している。遠くではアイズとレヴィスの死闘が繰り広げられ、そこにベートが参戦した。
アイズが向こうに掛かり切りである以上、こちらを助けてもらうなんて甘い展開は期待できない。だったら自分たちでどうにかしなくてはいかない。どうにか出来なければ死ぬだけだ。
「悪いが俺は死にたくない。俺は俺が死なないためにここにいる全員を利用する。俺が死なないために全員を生かす。いいかレフィーヤ。俺はお前にはそれが出来ると思ったから作戦を組んだんだ。ここに来るまでの道中で、レフィーヤ・ウィリディスにはそれができると判断したから俺は逃げ出さずにここにいるんだ」
原作ではそうだったから同じようにすれば何とかなると思った、なんて理由ではない。ここに来るまでの道のりと来てからの戦闘で『レフィーヤ・ウィリディス』という冒険者に下した評価だ。過大評価も過小評価もしたつもりはない。
「もう一度言うぞ! 俺はレフィーヤ・ウィリディスにはできると判断した! たとえお前自身が否定してもだ!」
『並行詠唱』ができない? だからどうした。
白兵戦が苦手? それがどうした。
ここにいない誰かと比べて自分を卑下することに何の意味がある。その行為に意味がないとわかっているから誰もが命懸けで戦っているのだ。
「悪いがもう時間がない。戦うのか戦わないのか、今ここで決断してくれ」
「ウィリディス!」
レフィーヤの背後から触手が迫る。それをフィルヴィスが斬り伏せた。舞うように戦いながら、歌うように詠唱を紡いでいく。まるで姫を守る騎士のようだ。【白巫女】じゃなくて【白騎士】の方がいいのでは?
魔法で襲い来るモンスターを焼きつくすフィルヴィスを、レフィーヤの双眸が映しこむ。そして。
「───わかりました」
と、杖を握る手に力を込めて、山吹色の妖精はこちらを見返してきた。
今作品のヒロイン投票!!~《彼に相応しいのはキミだ》選手権~
-
①レフィーヤ・ウィリディス
-
②リュー・リオン
-
③アイズ・ヴァレンシュタイン
-
④アミッド・テアサナーレ
-
⑤フィルヴィス・シャリア