英雄の誕生を見届けたい(願望)   作:日彗

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第十四話 妖精の唄

 

 彼との初めての邂逅は怪物祭(モンスターフィリア)の時だった。

 

 突如、地上に出現した極彩色のモンスターとの戦闘時、共に来ていたティオネ、ティオナは丸腰だったため苦戦し、アイズの剣は折れ、レフィーヤは重傷を負った。

 その時に突然現れたのが、極東に多い特徴である黒髪黒目の少年。背中に淡く光る魔法円を背負った彼の名を知ったのはもう少し後だったが、彼は自身にこう言った。

 

『【千の妖精(サウザンド)】、もう少し待てば【ガネーシャ・ファミリア】の救援が来るだろう。彼らに任せて避難するか?』

 

 その言葉を聞いた途端、頭の中に火花が散った。

 

『―――私はっ、私はレフィーヤ・ウィリディス! ウィーシェの森のエルフ!』

 

 それは激しい痛みによるものだったのか。否、あれは惨めに倒れ伏した自身への怒り故のものだ。

 

『神ロキと契りを交わした、このオラリオで最も強く、誇り高い、偉大な眷属(ファミリア)の一員! 逃げ出すわけにはいかない!』

 

 そう、確かに言った。自分がどこの何者か、覚悟と勇気をもって宣言したのだ。

 それなのに忘れてしまっていた。魔法剣士として戦う同胞に、いまだ背中も見えない憧憬に。そして、この場で巻き起こっている恐怖によって見失ってしまっていた。

 

 ああ、だったら取り戻さなければならない。あの時の覚悟を。あの時の勇気を。あの時の誓いを。

 

 自分より弱く、自分より強い少年だって命を賭けているのだから。

 

 


 

 

「待たせた! 今からレフィーヤを中心に添えて法円陣形! 彼女を守ってくれ!」

 

 精神回復薬(マジックポーション)を飲み干してコウスケらが合流する。

 そんな彼らに、ルルネは声を荒げた。

 

「ま、守ってどーすんだよ!? 半端な魔法なんかじゃあ……!」

「───私を信じてください!!」

 

 動じるルルネに、レフィーヤは高い声音をもって言い切ってみせる。

 自分に許された唯一の武器(つえ)を握り締め、突き出し、魔法行使の構えを周囲に見せつけた。

 

「私は、魔導士です! 私を守ってくれる貴方達を救ってみせる!!」

 

 そこには先ほどまでの弱気な少女はいない。勇気のない魔導士はいない。今この瞬間だけは恐怖も何もかも飲み込んで、最強魔導士(リヴェリア)のようにあらねばならない。

 

 毅然としたその姿に、アスフィも、そしてフィルヴィスも動いた。

 

「全員、千の妖精(サウザンド)のもとに!! 彼女に全てを委ねます!」

「っ……!」

 

 エルフの魔導士に命を預け、モンスターを押しのけ集結する。

 全精神力を練り上げるレフィーヤは続けて声を飛ばした。

 

「五分、いえ三分持たせてください!」

 

 力強い指示に、頷いた冒険者達は密集して円陣を組む。

 すべての食人花のモンスターがこちらへ反転する中、レフィーヤは眦を吊り上げ、詠唱を紡ぎ出した。

 

 命懸けの、三分間の防衛戦が始まる。

 

「【ウィーシェの名のもとに願う】!」

「【ファイアボルト】」

「───へ?」

 

 展開される山吹色の魔法円、膨れ上がる魔力光の傍らで、雷状の炎が駆ける。

 レフィーヤの魔力に釣られて食人花が全方位から押し寄せてくる。その様を嗤うように、コウスケは頬を吊り上げた。

 

「爆ぜろ」

 

 瞬間、ジグザクに突き進んだ炎は周囲を取り囲む岩山の一つ、その麓にいつの間にか置かれていた布の塊に直撃し────爆砕した。

 闇派閥から回収した『火炎石』。それをコウスケは全部で五ヶ所に設置している。それはこの事態を想定したものであり、モンスターを倒すためのもの………ではない。

 

「カカカッ、い~い爆発だ」

 

 深層のモンスターのドロップアイテム。その威力は恩恵を受けた冒険者ですら死に至らしめるほどのもの。それを集め、わざわざ岩山の麓にどの位置から衝撃を加えればいいか計算して設置した理由。それは───

 

 火炎石による爆破の衝撃で岩山が大きく揺れ、自重によってその巨体を横に倒していく。そう、現在レフィーヤ達に攻め込んできていた食人花の進行ルートだ。

 重力に従って倒れた岩山に、食人花が潰されていく。数は精々二十から三十といったところ。全体から見れば誤差にも等しい数かもしれない。

 だが確実に数を減らし、道を潰した。倒れた岩山の上を登って再び攻めてくるだろうが、時間は確かに稼げている。

 

「【万能者(ペルセウス)】! 同じように火炎石を四ヶ所に設置した! 爆破させるタイミングは任せる!」

 

 コウスケはアスフィと小人(パルゥム)の魔導士とサポーターに設置個所とその意図を伝えると、食人花を相手に戦う【ヘルメス・ファミリア】の冒険者を見据え、詠唱を始めた。

 

 レフィーヤの膨大な魔力が敵を引き付けているため、いまさら魔法を渋る必要は無い。

 レフィーヤの魔法が完成するまで約三分。選択するのは攻撃魔法でも、防御魔法でもない。

 

「【───癒しの滴、光の涙、永久の聖域。薬奏(やくそう)をここに。三百と六十と五の調べ】」

 

 視線の先で、猛り狂うモンスター達の突撃を陣形を組んだ冒険者達が次々と阻む。

 大盾を構える者。その身を盾に受け止める者。誰もが命懸けで、死に物狂いでこの一瞬を生き延びようとしていた。

 故に、召喚するのは治癒の業。オラリオ最高の治癒師(ヒーラー)戦場の聖女(デア・セイント)】の全癒魔法。

 

「【癒しの(おと)万物(なんじ)を救う。そして至れ、破邪となれ】」

 

 結界魔法による防御は絶対に保たない。この質量が相手では数秒で決壊するだろう。

 ならばこの場における最善は、非力な彼にできる最良は『戦える者に戦い続けるための舞台を用意する』こと。

 

「【───間もなく、焔は放たれる】」

「【傷の埋葬、病の操斂(そうれん)】」

 

 レフィーヤの詠唱が移る。召喚するのはオラリオ最強の魔導士、リヴェリア・リヨス・アールヴの全方位殲滅魔法。

 コウスケとレフィーヤ、両者互いに詠唱のみに全神経を注いでいる。レフィーヤはもとより、今はコウスケも動くことはできない。

 その中で、否、だからこそ、アスフィ・アル・アンドロメダは詠唱を続ける黒髪の少年に息を呑んでいた。

 

(今一番警戒すべきは集中した敵の一点突破。大岩に囲まれながらも広い空間。包囲はされても敵を分散できるこの状況。まさかすべて読んだうえで……!?)

 

 何故知っているのか分からないが、漆黒兜(ハデス・ヘッド)を借りていったのは罠を仕掛けるため。だとすれば彼は、この食人花の怪物の宴(モンスターパーティー)が起こると予測し、どの場所で、どのような手段を取れば生存できるのかすべて計算していたということになる。

 ありえない、とは言い切れない。この大空洞に入った時から壁にも天井にもモンスターの蕾が所狭しと配置されていた。それを見てその可能性に至ったと考えても不思議は───

 

(だとしても、この状況下でそこまで確信をもって動けるものですか!?)

 

 名も知らない少年は明らかに確信をもって行動していた。

 一体何者なのか。【凶狼(ヴァナルガンド)】らと共に現れたが【ロキ・ファミリア】に彼の様な人物は所属していなかったはず。今更ながら本当に信じていいのか疑心に思う。

 

「【忍び寄る戦火、(まぬが)れえぬ破滅】」

「【呪いは彼方に、光の枢機へ】」

 

 続く詠唱を耳に、アスフィは思考を切り替える。

 何者かはわからないが、少なくともレフィーヤは信を置いているように見える。視線を下に向けると真っ赤に彩られた戦闘衣(バトルドレス)。そう、少なくとも自分が救われたのは事実なのだ。

 

(であれば今は目の前のことが最優先。この詠唱が終わるまで何としても守り───)

 

食料庫(パントリー)外から食人花の増群! 後方から大量に流れてくるぞ!!」

 

 手に持った短剣で、或いは双剣で触手を刻んでいくアスフィ達だが、そこで大盾を構えていた虎人(ワ―タイガー)の絶叫が響き渡った。

 今しがた戦っている未成体とは違い、今度は先に放たれていたもの。そのサイズも能力も未成体より確実に上だ。

 

 冒険者達の顔が絶望で引き攣る。アスフィですら流れ込んでくるモンスターの量に口を震わせる中、こちらをジッと見つめている黒い瞳と視線が交わった。

 

「【開戦の角笛は高らかに鳴り響き、暴虐なる争乱が全てを包み込む】」

「【聖想(かみ)の名をもって―――私が癒す】」

 

「ッ! ネリー! 『魔剣』で後方のトラップ()を!」

「は、はいっ!」

 

 アスフィの咄嗟の指示に、ヒューマンのサポーターは手に持つ赤い魔剣を振りかぶった。

 魔剣から放たれた炎弾は一直線に突き進み、狙い違わず仕掛けられていた『火炎石』に着火。先の倒壊と同じように岩山が倒れ、モンスターを下敷きにすると同時に出入り口を塞いだ。

 

「す、すげぇぞネリー!! これならなんとか保ちそうだな!」

「気を抜くのはまだ早い! 増群を防いだとはいえ、決して少なくない数が入ってきました!」

 

 喜色の声を上げるルルネに叱咤するアスフィ。だが軽く確認しただけで数百に及ぶ増群を十数体にまで抑えたのは大きい。

 総員、既に満身創痍。武器もほとんどが壊され、アイテムも底を尽きかけている。傷は増え、体力は刻一刻と削れていく。だが、その程度は些事だ。

 

 なぜなら既に、コウスケの詠唱が完了したのだから。

 

「【ディア・フラーテル】!」

 

 魔法名(トリガー)を唱えると同時に、コウスケを中心にした光の円が広がる。範囲はそれほど広くはない。だがここにいる全員が収まるには十分な広さ。

 その光円に包まれた冒険者達の傷がシュゥゥ……、と音を立てて塞がっていく。血を流した者、骨を折った者、その全てをコウスケの『魔法』が問答無用に全快させていく。

 

 その光景に、見覚えのある魔力光にアスフィ達は目を見開いた。

 

(これは私の傷を癒した………いえ、魔力光がちがう。まさか【戦場の聖女(デア・セイント)】の全癒魔法!?)

 

 召喚魔法(サモン・バースト)。【千の妖精(サウザンド・エルフ)】の二つ名を与えられたレフィーヤと同じ魔法スロットの限界を超越した反則技。レフィーヤ以外に確認されたことのない稀少魔法(レアマジック)

 

「こ、これならまだなんとか……アスフィ!」

「ッ……ええ! あと少し、なんとしても守り抜きますよ!」

 

 【ディア・フラーテル】。現状、橘・コウスケがもっとも使()()()()()()()()()。対象の傷、体力、呪い、毒を癒す文字通りの全癒。

 【フレイヤ・ファミリア】での『洗礼』において、コウスケは攻撃魔法の類を封印している。それは手の内を隠す目的ともう一つ、回復だけで精神力(マインド)がいっぱいいっぱいだったためだ。

 『洗礼』中は自身を。『洗礼』後は他人をこの聖域の加護にて癒している。それは他派閥であるにも関わらず参加させて貰っていることへのせめてもの恩返しのつもりだった。

 

(とはいえ流石にキッツイ……!)

 

 効果を底上げするスキルも、『魔力』を増幅する杖も、精神力を効率化させる『魔導』(発展アビリティ)もない。

 広範囲への魔法行使も複数対象への回復も比較的()()()はいるが、ここは戦場のど真ん中。癒した端から傷を負い、回復した端から消耗していく。この場にいる自身とレフィーヤ以外全員を常に癒し続けているコウスケは、自身の精神力(マインド)が急速に消えていくのを実感していた。

 

「【至れ、紅蓮の炎、無慈悲の猛火】」

 

 背後からレフィーヤの奏でる詠唱(うた)が聞こえる。銀鈴のような透き通った声だ。

 詠唱完了まで、残り一分を切っている。

 バックパックから精神回復薬(マジックポーション)を取り出して一気に呷る。持ってきたのは十二本。その内既に三本飲んでいる。残り九本だが、ポーションも薬である以上すぐに精神力が回復するわけではなく、短時間に飲み過ぎれば効能は落ちていく。

 こんな事ならもっと高価なのを買っておけばよかったと後悔していた時、コウスケの手元に二本の試験管が飛んできた。

 

「これ、は……」

「使ってください! 私が手を加えた高等精神回復薬(ハイ・マジックポーション)です!」

「はい・まじっくぽーしょん」

 

 レアアビリティ『神秘』によって稀代の魔道具作製者(アイテムメーカー)としてその名を馳せるアスフィ・アル・アンドロメダが手を加えた高等精神回復薬(ハイ・マジックポーション)。さすがにディアンケヒト産には及ばないだろうが、それでもコウスケが今まで扱ってきたどの回復薬(ポーション)よりも確実に高価で性能は高いだろう。

 思わず落としそうになるもなんとか掴み、一瞬躊躇った後、口に流し込んだ。

 

「【汝は業火の化身なり】」

 

「前方中央、敵が密集!! 固まって突っ込んで来るぞ!!」

 

 緑壁の迷宮を彷徨っていた個体が引き寄せられ、大空洞の通路口から出現した巨大な食人花が塊となって突き進んでくる。

 まるで一体のモンスターのように小型の食人花を蹴散らしながら邁進してくる群れを前に、ルルネが悲鳴を上げた。

 サイズは巨大花(ヴィスクム)にも匹敵するかもしれない。設置していた火炎石は全て爆発済みだ。

 

「ウィリディス───」

 

 レフィーヤの呪文完成まで約二十秒。絶体絶命の状況で、フィルヴィスは同胞の少女に振り返り、駆け出した。

 

「どくんだ!」

「お、おいっ!?」

 

 盾を構えるルルネ達を押しのけ、フィルヴィスはモンスターの前に躍り出た。

 コウスケの癒しの御業を、レフィーヤの玉音の詠唱を背に受け止めながら、唇を開く。

 

「【盾となれ、破邪の聖杯(さかずき)】!」

 

 唱えられる、超短文詠唱。

 フィルヴィスの持つ、二つ目の魔法。

 濁流のように押し寄せてくるモンスターに向けて、フィルヴィスは左手を突き出した。

 

「【ディオ・グレイル】!!」

 

 白い輝きを放つ、円形の障壁。

 巨大な聖盾がモンスターの群れと激突し、閃光を散らしながらもまとめて阻んだ。

 

「【ことごとくを一掃し、大いなる戦乱に幕引きを】」

 

「ぐうっつ………!」

「止めろおおおおおおおおお!!」

 

 壮絶な質量にフィルヴィスの顔が歪む。魔法の盾はミシミシと音を立ててはいるが、崩壊せずになんとか持ちこたえていた。

 そんなフィルヴィスの負担を減らそうと【ヘルメス・ファミリア】が側面からモンスターを叩く。詠唱完了までもう少し。あと十秒だけ持ちこたえればすべてが終わるのだ。

 

「【焼きつくせ、スルトの剣。我が───】」

 

 残り、五秒。

 詠唱が終わる。ようやく終わる。この地獄から解放される。

 

 誰もがそう考えた次の瞬間、レフィーヤ正面の土中から無数の蔦が出現した。

 

(─────え?)

 

 フィルヴィスの盾も冒険者も無視し、地面を掘り抜いてきた触手がレフィーヤに襲い掛かる。

 

 

 全員の、時が止まる。

 

 

 フィルヴィスは数秒先の同胞の死を幻視した。

 

 アスフィは絶叫を上げながらも手を伸ばした。

 

 レフィーヤは溜め込み過ぎた膨大な『魔力』から、身動きすることさえ許されずその瞬間を捉えていた。

 

 誰もが終わり()を覚悟する中、ドチュ、と肉を抉る音が鮮明に響く。

 

 最後の希望が潰える瞬間。されど起こるはずの魔力暴発(イグニスファトゥス)は一向に起こらない。

 

 ドバドバッ、と致命的なまでの血がレフィーヤの足元に零れていく。

 蔦はレフィーヤには届かなかった。届く前に何者かによって食い止められた。

 

 『橘・コウスケ』は己が身を盾として、妖精の唄を守り通した。

 

「ぁ……ぅ、……ぁ……」

「し……くじ、った……なぁ………」

 

 腕も、肩も、足も、腹も……全身を太い蔦が串刺しにしている。

 咄嗟だった。頭が考えるよりも先にコウスケの体は動き出していた。

 ゴフッ、と吐血する。手で押さえようにも両腕とも蔦に貫かれて動かせない。

 吐き出た血の何滴かがレフィーヤにまで届いてしまったが、当人達には気にしている余裕もない。

 レフィーヤは顔を涙で歪めながら、それでもなんとか『魔力』を制御する。それはここまで来て失敗だけは許されないという覚悟の表れだった。

 ただ、意思に反して口が思うように動かないだけ。目の前の状況に涙が止まらないだけ。

 

 コウスケは発動中の魔法の効果対象を『全体』から『自身』へと集中させる。魔力が暴発しないよう細心の注意を払いながら、冷たくなっていく身体に鞭を打って意識を縫い留める。

 

(せめてもう数秒。あと、少しだけでも……)

 

 『洗礼』によって鍛えられた『耐久』も、この階層では役に立たない。そんなことは分かっていたことだ。

 一撃でも受ければ死に直結する。それも、分かっていたことだ。

 

 出血多量で視界が霞む。酸素が足りない。貫かれたままだと回復のしようもない。

 

(そう、いえば……眷属が死んだら、主神に伝わるんだっけ。怒る、だろうなぁ……。ヘスティアも、ベルも……怒って、泣いてくれるんだろうなぁ……)

 

 脳裏に過るのはこの世界に来て初めて出会った恩神、ヘスティア。

 他の派閥への加入をことごとく断られ続けていた、コウスケが手を差し伸べ女神が受け入れた少年、ベル。

 

 不思議な事に、元の世界のことよりもこの世界のことばかりを思い出す。

 

「……わ、わが……わ、がな……」

「レ、フィーヤ……」

 

 全身を震わせ、それでもと詠唱を進めようとするレフィーヤの名を、静かに呼んだ。

 もうまともに視界も見えていない。顔は青を通り越して白くなり、全身の力も抜けていく。

 されどもコウスケは意地をもって、言葉を紡いだ。

 

「歌を……君の歌を、聴かせてくれ……」

 

 その言葉を最後にコウスケの体が倒れていく。全身から蔦が抜け落ち、支えを失くした肉体はレフィーヤに凭れ掛かる。

 次いで、コウスケの放っていた治癒の光が溶けて消えていった。

 

 その現実を前に、レフィーヤは杖を高く掲げる。自分の持つ唯一の武器を高らかに掲げ、肺から空気を押し出すように歌を紡いだ。

 

「【我が名はアールヴ】ッ!!」

 

 ここに妖精の唄は奏でられた。

 光の音響が弾け、大空洞中に翡翠色の魔法円が展開される。

 次の瞬間、その『魔法』が絶叫とともに解放された。

 

「【レア・ラーヴァテイン】!!」

 

 召喚された巨炎が魔法円より射出する。

 放射状に連続する火炎の極柱。いまだ彼方にて戦い続けるベート達を避けて天井まで昇る業火は全ての食人花を吞み込み、焼き尽くし、絶叫まで溶かし尽くす。

 モンスターの『魔石』も灰も残さない広域殲滅魔法が、大空洞中を紅い炎の世界へ変えた。

 

 


 

 

───どうも、橘・コウスケと言います。【ヘスティア・ファミリア】所属、Lvは1。よろしくお願いします。……ああ、よろしくって言うのは社交辞令ですから。本当は今すぐに帰りたいんで。

 

 再開を果たした貴方は、灰色の狼人に担がれながらそう言った。

 聞いたことのない名前。聞いたことのない【ファミリア】。

 名前の特徴から極東出身だろうかと推測する。

 

───レフィーヤさんの方も後遺症とかなさそうでよかったよ。土手っ腹に穴開いてたからさ、よかったよかった。

 

 18階層を進みながら、彼はそう語りかけてきた。

 ずっと言えなかったあの時のお礼を、ようやく伝えられた。

 ベートさんと親し気だったことには驚いたけど、どうやら一方的なものでベートさんは何とも思っていないらしい。それでも弱者を罵ってばかりのあの人がLv.1の、それも他派閥の人間を連れていくと言い出した時にはかなりの衝撃を受けた。

 

 ベートさんは彼の『魔法』が必要になると言った。それを聞いて私は少なからずショックを受けていた。

 怪物祭(モンスターフィリア)で見た彼の魔法。背中に浮かぶ魔法円、行使されるリヴェリア様の結界。まず間違いなく私と同じ稀少魔法(レア・マジック)召喚魔法(サモン・バースト)と見ていいと思う。

 千年続く神時代で、私だけが発現している魔法。他者の魔法を行使することが出来る反則中の反則。

 恐らく、細かい部分で私の魔法とは差異があるだろう。私は同胞の魔法しか使えないが、彼は他種族の魔法を使っていた。

 私より上位の召喚魔法。弱者嫌いのベートさんに認められている(?)こと。嫉妬していないと言えば嘘になる。Lv.3の上級冒険者がLv.1の下級冒険者相手に何を言っているのかと思うかもしれないが、私にとってはそれほどに衝撃的だった。

 

 だけど貴方は、レベルの高い私よりもずっと勇気のある冒険者だった。

 恐怖で身が縮こまっている私とは違い、率先して動き、全員を纏め、方針を示した。

 その様子はまったく似てはいないけれど、団長を思い浮かべたほどに。

 そんな勇気に、私は奮い立たされた。そんな彼に、負けたくないと強く思った。

 

 それなのに。

 そのはずだったのに。

 

 ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。

 私が弱いせいでごめんなさい。リヴェリア様のようにできなくてごめんなさい。

 どれだけ謝罪を口にしても。どれだけ涙を流しても。この凭れ掛かる少年は何も言ってはくれない。

 体温が失われていくその様子を。血が流れ出ていくその光景を。

 

 無力な私は、ただ見ていることしかできなかった。

 

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  • ①レフィーヤ・ウィリディス
  • ②リュー・リオン
  • ③アイズ・ヴァレンシュタイン
  • ④アミッド・テアサナーレ
  • ⑤フィルヴィス・シャリア
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