次回予告?知らんなそんなもの。
ベルとアイズの一週間だけという訓練も終え、今日からはいつもより早くダンジョンへもぐるとやる気に燃えているベルを落ち着かせる。
「落ち着けってベル。ほら、ダンジョンに行く前に【ステイタス】を更新しておこうぜ」
この一週間一度も更新していなかったため、どの程度上がるか正直分からない。
だがベルに至っては憧れの【剣姫】との修業だ。それはそれは伸びている事だろう。
「むぅ……」
我慢の限界が来ているベルのためにさっさと更新してもらおうと振り返ると、ヘスティアは何やら難しい顔をして唸りを上げていた。
「ティア?」
「ん、あ、ああごめんよ! それじゃあちょちょいっと済ませちゃおうか!」
ベルの【ステイタス】を更新している間、俺も準備を済ませてしまう。
新しく購入した
「───コウスケ君」
「はい」
ベルは待ちきれなかったのか、荷物を持ってリリとの待ち合わせ場所に向かって走っていった。
アイズとの特訓でよほど刺激を受けたのだろう。だけど俺を置いて行かないで欲しい。
ヘスティアは俺の背に跨り血を垂らすと【
「ベル君のこと、よろしく頼むよ。なんだか嫌な予感がするんだ」
「奇遇だな。俺もだよ」
真剣な声に、俺もまた真剣に答える。
今日は【ロキ・ファミリア】遠征の日。これから59階層へ向かうはずだ。
そしてオッタルに調教されたミノタウロスがベルを襲う日でもある。
だがそれ以外に何か、背筋を蛆が這う様な悪寒がずっと消えない。ただの勘違いであればそれでいいのだが。
「ところでベル君がヴァレン何某にしごかれている間、君はどこで何をしてたんだい? アビリティの伸びが凄いことになってるんだけど」
「ちょっとダンジョンで修業を」
別に嘘は吐いていないはずだが、ヘスティアは眉を顰めて唸りを上げた。
「う~ん、ベル君も大概だったけど、君の【ステイタス】を見ていると驚くに驚けないんだよねぇ……」
「あ、終わった? じゃあ俺ももう行くわ。あまりベルたちを待たせたくないし」
ヘスティアを脇に退かせて起き上がり、荷物に手を伸ばす。
「ちょ、ちょっと【ステイタス】は!?」
「スキルが発現してないことは反応でわかったし、帰ってからでいいや」
行ってきます、と挨拶をして部屋を飛び出す。
今日もまた、オラリオは快晴。
青空が見守る中、俺はバベルに向けて地面を蹴った。
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ベル・クラネル
Lv.1
力:S982
耐久:S900
器用:S980
敏捷:SS1049
魔力:B751
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タチバナ・コウスケ
Lv.1
力:S990
耐久:SSS1105
器用:SS1055
敏捷:SS1039
魔力:SSS1126
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「…………」
今ほど確認した二人の【ステイタス】情報を思い返す。
ベルもまたコウスケと同じくアビリティの限界を超えていた。
「……はあ。まあ帰ってきたら教えてあげよう」
だからどうか無事で。
人とは違い祈る相手などいない
◇
「コウスケ様、ようやく服を替えたんですね」
「おい待て、まるで俺が毎日同じ服着てるみたいに言うな」
「着てたじゃないですか! 穴の開いたボロボロのコートをいつになったら買い替えるのかとリリは心配してたんですよ!?」
「だ、だって気に入ってたんだもん……」
モンスターを狩りながらダンジョンの奥へと歩を進めていく。
そんな中、リリは俺の服装を見つめながらそんなことをのたまった。
「それ、いくらだったんですか?」
「15,000ヴァリス」
「……ぼったくりでは?」
何てことを言うんだこの子は。
今回新しく購入したのは漆黒のローブだ。前回のコートを購入したお店で見かけたため即決した。
何が違うのかといえば素材が違う、らしい。今一ピンとこないが、前回のが『斬撃耐性』ならば今回のは『魔法耐性』なのだとか。うん、やっぱり違いが分からない。
「え、似合ってない?」
「似合ってますよコウスケさん!」
「やっぱ俺の理解者はベルだけだよ! ありがとう!」
リリが呆れて溜息を吐く中、気がつけば既に9階層にまで降りて来ていた。
「───ッ」
だがこの階層に入った途端、ゾクッと全身に寒気が走る。
まるで身体に絡みついてくるような殺意。それがこの階層に充満していた。
ベルも違和感を感じ取ったのか、青褪めた顔で周囲を見渡している。
「……ヤな感じがするなぁ」
「それに、モンスターの数も少ない気がします……」
この階層だけやけに静かだ。それにベルの言う通りモンスターが一体も見かけない。
これもミノタウロスの仕業か? けどオッタルの手が入ったとは言え、ミノタウロスが放つ殺気とは思えないのだが……。
「ベル、大丈夫か?」
「……は、はい。大丈夫です、行きましょう」
ベルの顔色が悪い。思い出したくない何かを堪える様に口もとを抑えている。
「………」
無理はするなよ。そう言おうとして口を閉ざす。
多少の無理はしないといけない。けれど俺も付いている。
周りの嫌な空気を振り払うようにかぶりを振って、10階層へとつながる方向へ足を進めようとした────まさにその時だ。
『───ヴ───ォ』
低い、地の底を這う様な
「い、今のは……?」
強化された聴覚がリリの呟きを捉える。
今の声を俺達は知っている。
ベルは直接。俺はベートに担がれながらだがその雄叫びを確かに聞いたことがある。
「………」
腰の黒刀に手を伸ばす。
ベルもリリも音のした咆哮の通路を凝視している。
誰もが神経を研ぎ澄ませる中、とうとうそれは現れた。
『……ヴゥゥ』
「───ぇ?」
リリの呆ける声が聞こえる。ベルの息を呑む気配がする。
低く呻きを上げながら、二足歩行の狂牛が姿を現した。
『オオオオオォオオォオオオォ……』
ミノタウロス。
「
恐怖と絶望に飲み込まれる中、俺は一喝する。
9階層に入ってからずっと感じる悪寒。辺りに充満する殺意の源は
ミノタウロスが現れたのとは別の方向。違う通路からこちらに向けられている殺気。ミノタウロスの比ではないそれがすぐそこまで迫っているのを感じる。
膨れ上がる疑問。早鐘を打つ心臓。本能が全力で警鐘を鳴らしている。
この階層にミノタウロスがいることが既に異常なのだ。そのミノタウロス以上のモンスターなんて居てたまる────
『グルルルルゥゥゥ………』
「なっ……」
通路の先から這い出て来たのは、全身を強固な鱗に包んだ翼ある蜥蜴。
白銀の鱗を怪しく輝かせながら、ソレは俺達の前に現れた。
────白い、ワイバーン?
「────ッ! ベル、リリ! 逃げ───」
「コウスケさんっ!?」
言葉の途中で、ワイバーンの翼爪が襲い掛かる。
咄嗟に黒刀で塞いだものの、その尋常でない『力』の前に軽々と吹き飛ばされて壁に衝突した。
「な……んでここにワイバーンがっ!?」
ギルドの図鑑で調べたものを思い出す。
ワイバーンは中層での
そもそも色が違う。ワイバーンの亜種? だとしても
ミノタウロスだけでもマズいのに追加だと!? これもオッタルの仕込みか!?
『ルガアアアアッ!』
「ぐぅぅっっ!?」
追撃に迫る翼竜の爪をギリギリでいなす。『力』も『敏捷』も到底かなわないほどに差があった。
マズい。マズいマズいマズいマズいマズい!
ミノタウロスとワイバーン、どちらか一体であればなんとかできた。
だが両方同時は流石にマズい。この化物を相手にLv.1が単騎で挑むのは『冒険』ではなく『無謀』だ。
『ヴゥァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!』
ミノタウロスの雄叫びが轟く。
ベルの援護は期待できない。むしろ本来はベルの援護に入らなければならないのだ。
それをこの翼竜が邪魔をする。変異種だか希少種だか知らないが、コイツを野放しにしたら間違いなくベルに襲い掛かるだろう。
「ッッ!!」
ワイバーンの側面に回り込んで斬りかかる。
だが硬い鱗に阻まれて大したダメージにはならない。
「クソッ!」
なにがなんでもコイツは俺が倒さなければならない。
ベルの邪魔だけは絶対にさせない。
「【───不変の王。無窮の旅人】」
詠唱を、始める。
ワイバーンの爪を、翼を、牙を間一髪で躱しながら勝利の糸口を手繰り寄せる。
───ベル!!
目の前の翼竜の相手だけで精いっぱい。他に神経を割ける余裕はない。
だけど視界の端に一瞬だけ映り込んだ、ボロボロになったベル。額から血を流しているリリ。
「【万象は廻り、地は砕け】……」
『ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』
翼竜の動きが一層激しくなる。
そこには知性の欠片も見当たらない。本能のままにポテンシャルを振りかざす怪物の姿。
ただひたすらに強く、速く、硬い。それは今この場においては厄介以外の何物でもない。
爪が掠って血が吹き出すも、詠唱だけは途切れさせずに目の前の白い竜を睨みつけた。
「【天球は失墜し、開闢を言祝ぐ】」
リリがふらふらとした足取りで、涙をあふれさせながら通路の奥へと駆け出していく。
ベルもまた両手にナイフと短剣を装備してミノタウロスと正対する。
足が震えている。恐怖で顔が歪んでいる。
けれど、その双眸は確かに前を見据えていた。
「ッ!」
振るわれる白翼を黒刀で搗ち上げる。ミスリル製の刀の強靭な鱗が火花を散らして甲高い金属音が鳴り響いた。
鱗が硬すぎる! 攻撃全然届いてねえじゃねぇかクソが!!
「【尊き叡智よ、我が声を】────!?」
『グルルオオオオオオオオオオッッ!!』
突如ワイバーンは身を低くして一直線に突っ込んできた。
軌道は単純。だが今までで一番速い!
「がっっ!?」
衝撃が貫通する。
防御は間に合った。致命傷は受けていない。だがあまりの威力に
「………【我が、声を聞け。我が手に降れ】っ!」
灰の中の空気が強制的に吐き出されたような不快感。それをグッと吞み込んで詠唱を繋いだ。
だが、
「なっ───」
今、俺と白いワイバーンのちょうど間ではベルとミノタウロスが戦っていた。
心臓が激しく鼓動する。
【
────ワイバーンがベルとの距離を縮める。
次に呼び出す魔法を脳内でピックアップ………ダメだ間に合わない。
────ベルの瞳が迫るワイバーンを捉えて大きく開かれる。
なんでもいい。風でも炎でも、いっそのことこの刀を投げれば………もう遅い。
────ワイバーンの硬く鋭い爪が、その人外の『力』をもってベル・クラネルへと振り下ろされ
「やめろおおおおおおおおッッ!!」
絶叫を上げながら手を伸ばす。
一瞬先の未来。刹那に訪れるであろう死の光景。
全身の血を巻き散らしながら沈むベルの姿を幻視し、言いえぬ恐怖に胸が締め付けられる中、されど肉を抉る音も、飛び散る血の香りも一向に届かなかった。
「…………?」
地響きが、止まった。
先程まで鳴り続けていたミノタウロス、ワイバーン両方のそれが不自然に途切れた。
代わりに吹いた、そよ風。
翼竜の爪を受け止めた者がいる。
猛牛からベルを守った者がいる。
済んだ黄金の長髪に、蒼色の鎧を着た女剣士が背を向けて立っていた。
『ゥ、ヴォオ……!?」
『グ、グルルゥゥ………!』
ミノタウロスが、怯えている。
白いワイバーンが、初めて感情らしきものを表に出した。
いまだ吹いているそよ風は、一人の少女を取り巻くように渦を描く。
神々によって【剣姫】の名を与えられた冒険者、アイズ・ヴァレンシュタインの威圧が場の空気を完全に掌握した。
────好機!
「【
一瞬で詠唱を完結させる。
顕現する、赤華の焔。
元【アストレア・ファミリア】団長、アリーゼ・ローヴェルの付与魔法。
両手足と黒刀に炎を纏わせ、地面を爆砕させながら加速する。
「【剣姫】!
アイズとベルを飛び越えて、白いワイバーンまで一息に距離を詰めると炎を纏わせた《
『グルァァ!?』
「ざけんなクソ!!」
不意を突いたと思ったがしっかりと反応してきた白竜は、そのご自慢の爪で迎撃してきた。
魔法を使ってなお、決定打になっていない。だが先ほどまでよりずっと戦いやすくはなった。
拮抗する黒刀と爪。だが刀が纏う炎が一層激しく燃え、爆発する。
『グロァッ!?』
爆炎の反動で仰け反り、無防備になった腹部へ炎で加速させた蹴りを入れて吹き飛ばす。
「硬すぎんだろがクソ蜥蜴!!」
あれだけの爆炎をもろに喰らってなお、目の前の白い翼竜は健在。鱗に傷は入れられても肉にまで届いていない。
だがコイツはベルを狙いやがった。英雄への一歩を踏み出そうとしてんのに邪魔しやがって。
「絶対ェ殺す。素材置いて死ね」
◆
尊敬する少年が駆け出していく。その背中に僕の視線は吸い寄せられていた。
相手はモンスターの中でも最上位に位置する竜種。中層のレアモンスター、ワイバーンの亜種。
一目見ただけで格上だとわかる。アレはミノタウロスよりもさらに強い。
化物だ。
怖い。
戦いたくない……!
────だけど。
「……大丈夫?」
細い横顔が小さく振り向いた。
ズクン、と心臓が打ち震える。
「アイ、ズさん……」
「……頑張ったね」
頑張っ、た?
それは何に対する言葉だろう。
決まっている。あの最初の出会いと比べてだ。
「今、助けるから」
心臓の音が、暴走する。
助ける?
誰が?
助けられる?
また?
この人に?
同じように?
「ッッッッ!!」
頭に火がついた。
感情という感情が一掃され、馬鹿みたいに一途な気炎が恐怖を上回る。
所詮こんなのは惨めな強がりだ。
だけどそんなもの関係ない。
立て。
立てっ。
立てよッ!
立って前を見ろッ!
───今も、コウスケさんは戦っている。
ならば逃げるな!
そんなことをすれば二度と隣に立つことなんて許されない!
『英雄』になるということは、『英雄』に並ぶということはそういうことだろ!?
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッッ!!」
なにより。
あの人が、あそこで待っている。
僕たちの英雄がそこにいる。
竦む身体はどこかにいってろ。
怯える暇があれば覚悟を決めろ。
これ以上醜態を晒してどうする。
誰よりも憧れるこの人たちの前で、これ以上格好悪い姿を見せてどうする。
ここで恰好をつけないで、いつ格好つけるんだ!
ここで立ち上がらなくて、いつ立ち上がるっていうんだ!
ここで高みに手を伸ばさないで、いつ、届くっていうんだっ!!
「……ないんだっ」
「!?」
地面を蹴り飛ばして立ち上がる。
力を入れれば折れてしまいそうなそのか細い手を取って、自分の背後に押しやる。
「もう、アイズ・ヴァレンシュタインに助けられるわけにはいかないんだっ!」
腹の底から叫び、自分の意志で前に出た。
ナイフを構え、目の前のミノタウロスを睨みつける。
ミノタウロスは再び現れたボクに目を見開き、そして確かに、獰猛に笑った。
「勝負だッ……!」
冒険を、しよう。
この譲れない想いのために。
憧れだけで終わらせないために。
あの人の横に、立ち続けるために。
僕は今日、初めて冒険をする。