英雄の誕生を見届けたい(願望)   作:日彗

21 / 24
ベートたちの描写がなんだか雑になっちゃった。


第二十話 運命踏破

 

 ベルの啖呵がルームに響く。

 その声に、言葉に胸が高鳴るのを感じながら、コウスケは目の前のワイバーンを睨みつけた。

 

(さて、どうしたもんかな……)

 

 【アガリス・アルヴェシンス】による火力補助のおかげで先程までよりもダメージは多いように見える。だが致命打には届いていない。

 あまりにも強靭に過ぎる白鱗が攻撃という攻撃をことごとく減衰させている。

 とはいえ全く通らないわけではない。この白竜はかなりの強敵ではあるが今のコウスケにとって攻略不可能な敵というわけではない。

 

(24階層のに比べればまだマシか)

 

 個体としての潜在能力(ポテンシャル)は食人花をも超える。だが所詮は個。群れで迫ってくる食人花の方がずっと恐怖を感じた。

 

(だったら恐れることはない。このモンスターからベルを守る。俺がこのモンスターを殺す)

 

 覚悟はとうに決まっている。ベル・クラネルが今冒険に挑むのならば、タチバナ・コウスケもまた冒険に挑むだけだ。

 

───その冒険から、その冒険の意味から目を逸らさないでください

 

 リューの言葉が脳裏を過る。

 冒険の意味。なぜ戦うのか。他の冒険者もいる中、なぜ自(・)分(・)が(・)戦(・)う(・)の(・)か(・)。

 

「知れたこと! 俺は他人に獲物をくれてやるほどお人好しじゃねえ!」

 

 そう、結局のところそれなのだ。

 英雄の誕生を見届けたい。それに嘘はない。

 英雄の生まれる瞬間を最も近くで見ていたい。それも、嘘ではない。

 だがそれ以上に、ベルの勇姿を鑑賞する邪魔をしたこの翼竜が気にくわない。

 今、コウスケを突き動かしているのは使命感でもなんでもない、ただの怒りであった。

 

 コウスケの叫びと同時にワイバーンの鋭爪が振るわれ、それに合わせる様に黒刀を閃かす。

 

「ッ!」

『グォッ!?』

 

 魔法による補助で黒刀と鋭爪は拮抗し、轟音とともに弾かれる。

 【アガリス・アルヴェシンス】を使ってようやく拮抗。それは倒すには火力不足という意味でもある。

 

(けど隙は生み出せる! 一撃で仕留めようとするな!)

 

 どんなものも切り裂く鋭爪と、あらゆる物を砕く力。一度でもまともに受ければ回復する暇もなく即死する。

 その爪による連撃を躱し、往なし、弾きながら幾度も黒刀を閃かせる。

 

「うそ……」

「……誰がLv.1ですって?」

 

 その交戦を眺め、息を呑む者たちがいた。

 コウスケも、そしてベルも、両者とも格上であるはずのモンスターと互角の攻防戦を繰り広げている。

 目の前の光景に、遠征途中の【ロキ・ファミリア】第一級冒険者たちは目を見開いていた。

 

「僕の記憶が正しければ……」

 

 甲高い音響が炸裂する中、落ち着いた声音が転がる。

 大剣をナイフが、爪を刀が弾いて見せた光景から視線を切って、全員の目がベートに向かった。

 これはどういうことなのか、と。

 だがそれに対する答えを、ベートは持っていなかった。

 

「彼らはLv.1の駆け出し冒険者だと、ロキ達は言っていたはずだけどね?」

「………」

 

 白髪の少年はかつて上層に逃げたミノタウロスに襲われ、アイズが間一髪で助けたという冒険者。その様子は駆け出し同然だとベートは酒場で嗤っていた。

 黒髪の少年はロキ、ベート、レフィーヤから報告を受けている。レフィーヤと同じ稀少魔法持ち。ベートの独断で24階層へのアイズ捜索に連れて行ったという件の少年で間違いないだろう。

 

(ベートの話を聞いたときは頭を痛めたけど、Lv.1の駆け出しであることはロキが確認している。神に嘘がつけない以上、その情報は正しいんだろうけど……)

 

 それにしては目の前の光景は異常すぎた。

 白いワイバーンなど聞いたことも無いが、その潜在能力(ポテンシャル)は驚くことにミノタウロス以上。それにも関わらずコウスケは対等以上に渡り合っている。

 その戦いざまにベートは立ち尽くす。

 ほんの一週間前とは明らかに動きが違う。成長など生温い、ありえないほどの飛躍。

 月日とも言えない短い時間の中で、もはや別人と見まがうほど化けたコウスケへの不可解と戦慄が心中で巻き起こった。

 

 戦いが、続く。

 

 頻りに立ち位置を変えながら防御に徹し、合間に攻撃を挟み込む。

 立ち止まる事はしない。止まった瞬間を狙われる。

 

(……クソッ!!)

 

 だが、終わらない。目の前のワイバーンは一向に倒れる気配がない。

 理由は分かっている。致命傷たりえる攻撃を繰り出せていないからだ。

 それなら【アガリス・アルヴェシンス】を解いて他の魔法を使えばいい。ただそれだけの簡単な問題を、とある理由でコウスケは断念し続けている。

 

「ッ!?」

 

 両翼の爪と尻尾が同時に振るわれる。

 それを身体を捻ることで尻尾を躱し、黒刀で片翼の軌道を変えることでなんとか回避した。

 

(さっきからずっとこれだ!)

 

 ワイバーンの攻撃は両翼と先端の爪、尻尾、そして噛みつき。

 対してコウスケの方は刀と蹴りのみ。そのうえダメージになっているのは刀だけと来ている。圧倒的に手数が足りていない。

 動きが愚直なためなんとか対処できているが、防戦に回らざるを得ないため隙の大きい大技を使うことが出来ず、このままではジリ貧だ。

 

『グルゥゥォォオオオオオオオオ!!』

「しまっ───」

 

 翼竜の爪がローブを抉り、無惨に引き裂きながら肉を穿つ。

 コウスケは痛みに顔を顰めながらもワイバーンの腹部を蹴り飛ばして距離を取った。

 血が流れだす横腹を破いたローブで無理矢理止血してワイバーンを睨みつけ……………目を見開く。

 

「──────────あ?」

 

 コウスケの視線の先では翼竜は身を低くして突撃体勢に入っていたが、そちらではない。

 コウスケが見ているのは翼竜の足元。先ほどの攻撃で落としてしまった《炉神の刀(アルマ・ウェスタ)》の鞘。

 

『ギャオラアアアアアァァァッ!!』

 

 一踏みごとに地面を砕きながら途轍もない速度で迫るワイバーンを、魔法と黒刀、そしてリューから学んだ技をもって往なし、再びワイバーンから距離を取って左手で鞘を拾った。

 

「………よし」

 

 コウスケは拾った鞘を確認すると、腰に差すのではなく左手に握り締めて構えをとる。

 

「鞘で……二刀流?」

 

 呟くような小さい声が耳に届く。

 二刀流など誰からも習っていない、試したことも無い。されどその姿はどことなく様になっていた。

 

「来いよクソ蜥蜴。テメエの魔石抉り出してやる!」

『!!』

 

 今度はコウスケの方から疾駆する。右手に刀、左手に鞘の異種二刀流。

 鞘とは本来武器ではない。そもそもそういう使い方を想定されていないが、手数を増やすという目的は解決できる。

 

「シッ!」

 

 迎撃のため雄叫びを上げながら振るわれた鋭爪。それを左手の鞘で往なす。

 と、同時に右手の黒刀をワイバーンの首目掛けて一閃。

 

『ギュロオオ!?』

「おっとぉ? 初めての割にはしっくりくるなあこれ!!」

 

 数枚の鱗に罅が入り、鮮血が滲んだ。

 ようやく入ったダメージ。その機会を逃さんとコウスケは両腕を閃かせた。

 コウスケの黒刀を爪で弾く。迫る尾を鞘で往なす。

 刀が、爪が、尾が、鞘が、牙が、足が、腕が、互いの命を奪わんと獰猛に哭き続ける。

 着々と溜まっていくダメージ。だがそれはお互い様。

 

 しばらくは拮抗が続く。そう誰もが思っていた時だ。

 

───【アガリス・アルヴェシンス】解除

 

 コウスケを支え続けていた炎の加護が、空気に溶けていくように消えていった。

 

「えっ、なんで魔法が……!?」

「まさか、精神力(マインド)切れ? ちょっとマズいわよ!?」

 

 ティオナとティオネの声が響く。

 ワイバーンはこれを好機ととらえたのか、一切の防御を捨て地面を蹴り、一瞬でコウスケとの間に合った距離を詰める。

 知性を感じさせない血走った眼。殺すことしかできない強靭な四肢。

 先ほどベルを助けたアイズのような外からの援護も間に合わない。

 まごうことなき人類の敵(モンスター)の一撃が今、コウスケに届───

 

「【福音(ゴスペル)】───【サタナス・ヴェーリオン】」

 

───世界が、揺れた。

 

『グ……ルァ……?』

 

 超至近距離から放たれた音の爆弾。直撃を受けた翼竜は平衡感覚を狂わせ、何が起きたのか理解できないまま棒立ちになった。

 その光景を見ていた【ロキ・ファミリア】の数人が息を呑む。それは放たれた魔法に既視感があったからだろう。

 

「【永争せよ、不滅の雷兵】」

 

 【アガリス・アルヴェシンス】を解いたのは隙を作るため───ではなくただ単に魔法の同時使用ができないからである。

 だが結果として隙は生まれ、魔法の直撃を喰らわせることに成功した。

 コウスケはここで畳みかけようと次の詠唱を完成させる。

 

「【カウルス・ヒルド】」

 

 超短文詠唱にそぐわぬ白雷の群れがワイバーンを襲う。

 だが寸前に感覚を取り戻したのか数発を直撃したもののそのほとんどを回避してのけたワイバーンに、更に接近する。

 

「【目覚めよ(テンペスト)】」

 

 風が、吹いた。

 魔法を唱えたコウスケを中心に、風が流れる。

 

「ふッッ!!」

『グヴゥ!?』

 

 吹き荒れるすべての風を刀に収束し、一閃。

 防御を捨てた全力の一振り。対してモンスターの方は【カウルス・ヒルド】のダメージが色濃く残っている。

 風を纏った黒刀と、無数に罅の入った白鱗が接触し、

 

────キンッ………

 

 その膨大なエネルギーとは裏腹に小さな金属音だけを鳴らして白いワイバーンの右翼を斬り飛ばした。

 

「うそ……」

 

 ティオナが呟く。それは何に対しての言葉だったのだろう。

 

 コウスケが『風』を纏ったこと?────否。

 ワイバーンの翼を斬り落としたこと?────それも、否。

 

 【ロキ・ファミリア】の面々、そしてコウスケ本人さえ目を見開く中、その表情が蒼(・)く(・)照(・)ら(・)さ(・)れ(・)た(・)。

 

「ッッ!!?」

 

 刀を振り抜いた体勢から本能の赴くままに全力退避。

 次の瞬間、コウスケがいた場所目掛けて超高温にまで練り上げられた蒼炎が着弾する。

 

「熱っっっつ!?」

 

 『風』で身を守っていてなお感じる熱に顔を歪める。

 コウスケが黒刀を振り抜いた時、ワイバーンは斬り飛ばされた右翼には目もくれず炎を装填していた。

 その際の輝きが口内から漏れていたため反応が間に合ったというだけで、直撃していれば『風』を纏っていたとしても戦闘不能になりかねない。

 

「ここにきて特殊攻撃だあ? ふざけやがってこの爬虫類……」

 

 愚痴を零しながらローブの砂埃を払い落とす。

 とはいえ、片翼を奪えたことは大きい。あれだけ大きい翼を失ったのだ、バランスをとるのも難しくなり動きも読みやすくなる。

 

(見たところあの咆哮(ブレス)は威力は高いけど溜めが必要らしい。だったらこのまま慎重に長期戦で───)

 

『ファイアボルトォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

 コウスケの思考を払いのける様に、突如凄まじい断末魔と爆炎が炸裂した。

 弾かれるように振り返るとダンジョン天井にまで緋炎が立ち昇り、かろうじて原型をとどめたミノタウロスの下半身がぐらりと崩れ落ちる。

 全員の視線がその場へと集まる。

 視線の先には黒いナイフを握ったまま、ミノタウロスの灰の側でたたずむベルの姿があった。

 

「勝った、のか……」

 

 その事実を認識するにつれて、コウスケは胸の奥から熱いものが込み上げてくるのを感じた。

 少年が、ミノタウロスを、一人で倒した。すべてを見届けることは叶わなくとも、その勇姿を肌で感じ取った。

 

「ク、クク、ハハハ……」

 

 ベルは精神疲労(マインドダウン)により立ったまま気絶していた。それほどまでにギリギリの戦いだったという事だろう。

 それを考えると思わず笑いを零れ、そして背中の【ステイタス】が刻まれている辺りに熱が灯る。

 

「クッククク、フハハハハハッ!」

 

 ベルは『冒険』を乗り越えた。であれば自身もまた此処を超えなければ隣を歩むことなど許されない。

 そう自分に言い聞かせ、されども沸き上がる喜びに頬が吊り上がる。

 未だ戦闘中でありながら嬉笑を上げるコウスケに、【ロキ・ファミリア】だけでなくワイバーンまでもが呆気にとられていた。

 

────長期戦? 馬鹿か、それは逃げの思考だろうが!

 

「リリ、ベルを頼む! 帰ったら祝勝会だ!!」

 

 既にボロボロのローブを脱ぎ捨てて再び特攻。キィィンと金属音を鳴り響かせる。

 振り抜いた刀はしかし、今度は鱗に弾かれた。

 ワイバーンもまた先の一撃を警戒している。だがあれは全ての風を刀に集中させた全力を無防備な状態に入ったからこそのダメージ。それをもう一度再現するのは困難を極める。

 だから。

 

「あれ……『風』を、解いてる?」

 

 コウスケは魔法(エアリエル)の維持を放棄した。

 

 片翼となり機動力も幾分か落ちたはずだがそれを感じさせない動きでワイバーンの連撃が迫る。

 横薙ぎに迫る翼を鞘で往なし、頭上から打ち下ろされる尻尾を黒刀で弾きながらコウスケは新たに詩を紡いだ。

 

「───【今は遠き森の空。無窮の夜天に鏤む無限の星々】」

 

 魔法円(マジック・サークル)は出ない。だが確かに感じる膨大な『魔力』。

 短文詠唱では威力が足りず、先のような防御も回避も投げ捨てた特攻は警戒されて使えない。

 となれば長文詠唱による『必殺』に賭けるしかないと考えるのは当然の帰結だった。

 

 沸き上がる『魔力』を危険と判断したのか、ワイバーンは相貌を歪め口内を蒼く光らせる。

 そしてここに来て初めて、白い翼竜は抹殺対象である人間(コウスケ)から距離を取った。

 

「【愚かな我が声に応じ、今一度星火の加護を】っ」

 

 知性無きモンスターが敵から距離を取る。そんな本来ありえない事態も頭の片隅に置いていたコウスケは逆に距離を縮めるべく地面を蹴る。

 

「『──────────────────ッッッ!!』」

 

 もつれ合う、気勢と気迫。音として発せられない轟声がダンジョンを揺らす。

 両者ともに退くことをやめた。モンスターは己が本能を、冒険者は己が技をもって真っ向から対決するよう全身に力を漲らせる。

 妥協を彼方に放り投げたぶつかり合い。凄烈な一進一退を繰り返しながらも、加速が、止まらない。

 不格好に放たれた前蹴りを、黒刀で叩き落す。

 防御に構えられた刀の上から鋭爪が振り下ろされ、骨に罅が入る音を聞きながら地面を陥没させる。

 振り上げられた斬撃が、既に罅割れた鱗を砕き、肉を裂く。

 モンスターと冒険者。竜と人。力と技。相反するもの同士の衝突によりルームのあちこちが静かに壊れていく。

 

「【汝を見捨てし者に光の慈悲を】!」

 

 無茶な戦闘の影響か、まともな治療を施せなかった横腹から血が吹き出す。

 回復に割く精神力(マインド)はない。全精神力(マインド)を攻撃に回さないとこの敵の『耐久』を超えられないとここまでの戦闘の中でコウスケは判断した。

 血が足りないのか頭がふらつく。手や足の感覚もなんだか遠い。だがアドレナリンが出ているのか痛みは感じない。

 片翼を失い、全身に少なくない傷を負った翼竜とコウスケ。重傷を負いながらも力を振り絞る両者は決して止まろうとしなかった。決して手を休めようとしなかった。

 止まらない、止まれない、譲れない。

 血塗られた黒刀と鋭爪が、火花を打ってもう一度ぶつかり合う。

 

「【来れ、さすらう風、流浪の旅人(ともがら)】!」

 

 コウスケの脳裏に過る、一人の妖精。

 一度だけ見させて貰った、完璧な『並行詠唱』。

 それはとても洗練されていて美しかった。あれこそが詠唱という技術体系における極致だと納得した。

 同時に今の自分では決して届かない高みであることも、理解した。

 だが。

 

 ワイバーンの蓄力(チャージ)が終え、開かれた顎がコウスケを照準する。

 コウスケとワイバーンの距離はおよそ三十C(セルチ)。放たれれば間違いなくワイバーン自身も被弾する距離だ。

 だがそれ以上に彼(か)のモンスターはタチバナ・コウスケという人間を脅威と判定した。

 

 一切の手加減のない全力の蒼炎の息吹(ブレス)。付与魔法(エアリエル)を解いている今のコウスケではひとたまりもないだろう。

 だが当然、その蒼炎への対策を考えていないはずがない。

 

「シッ!」

『ヴゴォァアッ────!?』

 

 狙いすましたかのようにコウスケの前蹴りがワイバーンの顎(あぎと)に吸い込まれ、無理矢理閉じられた口内で炎が爆散する。

 溜めに溜めた膨大なエネルギーが体内で炸裂した事により、倒しきるまではいかないが絶大なダメージを与えることにはなった。

 身体を震わせながらモクモクと黒煙を浮かび上がらせるワイバーン。するとより一層瞳を血走らせて怨敵を睨みつける。

 

「【空を渡り荒野を駆け、何物よりも疾く走れ】!」

 

 まだワイバーンの眼が死んでいない。むしろより力強く睨みつけている。

 深紅に染まる眼光と、漆黒の眼差しが交差する。

 そして、 

 

『グルゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

 

 突っ込んで来た。

 

 地面を砕きながら迫ってくるワイバーン。

 それに対してコウスケの取った行動もまた────正面突破だ。

 

「馬鹿がッ!」

「ちょっと何考えてるのよ!?」

「コウスケ様ぁ!?」

 

 響き渡る、罵声と悲鳴。それらをすべて意識の外へと追い出す。

 一気に縮まる間合い。大きくなる互いの姿。肌を打つ猛々しい覇気。

 もう既に視界の半分以上がまともに見えていない。どれだけ息を吸っても酸素を取り込めていないような感覚。

 全身に走る悪寒。冷たくなる指先。

 

 目前にまで迫った、【死】の気配。

 

「────ッッ!!」

 

 歯が砕けるほど強く噛み締めて現実を直視する。

 助走の勢いそのままに鋭爪が振り上げられ、コウスケもまた腰の位置で黒刀を握り締める。

 振り下ろしと、すくい上げ。

 寸分狂わず同じタイミングで発進する。

 そして瞬く間に、決着の一撃が邂逅した。

 

(───────)

 

 コウスケの黒刀が、《炉神の刀(アルマ・ウェスタ)》が弾かれる。

 ヒュンヒュンと空気を切り裂きながら宙を飛んでいく。

 

 時間が限界まで引き延ばされた世界で、誰もがその光景に息を呑んだ。

 【ロキ・ファミリア】の面々は一瞬の驚愕を終えると、負けたコウスケを助けんと一歩を踏み出す。

 リリはベルの身体を抱きしめながら、涙の溢れる瞳を限界まで開いて弧を描く黒刀の軌跡を追っていく。

 ワイバーンは妙(・)な(・)手(・)応(・)え(・)に違和感を感じながらも、刹那の間だけ敵であるコウスケから何(・)の(・)抵(・)抗(・)も(・)な(・)く(・)弾(・)か(・)れ(・)た(・)刀(・)へ視線を向けた。

 

 

 刹那とはいえ、目の前の敵から視線を逸らしてしまった。

 

 

「【星屑の光を宿し敵を討て】」

 

 ふわり、と優しく包み込むように翼竜の首にしがみつく。

 誰もそれに気付けない。この土壇場の命が懸かった状況で、自ら獲物を手離す馬鹿などいるはずがないという固定観念に縛られている。

 それは第一級冒険者だけでなく、モンスターである白竜でさえ。

 

────本来であればそんなもの愚策だと切って捨てるのですが、予備の武器を持っている状況であれば相手の虚を突くことが出来る

 

 思い起こされるのは、修行中のリューの言葉。

 刀は弾かれたのではない。弾かせたのだ。すべては隙を作るためだけに。

 予備の武器など今回も持ち合わせていない。だが武器たりえる『必殺』であれば、たった今用意できた。

 

『グ、ルァ────』

 

 産まれてからずっと本能の命ずるままに戦い続けた。

 母なる迷宮の意思に従って才能の全てを振るい人間を殺し、同胞の命さえ貪った。

 知性なき殺戮者。人類の仇敵。そんなモンスターの殺意に血走った瞳が、コウスケの眼差しと再び交わる。

 

「『────』」

 

 刹那の交差。その瞬きにも満たない時間の中でワイバーンは己が失態を認識した。

 振り解く───否、間に合わない。

 蒼炎を───それも、間に合わない。

 もう何もかもが遅い。この状況に追い込まれた時点で決着はついている。

 

 密着する冒険者とモンスターの間で、臨界にまで達した『魔力』が解放された。

 

「【ルミノス・ウィンド】ッ!!」

 

 閃光。

 無数に発生された光玉が白い翼竜を外から、そして内から刻み、引き裂き、最後にその血も肉も何もかもを飲み込んで盛大に爆せる。

 発動させた魔法の火力は、過去最高。全精神力(マインド)を注ぎ込んだ『必殺』。

 

 ワイバーンは断末魔を上げることなくその身を灰へと転じる。

 コウスケは爆風の勢いに耐え切れず、地面を転がりながら壁に強く打ち付けられた。

 

「コウスケ、様……?」

「倒し、やがった……」

 

 ルームに風が吹き荒れる中、呟く声が溶けていく。

 魔法の威力で魔石は砕け、後に残るのは灰と一片の白鱗のみ。

 

「コウスケ様……コウスケ様ぁっ!」

 

 リリの悲鳴が木霊する。だが当のコウスケは壁に打ち付けられた体勢から一向に動かない。

 もはや立つ気力さえないリリの代わりに、リヴェリア等がコウスケの安全を確認しに行く。

 

「……精神疲労(マインド・ダウン)だな。脇腹の傷も酷い。すぐに手当てしなければ出血で死ぬぞ」

 

 容態を確認したリヴェリアがそう呟く。

 するとベートは乱暴に頭を掻くと盛大に舌打ちをこぼした。

 

「フィン、こいつらを地上に運んでくる。文句ねぇだろ」

「ああ、構わないよ。けれど君から進言してくるとは意外だね。それだけ彼のことを認めているってことかな」

「チッ。うるせぇよ……」

 

 こうしてベルとコウスケ、二人の冒険は幕を閉じた。

 白髪の少年は己がトラウマ(ミノタウロス)を超克し、黒髪の少年は英雄の産声を確かに聞いた。

 『力』、『技』、『駆け引き』。その全てを駆使して成し遂げられた偉業は間違いなく彼らを次のステージへと押し上げるだろう。

 

 所要期間、約一ヵ月半。

 Lv.2到達記録を大幅に塗り替えた二人の新星の名が迷宮都市(オラリオ)を揺るがすのは、この数日後のことだった。

 




ちょっとした小話

 実はアイズが白い竜に向けて凄まじい殺意を放っており、リリが怯えるからとリヴァリアが嗜めたりしていたが当の本人(竜)?達は目の前の敵に集中していて気が付いていなかった。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。