英雄の誕生を見届けたい(願望)   作:日彗

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第二話 いざ行かん

 

 タチバナ・コウスケは異世界人である。

 

 日本に暮らしていたどこにでも居そうな高校生。それがある日突然、この迷宮都市に現れた。

 原因は不明。夜に自室のベッドで寝て、目を覚ますと汚い路地裏に転がっていた。

 

 よくある異世界転生……ではない。体はそのまま、服はパジャマ。神と思われる存在に会った覚えもなければ死んだ覚えもない。そんな状況を飲み込めず茫然としていたところ、声をかけてくれた一柱の女神がいた。

 

「おいおい大丈夫かい? そんな恰好で外にいたら危ないぜ」

 

 彼女の名はヘスティア。オリュンポスに名高い竈の女神。そして、

 

(だ、ダンまちや……)

 

 人気ライトノベル『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか』のヒロインである。

 

 

 

 

「な~んてこともあったなぁ」

「お待たせしました! ……どうかしましたか?」

「うんにゃ、なんでもないよ。早速行こうか」

「はい!」

 

 早朝、俺とベルはそろってダンジョンへと向かう。そもそもソロでダンジョンに潜るというのがあり得ないことなのだ。昨日はたまたま別行動していただけである。

 

 喧噪も人ごみもない大通りを二人で歩く。道の左右に軒を連ねる石造りの商店は、どこも鎧戸をぴっしりと閉めていた。

 

「今日は何階層まで潜る? 二人なら5階層より下でも問題ないぞ」

「は、はい。流石に二日連続で異常事態(イレギュラー)は起きないでしょうし……」

「まあ、とりあえず朝食になりそうなものを確保してから考えるか」

「そうですね。僕お腹ペコペコです……」

 

 その言葉通り、くるくるとベルのお腹が鳴る音が聞こえてきた。朝食を食べずに出てきたため空腹なのだろう。とぼとぼ歩きながらへその辺りを摩る様子を見て笑いがこぼれた。

 

「………っ!?」

 

 バッ、とベルが勢いよく後ろを振り向く。その後キョロキョロと周りを見渡して首を傾げた。

 理由はわかってるけど一応聞いておこう。

 

「どうした?」

「あ、いえ……今、誰かに視られて……何か感じませんでしたか?」

「無視しよう。わざわざ構ってやる必要なんてないからね。あ、でもとりあえずバベルに向かって中指でも立てとけ。深い意味はない。ないって言ったらない」

「え? は、はぁ……」

 

 俺自身は何も感じないが、ベルが言うならばそうなのだろう。原作だと確か『肌を冒されるような感覚。まるで物を値踏みするかのような、普通の人にはとても真似できない、無遠慮過ぎる視線』だったか。バベルの最上階にいる()()()()からの熱視線。いやぁ、モテますねベルさん。

 

 と思っていると、俺に言われた通りバベルに向けて中指を突き立てようとしていた。流石にマズイ。もしバレたら即刻“死”だ。

 

「あの……」

「「!」」

 

 だが寸前のところで後ろから声を掛けられ、すぐさま反転し身構える。

 声をかけてきたのは俺達と同じヒューマンの少女。光沢のない薄鈍色の髪と瞳をした少女だ。というかもうぶっちゃけよう。シルさんだ。『豊穣の女主人』のシルさんだ。

 

「ヒィッ! ま、待ってくれ! 何も本気でしようとしたわけじゃないんだ! ほらとりあえずベルも謝って!」

「え、ご、ごめんなさいっ! ちょっとびっくりしちゃって……!」

「い、いえ、こちらこそ驚かせてしまって……」

 

 見られた! 絶対に見られた! マズイ、よく知らないけどこの人【フレイヤ・ファミリア】と関係があるみたいだし、確かアレンさんが護衛してるはずだし! ………あ、槍を持った猫人(キャットピープル)がこっちを見てる……。

 

 顔が真っ青になっているであろう俺を無視して、ベルはシルに話かける。

 

「えっと……な、何か僕に?」

「あ……はい。これ、落としましたよ」

 

 差し出された手の平に乗っていたのは、紫紺の色をした結晶だった。

 

「え、『魔石』? あ、あれっ?」

 

 ベルはモンスターから得られる『魔石』を、いつも拳大の腰巾着の中に回収している。紐はきつく絞っているはずだが、何かの拍子で緩んでしまったのかもしれない。

 そうでもなければ、冒険者でもない人が魔石なんて持っているはずがないのだが……もう考えることを放棄したい。

 

「す、すいません。ありがとうございます」

「いえ、お気になされないでください」

 

 ほわっとする微笑みで返す少女に、ベルもつられて笑っている。

 

「こんな朝早くから、ダンジョンへ行かれるんですか?」

「はい、同じファミリアの先輩と軽く行って来ようかなぁなんて……」

 

 間をつなぐように一言二言交わしていると、グゥとベルの腹が情けない声を吐いた。

 

「………」

「………」

「そ、そういえば朝食確保が先だったな。そろそろ行くか」

 

 よっぽど恥ずかしかったのか、お腹に手を当てて俯くベルに声をかける。横から覗いてみると驚くほど真っ赤に顔を染めていた。

 

 とにかく早く離れたい。さっきから凄いこっちを睨んでくる人がいるんです。

 

「うふふっ、朝食を摂られていらっしゃらないんですか?」

「え、ええ、ちょうどダンジョンに行く前に、朝食になりそうなものはないかと話してたとこだったんですよ。アハハ……」

 

 するとシルは何か考える素振りをすると、急にぱたぱたと音を立ててその場を離れ、恐らく職場であろう酒場に入り、ほどなくして戻ってきた。

 ここを離れた際にはなかったもの―――ちんまりとしたバスケットが、その細い腕に抱えられていた。中には小さめのパンケーキとチーズが見える。

 

「これをよかったら……。二人分には少し物足りないかもしれませんが……」

「ええっ!? そんな、悪いですよ! それにこれって貴女の朝ご飯じゃあ……?」

「このまま見過ごしてしまうと、私の良心が痛んでしまいそうなんです。だから冒険者さん、どうか受け取ってくれませんか?」

 

 笑顔で放たれる殺し文句にベルは「ず、ずるいっ……」と呟いた。貰ってあげなよ。俺はいらんけど。

 

「冒険者さん、これは利害の一致です。私もちょっと損をしますけど、冒険者さんはここで腹ごしらえができる代わりに……」

「か、代わりに……?」

「……今日の夜、私の働くあの酒場で、晩ご飯を召し上がって頂かなければいけません」

「………」

「いいんじゃないか? 貰っとけ。せっかくの好意を無碍にしたらだめだぞ」

 

 俺の言葉にベルは少し考え込む様子を見せ……くしゃっ、と破顔した。

 

「……それじゃあ、今日の夜に伺わせてもらいますっ」

「はい。お待ちしています」

 

 バスケットを受け取り、お礼を言う。

 と、そこでまだ名前を告げていないことを思い出した。

 

「───っと、そういえば自己紹介がまだだった。タチバナ・コウスケです。以後ヨロシク」

「あ、僕はベル・クラネルって言います。貴女の名前は?」

「シル・フローヴァです。よろしくお願いしますね、ベルさん、コウスケさん」

 

 バスケットを持ってシルに見送られながらダンジョンに向かう。

 長いメインストリートが続く先、都市の中央部、摩天楼施設が澄んだ朝空を突き上げている。そこの下にダンジョンがあるのだ。

 

 少し歩き、視線を感じなくなると一気に緊張が解けて、大きく息を吐きだした。

 

「『恐怖! コウスケは見た。槍を振りかぶる猫人(キャットピープル)の影』……本が一冊書けそうだな」

「え?」

 

 町中だろうとお構いなしに闇討ちしてくる頭のおかしな猫もいる。それが迷宮都市オラリオだ。こえぇ……。

 

 

 

 

『『『『グルオァッッ!!』』』』

 

 総数は四。前方から群れになって襲ってくるコボルトを見据えて剣を構える。

 

「よっと」

 

 タイミングを合わせて先頭のコボルトに剣を振るう。剣の切っ先はコボルトの目を潰し、急に見えなくなった視界と痛みでのた打ち回る。

 

『ガアアア!?』

 

 先頭を走っていた個体が乱れた影響で後ろに続いていた他のコボルト達も足を止めた。その隙を見逃さず、ベルが一体のコボルトへナイフを突き刺した。

 

「やあああっ!」

『グガアア!?』

 

 ナイフはちょうど心臓を捉え、コボルトは血を吐きながら崩れ落ちていった。

 その光景に我を取り戻した他のニ体も、ベルを殺さんと襲い掛かるがベルと入れ替わるように飛び出して、片方には剣を深く突き刺し、もう片方を力いっぱい蹴り飛ばす。

 

「ベルっ!」

「はいっ!」

 

 蹴り飛ばされたコボルトに馬乗りになると、今度は狙って心臓に突き刺した。

 

『グッ!? ガ、ァ……』

「……や、やった……?」

 

 肩で息をしながら動かなくなったコボルトを見つめるベル。未だ目を押さえながらのた打ち回っているコボルトにとどめを刺して、俺もベルの元へと向かう。

 

「ナイスファイト! おつかれさま」

「は、はい。なんとかなりましたね……」

「魔石を回収したら休憩にしよう。手伝ってくれるか?」

「はい!」

 

 今いる場所はダンジョン三階層。本当はもう少し深く潜るつもりだったのだが、予想以上にコボルトやゴブリンに遭遇して時間を取られてしまった。

 まあ、今回はベルの修行優先で来たため構わないのだが。

 

 解体用のナイフを使って、コボルトの胸部から小さく輝く紫紺の欠片『魔石』を摘出する。これが結構楽しい。だって魔石をとったらモンスターが一瞬で灰になるし。

 

「あ、コウスケさん! 『ドロップアイテム』が出ましたよ!」

「おっ、ラッキー! ツイてるねぇ~」

 

 人手があると作業が楽だわ。パーティー最高!

 

 

 

 

 夕刻。

 本日のダンジョン探索を終え、教会の隠し部屋に戻った俺達は、さっそくヘスティアに【ステイタス】の更新を頼んだ。

 とは言っても予想通りで、ベルのステイタスが延び、その原因を知っているヘスティアが拗ねているのだが。

 

「こ、コウスケさんっ、やっぱりこれおかしいですよ!? ここっ、ほら、『耐久』の項目! 僕、今日は敵の攻撃を一回だけしかもらっていないのに!」

「おおー延びたな。日頃の行いが良かったからじゃね? 神様ってのは見ててくれるもんなんだなぁ」

 

 とりあえず適当に誤魔化す。ヘスティアも何か言ってくれないものかね。

 

「で、でも流石にこれは………あ、あの、神様?」

「………」

 

 ヘスティアの機嫌が悪い。すこぶる悪い。女神の嫉妬というやつは恐ろしい。

 幼い顔つきがむっつりとしていて、半眼でベルのことを見据えている。顔に不機嫌ですと書いてある。

 

「か、神様……?」

「………」

「えと、その、だから……」

「………」

「こら、眷属(こども)が聞いてるんだ。気持ちはわかるけど、あんまり無視してやるなよ」

「………ふんっ、知るもんかっ」

 

 ぷいっ、と頬を膨らませたヘスティアがそっぽを向く。可愛らしいが神としてその態度は如何なものなのか。

 ヘスティアは無言で部屋の奥にあるクローゼットへ向かった。ツインテールがまるで意思を持っているかのようにうねっている。

 

「ボクはバイト先の打ち上げがあるから、それに行ってくる。君達もたまには適当に羽を伸ばして、豪華な食事でもしてくればいいさっ」

 

 バタンッ! と音を立ててドアが閉められた。そのバイト先は何のための打ち上げをするのだろう………気になるから今度聞いてみよう。

 

「ベル、気にしなくていいぞ。後で俺の方から言い聞かせるから」

 

 ヘスティアを怒らせてしまったと落ち込んでいるベルの肩に手を置く。これからシルと約束した酒場に行かなくてはならない。

 俺達はそろって溜息を吐き、隠し部屋を後にした。

 

 

 

 

「えっと、朝シルさんに会ったのはこの辺りでしたよね?」

「ああ、そのはずだが……」

 

 人の従来が絶えないメインストリートを歩きながら、『豊穣の女主人』を探す。早朝とは打って変わって雰囲気が違う。本当に同じ場所とは思えない。夜になるとここまで賑やかになるのか。

 

「あ、あった。ここだな」

「……ここ、ですか」

 

 ようやく見覚えのあるカフェテラスを見つけた。

 他の商店と同じ石造り。二階建てでやけに奥行きのある。周りの建物よりも明らかに大きい。看板に店名が書いてあるはずなのだが、共通語(コイネー)で書かれている為、読めない。

 

「なあベル、この看板なんて書いてある?」

「ええっと、『豊穣の女主人』……ですね」

「じゃあここで間違いないな。早速入ろう」

「ええっ!?」

 

 驚くベルの手を引いて店内に足を踏み入れる。外からでもわかっていたが、店内は本当に明るい雰囲気だった。それに見覚えのある面々がたくさんいる。……あ、あそこにいるのリューさんだ! スゲー本物だ。

 

「ベルさん、コウスケさん。来てくださったんですねっ」

 

 いつの間に現れたのか、シルがすぐ隣に立っていた。

 

「……やってきました」

「二名でお願いします」

「はい、いらっしゃいませ。お客様二名はいりまーす!」

 

 シルの案内で奥にあるカウンター席に座る。周りには他の客がいない、落ち着いて食事ができそうな場所だ。

 

「アンタらがシルのお客さんかい? 何でもアタシ達に悲鳴を上げさせるほど大食漢なんだそうじゃないか! じゃんじゃん金を使ってってくれよぉ!」

「!?」

 

 目の前にまで来たドワーフの女将さん、ミア・グランドの言葉にベルはバッと背後を振り返り、控えていたシルはさっと目を逸らした。

 

「あはは、俺達のファミリア貧乏なんで勘弁してくださいよ、女将さん」

 

 なるべく怒らせないように断りを入れる。怒らせたら詰む。ここの店員さんは全員俺達よりも格上の『強者』だ。怒らせないよう慎重に……。

 

 ベルと一緒にカウンターに用意されていたメニューを覗き込む。文字は読めないが数字だけはわかる。どれも高いなぁ。

 

「ベルはどれにする?」

「…………じ、じゃあ、パスタで……」

「あ、だったら俺もそれで」

 

 この世界に来て初めての外食だが、やはり少しは文字の読み書きができないと話にならない。……勉強、したくねぇ……。

 

 「酒は?」と女将さんに尋ねられ、当然断るが女将さんは無視して醸造酒(エール)をカウンターに叩きつけた。うん、おかしいよね。俺断ったよね。

 

「楽しんでますか?」

「……圧倒されてます」

「ここの料理美味しいっスね。……サボりですか?」

 

 二人そろってパスタを食べていたとき、シルがやってきた。……椅子を持って。サボる気満々である。

 

「お仕事、いいんですか?」

「キッチンは忙しいですけど、給仕の方は十分間に合ってますので。今は余裕もあるし」

 

 いいですよね? と視線で女将さんに尋ね、口を吊り上げながらくいっと顎を上げて許しが出た。それでいいのかミアさん。

 

「この『豊穣の女主人』の女将のミアお母さんは元・冒険者なんです」

 

 シルがやってきて二言三言話していたところ、そんなことを呟いた。ベルの皿には料理はもう残っていない。俺はまだ半分以上残ってるのに……

 

「従業員は女性のみ。結構訳ありな人も多いんですけど、ミアお母さんは気前よく受け入れてくれてます。私がここにいるのは働く環境が良さそうだったからですけど……」

「へぇ~……」

 

 シルの話にベルは頷いて店内を見渡す。大丈夫だと思うけど、不埒な目で見たら駄目だぜ? 殺されちゃうよ。

 

「気を付けろよベル~。ここの店員さん、全員俺等より遥かに格上だぞ。指一本で殺されちゃう」

「えっ、ほ、本当ですか……?」

 

 おっと、脅しすぎたかな。身を縮こませて震えてしまった。

 

「本当だって。例えば、今あそこで給仕してる猫人(キャットピープル)二人とエルフとヒューマン。この四人は第二級冒険者でも上位に入るんじゃないか? 特にあのエルフの人がヤバい。他の三人より頭一つ抜けてる感じがする」

 

 だからいいかね、ベル君。絶対に怒らせちゃいけないよ。流石に助けられないよボク。

 あ、四人の視線が一瞬こっちを向いた。この距離でも聞き分けられるんですか? 怖い。

 

「でも絶っっっ対に怒らせちゃいけないのは女将さんだな……」

「も、元冒険者って言ってましたもんね……」

「いやホント冗談抜きで。この店内の人間全員をまとめて瞬殺できる力はあるって。それこそ【ロキ・ファミリア】の幹部でも連れてこないと」

 

 元【フレイヤ・ファミリア】団長、ミア・グランド。恐ろしや。酒場経営なんてしてていい人材じゃないぞ。ギルドも何とか言ってほしいものだが、まあ無理だよね。

 

「凄いですねコウスケさんっ。合ってますよ! やっぱり冒険者さんって鋭いんですね」

 

 い、いや〜そんなこと……あるかも? アーハッハッハ! 原作知識のお陰だけどね。アーハッハッハ!

 

「まだまだ分かりますとも! 例えばあの黒髪の猫人(キャットピープル)さんは先程から不自然なほど静かだ。足音だけじゃなく、服が擦れる音すらしない。恐らく無意識にそういう癖がついたんでしょう。このことから元々暗殺を生業にしていたのかも―――あ、やべこっち見た。隠れろベル、標的にされるぞ」

「え、ええっ!?」

「ふふっ、大丈夫ですよ、クロエはもう足を洗ってますので。それにしてもドンピシャですよ! それじゃあ、次は向こうのヒューマンのウェイトレスはどうですか?」

 

 ヒューマンのウェイトレス……ルノア・ファウストか。任かせなさい。

 

「彼女は……そうだな、服の上からだとわかりづらいけど、よく引き締まった純度の高い筋肉だ。恐らく魔法などを使用しない肉弾戦を得意としているんじゃないかな。それもかなりの場数を踏んでる。モンスターではなく対人だな。元はオラリオの外から来た傭兵、あるいは賞金稼ぎの可能性が高い……あ、またこっち見てきた。やばいやばい、俺等の話向こうに聞こえてるよこれ」

「でも合ってますよ! すごい!」

 

 そんな話をしていると、突如、どっと十数人規模の団体が酒場に入店してきた。つられて俺も視線を向けて───つい二度見してしまった。

 

『……おい』

『おお、えれえ上玉ッ』

『馬鹿、ちげえよ。エンブレムを見ろ』

『……げっ』

 

 そう、そうなのだ。彼らが掲げるは『道化師』のエンブレム。すなわち【ロキ・ファミリア】

 第一級冒険者のオールスター。巨人殺しの【ファミリア】。聞こえてくるさざ波のような声には全て畏怖が込められていた。

 

 俺自身ちょっと感動している。生【勇者(ブレイバー)】だ生【勇者(ブレイバー)】。ハイエルフもいるぞ。サイン欲しいな……。

 

「……ベルさーん?」

 

 隣では顔をカウンターに伏せ、【ロキ・ファミリア】の動向を窺っているベルがいた。あまりの奇行にシルも困ったような顔で声をかけている。

 ああ、アイズ・ヴァレンシュタインを見てるのか。一歩間違えたらストーカーだな。それにしてもパスタが減らない。

 

「【ロキ・ファミリア】さんはうちのお得意さんなんです。彼等の主神であるロキ様に、私達のお店がいたく気に入られてしまって」

「そうなんですか。美形好きで有名な神ロキなら納得です」

 

 ちゃんと話を聞いてるかいベル君? そんなぎんぎんに眼を見開いて【剣姫】を観察するんじゃない。向こうも視線には敏感なんだぜ? というか顔がもう犯罪者一歩手前。

 

「そうだ、アイズ! お前のあの話を聞かせてやれよ!」

「あの話……?」

 

 かなり酔った様子の狼人(ウェアウルフ)の青年がアイズに何らかの話をせがんでいる。

 それにしても、このパスタ美味い。今度他の料理も頼んでみよう。

 

「あれだって、帰る途中で何匹か逃がしたミノタウロス! 最後の一匹、お前が5階層で始末しただろ!? そんで、ほれ、あん時いたトマト野郎の!」

「ミノタウロスって、17階層で襲い掛かってきて返り討ちにしたら、すぐ集団で逃げだしていった?」

「それそれ! 奇跡みてぇにどんどん上層に上っていきやがってよっ、俺達が泡食って追いかけていったやつ! こっちは帰りの途中で疲れていたってのによ~」

 

 ベルの動きが止まり、顔が青くなっていく。

 

「それでよ、いたんだよ、いかにも駆け出しっていうようなひょろくせぇ冒険者(ガキ)が!」

 

 5階層で遭遇したミノタウロス。そこを間一髪助けに入ったアイズとその現場を目撃した狼人(ウェアウルフ)の青年、【凶狼(ヴァナルガンド)】ベート・ローガ。もちろんベートの言っている冒険者(ガキ)とはベルのことだ。

 

「抱腹もんだったぜ、兎みたいに壁際へ追い込まれちまってよぉ! 可哀相なくらい震え上がっちまって、顔を引きつらせてやんの!」

 

 ベルの顔が、青から赤へと変わっていく。それを尻目にパスタを貪る。……あと三割ってとこか。ダメだ、マジで減らない。

 

「ふむぅ? それで、その冒険者どうしたん? 助かったん?」

「アイズが間一髪ってところでミノを細切れにしてやったんだよ、なっ?」

「………」

 

 アイズは僅かに眉を顰めるだけで何も言い返さない。元々口数の少ない人だし。

 

「それでそいつ、あのくっせー牛の血を浴びて……真っ赤なトマトになっちまったんだよ! くくくっ、ひーっ、腹痛えぇ……!」

「うわぁ……」

「アイズ、アレ狙ったんだよな? そうだよな? 頼むからそう言ってくれ……!」

「……そんなこと、ないです」

 

 ベートは目元に涙を溜めながら笑いを堪え、他のメンバーは失笑し、別のテーブルでその話を聞いている部外者達ですら、釣られて出る笑みを必死に嚙み殺している。

 

「それにだぜ? そのトマト野郎、叫びながらどっか行っちまってっ……ぶくくっ! うちのお姫様、助けた相手に逃げられてやんのおっ!」

「……くっ」

「アハハハハハッ! そりゃ傑作やぁー! 冒険者怖がらせてまうアイズたんマジ萌えー!!」

「ふ、ふふっ……ご、ごめんなさい、アイズっ、流石に我慢できない……!」

「………」

「ああぁん、ほら、そんな怖い目しないの! 可愛い顔が台無しだぞー?」

 

「べ、ベルさんっ……?」

 

 どっと笑い声に包まれる【ロキ・ファミリア】とは対照的に、こっちの雰囲気はどんどん重くなっていく。ベルにはなんとか心を強く持って欲しいものだが……。

 

「あ、あの、コウスケさん……」

「ああ、どうか気にしないで。ちょっと気分が悪くなったのかもしれません」

 

「しかしまぁ、久々にあんな情けねえヤツを目にしちまって、胸糞悪くなったな。野郎のくせに、泣くわ泣くわ」

「……あらぁ~」

「ほんとざまぁねえよな。ったく、泣き喚くくらいだったら最初から冒険者になんかなるんじゃねぇっての。ドン引きだぜ、なぁアイズ?」

「………」 

 

 ベルの顔が強張っている。眼はあらん限り開き、虚空を凝視していた。俺はパスタを飲み込む。

 

「ああいうヤツがいるから俺達の品位が下がるっていうかよ、勘弁して欲しいぜ」

「いい加減そのうるさい口を閉じろ、ベート。ミノタウロスを逃がしたのは我々の不手際だ。巻き込んでしまったその少年に謝罪することはあれ、酒の肴にする権利などない。恥を知れ」

「おーおー、流石エルフ様、誇り高いこって。でもよ、そんな救えねえヤツを擁護して何になるってんだ? それはてめえの失敗をてめえで誤魔化すための、ただの自己満足だろう? ゴミをゴミと言って何が悪い」

「これ、やめえ。ベートもリヴェリアも。酒が不味くなるわ」

 

 ベルの拳が強く握られる。

 

「アイズはどう思うよ? 自分の目の前で震え上がるだけの情けねえ野郎を。あれが俺達と同じ冒険者を名乗ってるんだぜ?」

「……あの状況じゃあ、しょうがなかったと思います」

 

 強く握りこんだ拳から血が流れる。爪が肌に食い込んでいるのだろう。

 

「……ゴクンッ。ベル、血が出てるぞ。少し落ち着け。な?」

 

 ベルの背中に手をまわして軽く叩く。手、痛くないの?

 

「なんだよ、いい子ちゃんぶっちまって。……じゃあ、質問を変えるぜ? あのガキと俺、ツガイにするならどっちがいい?」

「……ベート、君、酔ってるの?」

「うるせえ。ほら、アイズ、選べよ。雌のお前はどっちの雄に尻尾を振って、どっちの雄に滅茶苦茶にされてえんだ?」

 

 食事の場で急に下ネタぶっこんでくるのはやめてもらいたい。思わずパスタ吐き出しそうになったじゃないか。

 

「……私は、そんなことを言うベートさんとだけは、ごめんです」

「無様だな」

「黙れババアッ。……じゃあ何か、お前はあのガキに好きだの愛してるだの目の前で抜かされたら、受け入れるってのか?」

「……っ」

 

 その質問は意地悪っすよ、ベートさん。それを受け入れるのは現時点だとヘスティアくらいじゃない? フレイヤは……どうだろ、わっかんねぇな。

 

「はっ、そんな筈ねえよなぁ。自分より弱くて、軟弱で、救えない、気持ちだけが空回りしてる雑魚野郎に、お前の隣に立つ資格なんてありはしねぇ。()()()()()()()()()()()()()()()

 

「雑魚じゃあ、アイズ・ヴァレンシュタインには釣り合わねえ」

 

 椅子を飛ばして立ち上がり、一目散に店の外へと飛び出していくベル。

 

「ベルさん!?」

 

 喧噪も、風景も、自身を呼ぶ声すらも置き去りにして駆け抜けていく。

 でもね、俺を置いて行かないで欲しかった。

 

 一つの影が店外へと消え、それをシルが追いかける。瞬く間の出来事に、酒場にいた者達の大半は呆然としている。

 

「あぁン? 食い逃げか?」

「うっわ、ミア母ちゃんのところでやらかすなんて……怖いもん知らずやなぁ」

 

 ああ~店員さん方の視線が俺に突き刺さってくるよぉ。『お前は逃げねぇだろうな?』って視線で訴えかけてくるよぉ。

 するとベルを追いかけていったシルが戻り、俺の元まで来た。

 

「こ、コウスケさんっ! ベルさんを追いかけなくていいんですか!?」

「追いかけたいのはやまやまなんですけど、俺まだ食事中でして」

「まだ食べてたんですか!?」

 

 だって多いんだもん。完食するのも一苦労ですよこれ。それにお金も払わないといけないし。

 

「ベルさんが心配じゃないんですか!?」

「心配ですよ。それはそれとして、出された料理を残すのは俺のプライドが許さない。残したら女将さんの鉄拳が飛んできそうだし……」

 

 なので取り合えず食事に集中させてください。早く追いかけたいんです。

 そう念じながらパスタを口の中に詰め込んでいると、一つの足音が近づいて来た。

 

「あの……」

ふぁい(はい)? ……ゴクンッ。えっと、なにか?」

 

 振り返って真っ先に目に入ったのは、砂金のごとき輝きを帯びた金の髪。触れれば壊れてしまいそうな細い輪郭は精緻かつ美しく、よくできた人形というよりも、それこそ御伽噺なんかに出てくる精霊や妖精といった方がしっくりくる。そんな絶世の美少女、【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインだった。

 いや、なんで? ここは君が来る場所じゃないよ。嫌だぜ、男の嫉妬で殺されるなんてさ。

 

「さっき走って行った白髪の男の子なんですけど……」

「ああ、ベルのこと? 気にしなくていいですよ。君は悪いことなんてしてないし、それどころか命の恩人だからな。いやもう本当にありがとうございました」

 

 店中の視線が俺に集まっているのを感じる。そんな大した人間じゃないのであまり見ないでほしい。俺なんて面白みのない男ですよ。ケッ!

 ああ、男どもから嫉妬の視線が向けられる……俺なにもしてないのに……。

 

「でも、私達のファミリアのせいで……」

「だって『異常事態(イレギュラー)』でしょう? それなら仕方ない。恨むべきはモンスターであり、ダンジョンだ。この世のほとんどのことはダンジョンのせいにしておけばいいんです」

 

 あと時々神のせい。大体は突き詰めるとこの二つだよね。

 ほら見てごらん、ベートが凄い顔でこっちを睨んで……あ、縛り上げられた。怖っわ!【ロキ・ファミリア】怖っわ!

 

「あ、じゃあ俺から一つ忠告を。()()()()に気を付けて。それと早めに【ランクアップ】することを推奨します。……女将さん! ご馳走様でした! お金置いて行きますね!」

「……え? あの、それってどういう」「あいよ! またいつでも来な!」

 

 これ以上話すことはない! お金をカウンターに置いて店を出る。ベルが向かったのはダンジョン。ああ、武器持ってきててよかった。

 

 魔石灯の光でぽつぽつと照らされる大通りを歩いていく。

 目線の先には天を衝く巨大な塔、バベルがあった。

 

「これが英雄への第一歩だぞ、ベル」

 

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