ヘスティアが出かけて二日が経った。今頃は神ヘファイストスに土下座でもしている頃だろう。頑張れヘスティア、ベルの未来はお前にかかっている!
「今日はたくさん稼げましたね!」
「だな。調子良くなってきたんじゃないか? ベル」
バックパックがいっぱいになったら換金しに行き、往復すること四回目。それなりにいい金になった。
『始まりの道』と呼ばれる横幅が限りなく広い1階層の大通路を進み終えると、地上へと繋がる大穴が現れる。
太い円筒形で、円周に沿うように緩やかな階段が設けられており、大きな螺旋を描いていた。
階段を昇り、ダンジョンの外へと出る。そこにあるのは途轍もなく広い空間。何千人もの冒険者を収容できると言っても過言じゃない。それだけの広大さだ。
ここからはもう、モンスターは現れない。ようやく肩の力を抜ける。
「……あれ? コウスケさん、あれって……」
ベルの問いかけに首を向ける。視線の先―――ダンジョンの大穴から少し離れた場所―――には巨大な籠が並べられていた。
「ああ、
ギルド企画、【ガネーシャ・ファミリア】主催の『
「
「……俺も詳しいことは知らないけど、なんか有名らしいし今度エイナさんにでも聞いてみな? 驚くぞ~」
決して説明が面倒くさくなったわけではない。どうせそのうち知るのなら俺が説明しなくてもいいのでは? なんて思っていない。
「んじゃ、ささっと残りの魔石も換金しに行こうぜ」
「あ、はい!」
だがその前にシャワーを浴びたい。この階には冒険者用にシャワー室が用意されている。
俺達は並んで、シャワー室へと歩を進めたのであった。
◇
「ありがとうございました」
ロビーにいる受付さんに見送られ、ギルド本部を出る。
バベルで体を洗った後、魔石とドロップアイテムを換金しにギルドへと足を運んだのだ。
外はすっかり夕焼けに染まっている。
「俺はこれから用事があるんだけど……ベルはこの後どうする?」
「僕は少し時間を潰してからホームに帰ろうと思います」
「ん、そうか。くれぐれも変な
「わ、わかりました……」
まあ大丈夫だとは思うが……オラリオは変なのが多いからなぁ。正直不安ではある。
「じゃあまたな。いいか本当に気を付けろよ! 特に破廉恥な格好した銀髪の女神とキモイ顔の太陽神にな!」
「大丈夫で────なんだか具体的すぎませんかそれ!?」
あれらはまだ関わるべきじゃない。というか関わったらアウトだ。どうしようもない。
「いいかー! 絶対に関わるんじゃないぞー!」
最後にもう一度忠告してベルと別れる。ベルは己の目標を定め、ヘスティアはベルのために行動を起こした。ならば俺がすべきことは、ベルを支えるための『強さ』を手に入れること。
目指す場所はただ一つ。俺自身を鍛えるためには『地獄』が必要だ。正直恐いが……行くしかない。
覚悟を決めるように一度、頬を強めに叩く。
……さて、行くか!
◇
「たのもー」
オラリオの南と南東の大通りに挟まれた第五区画。繁華街のほぼ中心にある
『
扉が重い音を立てながら開き、その奥へと足を踏み入れる。
ここに来るのもこれで何度目だろうか。
「てめぇ性懲りもなく何度も来やがって。次来たらぶっ殺すって言ったろうが」
足を踏み入れた直後、辺りを充満する桁違いの殺気に全身から汗が湧きだす。
「……まあまあ、別にいいじゃないですかアレンさん。俺みたいなのが一人増えたくらい。ねえ? 皆さんもそう思いません?」
目の前で槍を突き出してくる猫人の男性に話しかける。平静を装ってはいるが、正直メチャクチャ怖い。
アレン・フローメル。【フレイヤ・ファミリア】副団長。Lv.6の第一級冒険者で神々より与えられた二つ名が【
「いや、常識的に考えて他派閥のホームに乗り込むのは駄目だろ……」
「まったく、頭の足りない
「愚かにもほどがあるだろ
「恥を知れ、
「
アレンの更に後ろから、
【
「お願いしますよ、アルフリッグさん。ちょっとでいいんですって! ほんのちょっとだけ! どうせ日没まで訓練するなら混ぜてくださいよ!」
「お前は……もうここまでくるとスゲェよ、お前……」
頭痛を堪えるように頭を押さえるアルフリッグ。うん、俺自身スゴイなって思うもん。いつからこんなにメンタル強くなったんだっけ?
少しの間頭を押さえていたアルフリッグは、疲れた目でアレンへと視線を向ける。
「アレン、フレイヤ様からお許しが下りた。こいつが望む限り鍛えてやっていいそうだ」
「―――アアッ?」
アルフリッグの言葉にアレンは物凄い顔で‟圧”を放つ。だがそれよりも言葉の意味がわからない。わかりたくない。彼等の主神、女神フレイヤが直々に
「………………チッ! だったら勝手にしろ」
「え、あ、ありがとうございます! ついでに俺の特訓に付き合ってもらっていいですか!? 『並行詠唱』をものにしたいんですけど!」
「テメェ調子に乗んなよ」
アレンの視線が鋭く突き刺さる。だがここで引く訳にはいかない。なんだかんだ言ってこの人、最後にはいつも付き合ってくれるし。押して駄目ならもっと押せ作戦だ。
なんかガリバー兄弟が理解できないモノを見る目で俺を見てくるが、無視する。
「……そもそも『並行詠唱』以前の問題だろうが。まともに歌えるようになってから出なおせ」
「それって、まともに詠唱できるようになったら鍛えてくれるって事ですか? やったね」
「―――あぁ? そんなこと一言も」
「言ってたぞ、駄猫」
「うじうじすんなよ、駄猫」
「恥を知れ、駄猫」
「もう死ねよ、駄猫」
「テメェらから先に殺してやろうか!? アア!?」
「それは後で! 今は俺との修行でお願いします!」
『
俺にはこの『環境』が必要なのだ。平和な日本の常識を壊してでも、この世界に順応しなければいけない。そうしなければ、俺は『目的』を果たす前に死ぬだろう。
「さあ! お願いします!」
生き残るために、ベルの成長を見届けるために、俺は俺に出来ることをしなければならない。
◆
「よろしかったのですか? フレイヤ様」
「あら、なあに? オッタル。貴方が意見するなんて珍しい」
迷宮都市オラリオの中心に聳え立つ、天を衝く塔。大穴の『蓋』としての役目を持つ摩天楼施設バベルの最上階に、
「ふふっ、そうね……あのベルの傍にいた妙な子、正直そこまで関心はないわ。何の変哲もないありふれた
「………」
主神の言葉に耳を澄ませる。彼女の言う通り、今はまだ突出したもののない冒険者。だが……。
「あら、何か言いたそうね?」
「……いえ、滅相もありません」
今はまだ、何も確信などない。故に告げることをやめた。告げるまでもなく彼女もわかっているであろうことを―――
下界の
◆
ちょうど、ベルとコウスケが別れたのと同時刻。
【ヘファイストス・ファミリア】、北西のメインストリート支店。
彼の大ブランド鍛冶店、その三階に当たる執務室では、一種の混沌とした空気が流れていた。
「……あんた、いつまでそうやっているつもりよ?」
「………」
【ヘファイストス・ファミリア】の主神、紅眼紅髪の女神ヘファイストスが、呆れたような疲れたような声音を零した。
【ファミリア】の制服姿で執務室についている彼女の声が向かう先は、床に跪いてこれでもかと頭を下げている丸い物体、もとい幼女神ことヘスティアである。
「私、これでも忙しいんだけど?」
「………」
「騒いでなくても、そこで虫みたいに丸まってもらってると、気が削がれて仕事の効率が落ちるの。わかる?」
「………」
「ちょっと、ヘスティア?」
「………」
「……はぁ」
押し黙りずっと同じ態勢のままでいる小さな親友に、ヘファイストスは溜息をつく。
丸一日。
ヘスティアがヘファイストスに頭を下げている時間でもある。
『神の宴』にて、ヘスティアは天界時代からの友人でもあり鍛冶を司る神、ヘファイストスに【ファミリア】の構成員に武器を作って欲しいと懇願し、それをヘファイストスはばっさりと切って捨てた。
【ヘファイストス・ファミリア】に所属する
友人のよしみで格安で譲るなどというのはもとから論外。オーダーメイドを注文するなら少しは金を集めてからにしろと言って、ヘファイストスは容赦なくヘスティアを突っぱねた。
それなのに……
(何があんたをそうさせるのよ……)
宴が終わってから二日。まだヘスティアはヘファイストスに
腹も空けばとぼとぼと帰っていくだろうと考えていた。
今までも散々頼られることはあったが、今回は様子が違う。
何と言うのか、執念、あるいは切望じみた強い意志のようなものが伝わってくる。
はぁ、とヘファイストスは嘆息。仕事に身が入らない。持っていた羽ペンを机の隅に置き、書類をほどほどに残して事務を投げ出す。
へファイストスは一度窓の外に目をやってから、すっと丁寧過ぎるほどに姿勢を正し、こちらに後頭部を晒しているヘスティアをじっと見据えた。
「……ヘスティア、教えてちょうだい。どうしてあんたがそうまでするのか」
「あの子の、力になりたいんだ!」
ヘスティアは土下座の恰好を崩さず、吐き出すように答えた。
「今あの子は変わろうとしてるっ。一つの目標を見つけて、ベル君は、高く険しい道のりを走り出そうとしてる! 危険な道だ、だから欲しい! あの子を手助けしてやれる力が! あの子の道を切り開ける、武器が!」
視線は床に縫い付けたまま、ヘファイストスの方を見向きもせずに言葉を続ける。
「ボクはあの子達に助けられてばっかだっ! ていうか、ひたすら養ってもらってるだけだ! ボクはあの子達の主神なのに、神らしいことは何一つだってしてやれない!」
最後は絞り出すように、ヘスティアはぐっと体を強張らせた。
「……何もしてやれないのは、嫌なんだよ……」
今にも消え入りそうな弱々しい言葉は、しかしヘファイストスを動かすに足りた。
神が神に願う行為。それは本音を包み隠さずさらけ出し、自分という存在をぶつける儀式。
偽らざるヘスティアの想いを、
「……わかったわ。作ってあげる、あんたの子にね」
ばっと瞠目した顔を振り上げたヘスティアに、へファイストスは肩を竦めてみせる。
「私が頷かなきゃ、あんた梃子でも動かないでしょうが」
「……うんっ、ありがとう、ヘファイストス!」
頬を染めて破顔する友の姿に、ヘファイストスは形だけの溜息をつく。甘やかしすぎだと自覚しつつも、今のヘスティアになら手を貸すのはやぶさかではないと思っている自分がいた。
ヘファイストスは壁に作り付けされた飾り棚へと向かう。
「―――言っておくけど、ちゃんと代価は払うのよ。何十年何百年かかっても、絶対にこのツケは返済しなさい」
けじめはつけてもらう。
天下の【ヘファイストス・ファミリア】がタダ働きするのもあり得なければ、あくまで他力本願であるヘスティアにも、しっかり痛みを伴ってもらわなければならない。
「わ、わかってるさっ、ボクだってやる時はやるんだっ。ああいいとも、いいさ、ベル君へのこの愛が本物だって、身をもって証明してあげるよ」
「はいはい、楽しみに待ってるわ。………あんたの子が使う獲物は?」
「え……ナ、ナイフだけど?」
そう、と一言呟いてヘファイストスは紅緋色の槌を取った。
「でもそれって二人目の眷属の話でしょ? あんたが最初に恩恵を刻んだ子の獲物は?」
次は透明のクリスタルケースの元まで歩み寄り、錠を解く。そこから白銀色に輝く金属塊『ミスリル』を手に取った。
「いや、今回はベル君の武器だけを頼むつもりだよ……」
「……はあ? なんで二人いる眷属の内の片方にしか上げないのよ。というか、どっちかに渡すなら先に入って来た方でしょう」
ジトーとヘスティアを見据える眼差しに、更に縮こまる。ヘファイストスは眷属が二人いる事を知っている。それはもうしつこいくらい自慢しに来ていたからだ。だからこそ、二人分の武器を求めていると思っていたのだが……。
「……コウスケ君は、多分受け取ってくれないよ。形の残るものをあの子は喜ばないと思う」
ヘファイストスの視線に耐えきれなくなり、とうとうその内心をこぼす。
「ボクはたまにあの子が何を考えているのか分からなくなる。何というか、そう、
それは初めて会った時から持っていた違和感。まるで下界の住人と話している気がしないのだ。それだけなら別に構わない。だが彼を見ていると、いつか独りでどこかへ消えてしまいそうな、そんな言い知れぬ恐怖を感じることがる。
独りにしてはいけない。独りで解決できる『強さ』を与えてはいけない。それはいつか、彼自身の身を滅ぼすことに繋がるような気がする。無論、すべてはヘスティアの勘でしかない。
されども、全知零能の神の勘、ではあるが。
「彼が何を目的に、何を為そうとしているのかがわからないんだ。それに多分、ボクが今ここでヘファイストスにベル君の武器を頼んでいることも、あの子は察している気がする……」
「そうなの? あんたの思い過ごしじゃない?」
ヘファイストスの言葉に首をぶんぶんと振るう。いつもこちらの思考、行動を先回りしてくるコウスケだ。恐らく今回も把握されているに違いない、と確信に近いなにかがヘスティアにはあった。
「ま、でもそれは眷属一人を特別扱いする理由にはならないんじゃない? そういうのは【ファミリア】内での不和に繋がるから、するなら平等によ。主神なら組織全体のことも考えなさい」
それで得物はなんなの? と同じ質問をするヘファイストス。
「………コウスケ君は魔導士型なんだよ。ただ団員がいないからやむを得ず白兵戦もしてるってだけで……あ、でもこの間、店に展示されてた『刀』を見てたよ。極東育ちっぽいから剣よりもそっちの方が好きなのかも」
「魔法、ね。……あまり新米冒険者の可能性を狭めたくはないんだけど」
杖に関しては専門外。作るとしたらやはり剣なのだが、それではコウスケの進む道を限定してしまう事にもなる。
ケースの中から『ミスリル』をもう一つ取り出す。
鉄より軽く堅く、そして遥かに鍛えやすい完成された
女の細腕、いや
「へ、ヘファイストス。もしかして、君が武器を打つのかい?」
「当たり前でしょう。これは完璧にあんたとのプライベートなんだから。私の事情に【ファミリア】の団員を巻き込むわけにはいかないわ」
何か文句ある? とヘファイストスは眼帯をしていない左目でジロリと一睨みする。
ヘスティアの方は「まさか」と言わんばかりに首を横に振り、その幼い顔を輝かせた。
「文句なんてあるわけないじゃないか! 天界でも神匠と謳われた君に打ってもらうんだ、むしろ大歓迎だよ!」
「あんた、忘れてないでしょうね。ここは天界じゃないのよ、私は一切『力』を使えないんですからね」
「構うもんか! ボクは君に武器を打ってもらうのが一番嬉しいんだから!」
ヘファイストスの腕を疑っていないのか、無条件で己のことを受け入れているヘスティアに、ヘファイストスは思わず眉根を寄り合わせた難しい表情を作るが、悔しい事に悪い気はしなかった。
「……これからやる作業、あんたも手伝いなさい。今からしっかり働いてもらうから」
「ああ、任せてくれよ!」
照れ隠しじみた指示をぶっきらぼうに伝えヘファイストスは体を翻す。
(……ま、客の要望には応えないとね)
とは言ってもかなりの難題だ。新米冒険者に持たせる成長を妨げない武器。
我が神友ながら厄介な依頼をしてくると、隣で嬉しそうに付いてくるヘスティアをちらと見やりながら、思わず心の中で呟くヘファイストスだった。