英雄の誕生を見届けたい(願望)   作:日彗

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第五話 怪物祭

 

 ヘスティアが出かけてから三日がたった。そして『怪物祭(モンスターフィリア)』当日。ベルは今日もダンジョンに潜るつもりなのだろうが、俺は祭りに行きたい。

 というわけで今日は闘技場で待ち合わせようと言っておいた。本人は不思議そうにしていたが、どうせ色々あってダンジョンどころじゃなくなるし。

 

 人ごみに流されるようにして闘技場を目指す。それにしても人が多すぎだ。面倒くさい。裏道を通ろう。

 

 予想していた通り、裏道の方が人は少なかった。遠回りになるだろうがすいすいと進める。

 すると前方に見覚えのあるツインテール少女がいた。彼女がここにいるということは『用事』は済んだという事だろう。

 

「おーい、ティアー! 元気だったか~!」

「え? コウスケ君じゃないか! こんな所でどうしたんだい?」

 

 小型のケースを抱えているヘスティアの元へと走る。ここで合流できてよかった。後はベルだな。

 

「ッ!」

 

 ヘスティアの近くにまで来てようやく、もうヘスティア以外の人物がいる事に気付く。ちょうど物陰になっていて気が付かなかった、フードの上からでもわかるほどの、圧倒的な『美』を放っている女神(おんな)だ。

 

 ヘスティアを背に庇う様にしてフードの人物との間に入る。くそっ、完全にド忘れしてた。会いたくなかったけど、ヘスティアがいるだけまだマシなのか。俺の中の『関わりたくない人』リスト堂々の一位だぞ。

 

「あらあら」

「コ、コウスケ君? 彼女はボクの知(じん)だから大丈夫だよ?」

 

 大丈夫なわけあるか。この女がこれから何をしでかすか、知ってる身としては警戒心しかないわ!

 

「見るなティア! お前まで『魅了』されちまう!」

「されるかあああ!! ボクを誰だと思ってるんだ君は!?」

 

 そりゃもう、オリンポスの誇る三大処女神が一柱、女神ヘスティア様でございます。

 

「だからどうした! 処女神だろうがなんだろうが『魅了』されない保証ないだろうが!」

「されないよっ!! ボクの心はベル君のものさ! というか心配なのはボクよりも君のほうだろ!?」

「はあ~!? あほくさ! そこらのぼんくら共と一緒にしないでもらえますぅ~!?」

 

 ぶっちゃけ好みじゃないんでぇ! というかアレンさん達に殺されちゃうんでぇ!

 

 まったく、と腰に手を当てるヘスティアだったが、隣でクスクスと笑う女神に気付いた。

 

「……話の流れからして、多分わかってるとは思うけど一応紹介するよ。彼女はフレイヤ、ご存じ【フレイヤ・ファミリア】の主神である女神さ」

「知ってる。できれば会いたくなかった」

「君というやつは……普通男はみんな、フレイヤの『美』にメロメロになるんだけどね。いや、逆に安心したよ。で、フレイヤ、この子がボクの眷属のコウスケ君だ! こう見えてとても優秀なんだぞ!」

 

 こう見えてとはなんだ。碌に家事もできないお前に比べればみんな優秀だぞこの野郎。お前の晩飯ジャガ丸くんに決定な。

 

「ふふっ……ええ、そうね。確かに悪くない。悪くはないんだけど、今私の興味は一人だけなの」

「?」

「……あまりうちの子にちょっかい掛けないでくれません?」

 

 言っても無駄だろうが、一応釘を刺しておく。結局のところ、ベルの成長にはこの女神の要素も必要ではあるのだ。

 でもこの女神には『借り』があるし、あまり強く言えないのも事実。こうして考えると俺のできる事って少ないな?

 

 フードの下で微笑するフレイヤに溜息が出る。確かに美人だ。……いや本当とんでもないわ。正直『魅了』を使われたら抗える気がしない。『美の神』ってずるくない? 存在がチートすぎる。

 

「あっ、そうだ。コウスケ君、ベル君を知らないかい? ちょうど探していたところなんだ」

「……ああ、これから合流する。一緒に行くか」

「本当かい!? よし、だったらすぐに行こう! ごめんフレイヤ、君もフィリア祭を楽しんでくれよ!」

「……ええ」

 

 喜色満面になるヘスティアを連れて道を進む。途中で後ろを振り返ると、既にフレイヤの姿は見えなくなっていた。

 

 ごめんよベル。俺じゃ止められなかったよ。後は頑張って!

 

 やがてしばらく道なりに従って行くと、通りの奥から温かな光が届き始める。

 そのまま一気に裏道を抜け、東のメインストリートに飛び出した。

 

「ん~と……いた。ベルーっ!」

 

 枚挙に暇がない人の群れ。そんな人波の中に、見覚えのある白髪頭が目に入った。 

 

「あ、コウスケさん! あれ、神様も!? どうしてここに!?」

「そこで会った」

「君に会いたかったからに決まってるじゃないか!」

 

 質問の答えにはなっていない。でも別にいいよネ、うん。

 

「か、神さま……あの、今日までどちらに……」

「いやぁー、それにしても素晴らしいね! 会おうと思ったら本当に出くわしちゃうなんて! やっぱりボク達はただならない絆で結ばれてるんじゃないかなー、ふふふっ」

「おいやめろ。それだと、先に会った俺の方が絆で結ばれてるみたいになるだろうが」

 

 何が『ただならない絆』だ。その絆とやらのせいであの女神と鉢合わせる事になったのなら、俺はそのツインテールを引っこ抜くぞ。

 

「まあまあ、そんなことより、ベル君!」

「は、はいっ」

 

 手を両手で包むように掴むヘスティアに、ベルは顔を赤くする。俺は何を見せられてるんだ。他の屋台見に行きたいんだけど。

 

「デート、しようぜ!」

「……で、デート!?」

「ああ、そうさ。こんなに街は盛り上がっているんだ、ボク達も楽しまない手はないだろ?」

「いや、でもっ、ま、待ってください神様!? 僕、実はお使いを頼まれているんです!」

 

 そう、ベルは今、『豊穣の女主人』のリューとアーニャに、シルが忘れた財布を届けるよう頼まれている……はず。実際にその場に居合わせたわけではないが、どうやら間違いないようだ。

 

「だったらデートしながらでもいいんじゃないか? ほらお金少し出すから、二人で楽しんできなさい。俺は邪魔みたいだしどっか行ってくるよ」

「ええ!? コウスケさぁーん!?」

 

 ベルが「見捨てないでぇー!」と叫んでいるが無視する。頑張れベル。英雄たるもの、女子の一人や二人楽しませる術を身に付けるべし!

 なんかヘスティアがサムズアップしてくるが、馬鹿かアイツ。さっさと手に持ってるものをベルに渡してやれよ。楽しんできな!

 

 

 

 

 大観衆の拍手と喝采が万雷の様に鳴り響く。

 闘技場内のアリーナで、今まさに【ガネーシャ・ファミリア】の調教師(テイマー)がモンスターを手なずけていた。

 都市東端に築き上げられた円形闘技場(アンフィテアトルム)。周囲の建物より抜きんでて高く広い巨大施設は蒼穹にも届こうかという興奮の渦に包みこまれている。

 

「へーっ、調教(テイム)ってああいう風にやるのか。なるほど……」

 

 正直、かなり勉強になる。モンスターとの距離の取り方、立ち回り方。そして屈服させる手法。スゲェや。

 

 来る途中に露店で購入したジャガ丸くんやら焼き鳥やらを食べながら観察し、脳内に焼き付ける。こういうことの積み重ねが後々影響を及ぼすのさ。

 

 華美な衣装を纏う調教師(テイマー)の麗人は一頻り拍手に応えると、すっかり大人しくなった虎のモンスターを連れて退場していく。入れ替わるように東西のゲートから現れたのは、屈強な男性の調教師(テイマー)と、尾を合わせれば体長7mほどの大型の竜だ。

 

「おや……」

 

 明らかにトリを飾るような大物が()()()()()()()()()()で出てきた。それによく見てみれば【ガネーシャ・ファミリア】の団員が慌ただしい。

 

「もう、か。はぁ~、よっこいせっ」

 

 観客席を立ち上がり、その場を後にする。もう少し見ていたかったが仕方がない。

 さーて、なにしよう。

 

 

 

 

 現在起きていることを簡潔に説明すると『モンスターが脱走した』だ。正確には裏で糸を引く馬鹿な女神がいるわけだが、ハッキリ言ってかなりまずい。万が一にも人に被害が出ればギルドも【ガネーシャ・ファミリア】もただでは済まないだろう。

 

 だからと言って俺がどうこうするつもりはない。何せ武装した【ガネーシャ・ファミリア】に【剣姫】達もいる。逆に足手まといになるだろう。

 

 では俺は何をしているのかって? 市民を守ってるんだよこの野郎。パトロールしてるんだよこの野郎。

 

「―――あ?」

 

 唐突に、足元を見つめた。

 ぐらり、と微かに、だが確かに感じた振動。

 そして、

 

「うげぇ、マジか……」

 

 何かが爆発したような轟音が聞こえる。次いで女性の金切り声が響き渡った。

 引き寄せられるように視線を向けると、そこには膨大な土煙が巻き上がっており、その煙の奥から蛇に酷似した長大なモンスターが現れた。

 

「外伝には関わるつもりなかったんだけどなぁ……」

 

 明らかに格の違う敵。ベルが会ったというミノタウロスよりも強いだろう。

 あれは原作本編ではなく外伝に出てくるモンスターだ。【ヘスティア・ファミリア】に所属している以上、関わることはほぼ無い相手。

 

「けど、見てしまった以上行かないとな……」

 

 恐らく逃げ遅れた住民もいるだろう。討伐は【ロキ・ファミリア】に任せて避難・救助に専念する。ベルの勇姿を見届けたかったが、第一級冒険者の戦いも見てみたい。

 

 方針を決めた俺は、あのモンスターのいる方へと向う。よぅし! 高みの見物と洒落込もうしゃないか!

 

 

 

 

「おっふ……」

 

 どうやら少し遅かったようだ。現在、眼下では三匹の食人花に追われているアイズ、さらにそれらを追う【怒蛇(ヨルムンガンド)】ティオネ・ヒリュテ、【大切断(アマゾン)】ティオナ・ヒリュテがいる。少し離れた所では【千の妖精(サウザンド・エルフ)】レフィーヤ・ウィリディスが腹部から大量の血を流して倒れていた。

 

「どうしたものか……」

 

 よく見ればアイズの持っている剣が折れている。だからこそ逃げ続けているのだろう。あのモンスターは『魔力』に反応する性質を持ってるからな。だから俺が魔法を使ったら狙われる可能性があるわけです……。

 

「―――【スペルズ・マギナ】」

 

 まあ、知ったこっちゃねぇけど。

 

 詠唱を紡いで魔法を発動、魔法円を背中に背負う形にして建物の上から飛び降りる。

 詠唱はまだ無理だけど、この状態で移動するくらいはできるようになりました。ありがとうアレンさん。もう少し優しくしてくれてもいいんだよアレンさん。

 

 向かう先はレフィーヤのいる場所。まずは彼女を治療しなければならない。するとレフィーヤのすぐ傍に女性のギルド職員が見えた。

 

「エイナさん! 何してるんですか、こんな所で」

「コウスケ君!? 君こそどうして……て、それよりもちょっと手伝って! 彼女をここから離します!」

 

 俺とベルの担当受付嬢、エイナ・チュール。恩恵を持ってない人がこんな所に来ちゃいかんでしょ。

 

「いやいやエイナさん、その選択肢はないでしょう。俺が来たのは彼女の()()の為ですよ」

「はぁ……?」

 

 何やら変な目でこちらを見てくるが、そもそも彼女は【ロキ・ファミリア】だ。何もせず、何も出来ず立ち去るなんて許されない。これだから大手派閥ってのは面倒くさい。

 

「【千の妖精(サウザンド)】、もう少し待てば【ガネーシャ・ファミリア】の救援が来るだろう。彼らに任せて避難するか?」

「……っ!」

 

 そんな訳がない。

 荒い息をつきながら、自身の左手を見下ろす。

 全身の痛みに顔をしかめる。

 されども、

 

 されども―――

 

「―――私はっ、私はレフィーヤ・ウィリディス! ウィーシェの森のエルフ!」

 

 左手を握りしめ、立ち上がった。

 

「……っ!?」

「神ロキと契りを交わした、このオラリオで最も強く、誇り高い、偉大な眷属(ファミリア)の一員! 逃げ出すわけにはいかない!」

 

 瞠目するエイナに見上げられながら、弱音を振り払うように声を上げる。素晴らしい。拍手や! 拍手するんや!

 

「よく言った! その口上はちょっと痛い気もするが、致し方なし! ならば俺が君を守ろう! とりま速く歌ってね!」

「はい! 魔法の準備ができるまで、時間を稼いでください!」

 

 立ち上がったレフィーヤの前に立つ。正直、あの三匹を倒せと言われると厳しいが、彼女一人を守れと言われるとなんだか出来そうだ。

 

 モンスター達は未だアイズたちに群がっている。それを見据えてレフィーヤは詠唱し、山吹色の魔法円を足元に生み出す。続くように俺も詠唱を始めた。

 

「【ウィーシェの名の元に願う。森の先人よ、誇り高き同胞よ。我が声に応じ草原へと来たれ】!」

 

 凄まじい『魔力』が練り上げられる。近くにいるだけで全身に鳥肌が立つほどの力強い『魔力』これは確かに化物だわ。

 

「【繋ぐ絆、楽宴の契り。円環を廻し舞い踊れ】」

 

 おおっと、いかんいかん。俺も詠唱しないと間に合わない。

 それにしても見事だ。詠唱が滑らか。ただ歌えばいいという訳ではなく、魔力が暴発しないよう調整しないといけないから結構大変なんだよなぁ。

 

「【至れ、妖精の輪】」

「【舞い踊れ大気の精よ、光の主よ】」

「───!?」

 

 詠唱(こえ)に一瞬動揺が走った。俺が彼のハイエルフ(王族)と同じ詠唱を始めたからだろう。当然無視だ。

 

「……ど【どうか―――力を貸し与えてほしい】」

「【森の守り手と契りを結び、大地の歌を持って我等を包め。我等を囲え】」

「……っ!?」

 

 こらこら、魔導士たる者そんな簡単に動揺するでない。召喚魔法は君だけの特権じゃないんだぜ?

 今はまだ食人花はアイズ達を標的にしているが、それも時間の問題だ。いつこちらを向くかと考えるとビクビクして舌噛みそうになる。

 

「【エルフ・リング】!」

 

 魔法名が紡がれると同時に、山吹色の魔法円が翡翠色に変化した。

 

「レフィーヤ!?」

「っ!?」

 

 収斂された魔力に全員が気付く。それに伴ってモンスター達もより強い魔力の源へ振り返った。

 

「【―――終末の前触れよ、白き雪よ。黄昏を前に(うず)を巻け】」

「【大いなる森光の障壁となって我等を守れ】」

 

 これが元祖召喚魔法。二つ名の由来になった魔法を召喚する魔法であり、俺が目指すべき場所の一つ。

 

 食人花が急速に迫り来る。レフィーヤはまだ時間がかかりそうだ。だがこちらの準備は終わった。

 

「【我が名はアールヴ】―――【ヴィア・シルヘイム】」

 

 魔法名を唱えると同時に翡翠色の魔法円が広がり、ドーム状の結界へと姿を変えて俺とレフィーヤを包み込んだ。

 

「あれって……」

「リヴェリアの結界魔法!?」

 

 【ヴィア・シルヘイム】。それはエルフの王女、リヴェリア・リヨス・アールヴの扱う第三階位防護魔法。あらゆる物理、魔法による攻撃を全て遮断する結界魔法だ。

 

 食人花が結界に衝突する。だが結界は破れず、何度も頭突きを繰り返してきた。

 

「怖っ! 今にも壊れそうなんですけど!?」

 

 攻撃を仕掛けてくる食人花から自分たちを守るためとはいえ、流石に精神力(マインド)の消費が激しい。そもそもこの魔法は初めて使うんだ。ちょっとは手加減しやがれこの野郎。

 

「【───終末の前触れよ、白き雪よ。黄昏を前に(うず)を巻け】」

 

 詠唱が、続く。

 レフィーヤもまた食人花を討つために、別種の魔法の構築に入った。

 

「【閉ざされる光、凍てつく大地】」

 

 レフィーヤが召喚しようとしているのもまた、リヴェリアの放つ攻撃魔法。

 極寒の吹雪を呼び起こし、敵の動きを、時さえも凍てつかせる無慈悲な雪波。

 

 詠唱が紡がれていくのに比例して、翡翠色の魔法円がまばゆい輝きを放ちは出した。

 

『───────────────ッ!!』

 

 破鐘の啼き声を上げ、食人花が魔力の高まりに殺到する。

 

「はいはいっと!」

「大人しくしてろッ!!」

「ッッ!」

『!?』

 

 だが、神速とばかりに一瞬で追いついたティオナ、ティオネ、アイズがモンスター達の前に立ちふさがり、殴り蹴り弾いてその突撃を阻む。逞しいなこの人たち。

 

 だがこれで時間は十分稼げた。レフィーヤは紺碧の双眸を吊り上げ一気に詠唱を終わらせる。

 

「【吹雪け、三度の厳冬───我が名はアールヴ】!」

 

 拡大する魔法円(マジックサークル)。それに合わせて結界を解く。

 そして、魔法を紡いだ。

 

「【ウィン・フィンブルヴェトル】!!」

 

 三条の吹雪。

 

 射線上からアイズ達が離脱する中、大気をも凍てつかせる純白の細氷がモンスター達に直撃する。体皮が、花弁が、絶叫までが凍結されていき、やがて余すことなく霜と氷に覆われた三輪の食人花は、完璧に動きを停止した。

 

「───マジか」

 

 佇立する三体の氷像。白と蒼の凍土へと姿を変えた街路。もし仮に、俺が今の魔法を放ったとしても()()はならないだろう。レベルの差なのか、種族の差なのか。それとも純粋に持って生まれた才能の差なのかは分からないが……これはない。

 

 蒼穹に舞う氷の結晶が日の光を反射して輝く傍らで、アイズ達が氷像を砕いているのが見えた。

 

 これが【ロキ・ファミリア】。これが都市最大派閥の強さ、オラリオの誇る『英雄候補』か。うん、ヤバい。頑張れベル君、君の『憧憬』相手はデカすぎる。 

 

 目の前でキャッキャウフフしてる彼女等を眺める。あれ、ロキもいんじゃん。いつの間に。

 

「あっ、そうだった。そこのアンタもお手柄だったわね。レフィーヤを守ってくれてありがと」

「あの魔法がなかったら間に合わなかったかもだよね~」

「………」

 

 ヒリュテ姉妹が近づいてくる。アイズは何か聞きたそうな目をしているし、ロキは何を考えているのか分からない。いや多分俺を疑っているんだろうっていうのはわかるんだけど……。

 でも君達、俺に構ってる暇ないと思うよ?

 

「【───ピオスの蛇杖(つえ)、ピオスの母光(ひかり)。治療の権能をもって交わり、全てを癒せ】」

「「「!!」」」

 

 詠唱を始める。俺の背中にはまだ魔法円が浮かんでいる。つまり【スペルズ・マギナ】の効果は続行中という事だ。

 突然詠唱を始める俺に驚く気配を感じるが、無視だ面倒くさい。別に攻撃魔法じゃないんだけどね。

 

 額から脂汗を流しているレフィーヤに向けて右手を突き出す。致命傷は避けたみたいだが、その出血量じゃ辛かろう。

 

「───【ディア・パナケイア】」

 

 魔法名を唱えると同時に、様々な色彩の光玉が生まれ、レフィーヤを包み込む。次には腹に空いた穴から全身のかすり傷、溜まった疲労も含めてすべてを癒していた。

 魔法範囲は広くないが、やはりこちらの方が詠唱が短くて使いやすい。ありがとうまだ会ったこともない『賢者』さん。感謝感謝。

 

「き、傷が治って……万能薬(エリクサー)級の治癒速度……まさか【戦場の聖女(デア・セイント)】と同じ全癒魔法!?」

「はいこれでおしまい! 念のため安静にして、心配だったら【ディアンケヒト・ファミリア】に行きなさい! それじゃさよなら!」

「待って」

 

 嫌だ! 俺は今すぐこの場を離れたいんだ! あ、力つよ……痛い痛い痛いアイズさん肩が痛い力入れすぎレベルの差を考えてぇ!

 

「ぐおぉぉ……肩が砕けた様な気がするぅ。慰謝料を、慰謝料を請求せねばぁ……」

「メチャメチャ元気やんけ。まああんがとな、うちのレフィーヤが世話んなったわ」

 

 肩を押さえて膝をつく俺に対し、押さえていない方の肩に手を置き、耳に顔を近づけてロキは小さく呟いた。

 

「なんでリヴェリアの魔法が使えたのかは、また今度聞くわ」

 

 ヒエッ。

 

 なんでや、俺命の恩人ちゃうんか。そもそも人の【ステイタス】を探るのはマナー違反じゃないんですか。そっちのレフィーヤちゃんみたいな召喚魔法持ちって察してください……。

 

「待って、私も聞きたいことが───」

「それはまた今度なアイズたん。ティオナ達はちょっと地下の方、行ってもらってええ? まだ何かいそうな気がするわ」

「はいはい、任されたわ」

「アイズは残ってるモンスターのとこ。うちも付いてくわ」

「………」

 

 おっ、見逃された? しめた、今のうちに逃げよう。もう此処に用はない。ベルの方はまだ間に合うかな……。

 

 だがアイズの視線だけが一向に離れない。何故だ、酒場で余計な事を言ったからか? おのれ、恨むぞ過去の俺。タイムマシンがあったらぶん殴りに行くところだ。

 

「ほれ、はよ行くでアイズたん。市民に被害が出たらえらい事や。ほれほれ!」

「……押さないでください」

 

 そして今度こそ全員が去っていった。レフィーヤは念のためにエイナが付き添って【ディアンケヒト・ファミリア】の治癒師(ヒーラー)に視て貰うらしい。

 あーあ、目を付けられちまった。やっぱり関わらない方が良かったかな。でも後々のために恩を売っておきたかったし……。

 仕方ない。気にせずベルを探しに行こう。後の事は後から考えようそうしよう。

 

「おっと、一応魔石を回収して───あれ、無い……」

 

 本来魔石はすべて共通して紫紺色なのだが、先程の食人花や【ロキ・ファミリア】が遠征先で戦ったであろう芋虫型の新種のモンスターは極彩色の魔石となっている。そのためギルドで換金することはできないが、記念に一個くらい欲しかった。

 一つ残らず砕け散ったのか、或いは()()()()()()()()()()()。まあ後者だろう。おのれ【白巫女(マイナデス)】。俺のコレクションに加えたかったのに。残念。

 

 やがて、遠く離れた場所から歓声と思しき叫喚が耳に届いてきた。方向的に恐らくは『ダイダロス通り』。となるとベルの方も終わったのかもしれない。

 

「……豊穣の女主人に向かうか」

 

 終わったのであればヘスティアは気を失い、ベルもまた傷を負っているだろう。

 またしても俺の出番か。へっ……。

 

 

 

 

 さて、豊穣の女主人についたものの……どうしよう。中に入っていいのかな。俺あんまり手持ちないけど。

 ま、いっか。

 

「すいませーん。ここにちっこい神さんと白髪頭のヒューマン来てますか?」

「あっ、コウスケさん! ベルさんとヘスティア様なら二階に居ますよ。中にどうぞ!」

「シルさん。すいません、失礼します」

 

 扉をくぐると目の前にシルがいた。驚かせるんじゃないよまったく。で? 二階に勝手に行っていいの? 怒られない? まあ、いいなら行くけど。

 

「コ、コウスケさん!? 神様がっ……神様が倒れてっ……」

「あ~、わかってるわかってる。落ち着け、大丈夫だから。ベルこそ疲れてるだろ。よく頑張ったな」

 

 階段を昇った先には予想通りベルがいて、俺の顔を見るなり飛びついて来た。

 ヘスティアは部屋の中か。そう思っているとドゴンッ、と何かが倒れるような鈍い音が聞こた。

 

「「!?」」

 

 思わずベルと顔を見合わせる。そして部屋へ突入すると、顔面から床に突っ込んだ奇天烈なポーズをとるヘスティアがいた。おそらくベッドから転がり落ちたと思われるが、まあなんともあられもない。

 

「か、神様っ、神様!?どうしたんですか、一体何があったんですか!?」

「うぅ、……いや、起きて立ち上がろうとしたら、力が入らなくてね……ああ、コウスケ君。君も来てたのか。ごめんよ、今こんな状態で……」

「もう少し休んでろティア。過労なんだよ」

「え、あの……過労って、この三日間何があったんですか?」

 

 ふっ、と小さな女神は遠い目をする。そうだな、そんな目をするよな。俺だって今遠い目をしていると思う。

 

「土下座だよ」

「ど、ドゲザっ?」

「首を縦に振ろうとしない頑固女神の前で、土下座を三十時間続けるという耐久レースを……」

「レベルの高いマゾみたいなことしてるなあ」

 

 三十時間土下座を続けるというのは恩恵を持つ俺でもちょっと厳しい。というか嫌だ。さすがは女神、俺達にはできないことをやってのける。

 

「でも何でそんなことを……神様、パーティーに行ってたんじゃなかったんですか!?」

「……これ」

「えっ?」

 

 たどたどしい動きでヘスティアが手に取ったのは、ベルの腰に刺さっていた漆黒のナイフ。それは今朝までは確かになかったもので、ヘスティアがベルのために掴んだ戦果とも呼べるもの。

 ナイフの鞘にはヘファイストスの刻印が刻まれている。これは【ヘファイストス・ファミリア】の上級鍛冶師(ハイ・スミス)のみに刻むことを許されたものであり、正真正銘【ヘファイストス・ファミリア】が手掛けた武器であるという証明だ。

 

 刃の先端から柄の終わりまでヘスティアの髪と同じ色に染まったナイフは、紫紺の色に濡れ、刀身にはびっしりと細かく【神聖文字(ヒエログリフ)】が刻み込まれていた。

 

「でも、そんなっ……ヘファイストス・ファミリアの武器はすごく高価でっ……お、お金はっ……!?」

「大丈夫、ちゃんと話はつけてきたから」

 

 ヘスティアは疲労の濃い顔で、けれど穏やかな笑みを浮かべている。笑い事じゃないぞ、二億ヴァリスの借金なんだろ? あー恐ろしい。

 

「強くなりたいんだろ? 言ったじゃないか、手を貸すって。これくらいのお節介はさせてくれよ」

「ひっ……ひぐぅっ……」

「誰よりも何よりも、ボクは君の力になりたいんだよ。……だってボクは、君のことが好きだから」

 

 ぼろろっ、とベルの瞳からとうとう涙が溢れ出す。いい話だ。本当、借金のことを知らなければとてつもなく感動していただろうに。泣けそうで泣けないよ俺。

 

「いつだって頼って欲しい。大丈夫、なんていったって、ボクは君の神様なんだぜ?」

「───神様ぁーッ!!」

 

 ベルが限界を迎えた。くしゃあっと顔を歪め、子供の様にヘスティアに縋りつく。

 それに対してヘスティアもまた、ベルの背中に手を回し、白い髪に指を這わす。

 

「………」

「いやそれは違うだろティア」

「ま、まだ何も言ってないだろう!?」

 

 いいや絶対思ってた。こいつ今『これでベル君と相思相愛だ』とか思ってたぞ。そんなわけないだろあほくさ。

 

「はぁ……まだ疲れが取れてないんだろ、休め。ベルもシルバーバックと戦ったって聞いたぞ。大した怪我はしてないみたいだけど念のためな」

 

 「なんなら魔法で治してやろうか?」と聞くと乾いた笑みが返ってきた。なぜだ、最高位の全癒魔法だぞ。感涙にむせび泣く場面だろうが。

 

「───あ、そうだ。コウスケ君、次は()()()だからね」

「は?」

 

 は?

 


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