「……よくやった、小僧」
「ザルド……」
ザルドとオッタルの戦いはオッタルに軍配が上がった。
仰向けに倒れ伏せるザルドをオッタルは見下ろしている。
もうザルドはベヒーモスの呪いとオッタルから受けたダメージで瀕死。
オッタルがトドメを刺さなくとももうじき死ぬだろう。
「……オッタル。もう行け。必要なことはさっき伝えたのが全てだ。強く……なれ」
「……わかった」
ザルドの遺言を受けて、オッタルが彼に背を向けそのフロアから去る。
残されたザルドは天井を眺める。
「最期は……1人か……」
ボヤける視界。
最後の睡魔が襲い来る。
その朦朧とした意識の中で、かつての時代、あの頃の仲間を思い浮かべる。
ベヒーモスを倒したことに後悔はない。
だが、1人、残ってしまった。
それだけが―――
「【生きる者よ、死にゆく者よ】」
「……っ!!」
意識が遠のいていく感覚に身を委ねようとしたその時。
フロアに、ダンジョンに響くその声に。
ザルドは重くなっていた瞼を再びカッ!と開く。
その声は、さらに続いた。
「【我は其方等の生を願う、その命に咲く花を枯らさない】」
「詠唱……?だと……」
これは、魔法の詠唱だ。
誰かが近くで行使している。
だが、姿は見えない。
このフロアのどこかに隠れて発動しているようだ。
ザルドの身体は動けない。
感覚も働いていない。
故に探し当てることは不可能だが、感じる。
―――これは。
―――なんと、
「なんだ。この魔力量は。高位の魔法か。これほどの代物を使える冒険者が……まだ……」
「【もし、呪われし我が身を受け入れるなら。其の身体を治そう】」
「……!」
詠唱の文言に目を見開くザルド。
その内容にも興味を持ったが、これが回復魔法だということにも気付き、虚ろになりつつある瞳が反応する。
「【父の呪い、塔の呪い、龍の呪いを有した我が求める】」
「我が身は既に呪われている……これ以上呪いが増えても……変わらん。だが、それは……俺の状態も……同じ。どんな回復魔法を施したところでもう俺は……」
「【理想を身に宿し者、我の名はマリーン】」
ザルドが何を喋ろうと詠唱は止まらない。
「【我は
ザルドが瞠目する。
もう既に自身の肉体に感覚が迫っている。
行使される寸前の前兆だ。
しかして、この魔法は……!
「【花の魔術よ、命を咲かせたまえ】」
詠唱が終わった。
この魔法の名前は。
「【アヴァロン・リビヴァル】」
「……っ!!……っ!?!?」
ザルドは久しく飛び上がった。
こんなに驚いたのはいつぶりか。
身体がはるか昔のごとく軽い。
この感覚は、今日負った傷の回復だけではない。
呪いによる身体の重みも完全に消失している。
まさか……まさか……これはまさか……!
「ベヒーモスの呪いが完全に消えただと……?それに、これは……外傷も内傷も完全回復している。
「その通りです」
「……!」
突如、声が聞こえて。
オッタルが消えた道から入れ替わるようにハイエルフのチビ女が現れる。
いや……何か変だ。
モンスターの気配がする。
それも強い。
下層の階層主級だ。
それは、少女の周囲ではなく、
どういうことだ……?
「私はドラゴンとハイエルフのハーフ。ルシア・マリーン。冒険者としてはLv.1。竜と人間のハーフとしてはLv.5~6相当。モンスターとしては推定Lv.5です」
「なっ……」
姿を現したルシアの身体と説明にザルドが驚き、衝撃で固まる。
こんな存在は見たことがない。
ザルドですら、脳内の処理が追いつかない。
「さっきの魔法は私の全癒魔法。今まで成功したことはありませんが、何故か今回は成功しました。そして、私の回復魔法には『稀に奇跡を起こす』能力があるらしいです」
「『奇跡』……だと?」
「はい。その奇跡は、どんな回復も可能とする。例えば、死者を生き返らせる。例えば、三大クエスト級のモンスターの呪いすら解いてしまう、など」
「なっ……!?」
次々と驚きの情報が開示される。
ザルドが知る限り1番のぶっ壊れ回復魔法だ。
こんな魔法、常軌を逸している。
まるで……神に限りなく近い、そんな印象すら受ける。
「驚くのも無理はありませんが、おそらく殆どその『奇跡』は起こりません。ほぼ0に近い確率だと思います」
「だとしても……奇怪な。貴様、何者だ?」
「私はルシア・マリーン。フリテンの王森から来た、
「……そうか」
情報量が多い。
ザルドは一旦飲み込むことにしたが、無論問い詰めたいところは沢山ある。
だが、今はそれどころではない。
まずは優先的に解消したい疑問から着手したい。
「3つほど、聞きたい」
「聞きます」
「なぜ俺を助けた?」
至極当然の疑問。
ルシアは答える。
「助けられると思ったからです。それと、人類にとって大きな戦力となる味方だからです」
「そうか」
ザルドは受けいれた。
なるほど。
人類の理となる存在を有益と感じるならば、確かにこの奇怪な存在は今のところ人類の味方のようだ。
判断も誤っていない。
ザルドが最期を選んだ原因となるこの身体も全快したとなれば、都市の平穏、世界の平和、迷宮攻略、黒竜討伐あらゆることに尽力する。
ザルドは【ゼウス・ファミリア】の冒険者なのだから当然だ。
それを使命だと思っている。
その本質や性格、立場を見抜いて回復させたのなら素晴らしい判断だ。
彼女の言葉が本心なら思惑通りと言える。
「次の質問だ。なぜ奇怪な存在であるお前は俺の前に姿を見せた?冒険者に紛れるにはその正体は秘匿しているはずだろう。俺ならそうする」
「貴方は次元の違う冒険者で、三大クエストや迷宮攻略の最前線にいて様々なものを見てきた。それに黒竜に負けたあとの今のザルドさんなら相手がどんな存在であれ、黒竜退治や迷宮完全攻略に利があると判断すればその存在を認めると考えました」
「……正解だ」
その自覚はなかったが、確かに説明されればザルドはルシアを認める判断を下すことに納得できた。
もっと事前に事情を把握していれば、自分はきっとそれを肯定していた。
間違いない。
納得した。
同時に、この竜の女はそこまで先読みしていたということになる。
「一体何手先まで見えている……」
「それが売りなので。その能力がなければ私の価値は暴落です」
「……」
自己分析の鬼だ、とザルドは思った。
ルシアはある種冷めている。
現実主義者だ。
自分にも冷たい。
「最後の質問だ。お前のその全癒魔法は……生まれながらに患う世界で1番の不治の病も……治せるか?」
ザルドは溜めて尋ねる。
藁にもすがる思いだからだ。
無論、建前ではそんな恥ずかしい気持ちは抱けない。
あくまで彼女が自分より価値があり、病がなければ自分よりも世界の役に立つと思ったからだと自己認識では思い込んでいる。
「……」
「……」
ルシアが黙り、その沈黙が長く続いた。
ザルドも黙って待った。
同時にやはり無理か、と目を伏せる。
しかし、やがて……その竜の少女は信じられないくらい穏やかに、まるでハイエルフの神聖なそれの如く笑みを浮かべる。
「最高の質問です。そして、奇遇ですね。ちょうどこれからその方に治癒を施しに行こうと思っていました」
「……っ!治せるのか……!」
「いえ。確証はありません。先程も言いましたが、低い確率の中から『奇跡』を引き当てなければいけません」
「だが!それを当てれば……!」
「はい」
ルシアが微笑みのまま頷く。
ザルドは瞠目して、ドッと力が抜けて片膝をついた。
彼は地面を見つめて……少し、頬を緩める。
「そうか。……そうか」
「いきましょう。一緒に。『奇跡』を求めて」
ルシアが手を差し伸べる。
竜の鱗が目立つ手だ。
ザルドは顔を上げた。
彼は……迷いなくその手を取る。
「ルシア・マリーン、だったな」
「はい」
「礼を言う。お前という存在が生まれたことに。お前が我々の側についたことに。お前が……新世代として、出てきたことに」
ザルドは立ち上がり、敬意をもってその少女を見下ろす。
お互いに穏やかな表情だった。
ルシアは……満面の笑みを見せる。
「はい!そういうことを言ってもらえるのは大好きです!嬉しいです」
「……そうか」
ザルドはフッと笑う。
2人は握りあったその手を握手に変えた。
「改めて、ザルドだ。ルシア・マリーン、お前のことを……これから目指す先を教えてくれ。俺の身体を癒した恩を返したい。俺はお前を支持し、受け入れ、協力する」
「はい!喜んで!そ、それと……」
「ん?」
ルシアが急にモジモジし始めた。
突然外見通りの子供っぽい女になり、ザルドが不思議に見つめる。
彼女は少し言うか迷い、恥ずかしそうにした後……絞り出すように言う。
「その、目指す先、というやつなんですけど……もちろん崇高なものもあるんですけど、その、私……友達を作るのが夢で、い、今ふた……3人まではできたんですけど。も、もっと欲しくて……だから、その……」
「……」
「私の、友達になってくれませんか……?」
「……!?」
ザルドは、驚いて固まった。
何を言い出すかと思えば奇怪なことを言うではないか。
この話の流れの後に出てくるのがそんなことか。
「くくくっ。くははは……!」
ザルドは久しく大きな片手で目元を覆い、天に向けて大笑いする。
だが……すぐに真剣に受け止め直し、真顔で戻ってきた。
身体を見ればわかる。
そうか、この女……いや、彼女は。
ザルドは握手を少し強くする。
「いいだろう。寧ろ、貴様と交友関係になれるのならばこちらから所望したい。俺で良ければな」
「……!良いに決まってます!良すぎます!やった!よろしくお願いします!」
ザルドの手を両手で包み、飛び跳ねて大喜びするルシア。
登場時の特異性、威圧感、雰囲気とはまるで違う。
ただの友達が欲しい女の子だ。
ザルドは彼女の様子を見て穏やかな気持ちになった。
こうして、ルシアの友達に最強のLv.7が加わった。