1803年、大英帝国東インド会社所属の武装商船オブラ・ディン号が、アフリカ・喜望峰への航路の途上において、60人の乗員・乗客ごと消息を絶った。4年後、無人になったオブラ・ディン号がプリマス沖に漂流しているところを発見された。

1 / 1
1807年 ロンドンにて

まず私の個人的な信心について述べよう。私は日曜に教会へ通い、孤児院などの運営のため社会的な地位に応じたささやかな寄付を行う程度のプロテスタントだ。神の奇跡は聖書の中の話として信じるが、現在の大英帝国の社会においては顕現することは無いとも信じている。要はこの霧と排煙渦巻くロンドンにおいて一般的教養を持った中流階級の一人だ。

 

だというのに、私の会社は私にまるで神秘主義者の如き仕事を割り振ってくる。

 

思えば最初の間違いはアフリカ大陸の玄関口、迷信深く砂にまみれたエジプトの地で乾き死んだ調査隊の保険調査だった。そこである程度の結果を残してしまったのが良くなかったのだろう。荷運びの現地人など関係者から聞き取った話をまとめたところ、少々、幻想趣味的になってしまった書類の中身は関係ない。会社は保険金の支払いが現実的な額であり、出資者である名士達の面子、そして現地感情を納得させることができる結論を真実であると認定した。私の査定書は誰にとっても都合が良かったのだろう。まあ、分かる。誰だって「あなたの出資した人物はただただ道に迷って乾き死にました」とは言われたくない。被害者家族だって嫌だろう。エジプト民衆からしてみれば、自分たちの過去の王朝の呪いで傍若無人な欧州の人間(本国から見ればわざわざ虚栄心のために冒険を臨んだ人種だが)が死んだ。となれば多少の溜飲は下がるだろう。私の査定書は会社にとって都合が良かった。

 

それから、なぜか私は“そういう”担当と見られている。明らかに通常の結論にならないであろう事故・事件が割り振られるのだ。直属の上司や同僚から胡乱な目で見られることも多いが、過度に信教や幻想主義に傾倒しないが、そちらの道に理解のある調査官が居ないと困るという意味で、それなりに評価はされている。そして、本日、電話で上司から急ぎという仕事の連絡を受けた。“そういう”仕事だろう。取り急ぎプリマスに向かうようにと言われる。

 

上着を着て白い手袋をして、雨よけの重いコートを着て、使用人の老婆に留守を申しつけて家を出る。目的地は大英帝国南西部の港湾都市プリマス。ロンドンの馬車駅で、社の連絡員から仕事の詳細が書かれた命令書と重たい鞄を受け取る。私は荷物を馬車に放り込み、自分も乗り込むとシートに座り、書類を改めた。

 

つまらない定型的な挨拶の下には保険査定の命令が書かれていた。次の紙には4年前の日付の新聞の切り抜きが貼り付けられている。とある武装商船が単独で航海中アフリカ沖で行方不明になったことを報じた新聞記事ようだ。今回の仕事はその武装商船そのものの保険査定であると上司の命令書は述べている。どうやら無人船となったこの商船が風と海流の悪戯でプリマス沖にて発見されたらしい。私の仕事は50名の乗組員と少数の乗客、そして積み荷と船自体、それらの顛末を調査し、その保険金額の査定することだった。書類と一緒に預かった鞄は、会社に送りつけられた物品で調査について役立てるようにとだけ書いてあった。私は書類を封筒に戻すと、足下の鞄を見やった。この異常に重い鞄は社で用意した物ではないし、プリマスに着いてから確認しよう。そんなことを考え、少し湿った空気を気にしないようにして目を閉じた。

 

こうして私は東インド会社の保険調査官として、4年前に行方不明になった武装商船のなれの果て、オブラ・ディン号を目指した。

 

***

 

翌日に私はプリマスにたどり着き、支社に顔を出すと、現地の社員はそのままプリマス港に向かい調査を行うようにと言われた。あまりの強行軍につい皮肉を言うと、オブラ・ディン号の船体の様子から、「嵐が来てしまえば沈没することが予想されるので、その前に調査すべきだ」と真面目に返されてしまった。確かに空は嫌な雲が流れ湿った風が吹いている。用意の良いことに社の命令を受けた渡し守を港に待たせているらしい。本社にいる適当な上司にも見習って欲しい周到さと勤勉さだ。

 

社の人間と別れ港に着くと、潮風で焼けた声の老人が小舟で待っていた。話してみると労働者訛りの強い乱雑な言葉使いだが悪い人間ではないらしい。プリマス出身の水夫だったらしいが、足を悪くして大型船に乗れなくなり渡し守になったと言っていた。おそらく人柄が良かったので、渡し守の仕事に有り付けたのだろう。ただし、水夫としては親切な彼でも、私の持ってきた鞄については犯罪者を括り付けて沈めるための重りかと文句を言っていた。

 

たわいもない話を続けながら、彼の漕ぐ小舟に乗っていたが、しばらくすると帆の破れた帆船が見えてきた。すぐに近くなるとそれは、外観は薄汚れてはいるが帆以外はきれいに見えた。ただし、片側の砲門が大変に壊れている。事故か事件か、海賊の襲撃にあったという見方もある。

 

老人に、小舟を側舷の乗船用ラダーに付けてもらうと乗り込むこととする。ラダーにそっと体重を掛けてみても少しきしむだけで壊れない。良い木材を使っていたようだ。甲板に上がってみると4年も前に行方不明になった船とは思えないほどきれいだった。実際オブラ・ディン号は貨物だけではなく乗客を乗せることもあったらしく同程度の規模の船の中では上等な部類だと資料にあった。勿論、現在は手入れされず、帆は破け、縄はちぎれ、手すりなどは破壊されている形跡はあるが、思ったよりちゃんとした帆船だった。

 

正直、海難事故であればもっと適任者がいると思うのだが、私ではこの破壊跡が喜望峰沖に常に居座るという嵐による物なのか、人為的な物なのか直ぐには分からなかった。甲板には食料用の家畜を入れておく檻があるが、いくつかに家畜の骨が入っているだけで生き物の形跡は無い。遙か後方の海を見やると水平線近くに光が見える。船明かりだろうか、もしかすると持ち主船が居なくなったオブラ・ディン号の荷を狙っている海賊もどきが居るのかも知れない。もしそうなら面倒だなと思った。

 

私は海から目を離して、まずは船長室に向かった。船長が義務として記す航海日記があれば、私の仕事の大部分は解決するだろうと思ったからだ。甲板から船長室の途中、操舵輪近くまで来ると虫が集っていた。栄養の乏しい海上で虫の居るところには何か原因―主に死体―があるというのは常識だ。近づいてみると白骨、ほぼ全身分揃っており襤褸になり果てる前は上等であっただろう服も残っていてる。調べようと更に近づくと……

 

「おーい!」

 

渡し守の大声に少し驚く。側舷から小舟をのぞき込むと、渡し守の老人は鞄を持ち上げようとしてみたらしいが、足の悪さもありオブラ・ディン号には持ち上げられなかったらしい。ここで開ければ良いという老人の助言と、こんな重いものを持って昇りたくないという私の心の声に従い、小舟の上で鞄を開ける。

 

鞄の中にはしっかりと装丁された本、表題はない。その下に懐中時計。鞄の中身は2点のみ。あとは重さの原因となっていた詰め物だ。本を捲ってみると最初のページに序文があり、ヘンリー・エバンズという人物から、この手記と懐中時計を用いてオブラ・ディン号で起きた事件を解き明かして欲しいというメモだった。さらには調査資料として画家の描いた船上風景や、乗船者のリスト、船内図などもあった。周到な事だ。懐中時計はローマ人かぶれが好んだ死を忘るるなかれ(メメント・モーテム)標語(モットー)が刻まれた悪趣味な懐中時計があった。懐中時計はすでに時を刻んでおらず、蓋には髑髏の彫刻。もしこんなものを持っているところをロンドンにいる友人達に見られたら、私の趣味について1ダースの嫌味をもらうことになるだろう。私はしばらくそれらの物品を眺めていたが、挑戦状の様にも、懇願の様にも思えるエバンス氏の言葉に従ってみることにしようと考えた。とりあえず、私はこの手記と懐中時計を持ってオブラ・ディン号上の哀れな死体の元に戻った。

 

哀れな白骨死体の前まで戻ってくると、突然手が熱くなる。左手に握りしめている懐中時計が熱を持つように感じた。異様なことではあるが、私はこの様な時は運命に身を任せると良いと知っている。懐中時計の髑髏の蓋を開くと止まっていたはずの針が動き出した!

 

 

―――――!

――――――――!

―――――――!

 

 

色のない世界で誰かの声を聞く。船長と呼ばれた人物と2人の男が口論している。そして銃声。

自分が撃たれたのかと驚くと、私の前には半裸の人物が自分に短銃を向けて引き金を引いている。自分の胸が無事なことを確かめ、なぜか銃を撃った半裸の男が微動だにせず、銃口から噴き出す硝煙さえも止まっているのを見た後、ふと後ろを振り向いた。胸を撃たれたらしき人物が、仰け反った格好のまま、やはり静止していた。仰け反った男の横には、驚いた顔の別の男も止まっている。

 

そこは死の瞬間の世界だった。

 

本能的に悟った。

これはあの白骨死体の死んだときの光景を切り出した物だと。懐中時計の超常的な力なのだろうか。はっきりしたのは、少なくともエバンス氏はこの時計を使うと何が起きるかを知っていて、時計を寄越したことだ。

 

私は再び針の動かなくなった懐中時計を握りしめ、手記を開いて検分を始めた。

さあ、撃たれた人物と撃った人物が誰か特定しよう。私は異常な世界でいつも通りの調査を始めた。

 

 

 




続きません。これ以上はネタバレになるし、ミステリーでネタバレは重罪だからね。

過去をのぞき見ながら、船長以下60余名の身元と死因を特定する推理ゲーム。
ゲーム内の音、映像、言語、当時の習俗についてのリアル知識、すべてがヒントです。推理難易度が高すぎるなら消去法や虱潰しで答を得ることも出来ます。消去法だって立派な推理です(ゲーム内でも消去法使って良いよって言っている)。
船員や乗客の死因を推理しながら、オブラ・ディン号の数奇な運命を見届けよう。
没入型推理ゲーム「オブラ・ディン号の帰還(Retune of the Obra Dinn)」。
みんなもやろう!

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。