見るが良い!
何処かで見た様な展開に書きたい場面だけを決めて、着地を考えなかった作品の様を!!
・・・と云うのが、スタンスです。題名はあんまりよく考えられませんでした。
昔々の或る日の事。
魔法のある世界へ、平安で鎌倉で戦国な”侍らう者”が迷い込んでしまい・・・
―――――「おーと、こいつぁ壮観なもんよ!」
小高い丘の上へ陣取って快活な声を張り上げたのは、
そんな彼の眼下に広がるのは、陽の光によってピカピカと白く光る小粒達。
其れ等を遠眼鏡で拡大して見れば、其の一つ一つが全身銀色のプレートアーマーで固めた騎士団が此方へ進撃して来ている。
そんな此方に敵意を持って刻一刻と差し迫って来る軍団へ子供の様に爛々と目を輝かせている武者に対し、横から声を掛ける者が一人。
「斥候の話やと、ざっと数えて三万程やそうや」
呆れた様な声色を響かせるのは、赤いラメラアーマーを纏う青馬に跨った一人の武者。
其の赤備えの言葉に対し、黒衣の武者は何故か嬉しそうに口端を吊り上げた。
「三万か!
いいな、いいなっ、いいな!
俺達の十倍はいるじゃねぇーか!!
それに魔術師もいれば、重装騎馬もいやがる!」
「あんさん・・・なんでそんなにテンション高いん?
やっぱおかしいわ、やっぱりイカレとるわ」
「おいおいおいおいおい・・・おい!
こんな絶景を見て滾らねぇとは・・・おめぇそれでも”さぶらい”か、『トッター』よ!
選り取り見取りの手柄挙げ放題よ!
それとも何か?
いいんだぞ、後ろに引っ込んでても」
高々と声を上げて目を輝かせる黒武者に対して赤備え・・・トッターは大きな大きな溜息を吐いた後、鍬形前立の星兜を被り、口を三日月に歪めて歯を鳴らすと共に担いでいた五人張りの弓の弦を弾く。
「『タイラー』はん・・・そんな阿呆な事言うちゃおえまへん。
うちの家訓にこう言う言葉があります。
「踊る阿呆に、見る阿呆。同じ阿保なら踊りゃにゃソンソン」ってね」
「はっはっは!
そいつは良い家訓だ!!」
黒武者・・・タイラーと呼ばれた武者は随分と上機嫌に声を弾ませれば、今まで小脇に抱えていた変わり兜を被り、地面へ突き刺していた刃渡り二メートルはあろうかと云う大太刀を握って振り返る。
すると彼の網膜へ映り込んだのは得物を持って整然と並んだざっと数えて三千のばかりの兵士達。
・・・しかし、どうも様子がおかしい。
其れも其の筈、此方へ迫り来る騎士団比べて圧倒的に覇気がなかったのである。
ある者は青ざめた顔でガタガタと震えていた。ある者は此処へ赴く前に食べていた物を地面へぶちまけていた。
戦場の異様な空気に中てられ歯ぎしりをする兵士達。
そんな配下達へ向け、タイラーは此れでもかと云う声量で咆える。
目が冴え渡る大声が兵士達の鼓膜をつんざく。
まるで轟雷の如き其の声が放たれた先へ皆の視線が一気に注がれる。
「ゴクリッ―――!」と呑み込む唾の酷く固い事。
しかして彼が語るのは淡々とした死の宣告ではない。
『檄』であった。
其れを耳にした者の闘志を奮い立たせ、戦場へ駆り立てる為の起爆剤たる激励であった。
兵士達一人一人の顔を見渡しながらタイラーは馬を歩かせつつ声を張り上げる。
青い顔をしていた者の表情へ血が通う様に成る。
吐気を抱えていた者の口端が徐々に吊り上がってゆく。
そんな兵士達の表情の遷り変わりを確認したタイラーは心底嬉しそうな笑みを浮かべた後、己が得物の刃を迫り来る敵軍へ向けた。
ギリッ・・・と、奥歯の軋む音が木魂する。
プクリ・・・と、額に青筋が浮かび上がる。
何の為の戦か。
何故の為の戦か。
タイラーは兵士達へ心得を教え込む様に言い放つ。
兵士達の全身は震え上がる。
其れは恐怖によってではない。ましてや怒りによってでもない。
何とも言えぬ昂揚感。ある者は久しく、ある者は初めて感じる沸き上がるかの様な血の滾り。
彼等には目の前で自分達に檄を飛ばす漆黒の鎧を纏ったタイラーが、幼き頃より幾度となく聞いて来た勇者の様に垣間見えた。
既に恐怖はなくなっていた。震えもなくなっていた。
兵士達の心は一つとなっていた。「必ず勝つ」と、「死んでも勝つ」と、刃を握る掌へ更に力が籠っていた。
此の状況を一部始終眺めていたトッターは口端を引き攣らせていた。
「恐ろしい御人だ」と、「おもしろい御人だ」と、覇権アニメでも見る子供の様に表情をほころばせていた。
そして、タイラーの号令が放たれる。
兵士達・・・いや、”さぶらいもの”達は一つの大きな刃となって一目散に敵軍へと向かって駆け抜けていく。
其の様は傍から見れば大きくうねる一匹の大蛇であった。
・・・・・けれども、何故にタイラーと其の一派は此の様な無謀とも云える戦いに挑む事となったのか?
其の理由は時を遡る―――――
勇者なる者が魔王を倒して数百年後。
其の勇者の子孫が建国した王国に置かれた王立学園の卒業パーティーにおいて怒声が響き渡った。
「『アレクシア・ウィンガルド』!
今日をもってこの俺、『ユウグリード・バンレキン』は貴様との婚約を破棄する!!」
パーティー会場の中央で叫ぶのは、金髪碧眼で容姿端麗な此の国の次期国王と名高いユウグリード第一王子。
そして、次期国王たる彼からの婚約破棄を現在進行形で通達されているのは、次期王妃と考えられていた赤髪の才女たるウィンガルド侯爵家令嬢のアレクシアだ。
「ッ・・・・・殿下、どういう事ですか?」
彼女は淡々とユウグリードへ疑問符を問い掛けるが、パーティーのフィナーレを飾る卒業生達によるダンスが行われる直前に衆人環視の中で婚約破棄を告げられた事は、かなりの精神ダメージであろう。
そんな中、ユウグリードは自分の真横に居た人物の背中へ手を回した。アレクシアとは違う美しさを持った茶色なチワワの様にうるうる瞳を潤ませる『フローリラ・コンラッド』伯爵令嬢だ。
「貴様はこの学園でフローリラに対し、数々の卑劣なる暴言暴挙を行ったと言うではないか!
そのような者を俺の妃・・・次期国母になどできん!」
「心外です。
私はフローリラ嬢に対してその様な事は行っていません!」
「黙れ!!
貴様が麗しのフローリラに対して行った非道を目にしている証人が此方にはいるのだ!」
ユウグリードの声で証人として召喚される幾人の令嬢達。
其の中には日頃より、と云うかアレクシアの取り巻きをしていた者も居たのだ。
「はめられた・・・!」と彼女は表情を曇らせる。
アレクシアの生家、ウィンガルド家は半世紀前の国家間戦争において財政難に陥っていた王国に資金援助を行った事で今の地位を得た経緯があった。
其れ故に他家の貴族からは成り上がり者としてあまり良く思われておらず、今回の一件はウィンガルド家の没落を狙った一派の策略であったのだ。
「貴様の様な性根の腐った女よりもフローリラの方が王妃にふさわしい!
この俺の慈悲のある内に立ち去り、二度と王都の土を踏む事を禁ずる!!」
「それは、外遊中でここに居られぬ国王陛下に許可をとっているので?」
「それは・・・!
ッ、父上とてわかってくれる。
貴様よりも麗しのフローリラの方が国母にふさわしいとな!」
「・・・解りました。
でしたら、私はこれで失礼します
どうぞお二方ともお幸せに」
ザワザワ周囲に動揺が奔る中、アレクシアはうつむき加減でパーティー会場から立ち去る。
其の彼女の後姿に同情を向ける者も居たし、「ざまあみろ」と軽蔑の目を突き刺す者も居た。
・・・しかし勿論、今回の一件が無事で済む訳がなかったのである。
「あのアホ王子、なんて事してくれんねん!!」
ユウグリードの暴挙に対して激昂したのは、アレクシアの父親にしてウィンガルド家当主の『トタニアス・ウィンガルド』であった。
「わては国王陛下にどうしてもと頼まれて、うちの可愛い娘を許嫁にした言うんに・・・!
恩を仇で返しやがって・・・絶対に許さへんで、あのアホう!!」
「お父ちゃ・・・・・お父様、私は大丈夫です」
「大丈夫な訳あるかい!
こうなったら・・・
半世紀前の手柄によって辺境とは云えども土地を持ち、尚且つ其処で資源開発に成功して金周りも良かった為に半ばヤケクソになってしまったトタニアス。
此れを聞いた国王の『ユーガード二世』は息子の暴挙に陳謝しつつどうにか踏み止まってもらおうと交渉の場を設けた。
・・・・・のだが―――
「―――――殿下!
緊急事態でございます!!」
「なんだ?
俺は今からフローリラと―――――
「国王陛下が襲撃を受けたとの事!」
―――――なんだと!!?」
ユーガード二世とトタニアス侯爵の会談中、会場へ所属不明の武装集団が襲撃をかけ、其の破壊活動によって重傷を負い、意識不明の重体に陥ったとの報告が上がったのである。
「これはウィンガルドの謀略でございますぞ!」
「まさにその通り!」
「殿下・・・いえ、
今すぐに仇討ちの御準備を!!」
「おのれ・・・おのれおのれおのれぇ!
フローリラの心を傷つけるだけでなく、父上までをも!!
許せんッ・・・今すぐに我が騎士団へ招集をかけろ!!」
周囲の反ウィンガルド一門の貴族に促され、感情のままに武力行使を決断したユウグリード。
しかし、彼は知らない。其の背後で貴族達がクツクツとほくそ笑んでいる事を。此れを機にウィンガルド家の利権を奪ってやろうと画策している事を。
一方、同じくテロに巻き込まれた公爵家はと言うと―――――
「な・・・なんでや!?
なんでッ、うちのお父ちゃんがこんな目に!!?」
公爵領地へ戻っていたアレクシアは悲嘆にくれていた。
彼女は別にユウグリードが一方的に突き付けた婚約破棄についてほんのちょっぴりの悔しさは持っていたもののあまり気にしてはいなかった。
だが、愛娘を思いやるトタニアスの親心に流されてしまった事は酷く後悔した。
「せやから言うたやないの、独立なんてアホな事やめてて!
それに・・・なんでお父ちゃんが国王様を殺めようとした犯人になってんねん!?
もう適わんわ!!
もう、もうなんなんよ!!」
「アレクシア・・・あんた、落ち着きなさい」
爪を噛むアレクシアに声を掛けるのは、どこか彼女の面影がある一人の女性。
其の女性に対し、アレクシアは声を荒らげた。
「逆にどうやって落ち着けっていうんよ、お母ちゃん!?
てか、なんでそんなに落ち着いていられるん!!?」
アレクシアにお母ちゃんと呼ばれたのは、彼女の母親であり、トタニアスの妻である『エクシア・ウィンガルド』侯爵夫人。
彼女は随分と落ち着いた様子で紅茶を啜っていた。
「・・・知っているからや。
あの人は・・・お父ちゃんは、こんな事で死ぬ御人じゃないねん。
せやからうちらはお父ちゃんが目を覚ますまで、この家を・・・領民の皆を守っていかんとダメなんや!」
「お母ちゃん・・・!」
エクシアは公爵夫人の責務を全うする為にグッと堪えていたのである。
奥歯を噛み締めて平静を装っていたのだ。
「で、でも・・・どうやって守るん?
聞けば、あのアホが軍勢を率いてやって来るって・・・!」
「行動力のあるアホほど質の悪いもんはないな。
周りのボンクラ貴族にそそのかされおってからに・・・!」
「なんで同じアホでも
「ホンマやね。
というか、あのアホは肝心な時におらんなぁ!」
一蹴廻って落ち着きさを取り戻した二人は此処にはいない人物について陰口をたたき始める。
すると・・・
「お、女将さん!
大変やで、女将さん!!」
「どないしたんや!?」
扉をババーンと勢い良く開け放ったのはウィンガルド家の執事長。
彼の登場に遂にアホ王子・・・ユウグリードが軍を率いてやって来たと身構えたのだが、どうやら違うようだ。
「おいおい大丈夫か、じぃや?」
「「!!?」」
慌てて入室して来た執事長を押しのけたのは、彼を優に超える身の丈の大男。
男は倒れかけていた執事長を起こし上げると快活に声を上げた。
「おう、放蕩息子の『トッター・ウィンガルド』が帰って来たで!!」
「あ、兄やん!?」
彼の登場にギョッとアレクシアは目を見開く一方で、エクシアは溜息と共にゆっくり立ち上がると胸襟を開いて待ち構える息子目掛け―――――
「この阿呆息子!!」
「あなや!?」
「お母ちゃん!?」
母からの平手打ちを真面に喰らってしまうトッターだったが、頬を抑えて態勢を立て直す彼にエクシアは力一杯の抱擁を行った。
「あんた手紙の一つもよこさんで、私をこんなに心配させて・・・この阿呆・・・!!」
「お・・・お母ちゃん!」
「お母ちゃん・・・」
ウィンガルド家の長男坊であったトッターだったが、ユウグリードの許嫁がアレクシアに決まった件について父親のアレックスと仲違いを起こして出奔していたのである。
其の放蕩息子が久方ぶりに帰って来た。お家の大事を聞いて帰って来た。
・・・けれども、今は久々の再会に身をゆだねる。
馬鹿力で潰さぬ様にトッターは母共々、駆け寄って来た妹のアレクシアを抱き締めた。
「よう戻って来たなアレクシア・・・さぞ辛かったやろ!」
「私は大丈夫やで、兄やん。
それよりもお父ちゃんが・・・!」
「おう、わかっとる!
心配すな、お兄ちゃんがきっちりやったるで・・・!」
騒ぎを聞きつけた執事長をはじめとしたウィンガルド家の使用人達は親子男の再会に感動して涙するのだが、唯一人だけ蚊帳の外な人物が肩身狭そうに手を挙げる。
「あのぉー・・・俺、もう出てきていいかな?」
「え・・・?」
「ど、どちらさん?」
ひょっこり顔を出した男へ皆の視線が注がれると彼は申し訳なさそうにペコリ頭を下げた。
此の謎の人物の登場に対し、トッターは眼元を拭って取り繕いながら皆へ彼を紹介する。
「みんな聞いてくれや!
ここにおわすは、わてらの窮地を救ってくれる強力な助っ人・・・タイラーはんや!!」
『『『・・・へ?』』』
謀反人のレッテルを張られて討伐軍を編成された此の窮地を
「おいトッター・・・殿、そんな紹介がありますか!!
申し訳ない・・・私はタイラーと申します。
此度のウィンガルド家の大事を聞いて助太刀に参った者でございます」
「もう、タイラーはんったら・・・今更わてに敬称なんてつけんでもええんやで?
まぁ、詳しい話は食べながら話しましょうや!
お母ちゃん、食事や食事!
このタイラーはんにとびっきり美味い”御飯”を御馳走してやって!」
暗く鬱屈した空気がトッターとタイラーの登場によって活気立つものへと一転。
そうしてトッターの上機嫌な笑い声と共に広間へ通されたタイラーの目の前へ出されたのは、もわ~りもわりと湯気を放つ平皿に盛られた炊き立ての”銀シャリ”であった。
「こ・・・こ、これは・・・!」
「ゴクリッ!」とタイラーは命一杯の生唾を飲む。
一粒一粒がピカピカと光り、何とも言えぬ香しさを放つ御飯に彼は目を輝かせる。
「さぁ、タイラーはんご所望のコメや!
お代わりもあるから、どんどん食べてってつかぁーさい!」
「まさか、本当に・・・・・では、御馳走になります!
いただきます!!」
タイラーは御飯の前で手を合わせると其れを二本の棒で掴んで口の中へ放り込む。すると彼は感嘆の呻き声をのたまった後、「美味い!!」と涙ながらに語ったではないか。
そうして、タイラーはおかずもなしに幾皿もの御飯を平らげてしまう。
「あ、兄や・・・兄様、一体このお方は?」
「うん?」
「うん?・・・ではなく!
うちら・・・私達、ウィンガルド家の助太刀とおっしゃっていましたが・・・いったいどこでお知り合いになったのです?」
「・・・アレクシア」
「はい?」
「そんな堅苦しい言葉使うなや。
飯が美味しく食べれまーな」
「兄やん!!」
「まぁまぁ、それでトッター?
あんたが連れて来た吾人や、よほどの御人なんやろ?」
ふくれっ面を晒すアレクシアに平謝りをした後、エクシアに促されたトッターは意気揚々とタイラーとの馴れ初めを話し出す。
アレクシアが王室へ嫁ぐ事が気に入らなかったトッターは、父・トタニアスとの殴り合いの親子喧嘩の後に先祖伝来の長弓と名馬を勝手に持ち出して出奔。諸国漫遊の旅へと赴いたのである。
トッターは山を越え、海を渡り、其の先々で悪事を働く賊や輩を自慢の腕っぷしでボッコボコに討ち果たしては路銀を巻き上げて悠々自適の旅を続けていた。
そんなある日、ふと彼は勇者が魔王を打倒したとされる所へ観光に行こうと思い立つ。
場所は北の僻地。過去に魔王城と呼ばれた廃城のある未だに狂暴な魑魅魍魎や悪鬼羅刹が跋扈すると言う恐ろしい土地である。
そんな不毛な土地へトッターは周囲の制止を振り切って赴く。
ところが、其の土地は出会う人出会う人の多くの人が口々に言う様な場所ではなかったのだ。
勿論、元々は魔王が統治していた場所なのだから魔王軍残党の末裔が其処には住んでいたのだが、魔王討伐後に起きた天変地異によって人界とは隔絶されてしまった為、人間を知らない者もチラホラ居たのである。
しかも意外にも豊かな土地で、人間から魔物と恐れられる彼等は比較的温厚で人当たりも良かった。
無論、人間であるトッターを恐れて心にもない事を言う者も居たが、大半の者は彼へ好意的で友好的な態度をとったのだった。
「・・・・・これじゃ、
予想外にも居心地の良い此の土地を気に入ったトッターだったが、彼よりも先に此処へ足を踏み入れていた人間が居た。
「肉も魚も酒も美味いが・・・あー、”コメ”食いてぇ」
現地魔物に慕われる一人の男。
身の丈は自分と同じくらいで、何処か魔物とも人間とも違う異様な雰囲気を持っている男は自らを『タイラー』と名乗る。
どうも彼もトッターと同じく訳アリの様で、トッターと同じく此の土地を気に入っていたのだが、米が食えぬと時々不満を漏らす奇特な人であった。
そんな彼に自分の故郷は米が名産だという事を話したのを切欠に二人は意気投合したのであるが・・・突如として此の平和な土地に災厄が襲って来たのである。
暗雲と共に岩盤を突き破って現れたのは、其の図体で岩山を隠してしまう程の長い長い巨体を持った見た事もない怪物であった。
怪物は何とも悍ましい叫びと共に動く者全てを喰らわんと暴れ回り、勇猛果敢を謡う魔物達でも倒す事は適わず、逆に其の鋭い毒牙や数えるのも嫌になる幾本もの鍵爪で返り討ちに遭ってしまう。
「行くぞッ、トッター!」
「おうともやで、タイラーはん!!」
此れを現地の魔物達に良くしてもらっていた二人が許す事はなかった。
タイラーは大業物の刃を持って怪物へ切掛り、トッターは家宝の弓で幾十本もの鏃を放つ。
・・・ところがどっこい。
「ふざけんじゃねぇ!
硬いにも程があるだろうが!!」
「ま、まるで鉄や!
魔法で強化してる筈なのに傷の一つも付きまへん!!」
斬れども斬れども、射てども射てども、呪えども呪えども、まるで金属を金属で叩く様な音が何度響いたとしても一向に怪物の身体へ傷は一つも付いてはくれなかったのである。
しかも怪物は二人に狙いを定めて執拗に攻撃を仕掛けて来た。
「た、タイラーはん!
なんかええ考えはないんか?!!」
「ンな事言ってもよ!
・・・・・・・・あ!?」
口から毒を噴き、鍵爪で大地を抉り、其の巨体を叩き付けて来る怪物から必死に逃げる中で、タイラーは何かを思い出した様に声を発す。
「トッター!
今からとんでもなく馬鹿みてぇな事を言うが、信じるか?!」
「馬鹿みたいな事やと?!」
「思い出したんだがよ!
俺の故郷に伝わる逸話で、あんなデカい
「む、むかで?
あれ、ムカデ云うんやつなん?」
「まぁ、聞け!
トッター、お前、矢はあと何本ある?!」
「矢やと?!」
腰へ引っ提げた矢筒の中へトッターが手をやれば、其処には大きな鏃を持った矢が一本。
其れが最後の一本の矢だと聞いたタイラーは口端を吊り上げた。
「トッター、俺が野郎の注意を引くからお前はその鏃に
そうすりゃ野郎の硬ぇ面をぶち抜けるかもしれん!
必ず眉間を狙えよ!!」
「タイラーはん!?」
タイラーは吐き捨てる様に助言を言い放つや否や、怪物へと自らの得物を向ける。
一方、彼からの助言に対してトッターは疑心暗鬼を生じさせていた。
其れも其の筈。トッターは今まで放って来た矢の鏃へ火魔法やら、風魔法やら、水魔法やらを纏わせていたからだ。
此の世界の一般論で言えば、魔法を纏った武装の威力は格段に上昇する。其れも最大一撃で城壁を木っ端微塵に出来るまでに。
しかし、其の強化付与の魔法を以てしても怪物へ傷を付ける事は能わなかったからだ。
そんな相手に対し、ただ唾を着けた鏃が利く訳がない。
≪ギギギガガガガガッ!!≫
「オゥらぁあアアアッ!!」
其れでもトッターはタイラーの妄言にも聞こえる助言を信じる事にした。逆転の一矢の為に自らを囮として怪物へ勇猛果敢に飛び掛かる彼を信じる事にしたのだ。
トッターは怪物を見下げられる高所へ駆け上がると最後の一矢にベットリ自らの唾を吐きつけて強弓へ矢をつがえる。
「こっちを向けや!
このバケモンが!!」
「お呼びだぞ、大百足のバケモン!!」
≪ガガガガガッ!?≫
ガーンッ!と、渾身の剛力で怪物の頭部をトッターが構える強弓の射線上へと打ち弾く。
「おう!
おどれ、気色悪い顔してんな!!」
ガオォオオン!!
至近距離で放たれた鏃は凄まじい轟音と共に怪物の眉間を撃ち砕けば、怪物は何とも言えぬ断末魔の叫びを上げて其の巨体を地に伏せたのであった。
「―――――とまぁ、そうしてわいとタイラーはんはその恐ろしいバケモンを退治した云う訳や!
いやぁ、あん時にタイラーはんの阿保みたいな助言がなかったらと考えたら・・・身震いがするで、ホンマに!」
「それで・・・兄やんは、うちの事を何処で聞いたん?」
「おう。
件の怪物を退治した後、魔物で占い師のおばちゃんに身内に危機が迫ると予言されてな。
それで急いで帰って来てる最中にお前の事を聞いたんや。
そん時にタイラーはんに助太刀を頼んだんや!」
「そう・・・それで、なんでタイラー様は我らに助太刀を?」
アレクシアの疑問符に今まで夢中になって御飯を食べていたタイラーの手が止まり、モゴモゴと口の中詰まったものを水で流し込んで一言。
「御飯が食えると聞いたもので」
そう言って彼は再び御飯を食べだす。
そんなタイラーの様子にウィンガルド家母娘は互いを見合わせて頭を抱えた。
先程のトッターの紹介に出て来た人物と今此処に居座る人物の差が余りにもかけ離れていた為であろう。
其れを察してか。トッターは黙々と食すタイラーに謀反人とされているウィンガルド家が立ち回るにはどうすれば良いかを聞けば、彼の眼の色が一気に変わった。
「王都からウィンガルド領までの移動日数は?」
「はい?
二週間・・・早馬でも早くとも十日はかかるかと」
「なれば猶予としては一週間か・・・此方は、ウィンガルドの兵力は如何程で?」
「多く見積もっても三千でしょうか」
「ほう。
トッター、この国は五十年ほど平和が続いてるんだよな?」
「えぇ。
騎士道は今やカッコつけの道具に成り下がっております。
でも、ここは辺境の方やから練度で言ったらわてらの方が上でしょうな」
「なればついでにもう一つ。
ここいらで
「温泉?
え・・・えぇ、近場ではありませんが」
「なるほど、なるほど・・・・・なるほどねぇ!」
「!」
ニタリと口端を吊り上げた狂暴な笑みに対し、アレクシアは何故かゴクリと息を呑んだ。
王都でも故郷でも出会った事がない男の表情に彼女は興味をそそられた。
「よっしゃ!
なれば善は急げと申す!
兵は神速を貴ぶと申す!
トッター、陣触れだ!
もしかすると、もしかするぞ!」
こうして辺境の土地の命運を任されたタイラーによって此の後、ウィンガルド軍は激変する事など誰が予想できたであろうか?
そして、物語は冒頭へと―――――
「クックック・・・」
ウィンガルド領へ向けての行進撃の中で、今や約三万との大所帯となった王立軍。
其の中でほくそ笑みを浮かべているのは、例の一件でユウグリード王子の心を掻っ攫い、彼に真実の愛とやらを謳わせたフローリラ・コンラッド伯爵令嬢の父親、フレデリク・コンラッド伯爵であった。
実は今回の一件は全て彼の策略である。
昔からウィンガルド家の存在が目障りだった彼は、此れ以上ウィンガルド家が力を持つことを恐れてか。自分の娘を次期国王であるユウグリードへけしかけて骨抜きにし、二人の婚約破棄まで取り成す事が出来た。
しかし、計算外だったのは現国王であるユーガード王がフローリラよりもウィンガルド家才女、アレクシアの方が王妃にふさわしいと考えていた事だ。
此れではユウグリードへを傀儡として権力を掴む計画を練っていたフレデリクには都合が悪い。
・・・ならばと、彼は国王とウィンガルド家の和解の場へ刺客を放ったのである。
そして、見事に邪魔者二人を排除したフレデリクはトドメとばかりに謀反人へ仕立て上げたウィンガルド家の討伐に声を上げたのだ。
「(やっと目の上のたん瘤がとれるばかりか、ウィンガルド家が所有している事業や財産まで手に入る。
そして、これを機にもっと領土を広げるのだ!)」
国王派を半ば無理矢理に説き伏せて大軍進撃である。意気揚々の余裕綽々だ。
「どうかしたのか、コンラッド伯爵?」
「いえいえ、これから謀反人の賊軍を討伐するのです。
心が打ち震えているのですよ!」
「フッ・・・頼もしい限りで俺も嬉しいぞ!
早くこんな茶番を終わらせ、良い報告を麗しのフローリラに持って帰るぞ。
なぁ、
「ハハハハハ!
そうでございますね!」
和気藹々とした空気と共にウィンガルド領へと侵入した討伐軍は、休憩の為に天幕を張り始めた・・・其の時である。
「コンラッド伯爵!」
「うむ、どうした?」
「前方にかなり大規模な霧が見えてきました。
もしかすれば、敵軍が潜んで居るやもしれません。
もはや此処は敵地、臨戦態勢をしくべきかと」
「なにをバカな事を!
我らは三万もの大軍勢。
予測では、徴兵しても敵は多くとも一万に届くかどうかと聞き及んでいる。
それに我らは最強のバンレキン軍。
弱小のウィンガルドなぞに臆してどうする!」
「しかし!」
「黙れ!
軍の指揮は、このコンラッドに任されている。
引っ込んでおれ!」
討伐軍将校の諌言を一蹴するコンラッドだったが、丁度其処へ若い伝令兵が駆け込んで来た。
「斥候より報告!
前方に敵軍を発見!」
「来たか!
敵の数はいかほどか?」
「それが・・・
「・・・何だと?
単騎だと?」
「赤い鎧を纏った者が、一騎でこちらに駆けて来ております」
伝令の報告に将兵達が顔を見合わせる中、フレデリクは高笑いを転がす。
「ハハハハハ!
聞きましたか、陛下?
たったの一騎とは冗談にも程がある」
「まったくだ!
一体何処の馬鹿だ?
興味があるぞ!」
「それでは陛下、ここはこのコンラッドが率いるメイジ部隊に御任せを。
必ずや敵の亡骸を陛下の前に連れて来ましょうぞ」
そう言ってフレデリクは取り巻きの部下達を引き連れて前線へと向かえば、良く目立つ赤い鎧を纏った騎馬兵が此方に向かって来るのが見えた。
「戦場を初めて経験する新兵たちには、丁度良い経験になるだろう。
おい、メイジ達を前に。
丸焼きにしてやれ」
「御意のままに!」
フレデリクは敵を飲んで掛かっていた。
王国最強の魔術師部隊が前線を固めていたからであろう。
そして、彼の命令によって魔術師達は杖を手に呪文を唱える。
『『『≪偉大なる第五元素たる火よ
尽くを持って我が敵を必滅せしめん≫』』』
さすれば彼等の前に大きな火の玉が形成され、魔術師達は其れ等を迫り来る赤い騎馬兵へと撃ち放った。
ゴォオッ!と、集約された巨大火球が騎馬兵の全体を呑み込む光景に魔術師達は敵乍ら同情を感じる。
「ふん・・・他愛もない!
余興にもならんわ!
ハハハハハ!!」
高笑いを上げるフレデリク。
最早、あれ程の焔を受けてしまえば丸焼き処か、
・・・・・しかし、今回ばかりは其の
―――――「ォオオ・・・!!」
「・・・ん?」
「な、なんだ・・・?」
赤々と燃える焔の先より、微かに聞こえて来るのは男の声。
其の微かな声はやがて徐々に徐々に大きくなっていき―――――
「オオオオオオオッ―――――!!」
「は・・・?」
―――放たれた焔を振り払って現れたのは、赤兎馬へ跨る黒漆の大鎧を身に纏った騎馬武者。
そして、武者は自らの得物を咆哮と共に振るう。其の反りのある片刃の人斬り包丁がぶぅおんっ!と振るわれた後、不幸にも武者の前に居た魔術師達はまるで藁の様に
「ひっ・・・!?」
幸いにも武者の刃を逃れた者達は、其の表情を引き攣らせた。
其れも其の筈。すぐ傍に居た筈の同胞の腕が、戦友の首が、朋友の胴体が、血飛沫と共に宙を舞ってどちゃりと地面に投げ出されたからだ。
「他愛なし!!
どけぇえい、雑魚共ぉお!!」
『『『「うッ・・・うわぁあああああ!!?』』』
予想だにもしていなかったの驚天動地と共に前線へ恐怖が一気に伝染する。
本来は魔術師達を守る筈の騎士が居るのだが、大軍と云う事とフレデリクの慢心があった為に彼等を守る者はいない。
其のせいで近接戦闘に不慣れな魔術師達は、ある者は武者の振るう大太刀の餌食となり、ある者は騎馬に踏み潰されてしまう。
「なっ・・・な、なにをやっている!?
敵はたったの一騎なのだぞ!
さっさと討ち取らんか!!」
一気に広まった恐怖によって崩壊した前線を持ち直そうとフレデリクの檄が飛ぶ。
其の檄を聞き付けたどうかは解らぬが、未だ無事な魔術師達は縦横無尽に戦線を食い荒らす武者へ杖を向けた。
・・・けれども、此れは
魔術師達の目が一気に自分へ注がれる事を武者は・・・タイラーは待って居た。
「今ぞ!
者共かかれやぁあ!!」
『『『オオオオオ―――ッ!!』』』
『『『ッ!!?』』』
魔術によって展開された姿隠しの霧の中から駆け抜けて来たのは、鬼人となって切先鋭い槍を構えた歩兵に騎兵達。
彼等は背を向けた無防備な魔術師達を刺し貫き、踏み潰していく。
更に此れだけには留まらない。
「今や!
いてもうたれやぁあ!!」
トッターの号令によってウィンガルド軍側の弓兵と魔術師部隊が討伐軍へ攻撃の雨を降らせた。
霧に中から何処からともなく降って来る鏃や攻撃魔法に討伐軍側の魔術師達を助けようとしていた討伐軍の歩兵や騎兵を牽制する。
だが、更に更にウィンガルド軍の快進撃は此れだけに留まらなかった。
ドグゥォオオ―――――オッン!!
「うぎゃぁアア!!?」
「こ、今度はいったいなんだ!?」
周囲から響き轟く爆音と閃光と煙に戦場へ大きな動揺が奔り、今回の戦で初陣を飾る為に赴いた年若い兵士達はパニックを引き起こしてしまう。
此の爆音、実はタイラーの知恵によって作成された新兵器『てつはう』である。
ウィンガルド領内にある温泉地より採掘された硫黄とボットン便所の底より取れた硝石に木炭を適量混ぜ合わせる事で生成された黒色火薬で製造されたものだ。
本当ならば
しかし、威力は十分。大いに十分、十二分。
凄まじい破裂音と閃光煙に加えて、周囲より放たれる鏃と攻撃魔法によって戦線は崩壊。
パニックに陥った討伐軍兵士達は自分達よりも圧倒的兵力不足である筈のウィンガルド軍兵達に容易に討ち取られて行き、逃亡する者まで出て来る始末。
「ひ、退くな!
退くなー!!
戦わず退くではない!!」
「コンラッド卿、最早これまでかと!
早くお退きくだ・・・―――ガぁはッ!!?」
「ッ、ヒィ!?」
態勢を立て直そうとしたのだが、側近にも矢玉が命中して来た為、フレデリクは舌打ちと共に反転撤退行動をとる。
けれども、此れを逃がさぬ者が刃を振り上げて迫って来たではないか。
「待てや、ゴラァアア!!」
ザンザン、ザシュリ!ザンッ、ザシュリ!!と、地面へ討伐軍兵士達の大量の血液と臓物をぶちまけながらフレデリクの背を追うタイラー。
まるで其の様は獲物を追う肉食獣である。
「(な・・・何故だ、何故こうなった!?
私の計画は完璧であったはずだ!
愚かな王子を傀儡として、国の実権を握るはずだったのに・・・!
どうして・・・一体どうして!!?)」
疑問符ばかりがフレデリクの頭の中を支配する。
一体何処で間違えたのかと、一体何を間違えたのかと、考えの考えの坩堝に陥ってしまう。
・・・だが―――――
「お・い・つ・い・たぁああ!!」
「あ・・・あ”ぁあ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!?」
ザッシャン!!・・・と、もうすぐ栄光に手が届きかけたフレデリク・コンラッドと云う男は、突如として現れた黒武者に跨っていた馬ごとバッサリ二枚に卸された。
「な、なに!?
こ、コンラッド卿が・・・義父殿が討ち取られただと!!?」
フレデリク・コンラッド討死の報告はすぐさまユウグリードへと伝わり、大きな動揺が討伐軍上層部に奔った。
「戦線を押し戻す事は最早なりません!
敵はすぐそこまで迫っております!
お早くお逃げくださいませ!!」
「馬鹿な事を言うな!
大軍を率いてここまで来ておきながら、この俺に逃げろと言うのか!
貴様、ふざけるな!!」
「しかし!」
「黙れ!
どいつもこいつも頼りにならん無能ばかりめ!
もうよい!
この俺が自ら敵を屠ってくれる!!
馬を引けぇ!!」
断末魔の声がどんどんと近づいて来る中、ユウグリードは制止する臣下を蹴り飛ばすと黄金の装飾が施された剣を携えて天幕外へ走る。
そして、愛馬である白馬に跨ると一目散に敵軍へと駆け抜けた。
「俺が名はユウグリード・バンレキン!
俺の父、ユーガード王を卑怯にも罠に填めて傷を負わせるだけでなく、義父となる筈だったコンラッド卿まで死に追いやるとは・・・許さんぞ!
この俺自ら貴様らを討ち取ってくれる!!」
敵陣まで駆けたユウグリードは声高々と発すると共に引き抜いたのは黄金に輝く一振りの剣。
其の余りにも目立つ刃を一目見るなり、周囲の兵士達は其れがかの有名な勇者が魔王を倒す為に用いたとされる聖剣だと察するには容易であった。
正しく其れは邪悪を滅ぼし、正義を成す威光其の物であった。
・・・しかし!
そんな威光に目もくれず、幾つもの生首を腰にぶら下げたタイラーはユウグリード目掛けて赤兎馬へ鞭を入れる。
其の姿はユウグリードの目には蛮族の正しく其れであった。
「フンッ、見るからに野蛮な蛮人め!
この俺が自ら―――――
「オラァア!」
―――ンなッ!?」
待ち構えて口上を述べるユウグリードへ向けてタイラーは己の得物である大太刀を力一杯投擲する。
まさかの攻撃にユウグリードは身を捩るが、苦しくも其の攻撃は彼の愛馬を刺し貫く。
「ブヒヒーン!!?」
「うぉお!?」
倒れ伏す白馬と共に落馬するユウグリード。
其れと同時にタイラーは赤兎馬の背から高く飛び跳ねるや否や、腰に引っ提げた打刀を逆手に持って振り下ろす。
「首寄越せやぁあ!!」
「う、うわぁああ!!?」
歯を剥き出しにして迫り来るタイラーから何とか回避行動をとったユウグリードは、身を起こして肩で息をしつつ聖剣を構える。
「き・・・貴様!
この俺の馬を殺すばかりか、俺の口上を邪魔するとは・・・無礼者の蛮族め!!」
ユウグリード・バンレキンなる人物は次期国王たる地位に就く為、様々な上等教育を受けて来た。
其れは文武両道を主体としたものであり、個人的な戦闘力では平均以上のものを有しており、そんな者が聖剣を携えていて弱い訳がない。
・・・・・だが。
「ウラァ”ア”ァア”ア”ア”ア”ア”ア”ッ!!」
「なっ・・・!?」
逆手の打刀を背負う様に構え直したタイラーは聖剣に臆する事なく前のめりとなって駆ける。
其れも目をカッと見開き、歯を剥き出し、此の世のモノとは思えぬ奇声を発してだ。
しかも加えて其の速度は疾風迅雷の如し。相手に回避の暇を与える事はない。
「(フン、やはり蛮族だな!
余りにも単調過ぎるわ!!)」
されどもタイラーの攻撃は余りにもシンプル。
ユウグリードは此の斬撃を打ち弾いた後、彼をバッサリ麦藁の様に斬り倒してしまおうと思考する。
当然と言えば、当然の考えであったろう。
けれども・・・敢えて、此処は無理をしてでも回避行動をとるべきだった。
「―――ッィイエエエエエ!!」
ガギィイッン!!
「ッ、うぎぃえアア!!?」
振り下ろされた反りのある刃が、受けの形で構えられた聖剣ごとユウグリードの身体へめり込む。
圧迫された金色の刃がユウグリードの鎖骨を圧し折り、胸骨を圧し潰し、彼の白い頬に真っ赤な傷を付けた。
「オラぁッ!!」
「ブへぇえ!?」
鎖骨と胸骨を粉砕されたユウグリードの腹部へタイラーの無慈悲な蹴りが入る。
胃液を逆流させるばかりでなく、血反吐まで吐いて仰向けに倒れるユウグリード。
「い、い・・・い、痛い!
痛い、痛い・・・痛いぞ!?
痛い痛い、痛いぃい!!
うわぁああああああ!!」
ユウグリードは理解できなかった。
討伐軍を率いる新国王たる自分が反吐を吐いている事が、骨を砕かれている事が、血を流している事が理解できなかった。
「・・・おい?」
「はぁ・・・ハァ・・・ハぁ・・・ッ?」
「早く立てよ、この野郎」
そんな動揺の色が隠せず、痛みに悶えて涙を流す怯えた表情のユウグリードへ向けて淡々とタイラーは刃の切先を突き付ける。
そして、漸くやっとユウグリードは理解した。自分がとんでもなく危機的状況な陥っている事に。
「ッ、だ・・・誰か・・・・・誰か、おれをまも・・・!!」
ユウグリードは助けを求めようと辺りを見渡す。
しかし、周囲の味方の気配は・・・いや、
「フゥー・・・ふぅー・・・!!」
「ほうっ、ほうッ、ホウ!!」
「うォおおおお―――!!」
居たのは、剣で斬られても、矢傷を負おうとも倒れぬウィンガルドの兵士達。
王国騎士軍兵の生首を片手に掴み、槍の穂先に突き刺したウィンガルド軍兵達。
タイラーの檄によって鬼人となったウィンガルド兵士達により、戦線は崩壊の総崩れ。
既に瓦解してしまった王国騎士軍は、後方へと自分達の首領を置き去りにして逃亡していたのだ。
「首だ・・・首!!」
「身印、手柄首!」
「討ち取れ・・・討ち取れぇ!!」
血を流して満身創痍である筈のウィンガルド兵達の獣欲滾った眼が、未だ息のあるユウグリードへ向けられる。
赤い汁が滴る剣先が、穂先が怯えるユウグリードの身体へ徐々に徐々に近づいて来る。
「よ・・・よるな・・・よるな、よるな!
よるな、下郎共!!
俺を、おれを誰だと思っている?!
俺はユウグリード・バンレキン!!
この国の王子・・・いや、新国王であるぞ!!」
「あぁ、知っているとも」
「な、なに・・・?」
「己の無責任さを棚に上げ、我らのアレクシア嬢を貶めた
それ以下でも、それ以上でもない」
「ッ、ま・・・まま、待て!
な、なにが・・・なにが望みだ?!
貴様の・・・貴君の望みのものを俺が与えよう!
土地か? 金か? 女か?
貴君の望みのままに―――――」
「お前の”首”以外はないな」
即答であった。
ユウグリードの問い掛けに単的に答えたタイラーは刀を構える。
敵の頭をかち割る為、敵の首を斬り落とす為に己が得物を構える。
「い、いやだ・・・いやだ、いやだ!
た、たた・・・助け、助けてくれ!!
し、しに・・・死にたくな―――――」
「ダメだ、駄目。
お前は、ここで死ぬんだよ。
命乞いなんてしてくれるな。
戦士の・・・”さぶらい”の誉を汚すんじゃねぇよ」
聖剣を手放し、穴と云う穴から液体を垂れ流して命乞いするユウグリードへ向けてタイラーは振り上げた刀を一気に振り下ろし―――――
―――「そこまでです!」
「ん?」
パラり・・・と、ユウグリードの前髪が少し切れた所でタイラーは刀を止めた。
そして、自分を止めた声のする方を向けば、其処には馬へ跨った軽装鎧を纏う令嬢が一人。
此の場に居る筈のないウィンガルド家御令嬢のアレクシアだ。
「おや・・・アレクシア嬢。
お城の方で待って居る筈では?」
「ことの発端は私にあります。
ならば、私が戦場に立つのは必定。
遅れてしまい、申し訳ございません」
「ほう、見直した。
でも、少し遅かったね。
もう少し早く来てくれれば・・・いや、俺的には
「ぶくぶくぶく・・・ッ
タイラーは泡を吹いて気絶するユウグリードを足で押し倒し、「・・・で、どうするよ?」とアレクシアへ問いかける。
「今からでも・・・その・・・・・婚約破棄の
「・・・タイラー様?」
「はい?」
「冗談は、その武働きだけにしてください」
そう笑顔と共にアレクシアは泡を吹くユウグリードの顔へ「ぺッ!」と唾を吐きつけた。
其のまさかの行為にタイラーは目を見張った後、口端を吊り上げる。
「あらー・・・いいね。
割とマジで好きよ、アレクシア嬢のそういう所。
今度、俺と逢引きでもしない?」
「ふふっ・・・考えておきます。
誰か、このアホ王子を縛り上げておいてや!」
アレクシアは「それではまた後で」とタイラーに微笑んだ後、戦場から立ち去って行く。
そんな彼女と入れ替わる様にトッターがタイラーの前で馬を着けた。
「どうや、タイラーはん?
わての妹はええ女やろ?」
「あぁ、確かにそうかも」
「じゃあ妹と、アレクシアと結婚してくれるか?
そうすれば、ウィンガルド家も安泰や!」
「おいおい・・・まぁ、お前が王に成るんだったら考えてやってもいい」
「それこそ冗談キツいで、ホンマ!」
「「はっはっはっはっは!!」」と、二人は冗談めいて笑い合う。
こうして後の世に『モヒート平原の戦い』または『バンレキンの大敗北』と呼ばれる戦いは、敵総大将ユウグリード・バンレキンの捕縛によって幕を下ろす。
そして、これがトッター・ウィンガルドの王道の始まりであった事は・・・今は誰も知らない。
あぁ・・・ちょっとスッキリ。