オグリの娘 ~畜生ダービー~   作:ウヅキ

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 この話をもちまして≪オグリの娘≫は一旦完結とさせていただきます。それ以降は競走馬アパオシャをウマ娘化した話を後日投稿します。
 再ウマ娘化と言っても、この世界の競走馬アパオシャをウマ娘プリティーダービー≪アプリ版≫に実装したらという仮定で書くので、かつての性格や容姿と似ても似つかないキャラに仕上がっていると思われます。
 それでも構わない方は以後もご精読と応援をよろしくお願いしたします。



番外編 エピソード諸々

 

 

 wiki風話と内容はあまり変わらない、主観が入りまくり、ネタ混じりなのでノリが苦手な方は今すぐお引き取りください。

 

 

  アパオシャ(競走馬)

 

 

 

   ≪夢のつづき≫

 

 

          ヒーロー列伝No.〇〇

 

 

 アパオシャとは日本の元競走馬。

 日本競馬史上初めて牝馬でありながらクラシック三冠を得て、第三次競馬ブームの中核を成した『夢』のごとき馬である。

 名前の由来は、ペルシャ神話に登場する体毛を持たない黒い馬のような姿をした旱魃を引き起こす悪神(悪魔)アパオシャを引用。

 

 

 【誕生】

 

 2007年3月。北海道帯広の小さな牛牧場に、一頭の風変わりな見た目をした牝馬が誕生した。

 牧場主の孫娘は鬣と尾毛を持たず、墨で塗ったような肌色をしたウミノマチ07に『黒子』と名付けた。

 

 父オグリキャップ  母ウミノマチ(母父ミホシンザン)

 

 

 【血統の背景】

 

 父オグリキャップは日本では言わずと知れたG1四勝のスターホース。母は中央競馬未勝利ながらクラシック二冠、天皇賞・春勝利馬のミホシンザンを父に持つ。

 これだけ見れば優良血統と思われがちだが現実は違った。生まれた年は2007年。サンデーサイレンス系統が日本を覆い尽くし、重賞レースを見渡せばどこにでもサンデーサイレンスの孫が溢れるサンデー王国と化していた。

 そんな時代にサンデーサイレンスはおろか、ノーザンダンサーの血すら持たない本馬は生まれた牧場の家族すら走らないと思っていた。一応前述二頭の血を持たずとも21世紀にG1馬になったウオッカという女傑はいるが、彼女は例外中の例外である。

 ではなぜそのような血統を種付けしたのか。答えは種付け料が安かったから。非常に世知辛くも納得出来る理由である。そもそも生まれた美景牧場は生乳を業者に卸している牛牧場である。牧場主が競馬は儲かると知って、副業で小規模に営んでいたにすぎない。さらに主は地元のばんえい競馬に用いる輓馬である。牧場にはサラブレッドがウミノマチ一頭しかいなかった。殆ど趣味と惰性で馬産をやっていたようなものと関係者は言う。

 趣味の域を出ない馬産では、当時リーディングサイアーに選ばれるサンデーサイレンスやブライアンズタイムのような、高価な外国産の種は付けられない。そんなわけで産駒成績も悪く、2006年に種牡馬を引退するオグリキャップが選ばれた。なお種付けが最後という事もあり、種付け料は驚きの10万円。それでも2006年は牝馬が2頭しか集まらなかったのだから、血統上は全く期待されていなかった。

 母も未勝利馬で期待されていないどころか、一時期は肉として処分する寸前の馬だった。ウミノマチは繁殖牝馬になった後、初仔の牝馬を産み二頭目の種付けを終えた数ヶ月後に転んで骨折した。当時繋養していた牧場長は治療代を渋って胎の子ごと肉として処分する事を考えたが、知り合いの美景秋隆氏が殺すぐらいなら自分が引き取ると言って捨て値で引き取り治療を施した後、自らの牧場に連れてきた。処分しても惜しくない、捨て値で買える程度の馬だった事実から、生まれてくる産駒は全く期待されていなかった。

 実際、牧場家族も1勝出来れば御の字。オグリキャップのラストクロップのネームバリューで繁殖牝馬入り、最悪見世物用の馬として長生きしてくれれば良いぐらいに思われていた。

 

 

 【身体面の特徴】

 

 先天的無毛症と診断されたものの、至って健康。風邪一つひかない頑健性。通常のサラブレッドより脚が太く、見るからに頑丈でパワーのある馬に見られていた。反面、脚が短いから早い段階でスピードに難があると見抜かれていた。管理を任された中島厩舎の面々も、初期はどう運用すればレースに勝てるか頭を悩ませた。

 入厩したてで2歳馬どころか牡古馬以上のスタミナと心肺機能を有している。普通の馬なら坂路調教は3往復もすればバテる調教を、7往復しても息が乱れなかった。最終的に坂路往復が20往復に増えた。その後に疲労の激しいプール調教も平気で消化する。あと勝手に潜水訓練まで始めて、担当の中島遼太調教助手は溺れていると焦ったが、毎度毎度潜水しているからとっくに諦めた。登坂能力にも優れていたため、長距離で起伏の激しいコースこそ最も真価を発揮する。

 体格は牝馬の平均程度。馬体重は現役時455~465kg。公的には適性距離は2000~4000mと極端に幅広いと思われている。実際は3000~4000mが本来の適性距離。

 外見はガチムチ。筋肉モリモリマッチョマンの変態と呼ぶにふさわしい、筋肉の塊だった。どう見ても短距離馬の体つきをしているのに生粋のステイヤーなので、関係者はチグハグさに首を捻った。

 サンデーサイレンス系のような鋭い末脚を持たない一方、巡航速度がかなり早く、スパートをかけられる距離が非常識な長さのため、レースの距離が延びるほどタイムは早くなる。本来メジロマックイーンのような、スタミナを生かした逃げか先行が適した脚質と思われるが、基本は『捲り』で走る。ただし必要と思ったら逃げも出来る変幻自在の脚質が特徴。傾向としては距離が短いレースほど『逃げ』の割合が多い。コーナリング性能が高く、中山競馬場のようなコーナーが多くゴール前に勾配のきつい坂がある小回りの利くコースにはかなり強い。むしろヨーロッパによくある自然の地形をそのまま利用した、高低差数十メートルのタフなコースこそ本領だろう。反面、起伏に乏しく直線距離が長い東京競馬場は苦手ではないかと関係者は見ている。全く以て日本の環境に適さない馬である。

 レース間隔を一ヵ月空けられれば万全の状態で出走する、回復力の高さも知られている。そのため引退時には現役時代の酷使で何かしら障害を抱える競走馬の中でも、珍しく一切の異常が無かったと、美浦トレセンのカルテに記載されていた。

 

 

 【精神面の特徴】

 

 生まれた時から手のかからない利発さを持っていた。むしろ生まれて数ヶ月で牧場の閂を開けて放牧地から脱走する事もあったらしい。幼駒の時からラジオから流れるレース実況を好んでいたエピソードが知られている。本当に馬か?

 デビュー前から頭の良さは入厩した中島厩舎の面々に知られていて、何も言われなくてもゴール板の意味を理解していた。調教助手が距離を教えれば言われた距離だけを理解して走るなど、規格外の知性を有していたとされる。つまり人間の言葉を十全に理解していて、のちに発覚するが英語とフランス語も理解していた。どういうことか説明してほしい。

 海外遠征後に検疫のため隔離されていた時は厩務員が面白半分にテレビを用意して見せたら、スポーツ中継と料理番組がお気に入りだった。スポーツは野球のホームラン、テニスのラインスレスレの攻防、ラグビーのトライに興奮していたらしい。中に人が入っているの?

 こうした知能面はレースで遺憾無く発揮されて、掛かり(騎手の制御を離れた暴走)は一度も無い。それどころか騎手に命じられずとも、どの場面で仕掛ければ勝てるか理解して、実際にほぼ全てのレースを勝っている。時にマークが厳しいと思えば先頭に立って逃げ、時にわざとスローペースに誘導して相手の馬を焦らす等、あらゆるレースの勝ち方を知る馬と現役時には他陣営から恐れられた。

 性格は至って温厚。人や馬に悪さをする事は一度も無く、率先して同期や年下の馬の面倒を見る優しい馬だったと誰もが語る。アパオシャ自身は求めていないのに自然と馬が集まってくるので、やむを得ずリーダーをしていたと思われる。

 2011年の東日本大震災時、震源地に近かった美浦トレーニングセンターの馬達は、驚天動地にレースどころではなかった。しかも連日の昼夜を問わない余震で、馬達は心身ともに大いに疲弊した。そんな非常時にアパオシャは非常識な行動を取っていた。地震に怯えるトレセン内の馬達を直接見舞って激励、慰撫し続けていた。もう一度書こう。トレセン内の馬達を見舞ったのだ。同じ厩舎以外にも地震が起きて騒ぐ馬が居たら、昼夜を問わず馬房から脱走して励まし、勇気づけて怯える馬を面倒を見続けた。当時の美浦トレセンには約2000頭の競走馬が在籍していたと記録にある。それら全ての馬の面倒を見ていたのか定かではないが、少なくとも寝る暇を惜しんで駆け付けたのは事実らしい。怯える泣き叫ぶ仲間を放ってはおけなかったのだろう。この時期を境にアパオシャが美浦トレセンの馬達から絶大な信頼を勝ち取り、力や威圧ではない慈愛の心で2000頭の馬達のリーダーに君臨するようになった。

 慈愛は美浦トレセンの馬以外にも向けられている。2011年のイギリスG1のKG6&QESの最終直線、リワイルディングが窪みに脚を取られて転倒。アパオシャは左前脚開放骨折により、予後不良と診断された馬の最期を看取るような行動をした。こうした慈悲にイギリス国民は感銘を受けて海を隔てた多くのファンが生まれた。

 

 

 【レース展開】

 

 競走馬には脚質という馬ごとに走るペースがある。大抵その馬の性格と肉体的資質からレース展開を決める。基本は四つ、『逃げ』『先行』『差し』『追込』。狭義では『大逃げ』『捲り』などもある。通常の馬は、このどれか一つか二つ程度の走法で固定される。

 アパオシャの場合、基本的に向こう正面から3コーナー付近からペースを上げて、最終直線までに先頭に立ってそのまま押し切る『捲り』を用いる。基本と記したのはそれ以外の脚質も用いて、レースごとに全く異なる展開で走る自在性を有しているから。そうした馬は過去にも何頭も居て、騎手の指示に即座に応えられる素直な性格、どの位置からでも力を発揮できる優れた能力を持つ馬なら可能だった。

 問題はアパオシャが騎手の指示を受けずに、独自判断でレース毎に脚質を決定している点だろう。具体例を出すと皐月賞は『逃げ』、日本ダービーは『差し』、菊花賞は『追込』、凱旋門賞は『大逃げ』ラストラン有馬記念は『捲り』だった。

 過去にマヤノトップガンというG1を4勝した名馬がいた。彼は4度のG1レースを全て異なる脚質で勝利している。これは彼が極度の気分屋の気性難から、主戦騎手がゲート出走後の馬の気分に合わせて走り方を決めていたからだという。では、アパオシャも同様に気分屋だったかと言われるとNOだ。彼女は確かな理論に基づいてレースを走っていたと、主戦騎手の和多氏は語る。馬に直接聞いたわけではないので信ぴょう性に乏しいものの、誰よりも傍で見続けてきた騎手の言葉は外野の分析よりは信用に値するのかもしれない。

 主戦騎手以外にも何人かの騎手が似たようなコメントを残している。元騎手の福水優一調教師は「一見奔放に見えてアパオシャなりのセオリーがある」と述べている。他にもシンボリルドルフの鞍上を務めた元騎手の丘部由紀夫氏が「非常に頭のいい馬、自らの末脚の鈍さを理解しつつ勝つ方法を模索した形跡がある。それと一辺倒の走法では対策を取られるから、出来る限り相手を撹乱する思惑もあると思うよ」

 野球のピッチングに例えると何球目にどの変化球がどこに来るか分かっていれば、かなり打ちやすい。だから何十もの配球パターンを作って打者を惑わす。アパオシャは騎手ではなく自ら考えて同様の事をしていると、一部の騎手は主張しているのだ。

 アパオシャとは常人には信じ難い知性と発想力を有した馬なのだろう。

 

 

 【現役引退後】

 

 2013年に故郷の美景牧場に戻り、繁殖牝馬として第二の生涯をスタートする。初年度のフランケル産駒をはじめ、毎年受胎出産を繰り返して2024年に繁殖生活を終えるまで11頭を出産した。元々13冠馬として産駒は世界中から期待されていたが、オーナーの南丸氏は2022年産のキタサンブラック産駒以外を放出せずに手元で走らせた。一説には世界中のホースマンから脅迫紛いの交渉もあったと囁かれたが全て突っぱねつつ、牡馬は引退後に全て放出すると明言してあったためトラブルには発展しなかった。

 毎年の交尾はオルフェーヴルを除いて毎回死んだような目で済ませていたものの、産んだ産駒は等しく育児に務めた。ただしどの産駒とも普通の母子の関係よりは、暇さえあれば共に放牧地を併走する師弟のような距離感だったと、美景牧場の人達は目撃している。それでも子への愛情はそれなりにあったと思われる。乳離れが終わり、育児の無い期間は現役時代を彷彿とさせる自主トレを日課として、妊娠中の繁殖牝馬とは思えない馬体を維持し続けていた。繁殖相手のテイエムオペラオーやトーセンジョーダンの名を聞くとすぐに反応がある事から、オルフェーヴルの例もあり、相手の名前を記憶して認識していた可能性もあるが真相は不明である。

 2024年に最後の産駒を送り出した後は、繁殖牝馬を引退して同牧場で功労馬として過ごす。とはいえアパオシャの仕事は無くならない。戻ってきた妹のヴィンティン、娘のジエンプレス等の仔のリードホースを務めてよく鍛えた。そのおかげか美景牧場出身の馬は勝ち上がる馬が多く、質が良いと馬主の中でも評価が高かった。

 さらに数年後にウミノマチが亡くなると、アパオシャが牧場の血族の牝馬達のボスを引き継ぎ、これをよく統率した。肉体的に衰えた25歳頃にリードホースと群れのボスも引退して、以降は穏やかに過ごしつつ、死亡する一月前まで走る事はやめなかった。享年30歳。墓は牧場外の一画に設えた。

 死亡後は葬儀以外にお別れ会も行われて、競馬関係者だけでなくイギリス王室からも弔問客が訪れる異例の事態に。日本の外務省が大慌てで対応したのが察せられる。

 交配相手に日本の主流血統のサンデーサイレンス系が少ないのは、なるべくサンデーサイレンスの血が入っていない牡馬が増える事を望んだ、種付けアドバイザーの社大グループの思惑が関与していると言われている。

 

 

 【エピソード】

 

 父オグリキャップに似て味噌が好物。醤油も好きで初めて舐めた時は涙を流すほど感激した。それ以降、醤油味の野菜炒め、肉抜き回鍋肉や青椒肉絲、きりたんぽ鍋、梅おにぎりとみそ汁のセット、雛あられ、饅頭、柏餅などを好んで食べた。人間よりグルメである。イギリスの野菜は不味いと分かって、調理しないと食べなかった。

 

 毎年トレセン内に桜や桃の花が咲くと立ち止まってじっと眺めていた。明らかに花を愛でる感性があった。

 

 閂程度の簡易な鍵なら余裕で解錠する。2011年の震災後にたびたび余震があった時は内側から馬房の扉の鍵を開けて脱走していた。一応他の馬にも鍵を自力で開けて脱走した事例はあるらしいが、よっぽど知能が高く鍵の概念を理解していないと不可能だろう。当然だが馬の脱走はトレセンにとっても大問題である。下手をしたら重大事故が起きるし、人にも害が及ぶ危険性がある。しかし当時のJRAからは中島厩舎の処分の話が出てこない。この話を公式に認めたのはアパオシャの競走馬引退後だった。当時から中島厩舎に勤めていた松井厩務員のインタビューから抜粋すると、アパオシャが居ると地震に怯える馬が落ち着いて非常に助かったため、他の厩舎の職員は問題にするのを厭ったとある。美浦トレセン全ての厩舎が馬のための行為からアパオシャを見逃す姿勢を見せたため、事態を把握していたトレセン勤務のJRA職員も黙認せざるを得なかった。

 

 海外遠征中に自分から英国女王を背に乗せてコースを一周してきた。クラシック三冠達成後に訪ねてきたシンザンの元厩務員の長尾氏も背に乗せて軽い乗馬もした。と思えば技量の低い調教助手は容赦なく振り落とすので、相手の役職等を選んでやっているように思われる。

 

 トラックや飛行機に長時間乗っても体調を崩さない。食事量の変化も無く、若干暇そうにしているだけで日常と変化が無い。

 

 経験の浅い馬への指導役として厩舎で頼りにされていた。海外遠征に帯同した馬も一緒に調教すると走りが良くなると知られて、オルフェーヴルの馬主からぜひ帯同してほしいと乞われた。

 

 同じ厩舎や美浦トレセンの馬には仲間意識を持っていたが、それ以外の馬には基本的にドライだった。むしろ同期の牡馬から交尾を迫られたから嫌っている節もある。

 

 人間にも仲間意識はあったようだが、どちらかというと対等な仕事仲間への振る舞いに近く、明確な上下関係は無かったと思われる。基本的に競走馬は世話をしてくれる厩務員に懐く傾向があるが、アパオシャは担当の松井厩務員にはほどほどの距離感を保っていた。むしろ鞭で叩くから馬から嫌われやすい騎手の和多氏に強い信頼を寄せていた。

 

 凱旋門賞勝利後の夜に鞍上の和多氏が酔っ払って厩舎に来て、そのまま寝てしまった時は馬房の扉を開けて和多氏を馬房内に引きずり込んで、寝藁を被せて風邪をひかないように気を遣った映像が残っている。後日、和多氏は周囲から愛馬と添い寝した騎手、牝馬が浮気相手と揶揄されて有名になった。

 

 記憶力が良く、幼少期に過ごした美景牧場の人々の顔をしっかり覚えていた。

 

 現役時にイベントでふれあいホースを担当した時は子供がベタベタ触れても黙って好きにさせていた。

 

 日本語だけでなく英語とフランス語が分かる。

 

 育成牧場時代にゲート試験を練習もせず、一発合格して指導員を滅茶苦茶驚かせた。どうやら先に練習していた馬の姿を見て覚えたらしい。

 

 父オグリキャップが死んでお別れ会に出席。口に花を咥えて献花台に置く。その後、初めて見る父の遺影に涙を流した。遺影に写る馬を自分の父親と認識して、その馬の死を理解していた。

 

 皐月賞の後にポスター制作のためにカメラマンの要望で「人を写さず馬単体が歩く写真を撮りたい」と言われて、後ろ脚だけで立って数十mを歩いた。中島調教助手が歩けと言ったが誰も二本脚で歩けとは言っていないと、曾祖父のシンザンを彷彿とさせる話があった。さすがに人を乗せて立ち上がった曾祖父と違い空馬だったが。

 

 引退話を切り出された時は怒り狂って、練習コースを数時間逃げ続けた。途中、止めようと前に立った数名の頭を飛び越えた。助走付きの空馬だったがおそらく2mほど宙を跳んだと思われる。

 

 レースへの情熱はどの馬より強い。同時に周囲から勝つ事を求められていることを知っており、和多騎手から「アパオシャはストイックでプロフェッショナル」と称賛されるほどプロ精神を持っている。だからこそ前述のようにレースを取り上げられた事に強い怒りを示した。

 

 ファンからは『誰が乗っても勝てる強い馬』と思われがちでも、ごく一部を除いて騎手からは人気が無かった。理由は馬自身が自らレースを作るから仕事をさせてもらえない、自己判断で唐突に加減速するからとても危険、技量が未熟だと乗るのを認めてくれない等、癖馬の類と思われていた。

 

 同時代にいた馬のファンや陣営から≪死神≫扱いを受けていた。同期のアパパネ、1歳下のオルフェーヴル、2歳下のジェンティルドンナがそれぞれ三冠馬になったのに、JRA年度代表馬に選出されなかった事への恨みから妬まれ憎まれた。絶対王者として恨まれるのは強者の名誉とも言える。

 

 馬主の南丸氏の所有するゲーム会社≪世界一ソフト≫のゲームソフトに≪オシャちゃん≫というデフォルメキャラとして出演している。のちに看板キャラクターの一人になった。

 

 アパオシャの名は馬主のゲーム会社の社員公募から選考して決まった。同オーナーが所有する半妹のヴィンティンも社内公募から登録名を決めた。

 

 2010年にJRAが発表した競馬プロモーション映像『JAPAN GLOBAL TROPHY』に登場する架空馬『ブラックセクシャル』のモデルはアパオシャではないかとファンから指摘があったものの、JRAは明言を避けて現在も沈黙を保っている。

 

 競走馬引退後は毎回死んだような目をして種付けされている。しかしオルフェーヴルの時だけは気まずいような顔をして交尾していたので、オルフェーヴルにだけは何かしら特別な感情を持っていたのではないかと言われている。

 

 アパオシャ引退後の美浦トレセンは絶対的なボスが生まれず、幾つかの派閥が出来た。有力なボスは2009年産のフェノーメノだったが、威圧的だったので馬同士の衝突が多かった。

 

 主戦騎手を務めた和多流次元騎手が騎手引退後に執筆、出版した『王達の景色』はテイエムオペラオーとアパオシャの二頭を主軸に、当時の競馬全体をテーマにした書籍。二頭の妹にあたるヴィンティンも10ページ程度触れられている。一部内容の、二頭のお手馬への強烈な想念には読者が言葉を失うほどだったが、内容自体は概ね真面目で文体もしっかりしており、読み物としての面白さも満足がいく。

 

 

 

 【異名の由来】

 

 世界最高峰の13冠馬という事で様々な異名がある。その名の由来を一部解説しておく。

 

 

 ≪オグリキャップの娘≫

 アパオシャの最初のあだ名。お分かりいただけるように、≪スターホース≫オグリキャップの娘として競馬誌などで紹介されていた。

 

 ≪魔性の牝馬≫

 日本ダービー前後に、数々の同期の牡馬を発情させたエピソードから。ダービー以降も特にヴィクトワールピサとエイシンフラッシュは、アパオシャを見るたびに発情していた。ドリームジャーニーも有馬記念で交尾を迫ろうとしていた情報がある。

 

 ≪神馬の再来≫

 無敗のまま牝馬によるクラシック三冠を達成した時に付けられた異名。母方の曾祖父シンザンの≪神馬≫という異名から、その再来と称された。

 

 ≪アパオシャ先生≫

 4歳の時に海外遠征をした鞍上の和多騎手のインタビューから。人馬共に初の海外遠征だったにも拘らず、まるで最初からコース特性を知っているかのように、我が物顔でアスコット競馬場を走るアパオシャに乗った和多騎手が教師のように感じたという。実際、日本のどの競馬場、フランスロンシャンでも最初から分かっているように走っているので、専門家も長年理由と答えが出せていない。

 

 ≪偉大なる女王陛下の友たる黒き女王≫

 英国遠征中に英国女王がアパオシャの背に乗って乗馬を楽しんだ後、アパオシャを友と呼んだ事から地元メディアが煽るように紙面に載せた。短くして単に≪黒き女王≫と呼ぶ事も多い。

 

 ≪太陽の女帝≫

 名の由来の旱魃の神から太陽、日本馬で初めて凱旋門賞を勝利したので女帝。この二つを組み合わせて≪太陽の女帝≫と呼ばれるようになった。≪神≫は欧米で取り扱いの難しい単語のため、主にアパオシャを示す異名として定着し続けた。

 

 ≪太陽の神馬≫

 こちらも上述の異名とほぼ同時期に使われているが、主に日本の書籍に出てくることが多い。もしくは東日本大震災後の東北や、アパオシャを祀る馬関係の神社がよく用いる尊称。

 

 ≪日本のゼニヤッタ≫

 アメリカでアパオシャを紹介する時によく使われる異名。2004年アメリカ産の牝馬。生涯成績20戦19勝2着1回G113勝。芝ダートと連勝記録の違いはあるがアパオシャと成績が全く同じだったため、アメリカ人からはこのように言われている。ちなみにこのゼニヤッタは540kgの巨体であり、アパオシャとは約80kgの差がある。

 

 ≪坂道の申し子≫

 主に競馬新聞や雑誌のレース解説で使われた異名。起伏の激しい坂道のある競馬場で無類の強さを発揮したため。特にイギリスの高低差20mが1600m続くアスコット競馬場、スタートから高低差40mの坂を駆け上がるエプソム競馬場、日本でも坂が名物の中山競馬場で6勝、京都競馬場で4勝を挙げていることから名付けられた。

 

 

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