トッピング【ボーボボ】   作:立ち飲みペンギン

1 / 2
前編

 カツ。コツ。

 人気のない空間に硬質な靴音が反響する。

 早朝、東京公安の廊下を進む美女がいた。

 男性用スーツを隙無く着こなし、少年の死体に肩を貸している。

 誰よりも目立つチェリーピンクの髪と恵まれたスタイルが奇妙に調和し、無機質な空間へ一層の静寂を生み出していた。

 女はマキマという名を持つ。

 人ならざる生き物、悪魔の一種で、内閣総理大臣と契約している人間社会の権力層でもある。

 現在デンジ少年の死体から意中の相手を復活させるべく進んでいた。

「セラフィム、ビーム、ガルガリ、ドミニオン、ヴァーチェ、パワー、プリンシ、エンジェル」

 頭のない者、両手がない者、胴体が消失している者。服従の姿勢を取る者。

 一人ずつ読み上げるように天使の名を冠する悪魔の死体が並ぶ中を行く。

 中には死体の少年と親しい悪魔もいた。

 けど、もう誰も動かない。

「皆あなたのために命を懸けて戦い抜きました」

 

「私も彼らも、あなたの復活を心待ちにしていました」

 突き当りの扉を開け、玉座に彼を据え付けようとした彼女に待ったを掛ける者がいた。

「おふざけはそこまでにしてもらおうか」

「私は至って真剣ですよ」

 背後からの聞き覚えある声。

 マキマは足を止めて、険のある声を出した。来る時が来たのだ。彼は彼女が人間の味方から外れたら、マジバトルすると示唆していたのだから。

 先手は彼の側。

 マキマの側面にある壁が轟音とともに吹き飛んだ。咄嗟に顔面を腕で庇った彼女は、視界の端に自身の背後にいるスーツ姿の公安職員を認めた。

 五十代に至り今だ現役。殉職か転職が経歴の最後に並ぶ公安デビルハンターで最強を自負する実力者。

「岸部さん。やはりあなたですか」

 身を低くして衝撃から身を守っていた男はゆっくりと体を起こした。だるそうに長身を伸ばす。それだけで、鍛え上げられた筋肉の壁がそそり立った。

「全く、俺はただの人間だと言っていたんだがな」

「あなた毎撃つとは、随分信頼されていますね」

 言外に指揮官に位置する己すら駒扱いする危険性と覚悟を指摘する。油断ならない相手だった。

「まあ、契約した悪魔が悪魔だったからな」

「その悪魔は私に敵う代物だとでも?」

「さあ? お前対策がにっちもさっちもいかなくてな。やけくそになって繁華街で飲んでたら意気投合して契約していた悪魔だし」

 最強の悪魔狩りにして、酒浸り。頭のネジがちぎれ飛んだ男は、彼女の警戒を知ってか知らずか飄々とした態度でうそぶく。

「おふざけで契約する悪魔なんて聞きませんよ?」

 呆れの口調はポーズに過ぎない。ホラでも事実でも彼が言う内容は無視しがたい。岸辺は女好きが高じて世界殴り合い選手権優勝候補の女傑に十年近く言い寄った鋼のメンタル持ちだ。殺るなら殺る。マキマは今、猛禽に狙われた生き物と同等の立ち位置にいた。

「俺も夢だったんじゃないかと思っている。だが、見ろ」

 岸辺は顎をしゃくった。

「あれは?」

 吹き曝しになった窓から向かいの建物が見える。屋上には人影が十ほど。思い思いにポージングしている。公安こそ正義の味方と使命に満ちた佇まいが遠目にも知れた。まさに勇敢なる者たち。

 だが、指揮を取る岸辺は浮かない顔を崩さない。

「お前本当に躊躇も容赦もないからな。皆命が惜しいから、対策部隊揃えるのにえらい時間がかかった。おかげで集まったのはあんなのばっかりだ」

 あんなのと評された連中が動き出す。無駄に洗練された素早い動きで、位置取りを決めると一番手が滑り出る。

 青い姿がポーズを取った。実は蛍光塗料のボディペイント。

「青けりゃ何でもいいって思うなよ! 癒しのブルー!」

 ビシッと、決めた男の影から、二番手が側転してくる。流れに逆らわず横回転に切り替えると、勢いに乗せ、両手のバケツから緑色の粘液をばらまく。

「子供の時遊んで処分に困るスライム色! 粘着のグリーン!」

 回転を止めた彼と背後に入れ替わるように登場した、変身ヒーローでも何でもないコック姿のおっさんが、中華皿に麻婆豆腐を盛り付ける。

「お尻から出すときツラい! 唐辛子のレッド!」

 そして、マイク持ちのスーツが革靴の踵を鳴らして前列に出て宣言する!

「以下略!」

 テンポ優先! 長い登場シーンなぞ不要!

「真面目に紹介しろ!」

 こいつ切り捨てやがった。憤懣やるかたない所業に、ここぞとばかり気合を入れていた後ろの出待ちヒーローたちがエネルギーの行き場を求め、マイク野郎を滅多打ちにし出した。

「ぎゃあああああああ」

 

「ほらな」

 岸辺隊長は見てられないとため息を付く。集まった面子の内実は彼女に臆さないことのみで統一されている。人格などは二の次だった。

 マキマは問うた。

「あれ、私のせいですか」

「そうだといいと思っている」

 最強のデビルハンターは目も合わせない。責任逃れだった。

 屋上ではマイク野郎が黄金ソバットで反撃し、誰かが肩をぶつけ、拳で返答。乱闘騒ぎに発展し、醜い争いが始まっていた。

「放っておいても自滅しますね」

「ああ」

「……認めるんですか?」

 常に悲劇へのカウンターを準備してきた彼らしくない。意外な返答に一抹の疑念を抱く。

 だが、相手は既に彼女に対する王手を描いていた。故の達観。仕込みは済んだ。後は始末するのみ。

「負けじゃない。勝ちを、だ」

 意味深な一言を残し、足元が崩れた岸辺は落下していく。

「……あっけない」

 蟻地獄に飲まれた虫けらの末路を見送ったかの如き、興味なさげな一言がぽつりと残った。

 

 そうこうしているうちに部隊の連中が脱いだジャケットを振り回して奇天烈に踊り出す。

「チュパカブラチュポアカブラララ~」

「カブカブカブ。抜けたー!」

 訳の分からない文言とともにコンクリの屋上からエンジン付きの噴霧器が出現する。農作業で消毒液を一帯に散布するタイプだ。

 対策部隊がスターターを勢いよく引く。途端起こる大爆発! 天まで焦がす爆炎の中からアフロの大男とトゲトゲが痛そうなオレンジ色のイガグリが飛び出してきた!!

 

「おあっちゃあああああああ」

「燃える燃える! 俺いい男になっちゃう!」

「おら、その火よこせ!」

「ああん私のこんがりボディがあ」

 二人(?)はテンションと比例して燃えていた。スタントマンがやる演技ではなく実際に燃えているリアクションだった。常人なら、炎に寸断され、呼吸不全になるのにもがく勢いは衰えない。それどころか戦隊? 連中に混じって立ち上がると何やら口上を述べた。

「全治一秒!」

「けが一生!」

「「ハジケは永遠!!」」

 いつの間にか全身に回っていた炎が消え、五体満足になっている。

 今は訳の分からないことを言い、召喚した連中にポージングを教えてもらっていた。

 

 マキマは蜘蛛の悪魔の転移能力に似た唐突な登場に意識を締め直す。

「あれは一体」

「ハジケリストだ」

「誰ですか」

 疑問に答えたのは、でっかい鼻毛だった。バナナボートのボート部分をオレンジの鼻毛にした代物におっさんの手足と顔、それにサングラスをつけたうさん臭い輩だった。

「俺はキング鼻毛。人は俺を……「ぱん」……ぶぼっ」

 マキマはとりあえず力場を打ち込んで粉微塵にした。

 鼻毛野郎の粉末が舞い散る中、ふと指先に目線を留める。

「私の思考はこんなに短絡だったかな?」

 自己に自信が持ちづらい。奇妙な自覚があった。

 独り言に酒焼け声の渋い解答があった。

「ハジケリストの悪魔の能力だ。全てがバカになる」

「そんな悪魔は消えたほうがいいと思いますが」

 端的に切って捨てる。マキマはつまらない映画の存在を許容しない。おバカも同列の扱いだった。

「いるから我慢しろ。それにしても、キング鼻毛を引き当てるとはいい運をしている」

 そこまで会話してようやくおかしいと思ったマキマは声の主に尋ねた。

「岸部さん。死んだのでは」

「五体満足だよ。ちょっとはさまっているけどな」

「ちょっと?」

 岸辺はマキマの足元、壁だったコンクリの砕けた山の中から頭だけ出していた。

「なんというかたくましい雑草の気分」

 恍惚としているのが分かる真顔で言う。偶然差し込んだ日光が五十代の肌に陰影を作る。光合成を楽しむかのように「ふう」と一息ついた。

「感想聞いていません」

 マキマは思わず突っ込んだ。

「それよりほら、キング鼻毛を早々に殺るから、来たぞ」

「おらあああああ」

「キング鼻毛を葬りやがってアターック」

 火葬用の棺桶を担いだアフロとイガグリが廊下の先から走ってきた。

「一年使用」

 マキマは動じることなく、虚空に出現させた天使の輪っかからエストックを発射し、棺桶を貫かせる。

「うおっ」

 爆散する棺桶。中に詰まっていたキング鼻毛も中空へ飛び出す。

「むにゃむにゃ。あと五分」

 銃撃痕などどこにもない。実に健やかなキング鼻毛が寝言を言いつつ、パジャマ姿で壁の穴へダイブした。

「キング鼻毛エエー!?」

 イガグリが両手を口元に当て大声で呼ばわる。

 中空でぱちんと鼻提灯が割れた鼻毛野郎からのんきな返答があった。

「お土産は芋羊羹で頼む」

「任せろ!」

 アフロの大男がグッドサイン。親指が光る。

 落ち行く鼻毛とアフロたちは死ぬってなーにと言わんばかりの能天気なやり取りをしていた。

 

「いったい彼らは何なんですか」

 マキマは少々混乱してきた。

 故人の葬送をダシに突撃してきたと思えば当人? はすやすや熟睡するくらいに元気だし、お土産ってなんなの。

 本当に意味がつながらない連中だった。

「ハジケリストだ」

「それはさっき聞きました。知りたいのは内容です」

「俺たちが答えてやろう」

 岸辺の背後に先程のアフロとイガグリが陣取った。腰に手を当ててキザにポージングする。

「俺はボーボボ。ハジケリストの悪魔!」

「俺は首領パッチ。同じくハジケリストの悪魔!」

「そして!」

「ハジケリストとは!」

「アホとかバカのことだ」

「おいひげ!」

「だってホントのことなんだもん」

「もん、ってつけるなもん、って」

「おっさんが可愛い子ぶってもきめえんだよ」

 良い所でセリフを掬われた悪魔どもは激昂した。なぜか九十年代ヤンキー風の学ランを一瞬で着こんだアフロとイガグリが岸辺を足蹴にし出す。

 世の中には気まぐれな石の悪魔や契約者を殺害するゾンビの悪魔がいる。悪魔との契約は命がけだ。

「うおっ?」

 だが、いつの間にか靴底が踏みつけていたのは穴っぽこになっていた。

 岸辺は別の隙間から顔を出すと首を回した。

「ぬるい」

 最強のデビルハンターたる威厳を低みから見せつける。

「モグラかこいつ!?」

「百点はやれんぞ」

「上等だ! やってやんぜー」

 がれきの隙間を出たり入ったりする岸辺と、脳天をクラッシュしてやるぜと木槌を振り回す二人が、どんがらがっしゃんと暴れまわる。ただでさえ廃墟一歩手前の公安内部がどんどん荒らされていく。

「これ、私がいる意味あるんですか?」

 置いてけぼりになったマキマはつい言ってしまった。

 ギャグの権化共に正論を。

「甘ったれんなー!!」

「マギッ!?」

 そして順当にボーボボから平手打ちを喰らい、女にあるまじき擬音を口から放出しながらきりもみで吹き飛んだ。

 

 マキマは尻もちをついていた。感情が表層に現れにくい彼女には珍しく、唖然とした表情がありありと表れている。

「……見えなかった」

 人類最強でも斬られたことに気付かせない速度域の彼女でも知覚すらできなかった。現世にいる悪魔最強格たる銃の悪魔ですら秒殺できるだけの観測能力があるというのに、黄色のアフロは警戒を掻い潜ってきたのだ。

「お嬢さん。ハンカチをどうぞ」

「蛇。尻尾」

「へぶぅ」

 高速回転する脳内を纏めきれない彼女に、人型のプルプルした物がハンカチを差し出してくる。全身青色で気持ち悪い姿をしていた。岸辺たちはまだ戯れている。手持ち無沙汰なので、召喚した蛇の悪魔の尻尾で引っ叩いておいた。

「これ、イチゴシロップ?」

 戦利品のハンカチで汚れを拭くとますます疑問が湧き出てくる。口から出ているのは血ではない。ちょっとさらさらしたかき氷にかける甘味料だった。

 

「力がない代わりに、相手の調子を狂わせる悪魔ですね。さながら踊りに巻き込み、全てをうやむやにするような」

「全然違う」

「いい加減出てください」

 追いかけっこは飽きたのか、一所を終の棲家と定めた頭だけ岸辺がやはり表情が死んだままに否定する。

 彼の後ろでそーらんそーらんそいやーさっさーとあふろとイガグリが法被着て踊り狂っている。祭りの山車から人型のところてんがにゅるっと這い出す。気持ち悪い挙動だった。

「あいつらが本気出したらお前もうまともじゃいられないぞ」

「今でも随分変な状態だと思うのですが」

 血がシロップとすり替わっていた支配の悪魔は胡乱気だ。

 学芸会か高校の出し物めいたバカらしさが漂いつつある。

 悪魔は恐怖で駆動し、殺戮で充足する。そいつらを上回る狂気でもって根切りを目論む公安にふさわしくない空気なのは確かだった。

 だが、岸辺はやはり適度に肩の力が抜けた態度を崩そうとしない。

「降参しておいた方がいいとおじさん思うけどな」

「手加減で何とかなると思われているのは心外ですね」

 割り箸を鼻に差してドジョウ掬いやっている連中をくだらないとため息でもつきそうにしながら扱き下ろす。相手の力量を計り、見下す行為をトリガーに全てを掌握する彼女にバカは致命的だ。

 だが、顔面傷だらけの強面おじさんは、マキマが予想すらしない方角から攻めてきた。

「あいつらが本気を出していないのは簡単だ。お前がチェンソーマンのヒロインだからだ」

「えっ。私がチェンソーマンのヒロイン?」

「ああ。ヒロイン集合水着絵にお前いたし、間違いはない」

「ホントですね」

 岸辺が出してきた少年ジャンプで麦わら帽子を被った自身の絵を発見したマキマは薄笑いの中に喜色を滲ませた。

 ハジケリストにとって、他の漫画作品からキャラを引っ張るくらいは持ち技の一つに過ぎない。ボーボボのハレクラニ戦では遊戯が高橋先生画で出演していたし、メタ情報付きジャンプくらい読めて至極当然だった。

「ヒロインをぼこぼこにするのは読者がうるさいからな」

「読者なんているんですか」

「お前ホントそういうところだぞ」

 何でもかんでもシリアスすれば、面白くなると考えるなよ。岸辺にけなされ、マキマは正気に返った。

「先程までの私は随分と間抜けだった気がします」

「俺は昨日からずっとだ」

「どうしようもありませんね」

「契約の影響だろう」

 人格にまで影響を及ぼすあたり、契約者をゾンビにしてしまうゾンビの悪魔とどっこいの危険度だった。

 だが、これから討伐するなら契約云々は考えなくてもよい。

 一方的な処理になるだろう。岸辺たちにはヒロインたる彼女を積極的に害する余地がないのだから。

「言質は取れました。ハジケリストの悪魔は私に危害を加えられない」

「ところがどーん」

「ヒロインをなめんじゃないわよ!」

「ミ゛ッ゛」

 無罪を勝ち取った被告のように得意げな態度も一瞬のこと。

 食パンを加えたセーラー服アフロとオレンジウニにひき逃げされる。

 両者ともチークと口紅まで決めた勝負スタイルだった。ヒロイン指数は当然マイナス。

 そんな物体Xに衝突されたマキマは、ミイラが遠心分離器にかけられたようなみっともない空中散歩をした。

「ハイロール」

「あああああああああ」

「餡も仕込もうねー!」

「アッツ熱い!」

 落着地点で餃子店を開業した首領パッチが、人間サイズの皮に彼女を包むと、すかさず天の助が餡を上から垂らす。マキマは奇祭に巻き込まれたTVリポーターさながら良いリアクションでバタついた。

 もがく彼女を俵担ぎしたウニ野郎は、中華テーブルに品を叩きつける形で提供する。

「ハイ試食アーレ!」

「こんなん喰えるか!」

 ナイフとフォーク両手にワクワクしていたボーボボは巨大な卓をぶったたく。

「デンジ君なら食べるのに!」

 チャイナ首領パッチはスリットが良く見える角度を狙いながらのの字を書いた。

「愛が! 足りないんだよ!」

 怒りのアフロはエセ中華娘目掛けマキマギョーザをぶちまける。

「あうあっ」

 ひらりと躱された特大餃子は衝撃で皮が破れ、中身が転がっていく。一連の流れが終結し、ようやっと解放された彼女はほかほかと湯気を上げていた。

 

 廊下の隅っこにニンニク塗れで転がるマキマは、向かいの屋上で焚火する戦隊連中が焼き芋を焼いているのを見た。

「もうじき焼けるべ」

「悪魔と戦わず金だけもらえるって最高」

「誰かバターない?」

「マヨネーズこそ王道!」

「生姜焼き、生姜焼き」

 五百キロ先まで視認可能な彼女にはコスプレ連中の会話を唇から鮮明に読み取れる。

 物凄く平和ボケしていた。焼き芋パーティだけではない。鼻提灯が風船サイズまで膨らんでいる輩までいる。シエスタだった。

 瞬きをしたら、まつげからネギの欠片がぽろりと落ちた。

 今マキマはなんだか凄まじく不愉快な気分だった。思わず鬼札の一つを切るくらいには理性が焼けていた。

「公安退魔特異五課出動」

 悪魔を心臓にした不死身の部隊。武器モチーフの能力を手繰る殺戮の手練れ達。全員がマキマに好意からの忠誠を誓う、おそらく地球上でも屈指の悪魔狩り集団。

 のんきに芋がどうたら言っている連中には過剰戦力だが、不愉快な光景を消せるならお釣りが来る。ざっくざくのちゃりんちゃりんである。

 しかしいくら待っても来やしない。念のため近くに待機させていたはずなのに、感じる位置は随分と離れていた。

 

 動物の視界をジャックして探す。

 

「並んで並んでー」

「最後尾はこちらー」

「商店街恒例、豪華ガラガラくじだよー」

 がらがらがら。

 ガラガラくじだった。行儀よく変身した異形たちが半券を渡して回している。全員彼女が招集を掛けた特異五課の人員だ。

 なぜか遠くの商店街へ移動した三馬鹿が仕切っている。

「え?」

 自分の命令は? 私支配の悪魔なんだけど。

 マキマは能力が手元を離れた有り得ない感覚に戸惑う。

 そんなでも現実は進む。

 コロンとオレンジの玉が排出された。

「ハイ一等。旅行券!」

「やったー」

 頭が投擲爆弾の形状をした少女が飛び跳ねて喜ぶ。

「うんうん。じゃあ、逝こうか!」

「ハイ?」

 彼女は気付けば巨大なロケットに括りつけられていた。

「一等は宇宙旅行! 名付けて『ドキドキ! 宇宙は呼吸できないってホント? チェンソーマンの代わりに確かめてこよう!』片道切符だよ!」

「それ処刑と何が違うの!」

 爆弾ガールは鋭い口の歯を剥き出す。逃れようとするも謎縄は悪魔の膂力でもちぎれない。ギチギチと軋むだけだった。

 進行役のトゲトゲはとても申し訳なさそうだったが、唐突に目と口を真四角に開く。ピー、ガタガタと一昔前のファックス音が喉の奥から出てきた。

「ごめんねこれデンマキなんだ。作者は三角関係とか修羅場書くの無理って早々に諦めたんだ。それ以前に君とギョーザさん碌に会話していないから資料ない! って発狂してこの展開を繰り出したんだ。

 ここまで語っておいて、言い訳じゃないけどデンレゼも嫌いじゃないんだ。ホントなんだ。今日はデンマキの気分だっただけなんだ。以上、どこかから電波を受信した首領パッチでした」

 表情と正反対に滑舌は最高だった。唇に油でも塗ったみたいな早口だった。意味を理解するのに困るくらい高速だった。

そして、最後に小爆発を起こし白煙を吹き上げた。

「どういうこと!?」

 元工作員の彼女ですら怒涛の展開についていけない。

「ファイヤ!」

 ぷるぷるがマッチを擦り、導火線に勢いよく炎を走らせる。

 少女は焦った。

「いやちょっと待って! ねえ、なんで、私これからデンジ君と二道でランデブーするのに!」

 約束の日から時間が止まった少女は儚い恋を成就させようともがく。だが、残念。ここにいるのは悲劇を喜劇に塗り替えるハジケリストどもだ。

「だからマキデンなんだ。デンレゼはここまで」

 再起動したオレンジが舌を回しに回す。壊れかけの家電製品のように挙動があやしいくせに、口調だけしっかりしているのが憎らしかった。

「ホント何それ!?」

「あ、二道店長から伝言で、新しいバイト雇ったから、風に吹かれてきな、だって」

「いいこと言うねー」

 導火線が尽き、火薬が真っ赤な燃焼反応を始める。

「私貿易風とか偏西風に吹かれそうなんだけど! いやあああああああ!」

「さすが爆弾の悪魔。いい爆発具合ですねー」

「突っ込みもいい炸裂ぶりだったなー」

 上空へ小さく消えていく姿に敬意を込めてところてんとイガグリは見事な敬礼をした。

 

「えええ」

 マキマは視界ジャックを止めた。視界の端では見事な噴射炎で空を駆けていく飛翔体が一つ。彼女だった。いや、後追いで五課の人数分撃ち上がった。あのくじは当たりしかなかったらしい。

「なあ、俺もくじいってくるわ」

「どうぞお好きに」

 花火にでもなんでもなってくればいい。マキマはちょっと投げやりになって来ていた。

「飴ちゃん貰った。はずれだって」

「はずれあったんですか」

 岸辺は姿がぶれたと見えた次の瞬間には口いっぱいに子供用棒飴を咥えていた。

 マキマは悪魔の力を用いるでもない瞬間移動も、またモグラをやり出した岸辺にも指摘はしない。

 くじのほうしか驚かなかった。慣れてきている証左だった。本人的には適応してきている事実が何より嫌だった。

 

 マキマは敵手達のペースがどうにもつかめていない。しかし、まだ余裕があった。

 彼の復活があるからだ。

 迂遠な計画を以て今日に漕ぎ着けた労力が期待値を跳ね上げ、まともな思考を保証していた。

「よう、さんざん振り回してくれたな」

「パンティ三枚じゃ足りねえぞこら」

「ぬのはんかちキャンペーン中! あなたも一口どうですか!」

 ヤンキー歩きで迫るアフロ、なぜかマキマのパンティを頭に被り、棘にも二つひっかける卑猥なイガグリ、そして丸眼鏡とお弁当売りスタイルで、箱いっぱいの変なハンカチを売り込むところてん。

 三体の悪魔が怖いもの知らずなのか再び挑んでくる。

 支配の悪魔は懸念事項から片づけることにした。

「とりあえず下着返して下さい」

「もう出荷したからダメ」

 札束を数える首領パッチの後ろで運送スタッフが段ボール箱を運んでいく。階下でトラックに積み込まれた。このご時世なんでも売れるのだ。いいか悪いかはともかく。

「助けてチェンソーマン……ッ!」

 もはやこいつら対応不能。

 決を下したマキマは、いまだかつて下着を取り戻すのに地獄のヒーローを呼んだものはいないだろうなと、どこか遠くへ思考を飛ばしながら英雄を呼ぶ。

 やはり例によって、トラックが豆粒みたいになっても英雄はこない。

 宿主の少年の死体はある。胸元に缶詰空けたみたいな穴が開いていた。

 もしかしてと見ると屋上で焼きイモを食っている面子にデカい影が追加されていた。

 腹から飛び出した腸のマフラーを巻いたギザギザチェンソーの痛そうなヤツ。

 悪魔の大半に恐れられるチェンソーマンご本人だった。腕から伸びる二本のチェンソーを器用に使い、|麦芽糖《サツマイモのでんぷんが分解されたもの。なんか甘い》を摂取していた。

 情緒を乱したマキマは咄嗟に叫ぶ。

「チェンソーマン!? 芋より私食べてください! 美味しいですよ!」

 チェンソーマンはイガグリの親戚みたいなボディをマキマに向けた。芋のふっかふか黄金色と、なんかニンニクくちゃいメスを見比べる。食指も動かん。

「ヴァー」

 いらね、とそっぽ向いた。

「どうして!」

 すんごくつれない愛しの彼にマキマは拳で床を叩いた。衝撃で壁のコルクボードが外れ、マキマの後頭部にチョップをくれる。

「新しくできたバーガーイケるってよ」

「メチャウマバーガーだっけ」

「ヴァンヴァ―ヴァー!」

「お、悪魔さんも行くか」

 チェンソーマンは公安メンたちと肩を組んで去っていく。

「待ってええええ!」

 ボードに止められていた啓発ポスターが剥がれ、マキマの視界を上からゆっくりと狭めていく。

 迫る暗闇から逃れようと手を伸ばすも、彼は取らない。

 腐っていないバーガー楽しみだな。そんなことしか考えていなかった。

『悪い悪魔をやっつけよう!』

 支配の悪魔の未来を塞いだポスターでは、チョンマゲ貴公子が澄まし顔で狐を呼び出すポーズをしていた。

 

 

 

「ヴァ!」

「ひぃぃいらっしゃいませぇえ!」

 東山コベニは危地にあった。

 ファミリーの平手打ちなる意味不明儀式がある黒色バーガーショップで助けてと内心で救援を求めたら、何か悪役ヒーローみたいなチェンソーが生えた人型悪魔が来店したのだ。

「頼むわー」

「バーガー一つ」

「俺照り焼き」

 そして、退治するでもなくトゲトゲ悪魔と仲良く席へ着く公安デビルハンターたちが混乱に拍車を掛ける。

 イカレていないと悪魔狩りは勤まらないというけど、やめて正解だったと、恐慌に駆られ、同僚を刺殺しようとしたり、銃撃犯を包丁一本で圧倒したりした彼女は思った。

 だが、狂気は輩とも言うのか。コベニは不幸に好かれているらしい。

「私が行くんですか?」

 最初に挨拶? されたのが良くなかったのか、矢面には彼女が立つことになっていた。

「君ならできる!」

 他の店員たちは流れに身を任せる構えだ。

 勤めて日の浅いコベニに割りの合わない業務が回るのも社会の習いだった。

 既に犠牲は出ている。悪魔来店時、咄嗟に「デビルハンターを呼っ……」まで叫んで首を落とされたマスコットキャラの頭が店内に転がっていた。

 気付いたらウインクしたディフォルメバーガーの頭に、永遠の悪魔みたいな手足が生えてぺったらぺったら歩いているけど、なんなら胴体は肩口を支点にひっくり返ってブレイクダンス踊ってるけど! それでも! デビルハンターの経験があるコベニが、カウンターに避難した店員たちのために、注文品を届けに行くのが筋だった。

 もうやめようかな。

 シナプスがストレスで死滅するのを感じながら注文をトレイに載せて、お客さんの下へ。一歩一歩が死出の旅路と遜色ない。カップのドリンクが大波小波どっぷんたっぷん暴れ回る。

「あっ」

 タッチダウン寸前で、極度の緊張で足がふくらはぎに引っかかる。

 コベニの脳内で蛇の悪魔のくねる体を華麗に走り抜けた記憶が蘇った。

 おっかしいなー、運動得意なはずなのに。

 だが、足がもつれては十全のパフォーマンスは望めない。

 こけた。

 バーガーも、ドリンクも、ポテトも新春豆まきみたいに飛び散る。

 着弾予想地点には例の悪魔さん。

 コベニは顔面の血の気が引くのが分かった。

 わー、これきっと死んだことにも気付かずミンチになってパティに挟まる展開だー。B級染みた終わり方は嫌だったなー。そんなことを思った。

「入れ食いじゃ入れ食い」

「こけし祭りじゃー」

「おまるもってこいおまる!」

 しかし、新人さんやっちゃいましたーなバーガーセットをお届けする寸前で、ドジョウ掬いのアフロが、両手にこけし持ってスピン回転するオレンジウニが、アヒルさんおまるを胴体に装着したぷるぷるした青色人型が、ポテトを見事にさらい、ドリンクを空中で吸い切り、バーガーは腰元のおまるへ流した。

「あ、後片付けよろしく」

 食い散らかし後、炭酸臭いげっぷをしたオレンジがほざいた。

「何ですか、あなた達!?」

 コベニは驚愕した。

 食べ物爆発事故を未然に防いだ英雄なのか、空中無銭飲食なる奇天烈な犯罪行為をしたのか判断に困る連中は、言動からして得体が知れない。

 命を拾った安堵に浸るべきか、現状の理解を敢行すべきか。現実の入力内容と常識の乖離が大いに混乱を齎す。

 しかし、怯える脳の片隅で小悪魔コベニがすかさずインターセプト。こっそり囁く。

 多分ここでこいつら責めれば、こけかけたのはチャラになる。水流し! みっずなっがし!

 この思考を単に現状整理できなくてあっぷあっぷしているとか言ってはいけない。

 彼女だって必死なのだ! ちょっと小狡いだけで!

「ヴァンヴァーヴァー!!」

「あ! ただいまあ!」

 そして当然のごとくズルッピ実行前に速攻でヘタレた。

 

「チェンソー様は全てに優先するのです」

「何やってるんですかマキマさん」

 カウンターへ引き返そうとすると、客席にはサメ頭の魔人みたいなことを訳知り顔でいう元上司がいた。首領パッチが吸い切れなかったコーラの紙コップが頭に被っており、不格好なファストフードキャンペーンガールみたいになっていた。

「とりあえずこれ使ってください」

「ありがとう。コベニちゃん」

 完璧を擬人化したような人でも失敗はあるものだ。優しく悟った風なコベニは、甘い雫を髪の先から滴らせる彼女にそっとハンカチを差し出した。

 地獄の配達中だが、物憂げな彼女を放置するのも気分が腐る。一休みならアレだと、元上役の鬼畜を知らない彼女はアイコンタクトをカウンターに送った。任せておけと、厨房スタッフは親指を立てた。コベニも半泣きばかりの女ではない。気遣いも上手な学べる女なのだ。

 

「どうしてえええええ!」

 そして、マキマとの会話で適度に弛緩したコベニは再チャレンジできっちりセットを並べ切ったものの、チェンソーマンの脳内デンジが唐突に『女とデートとかしてみてよなァ』と呟いたが為に、内臓マフラー一本釣りされ、半泣きになった。

 

 ひんひん馬のように嘆くコベニの背後では青色人型とバーガーヘッドウィズ手足が主食の座を賭けて不毛な諍いを始めていた。

「貴様は……!」

「よくも我が眷属をおまるに流してくれたな」

「ところてんこそ生ける者全ての主食となるべきだからな。手心など加えなかったさ」

「ほざけ。水分過多のクニャクニャが」

「ガーリックとソース塗れの不健康食品が何かいってらあ!」

「ああ?」

「やんのかこら!」

 胸倉を掴み合い、眼力をぶつけ合う。今ここに食の王座を掛けた争いが始まった!

 

「あのー、気になるんですけどー」

 刀剣のように「ぬ」文字入りハンカチを使役するところてんと、頭と体、二対一体のコンビネーションで青色の悪魔を追いつめるバーガーマスコット。

 店員として、それ以前に人として一言申さねばならぬと、コベニは控えめに店内への帰還を申し出たが、返答はいかんとも解釈しがたい「ヴァ」の一語のみだった。

 

 

 

 マキマは世界の終わりを告げる先触れだが、恐ろし気な役割に反し、人並の感性を持っている。楽しい雰囲気でお酒を飲めばおいしいと思うし、怖い人に囲まれる会食は味が分からない。タバコは苦手でついむせてしまう。

 特に映画は十本に一本しか出会えない良作の為に、映画館を丸一日ハシゴできる。そして、かつてたった一本の映画に人生を変えられた。

 支払いを済ませたマキマは、ビルの屋上で再度変な一行と対峙していた。

 憑き物が落ちた彼女は常の無表情を取り戻し、内心を計らせない。バーガー店でコベニが密かに供したコーヒー。単なるワンコインのスモールサイズ。苦みばかりが舌を刺激する代物が、彼女に一つの気づきを与えていた。

 

「大体分かってきました」

「ハーン? びぶっ」

 下からヤンキー睨みしてくるイガグリ野郎を踏みつぶす。

「真剣にふざければいいのですね」

 一本の映画ならぬ一杯のコーヒーが彼女に開き直りを与えていた。不味いものは不味い(馬鹿は馬鹿でしかない)が、吐き出すほどではない(そのまま飲み干せばよい)のだと。

 もともと、支配の悪魔は相手に応じた対処に長けている。いかなる無作法者でも、求めるなら対話を試みるスタンスだ。こいつらの言語はバカとアホの反復横跳びにある。屈服を試みるなら相手の土俵で完膚なきまでに。

「決着をつけるか」

 終わりの時を予見したか、ようやっと地面から這いだした岸辺がビルを挟んで向き直る。首をコキコキと鳴らした。横で雰囲気づくりなのか天の助がギロをガリガリやっていた。

「ヴォヴォレ!」

「ひいいいいいいいいい」

 更にビル下の娯楽スペースでは、哀れなバーガー店員が、ダンスミュージックの筐体で、ロボットダンスもかくやのキレッキレのパフォーマンスを披露していた。

 

「ばん」

「ぼっ!」

 最初は鬱陶しいところてん。

「ばん」

「みょっ」

 次に復活した丸トゲ小僧。

「ばーん」

「がはあっ」

 最後に悪魔たちの中心となる大男。

 マキマは把握した法則をなぞる。ちょっとあざとく、けれども容赦なく、指鉄砲で致命の一撃を叩き込む。最後のバーンはとくにかわいらしく、ボーボボが女性に甘い点を見抜き撃ち込んだ。

 銃の悪魔の二十パーセント以上から捻りだされる力場は、軽く打ち出すだけで、魔人の胴体を消滅させ、マンションの壁を陥没させる威力がある。

「ばんばんばーん」

 ダメ押しの連撃。

「「「ぐはあああっ」」」

 不可視の質量に殴打され、ボーボボたちは口から鮮血を吹き出した。天の助も構成物質的にあり得ないのになぜか吐いていた。首領パッチは知らん。

 ボーボボ一行は打ち上げられた魚状態で呻く。

「ぬのハンカチガードが効かない……!」

「懐のマンゴーが砕けた……!」

「アフロで雛が孵った」

「マジで!」

「ちょっと見せて」

「いやそれ、ただの布」

 ちゃっかり物陰に避難していた岸辺の冷静な指摘は風に流された。

 

 マキマは油断しない。バカどもの耐久性は異常の域だと悟っている。

「伏せ」

「ぐは」

「うぼ」

「すおっ」

 何をやろうとしたものか、三人官女スタイルで逆襲を試みた三者は、支配の悪魔の一言にバナナで滑ったみたいに面白くすっ転ぶ。

「しゃちほこ! ねえ、しゃちほこ」

 諦めの悪い首領パッチが、エビぞりでネタを披露する。あわよくば、バカらしさで相手の隙を生じさせる構えだった。

 だが、もはや悪魔は相手のペースをなぞりつつあった。

「凄いですね」

 しゃがむと小さなオレンジと目線を合わせる。

「だろ! 今なら首領パッチグループ会員カード無料贈呈中だぜ。俺と会える特典付き!」

 対象は、敵手の狡猾さにも気付かず、保母さんに褒められたかの如きシチュエーションに思わず得意げになった。鼻など擦って、ファンの獲得に躍起になる。

 勧誘対象は「うーん」と顎にほっそりした指を当てた。

「私はもう特定の相手のファンなのです。ですが、折角の好意を避けるのも礼を欠きます」

 折衷案です。悪魔は提案した。

「私に全て捧げてくれませんか?」

 あなたがファン(被支配層)になればいいのですよ。

「ハア?」

 首領パッチはうっとうしさ全開の態度にディフォルメハムスターみたいなつぶらな瞳をのせた。

 かわいさうざさ全開のオレンジに、マキマはあくまでにこやかに下知した。

「これは命令です」

「捧げる」

 真顔で宣言後、イガイガは顔面パイを受けた芸人のようにぶっ倒れる。

 受け身も取らないのは尋常ではない。

 ボーボボは純粋に心配した。

「首領パッチ!」

「あなたたちもです」

「「捧げる」」

 二つの物体が倒れる音が重なった。

「終わりました」

 一仕事終えたと肩の荷を下ろした表情をした途端、人を呑み込める巨大プリンならぬ巨大寒天がマキマを呑み込む。透明な内部に閉じ込められた彼女の視界では、ボーボボのアフロから出たムダ毛が、やはり無駄に回転するイガグリの火花に引火するのを認めた。

 スチールウールに着火したのに似た爆発的な燃焼が起こる。寒天も膨大な熱に沸騰し、四方に弾けた。

「馬鹿どもの何もかもを引き受けられると本気で思っていたのか?」

 コンクリに沈降し、被害を免れていた岸辺が浮かび上がってくる。

 たかが一個人で底知れぬ無軌道ぶりを御せるならハジケリストなる呼称は浸透しえなかった。

 彼らは英雄だ。かつてパゲメンなる丸刈りとラーメン接着の阿保所業を敢行した強大なる帝国を砕いた実績がある。世界を束ねるマキマですら、支配の及ぶ手合いではない。

 ビルの屋上にめり込んだ岸辺ヘッドの前に三つの影が終結する。

「全てを捧げました。だから戻ってきましたよん」

 首領パッチは人差し指を両手それぞれに立ててヒップホップのノリをしていた。顎を尖らせ、どことなく癇に障るポージングで「チェケラ!」と気取っていた。

「時の流れを決めるのは俺たちなのさ……」

 天の助も平常運転だ。ハンチング帽を被って懐から取り出した懐中時計の蓋をキザに開け閉めしていた。

「俺のアフロが五分の一も減った……!」

 ただ、ボーボボだけが成鳥の巣立ちとともにカットケーキの残りみたいになった髪型に涙を零していた。

 もはや定例となったペース破壊。濁流のようなバカネタが相手の許容容量を喰い荒らし、血反吐に沈める。

「私は日本国総理大臣との契約により、損傷全てを適当な日本国民の怪我、病気に変換することができます」

 だから、湯気が立ち込める中から彼女が平然と現れたのは彼らにとっても予想外だった。

 これまで戦った連中には、ハレクラニ、ギガといった無駄にシリアスな連中も居たにはいた。だが、正面からボケをまるっと引き受ける手合いは中々ない。伝説のボケ殺しとも違う完全無視の極み。ハジケがハジケでなくなる恐怖!

「嫌だわ。アタイ怖い……」

「ボボ美さんは俺が守る」

「天助さん」

 女学生ボーボボとヤンキー天の助が小芝居を繰り出せば、

「なんだそのインチキはー!」

 ワタアメを両手に握った首領パッチが飛び掛かる。

「お前の髪で真っ赤なワタアメを拵えてやるよ!」

 女性の命を猟奇的な食材にすると宣言する恐怖にも支配者は揺るがない。

「一万年使用」

 虚空に出現した天使の輪っかから虹色のハエ叩きが出現する。叩きの網目に沿った無数の小さい釘がバイオレンスに輝く。

 握ったマキマは目にも止まらぬ素早さで首領パッチをアンダーから打ち上げた。

「ほぐっ」

「二」

 途端、どこからか謎のカウントが聞こえる。

「何だこれ、不吉! ごっ」

「しっかりしろ。首っ」

「「二」」

 バウンドしたイガグリを介抱しようとした二人も纏めて打ち据えられた。

「とどめです」

 マキマは無表情にスナップを利かせたハエ叩きを振るった。悪魔の力にも耐える謎素材は鞭のようにしなり、三馬鹿の顔面に格子状の跡を刻む。

「「「一」」」

「ゼロ」

 謎のカウントに合わせ、マキマが宣告する。

 三人は謎の力に捕まった。

「浮いてる。浮いてるよー」

「秘儀、空中散歩」

「動けねえ。何だこれ。何なんだ」

 三者三様に、突然出現した巨大な骨に噛みつかれる。相手を規定回数刺すと逃れ得ぬ死を与える呪いの悪魔の力が、ハジケリストの防御を貫通した。

「「「うばあっ!!!」」」

 

 手を後ろに組んだマキマが三人にゆっくりと近づく。

「凄いね。まだ息があるなんて」

 冷徹な評価を下す。狩りの標的がどれだけ弱ったか確かめる捕食者の目線だった。

 ハジケリスト達は、か弱くもしぶとい。レンコンよりひどい有様でも、活動は可能だった。

 ボーボボは切れた唇から血と決意を吐き出した。

「契約者との約束だからな」

「どんな?」

「お前を滑稽にしてやる約束だよ」

「もう叶いませんよ」

「ひげ!」

 首領パッチが悲鳴を上げる。

 マキマの背後には全身に貫通痕を穿たれた岸辺が転がっていた。ハジケリスト同様確実な殺害手段を用いられたのだ。

「彼はまだ人間の範疇だったみたいですね」

 言外に人外扱いしていたと告白する。コンクリと水中の別なく泳ぎ回っていた相手には妥当な評価だった。

「そんな、全部終わったらラーメン全部載せ行こうって約束してたのに!」

 天の助が嘆く。

「ラーメンが契約の対価ですか?」

「いんや、ただの飲み約束」

「そうですか」

 マキマは止めを刺そうと彼らに冷たい視線を送る。一度でも敵対した相手には確実な終わりを与える。女帝の気概がハジケ共の背筋を寒からしめた。




 ここまで読んでくださって有り難うございます。
 後編は3/10金曜日AM6:00に投稿予定です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。