ある日突然殺人事件に遭遇、あろう事か通りかかっただけの自分が犯人に仕立てあげられて捕まりそうになり、必死で逃走した。身内も、友人も、誰も彼もが信用出来ない中、彼は名を変え日雇い労働者として働きながら、自らを貶めた殺人事件の犯人をさがす。

しかし彼は同時に、潜伏先での生活に生を感じてもいた。復讐に生きるのか、否か……彼がとった道は……

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冤罪逃走、幸運なんて……

最初は家族との不協和音で喧嘩して家出した、それだけだった。それが、家出してすぐに、間が良いのか悪いのか、殺人事件の現場に遭遇してしまった。警察は逃げる犯人を見落とし、あろう事かただの通りすがりたる俺を事情聴取するような素振りもなく追いかけてきた。逃げた……体鍛えまくってる男三人に走って近寄られてみろよ、大体逃げる。あいつら知能が低い上に暴力的過ぎる、穏便な事情聴取なんて出来るわきゃねぇ、そこまではないだろうなんて平和ボケした脳ミソもしてねぇ。必死で逃げに逃げた。

 

自分でもこんなに走れるのかって距離を走った。警察をまくことには成功したが、これから俺は無実の身で追われる生活だ。家に連絡したら自首しろだの宣ってきた、警察の無能共、現場検証もろくにせずに犯人を俺として指名手配したらしい、ネット見たら俺の顔写真がばら蒔かれてる。警察の無能共、今だからこそ言う、てめぇらこそ犯罪者だろが。俺まだ未成年なんだぞ?リークするにしてもワンクッション置けよくそったれ。

 

にしても、逃げるったってどうすんだよ……持ってるスマホは使えない、場所を特定されちまう。くそっ、普段は交通違反もろくに取り締まれねぇ無能共が、こんな時に限って迅速に動きやがるぜ。とは言えどうすっかな、逃げるにしても資金は財布の中にある三万円、服は冬の時期だから分厚いとは言え一帳羅だ、泊まる用事なんてねぇしな。コロナのお陰で素顔を晒す事がないのが救いだが、それだって奴等は不審な動きで瞬く間に捕まる。俺は近くの古着屋で帽子と衣類を購入、ズボンはジャージからジーンズに履き替えた。信じる者は……いない。中学までの友人はいたが、高校から他県に引っ越したせいで疎遠になってしまった。LINEでやり取りはしているものの、ハッキリ言って顔も合わせて無い状態で付き合いを続けてるとは言わないしな。

 

だから俺はこれから一人……あては無い訳では無いが、気が乗らない。山谷かあいりん地区で日雇い労働者として働くと言う手があるが、某殺人犯が潜伏していたせいで身分証提示等が厳しくなっているらしい……詰んだな。だが、素直に表に出てやらねぇ、俺に罪を擦り付ける形になった警察、そして元凶たる殺人犯、そして俺を信じてくれなかった家族、友人だった連中、そいつらに業を背負わせるまではな。

 

家族友人は関係無いと思うかもだが、少なくとも大人しく生きてきた俺を犯罪者扱いした連中を信じてやる気にはならない。はらぁ決めたんだ、真相にたどり着き、本懐遂げるまでは死んでもやらねぇし捕まってもやらねぇ。犯罪者の思考だって?誰がそうさせたよ?本物の犯罪者だろ?そいつを捕まえもせずに放置してる奴等がほざくな。

 

世捨人になって一ヶ月が経過した。俺は顔を変えた。整形外科に通える訳がないので、自力で変えた。一重を無理矢理二重に、唇を切って薄くして、体絞って、髭を伸ばして、頭を丸めて、眼鏡をかけた。マスクは常に外さないし、日雇い労働者の界隈ならそんなに着飾らないで大丈夫だからこれでとりあえずよし。日雇い労働者として働く為の身分証作るのは近くのネットカフェで調べて、何とか身分証を作った。因みにあいりん地区に潜伏してる、山谷だとあの屑県警でも流石に警戒しているだろうしね。

 

あれから2ヶ月が経過した。週三回働いて、飯とドヤは最低限の所で済ませつつ、活動資金を貯めた。名字はそのまま使った、名前だけ偽名。名字は全国にありふれたものだったから変える必要性が無かったのもある。仕事でも名字でしか呼ばれないし、日雇い労働者の集まる所は素性どうのよりも働く奴が偉いだからね。ニュースであの事件を取り上げ無くなった。どうやらもうワイドショーは飽きたようだな。だが油断はしない。ネットカフェで警察ホームページや掲示板、そして事件に巻き込まれた遺族の対応等を見ながら今後を考える。遺族の人は気の毒だな、家族を失ったと言う事実があるから。でもな、だからって、誤認逮捕されかかった俺を恨むんじゃねぇよ、真犯人と糞警察の両方を恨んでくれ。

 

俺はあの殺人事件を起こした犯人を追い詰める事も忘れなかった。行きつけのネットカフェ(日雇い労働者が良く使ってる場所)にて、殺人事件に関連する話を洗い出していた。その多くは冤罪たる俺の情報ばっかり載ってたが、ああ、ちょっと調べただけで殺害された人物とその関係者のきな臭い話も出てきたよ。

 

 

逃走から一年、早く本懐を遂げたいと焦る気持ちはあったものの、妙に冷めた自分がいる。おそらく、いや、間違いなく、俺の人生は終わった。何処かの馬鹿が俺の名前と住所、顔写真をネットに流した。ああ、もうとっくに覚悟していたさ。あいつら、真実なんてどうでもいいんだ。人を叩くだけ叩いて、本物の人殺しを野放しにしてんのさ。人を特定して何をやってるのかすら分かるってんならよぉ、真実を突き止めてくれよ……まあ俺も、漸く真実に行き着いたんだけどな。警察の鑑識が有能だったんで、凶器は早い段階で見つかってたらしい。指紋も採取した所、被害者の妻だった……

 

何でそれがわかってて顔を出さねぇかって?その妻の身内が警察本部のお偉いさんだった、これは鑑識をしていた人間がとある事件掲示板で垂れ込んだ情報だった。勿論嘘乙とか荒らしがいまくったが、書いてる本人の情報が余りにも正確で、かつあの日の場所の情報がそっくりそのまま、ネット界隈がそれなりに沸いたにも関わらず、マスコミや警察関係者は一切動かない……後は分かるな?

 

被害者の男は真面目な人間だったらしい。優しく、誰からも好かれ、苦学して有名大学卒業のキャリア官僚になった人間。そんな人間にその妻となった女は、親のコネとちょいとばかし人より器量が良い事を利用して結婚した訳だ、官僚とコネを持つ事が当たり前のような上級国民、ここまではありがち。しかし女は真面目な性格の男に飽きてしまった。蝶よ華よと育ったそいつは、中身はろくでもねぇ阿婆擦れで人間の屑だった。更に子供の頃から何か気に入らない事があれば親のコネを利用して数人を社会的に抹殺してきたときた、限りなく黒に近いグレー。にしても夫の誠実さになんの感慨も持たないとかイカれてるな、お粗末な変装をして殺害と言う形で夫から離れるなんざイカれてる以外の言葉が浮かばねぇよ、どう考えたらそんな考えにたどり着けんだよ……それでいて無駄に頭がキレる、なんも持たないだろうガキである俺に罪を擦り付ける為に(おそらく目撃者になる人間なら誰でも良かっただろうが)わざわざ巡査二人を買収して俺を逮捕しようとした訳だ。結果的に俺は逃げる事に成功したが、狙われた時点で俺は詰みだったわけ、結果はこんなだしね。だから表に出て行く事は無い。

 

が、この鑑識と名乗る人間が書いてくれたお陰で、俺は真実を知る事が出来た。身元を偽りながら、俺はその人物とコンタクトが取りたくなった。そのまま御用となる可能性はあるかもしれない、まあそれでも構わない、今更元に戻れる保証はないしな。

 

 

俺はSNSを通じて、鑑識だったと書いた本人とアポイントメントをとる事に成功した。因みに俺は私立探偵と言う体で話を通した。一度警察の闇に触れた人間故に監視付きの恐れもあったのでそう言う体でいる訳だが、幸い誰もついていない。彼は現在警察を辞職し、ある会社の警備員をしているらしい、不正と腐敗の園に嫌気が差したのかもしれない、まあ潜入捜査のミスリードの可能性もあるから油断はしないが。しかし話を聞いているうち、その心配は無くなっていった。

 

敏腕鑑識としての有能さがありながら、腐敗した上層部に揉み消され、絶望の内に退職した彼が、警察関係者の守秘義務を破ってまで掲示板に投稿した理由は至極簡単だった。親方たる政府が介入する程の事件を明るみに出したい……その心意気だけでもやられた俺としては十分だったが、差し出した酒を煽り、少し怒りの感情が出ていた彼は、買収された巡査三人の身元、妻の身元、そして妻の身内の身元を暴露した。彼は素晴らしい矜持を以て仕事に打ち込んでいたのだろう、上の腐敗に対しての不満をこれでもかと出し、そして泣いていた。

 

 

彼と別れた後、俺は再びどや街に戻っていった。本懐を果たしたかって?ああ、見事にな。ただ、殺しはしなかったよ。荒い言葉ながらも温かみのあるどや街の人々に愛着が沸いたのと、社会的に抹殺されながらも、殺しにまで発展させたあの阿婆擦れのようにはなりたくなかったから。怨みつらみはあれど、やっぱり畜生以下に堕ちる気は更々無かった。

 

……まあやった事は正義面している糞特定野郎達の手口だったんだけどな。あの女及びあの女の親である男の警察関係者に怨みを持つ人間達を募って事件の真相、揉み消しの実態を暴露してやった。ついでに糞特定野郎も逆に特定してやったがな、お祭り騒ぎになったよ、ネットだけじゃなくメディアすらも。あの女、その親父、俺を逮捕しようとした三人の汚職警官、誤った情報を伝えたマスコミ関係者に煽りまくってた第三者と、人生社会的に終わったよ……

 

 

俺は今なんで普通にどや街暮らし出来るのかって?元鑑識の兄さんいわく、本当の犯人が捕まったんだから俺を追いかけるなってなったよ。ただ、家に二度と帰る事は無い。元々俺の無実も信じて無かった上に、俺のありもしない悪行を信じて俺に絶望を与え続けたんだぜ?だから帰らない。報復はしないのかって?腐っても肉親達だぜ?そこだけはわきまえたさ。手のひら返しでメディアに帰りを望んだってもう遅い、そう、遅すぎた。

 

 

俺は日課となった港に新しく出来ている埋め立て地の様子を仕事終わりに見る為に、そこを眺める場所からこうして夕日を拝む。見ろよ?あの埋め立て地、もうすぐ世界的なイベントが行われるんだ、あの埋め立て工事に、日雇い労働者として参加してたんだぜ?何も残せないと思ってた俺が、向こう半世紀は確実に残るものに携われる……壊すではなく、残す。今はそれが幸せなのかな?人並の幸福とまではいかないけど、俺はここで誰かの為になる仕事を続ける。間違っても、誰かを不幸にする仕事だけはしないと誓いながら。

 

 

 




冤罪吹っ掛けられて逃走→偽名で潜伏→本懐を果たす→でも逃亡したままと言うありがちな流れになりましたが、ええ、結末はやっぱ完全にハッピーになりませんよね。法治国家の矛盾って、結局は警察と言う、国から合法的に人の自由を拘束出来る者達の暴走、事情を良く知りもしないで報道するマスコミ、そして推定無罪の基本を忘れて容疑者を叩く一般人と、様々な方向から無自覚に攻撃性を出してくる所なんですよね。日本は特に同調圧力が凄まじいと感じます、共〇圏かよと言う位には。

彼は本懐を遂げたものの、これから待つのは冤罪によって逮捕される事からの退避とは言え一生偽名で過ごす事になると言う重い十字架、デジタルタトゥーとして残った個人情報、真実が語られて尚おもちゃにされる運命なんです。俺は関係ねぇし知ったこっちゃねぇからと軽い気持ちでいる人間がいる限りは修羅の道。貴方は堪えられるでしょうか?彼は所謂脳味噌足りない無敵の人と違って細々と暮らす道を選びましたが、皆さんはどうするのでしょうか?

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