都市伝説   作:水無飛沫

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くねくね

師匠から聞いた話だ。

 

いつの頃だったか忘れたが、師匠と夏のあぜ道を歩いていた。

そこは随分と長閑な田舎で、蝉の声があちこちから降り注いでいた。

 

師匠が立ち止まって、あんぱんを齧りながら、双眼鏡で何かを探している。

「何してるんすか、こんな見晴らしのいい場所で」

周囲には田んぼしかなくて、青々とした稲が力強く生命を主張している。

「ほら、お前も探せ」

そう言って師匠がどこからかもう一つ双眼鏡を取り出して渡してくる。

「探すって、何をです?」

「くねくね」

師匠はぶっきらぼうに言うと、ストローでパックの牛乳を飲みながら、周囲を必死に捜索している。

何かに集中しているとき、師匠は説明を面倒くさがるきらいがある。

「くねくね?」

どうせ碌な返答はないだろうと、期待せずに聞いてみると

「くねくねっていう怪異だよ。くねくねしてるから見りゃわかんだろ」

そう言い放って、苛立たし気に二つ目のあんぱんに齧りついた。

「はぁ、そりゃあ『くねくね』って名前ならくねくねしてるんでしょうが」

それきり会話をしてくれない師匠を片目に、僕も双眼鏡を覗く。

遠くの森と、田んぼと、あぜ道しかない。

雲一つない青空に、汗が滴り落ちる。

「師匠ぅ」と、ギブアップの意味で情けない声を出してみたが、師匠はガジガジとあんぱんを食べている。

(そんなに菓子パン食べると太りますよ)

口をついて出そうな言葉を腹のうちに抑え込むと、長期戦(熱中症)にならないように僕もきちんと探すことにした。

 

双眼鏡を外して、周囲を眺める。

どこか違和感はないか、霊の気配はないかと風景を俯瞰して視る。

 

あそこだ。

「あれだ」僕が見つけるのとほぼ同時に師匠がつぶやく。

やはり同じ方向を眺めている。

遠くの田んぼの中にわずかな違和感がある。

双眼鏡を再び目にあてて拡大して見る。

 

そこにあったのは白い服を着た……案山子?

いや、案山子にしてはおかしい。髪も長いし、白のワンピースを着た女性のように見える。

あんな格好で、田んぼの真ん中に?

 

それは動いていた。

 

フラフラと、左右に揺れるそれは、徐々にくねくねと波打つように全身がありえないほど柔軟に揺れ始める。

まるで軟体生物のようだ。

やがてそれはぐにゃりぐにゃりとうねりはじめて、もう人間の形を保ってはいない。

「師匠」

呼びかけた声が震える。

「それ以上見るな」

応えた師匠の声も揺れている。

そう言われたところで、金縛りにでもあったかのようにそれを見ることをやめられない。

視界がぐにゃりと揺れる。風景が、世界がくねくねと歪む。

自分の体が揺れているのがわかる。アレのようにくねくねとしているのだろう。

視界の端で師匠もくねくねと歪んでしまっている。

くねくね、くねくね。

歪む。踊るように歪む。なんだか少し楽しくなってきた。

僕も師匠も、このままくねくねになってしまうのだろう。

ああ、とんでもないことになってしまった。

僕は爽快な気持ちで笑った――

 

 

 

目が覚めた。

そこは師匠の部屋で、どうやら夢を見ていたらしい。

扇風機を師匠が独占しているせいか、ひどく汗を掻いている。

「酷い夢を見ました」

師匠にその話をしたら、なんとも微妙な顔をしていた。

 

 

 





話し終えた師匠が過去を振り返って、照れくさそうに笑う。
なんとも歯切れの悪い話だ、と俺は考える。
胃の中がモヤモヤしているようで、ぬるくなった麦茶を啜った。
「というわけで、だ」
パンと膝を叩いて、師匠が沈黙を破る。
「あの日師匠と行った場所がやっとわかった」
あぁ、そうだ。この人の話がただの夢オチで終わるわけがないのだ。
「行こうか」
先ほどの感傷もどこへやら、俺を引きずり込む邪悪な笑みへと変容している。
「ええ、行きましょう」
ふたりして立ちあがり、出発の準備を始める。

扇風機の風が、風鈴をチリンと鳴らした。

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