【粗筋】
王都がディアボロス教団により壊滅させられた。アレクシアはすべてを失い、自分の命も失いつつあった。
そんなとき、女神の声が聞こえ――。
アレクシアは記憶はそのまま、幼女になっていた!
今度は失敗しないため、陰の実力者を目指すアレクシア・ミドガルの物語。
■ SIDE: アレクシア
私はバカだ。
すべてを救うと叫んで。
そして、すべてを失ってしまった。
「……」
黒ずみ体の多くが炭になった自分の身。それがだんだんと、焼けるような痛みの感覚を失っていく。
もう音は聞こえず、もう目は見えず、もう指さえ動かせない。
この世に、女神がいるならば、私は背教者として棄てられることになったのか?
姉も、友人も、そのほかの大切な人たちも。その全員が最早、生きてはいまい。
教団――ディアボロス教団は、王都の中心部で巨大な力を持つ爆弾を起爆した。
あるいは、その爆発の衝撃はシャドウの力よりもそれは強力だったかもしれない。
王都は――地獄の業火に焼かれたかのように、総てが燃え消えていった。
生きている人がいると思えない巨大な爆発。
その爆発に巻き込まれた、私の意識も、もはや――。
『――私はベアートリクス。女神の名のもとに、お前に力を与えよう』
最後の最期、死の間際――神々しい女の声が聞こえた。
■
「は!?」
夢……そうなのね。
悪夢を見ることはあるけれど、痛みや感情までかなり現実に近い夢だった。
夢の内容が余りに鮮明過ぎて、こっちが夢だと思ってしまうくらい。
汗で毛布もびっちゃり――。
「んん!? ※eh?%$%#!?(声にならない叫び)」
毛布はぬれていた。夢見が悪くて汗を掻いた訳じゃない。
汗の臭いじゃない!
少なくとも嗅ぎたい類の臭いではない。
そう――。
シーツには、それはそれは大きな世界地図が。
「そんな、私! そんなッ……!」
いい年しておねしょなんて!
たまらずベッドから降りようと、転がってベッドの外へ出ると……。
「あ、れ?」
着地した瞬間、違和感を感じた。
その違和感の正体は、果たしてすぐそばにある姿見を見てすぐに判明した。
「子供……?」
そこには、私――アレクシア・ミドガルの、子供時代の姿があった。
「私……なの?」
鏡に映るその容貌に驚いていると、自室の扉が開いた。
「アレクシアーッ! ってあれ?」
扉を開けてこちらを見ているのは……。
凛とした、しかしどこか幼げな赤い髪の子供だ。
「あら、アレクシアったら、おねしょなんかして。もっと淑女として自分を磨かなきゃだめよ!」
アイリス姉さま? の子供? いや、本人? ……よね?
■
これは、アレクシア・ミドガルの物語。
女神ベアートリクスから、時間遡行の能力を与えられ――。
失った未来を手に入れる――そのために、彼女は前世で知る中で最も強い人の在り方を参考にした。
――陰の実力者・シャドウの頂を、彼女は目指すことにした。
彼女はシャドウの剣に憧れていた。しかし、シャドウガーデンはその理念も正体も不明な裏の組織ということしか知らなかった。
それが、あの大惨事を招く結果となったのかもしれない。
自分に、力があったなら……。
シャドウと協力できたなら……。
未来は違っただろう、とアレクシアは思う。
シャドウガーデンに、明確に教団を敵視し、壊滅させるだけの理由があったのは、今の彼女ならわかる――知っている。
しかし、前世の彼女がそれを知ったのは何もかも手遅れになった後だ。
人々は死に、彼女の大切な人たちも次々に死んでいった。
「――悔しい」
アレクシアの瞳から、涙が溢れてくる。
蛮勇で挑んで、その結果として成すすべなくすべてを失った、その前世の記憶を思い出す。
「でも、立ち止まってはいられない。この、今の私ならもっと」
もっと強くなれる――。
それから、彼女は、体を壊しかねないほどの訓練を自らに課し、しかし決してそれを他人に明かすことはしなかった。
誰にもバレずに真の実力を隠すのは、王族の彼女にはかなり難しいことだった。だが、アイリスにも父にも内緒で必死にやり切った。
そして――5年の月日が経過した。
アレクシア・ミドガル10歳、シド・カゲノー10歳。
2人の陰の実力者の――正史よりも数年前倒しの再開は、アレクシアにとって極めて想定外な状況で発生した。
■
休日のある日、私はカゲノー男爵家の付近の伯爵家領地へと来ていた。
名目は、避暑地として不動産を選定すること。……正直、かなり苦しい言い訳になってしまったように思う。
領地視察のようになってしまったが、伯爵の意見は参考にしなかった。彼も王族に意見をするのは恐れ多いと思っているのだろう、特に不審にも思われていなかったように思う。
父と姉に関しては、持ち前の可愛さで騙されてくれた。
私は子供の頃それほど周りにわがままをいうタイプではなかったので、内心は頼られてうれしいのかもしれない。まあ、認めてくれるなら何でもいい。
また、大勢の護衛はいらないと言ってわずかな手勢のみを連れていくことにしている。今回の真の目的は、視察でも別荘の確保でもない。――だったら何だと聞かれたら――少し、答えに窮するけど。
現在の行程は、ちょうど伯爵領の隅の地域を訪ねているところだ。何もない田舎だが、カゲノー男爵領が目と鼻の先にある場所だ。
視察を終えた夜、私は計画を実行に移す。陰の実力者として成功させるべき計画である。
夜の11時。護衛の女性騎士に仕込んだ眠り薬がそろそろ効いてくる時間だと思う。
「じゃ、行きましょうか……」
夜の闇を纏い、シャドウがしていたように、黒いマントを身に着ける。
スライムボディースーツは……残念ながらまだ研究中だ。彼らほど魔力制御に長けていないのと、彼らと違い研究の時間を得られていないせいだ。
昼に使えば目立つ漆黒のマントが、夜の中では人を隠してくれる。ただそれだけの理由で身に着けたのが、まるでシャドウのまねごとをしているように思えて滑稽だ。
更に、滑稽と言えば今の私自身も滑稽か。
ゼノンとの婚約を破棄するための偽の恋人だった、あのちっぽけで弱い男に遭いに、こんなリスクを負ってまで来たのだから。
一言に『遭う』と言っても、面と向かって会うことはできない。その時間もないし、そんなことをすべきでもない。
真夜中に突然、前世がどう、とか言う女が現れても困惑されるだけだろう。
どうせ5年後にはまた会える。
罰ゲームだけど告白されることになるし、何か妙な歴史の変化を加えたくはない。
本格的に介入するのは学園入学後くらいから。
そのころまでにゼノンを片手で殺せるくらいの実力を得ておけば、とりあえずは安全だろう。
私の手勢だけで教団を敵にするには少々心もとないが、シャドウの正体を掴んで協力関係を結べばより良い未来へと舵をとれるかもしれない。
「子供の頃のあいつは、もう少し可愛げもあるのかしら?」
頭の中にある彼の姿を思い浮かべ、アレクシアは微笑む。
■ SIDE: シド
「ん? 見られてる?」
僕は、陰の実力者になるための、夜の特訓をしようとしていた。
いつもの通り、窓から飛び立とうとしていたところ、突然こちらに向かって視線が刺さったのだ。
なんだ。
陰の実力者を狙った刺客だろうか。
盗賊狩りがばれたか?
いやそんなはずはない。
盗賊は基本的に根絶して恨みを残さないようにしている。
抜かりはなかったはずだ。
では、覗いている理由はなんだろうか?
僕を狙った誘拐犯とか?
貴族の家から身代金を取りたい盗賊がいたとして、クレア姉さんは強いから、次善策として僕を狙うというのは百歩譲って分からなくもないが……家を継がない雑魚を狙うのは少々お粗末な計画に感じる。
僕に対した値段はつかないからね。精々金貨10枚くらいだろう。小金稼ぎにいはなるのかもしれないが、貴族と敵対するリスクとは見合わない。
「ふむ」
僕は、少し考え事をする。
これにどう対処するか。
相手はこちらに視線を向けているが、別にこちらに近づいてきたりはしてない。
――が、かなり粘着質な視線だ。
僕が眠った後に誘拐しようとしている誘拐犯さんなのかもしれない。
「なるほど……ならば、応えてあげようか。攫われるつもりはさらさらないが……」
普段は訓練の時間だけど、今日は面白い来客がいる。
もしかしたら陰の実力者ごっこに付き合ってくれる飛んで火にいる盗賊かもしれないからね。
僕は、「ふわあ」とあくびをしながら目をこする。
必殺――『眠い振り』。
モブムーブの一種で、話が長くてあまり厳しくない先生の授業中などに周りの人たちに合わせて発動したこの技。
そして流れるようにベッドに入り込み、そのまま毛布にくるまる。
そして待つ。――その時をただ、待つ。
■ SIDE: アレクシア
「寝た、わよね?」
私は音を立てずにポチの寝室に入り込む。
そして、恐る恐る布団を捲ってのぞき込む。すると――。
「やあ」
後ろから、声がする。
冷汗が滴る。
「さて、君は誰かな。部屋にまで入ってくるなんてやっぱり誘拐犯さんかな? 今日の僕は機嫌がいいから、言い訳を聞いてあげてもいいよ?」
ぞっとする声だ。
気配が全くしなかった。
そして黒い短剣――突然形を変化させたそれは、私の知るシャドウガーデンの技術だ――それが私の後ろから首に突き付けられていた。
余りに速い場の掌握に、私は一切反応できなかった。
「あなた、は……」
「さっきからこっちを覗いてたのは君だろう? 性悪の臭いがする」
「性悪の臭いッ――て、何よ!」
足を振り回して相手を蹴り飛ばす。
相手は少しだけ空を舞ったが、すぐに体勢を立て直した。
まったくもって平凡な印象の裏に、卓越した技術が隠れている。
そして、私は彼の平凡な印象の顔に見覚えがあった。
「ポチ……?」
「なんだその呼び名。僕は犬じゃなくて人間だけど?」
少年は緊張感なく応える。
「……あなたの名前は、シド・カゲノー?」
改めて目の前の少年に問う。
「そうだけど? 誘拐犯さんは知らなかったの?」
「誘拐犯じゃない……私は――」
混乱の中、私はポチに対して自分の身分を明かそうと――。
「――いや、身分を明かしちゃダメなんだった」
今それをやれば面倒なことになる。
「犯人はみんな「私は犯人じゃない。証拠を出せ」って言うんだ。でもそういう時は大体犯人なのが、ドラマでよくある展開なんだ」
「ドラマって何よ? ポチのくせに、知らないことを話さないで」
「まあいいや、一応供述は聞いてあげるよ。で、君はなんで僕を見てたの?」
「それは、なんというか。ちょっと会っておきたかったというか」
「なんで?」
「それは、教えたくないわ」
「じゃあ、見ていたのは良いとして、入ってきたのはなんで?」
「それも、教えたくないわ。……でも信じてほしいの。私はあなたの味方だから」
「味方……? うんでも確かに、君は性悪の臭いはするけど、悪人の臭いはしないかな」
「だからッ! 性悪の臭いって何よッ……!」
シドは短剣をスライムに戻す。
アレクシアが最も気になっている部分も、それだ。
スライムソードは、シャドウガーデンの特徴の一つ。ではそれをこの年で使いこなす彼の正体は――。
「シド・カゲノーくん。あなたが、――シャドウなの?」
極めて核心的な質問だ。
シド・カゲノーの立ち回り――スライムで短剣を形作り、すぐにこちらへ向けてきた――それは明らかに、異質だった。実力のパッとしない男爵家の子供の、――皮を被った超越者たる存在。
技術と体術は、シャドウの在り方そのものだ。
「シャドウ? それって何?」
「と、とぼけたって無駄よ! あなたの技術と能力、そしてその凡人の剣――あなたがシャドウと同一人物であることは簡単に予測がつく」
「(でも確かにかっこいいかも。陰に潜み影を狩る――その名もシャドウ。うん、まるで僕自身が考えたかのようなカッコいいネーミングだ。今度の盗賊狩りでシャドウって名乗ってみようかな?)」
シドはぶつぶつと独り言を言っている。アレクシアはそれを無視してシドを見ながら推測する――。
「……確かに、あなたは色々な事件のとき、不自然に事件の近くにいることが多かった。クレアの悪魔付きを治したのがシャドウガーデンだとは推測していたけど……理由が分からなかった。――でも、身内がやっていたなら、不自然じゃない」
「(スタイリッシュ盗賊スレイヤーはあくまで仮の名。ここらで一度ちゃんと自分を見つめなおすのも悪くない)」
かみ合わない二人だった。