第1話「うちの提督は拗らせている」
"おい青葉、今度は何を始める気だ? …… 俺の着任時の話が聞きたい?
そんな大げさな話じゃないぞ。選んだわけじゃなくて、押し付けられたんだよ。
そうじゃなきゃ俺なんかが選ばれたりするもんか
まあ、今は運命に感謝して……居なくもない"
「敵艦隊確認! 〔炎山〕陸攻からの映像、来ます!」
指揮所に飛び込んだ俺は、巨大なディスプレイに表示された情報を確認する。
久方ぶりの攻勢らしい。
「アメリカさんの見解は?」
すぐに意図を察してくれた大淀が、クリップボードを手渡してくる。
「追跡中の原潜〔ミシガン〕からの情報によれば、ホノルルでなく
ちょうど南方作戦の支援で、戦力を送り出したタイミングだ。加賀を筆頭に二航戦と軽空母、編成が成ったばかりの海外戦艦群を丸ごと無心された。
ダッチハーバーの敵艦隊が南下したタイミングは完全にこれと連動している。留守を狙った、と言うよりこれ以上の戦力を南に送らせないための陽動だろう。
「本格的な侵攻ではないな。適当に蹴散らして、お引き取り願おう」
レシーバーを取り上げて艦隊に繋ぐ。
『聞いた通りだ。先制の一撃をくれてやれ。敵はそれ以上追ってこない』
こちらに深入りすれば、ホノルルの米艦隊が動く。
向こうさんも長期戦は避けたいだろう。
『了解しました。それと提督、約束してください』
旗艦を務める一航戦赤城が声を小さくする。
大淀が仕事の手を止め、微笑ましそうに笑う。
『もし空母を仕留めたら、向こう3日間一人称を『ボクちん』にしてくれると』
『……』
いらっとした。
ぷっと吹き出した大淀を軽く睨んでやる。
……この性悪空母。
『俺も、お前に伝えたいことがある。大事な話だ』
『……はい』
敵の目的は陽動。決戦ではない。
その状況で空母を釣り上げて鎮めるのは困難。
それだけの覚悟があるなら、乗ってやるのが上官の心意気と言うやつだ。
『もし広げた風呂敷が畳めない時は向こう3日間、『一航戦の誇り』と言う度に『
大淀がごほごほとむせ返っている。綱紀が緩んでるなまったく。
『……構いませんよ』
こんな事にまで自信満々にならんでも良いだろうに。
まあ、賭けは賭けだ。
『そこまで軽口が言えるなら上等だ。全艦、帰投したら特別食を用意しておいてやる。派手に暴れてとっとと戻ってこい』
一斉に「
実際俺が読みを外していても、彼女たちなら補ってくれる。補ってさえいれば、いくらでも次の手を打ち出してやる。
我が
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
どうやら孤児というものがかわいそうな存在で、大学だの良い会社に就職だのは難しいらしい。そんな戯言を吹き込まれたのは何歳の時だったか。
すっかりやる気をなくした俺は、学校をサボってぶらぶらしていた。釣船屋が目に入った。自分の未来はこんな肉体労働をやるしかないのかなんて舐めた考えを零したら、聞いていたおっさんに頭をはたかれた。
それから船を見せて貰った。
呉で見る”
そしていつものようにポンポンとエンジンを叩いてやる。まるでお礼を言うように。
「船ってのはな坊主。人間が生まれてからずっとずっと、人間の友達なんだ。船がなきゃ魚は食えねぇ。飯だって自動車だってみんな船が運んでくれるのさ。だから俺たちは感謝して、こうして面倒見てやる」
おっさんは誇らしげに笑う。油だらけの手を拭きながら。
「そんな船と一緒に生きる事が、本当に恥ずかしい仕事か?」
俺は自然と首を振っていた。
何か良くわからないけど、クラスメイトや大人たちが言う事とは違う何かが世界にある。それだけは感じた。
俺は高校までふらふらしていたが、船乗りになろうと決めた。
動機は高尚なモンじゃなくて、船に乗れば何かが分かる気がした。俺の欠損している何かが。
だけど結局、それが分からないままずっと生きてきた。
”彼女たち”に出会うまでは……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「食事中済まん、俺の方から申し送りが合って、書類にサインを……」
帰投後、食堂で特別食を楽しむ空母メンバーに、クリップボードを抱えた提督がやって来た。あいかわらずせかせかと動き回ってらっしゃる。
「おかしいですね。提督にしては
ちょっとした
「し、失礼した。ぼ、ボクちんの方から申し送りがあってな」
「え? 聞こえませんでしたけど?」
「くうっ!」
事情を知る者は震えながら笑いを堪え、そうでない新顔はおろおろと事態を見守った。これはプロレスだからと説明をしている者までいる。
「た、確かに受け取った」
後ろ姿を気の毒そうに見守っていたグラーフが、怪訝そうに問う。
「赤城は普段穏やかなのに、何故アトミラールにだけ当たりがきついのだ?」
海外艦は硫黄島の奪還でハワイから回航されて来たメンバー。故に皆新顔。かつての事情を知らない。
答えずににっこり笑顔で返しておいた。
話を続けようとするグラーフの肩をちょいちょいと叩き、揃って首を振ったのは鶴姉妹である。
何かを察したらしい。
話題を元に戻す。
「グラーフさんは提督をどう思われますか?」
話題逸らしか、翔鶴の問い。
グラーフの返答は予想通りだった。
「噂にたがわず名将だな」
「ええと、人柄とかは……」
「ふむ、まあ多少とっつきにくいが、話は分かる」
その「多少とっつきにくい」が問題なのである。
秘書艦を担当する赤城、漣を中心として、彼の周りにいる艦娘は常にこの問題の対応を迫られる。
「
提督の少将昇進が決まった時、皆喜んだ。
自分達と二人三脚でやって来た日陰者が、ようやく日を浴びたのだから。
さっそく有志が昇進祝いを企画する。
で、予想通りの返事が来るわけだ。
「そんなもんいらんから、その予算で皆の進水日祝いを豪華にしてやってくれ」
この提督、自分の事になると普段のカミソリもなまくらと化す。
自分の為にそんな事をするべきではないと頑なに固辞するが、艦娘側もまるっとお見通しである。伝家の宝刀を召喚する。
召喚された浦風、霞、雷が提督を取り囲み、ステイを命じた。
「いかんよ素直にせんと。怖い事はないんじゃけえ」
「あんたがちゃんとしないと、皆が不安がるでしょう!?」
「大丈夫よ、受け止めてあげるから!」
3方から集中砲火を浴びた提督はあえなく轟沈。
「あ、あまり金は使うなよ?」
などと寝言を吐いていたが、言質をとればこちらのもの。盛大にやらせてもらった。
津田と言う男、熱心に軍務を遂行する姿は尊敬されはすれど、ここまで周囲の厚意や好感から逃げ回るのは奇人の域である。
「怖いんですよ。好かれることが」
「なんだって?」
聞き返してくるグラーフに、沈黙で答える。
皆何かの比喩だと思っているようだが、そのままの意味である。
それが許せない。
だから、いじわるをしてやるのだ。
「でも赤城さんもさぁ、そろそろいい加減にしないと。今のところ鎮守府はこんなだからまだ良いけど、何人か
「そう言う、とはどういう事だろうか?」
首を捻るグラーフを無視して、瑞鶴に一航戦睨みする。笑顔で。
ちょっと前まで自分には遠慮がちだったのに、先の大海戦で自信を付けたのか、忌憚なく意見するようになった。良い事だが、今のは余計なお世話。
そもそも、最近自分の相棒を腑抜けさせてくれやがったのは彼女である。その証拠に派遣艦隊が出撃してからどうもソワソワしている。
視線は届かず、彼女の関心は手元の月見うどんに戻ったようだが。
がたりと席を立つ。
「え? 赤城さんもう良いんですか?」
「良くないですよ? あと3杯くらい頂こうかと」
流石ですと翔鶴。
正直なところ、会話を切り上げて瑞鶴の苦言について少しだけ考えてみたかった。
そもそもだ。あの馬鹿者が子供じみた仕返しをやってくるから、こんな膠着した状態になるのだ。あれが悪い。
……嘘だ、感謝している。彼が居なければ自分は水底だった。身体がではなく心が。
だから、あの弱メンタルの寂しがり屋を支えたい。
ここまでこじれてしまったのは、お互いのせいであるけれど。
悩んだ挙句、結局焦りは捨てる事にした。インド洋までの通商路を解放しなければ、祖国の、世界の窮状は変わらない。支えたいと願うなら、浮ついている場合ではない。
何しろ物資不足の当鎮守府である。彼女が人より戦果を挙げるのは、人より物資を消費するからだ。主に米を。
「鳳翔さん、あと5杯お願いしますね!」
艦隊のお艦は呆れたように笑い、大きなお盆を用意した。
一点説明させてください。
本作に登場する模型は筆者が主宰する創作サークル「王立銃士隊」のメンバー谷利氏に製作して頂いたものをコラボ企画で公開しております。
元々は一次創作の挿絵として製作いただいたものですので、それ故にカラーリングや国籍マークが明らかに日本軍のものでない機体がありますが、分かりやすさ重視でご勘弁ください。
今回の機体は陸上攻撃機〔炎山〕です。〔一式陸攻〕を四発化した重爆撃機です。強化したパワーを防御力に充てている為、敵にとっては「ワンショットライター」どころか堅牢で厄介な存在となりました。
もちろん、作中では妖精さんが操縦しております。
サークルの作品『イリッシュ大戦車戦・改』に登場します。
https://ncode.syosetu.com/n0965hm/