”まあ、あれよね。
駄目司令官は駄目だけど、駄目駄目では無かったって事ね”
朝潮型駆逐艦、霞のインタビューより
『何があった?』
端末を耳に当てた時、既に赤城は居ない。
既に艤装を受け取りに工廠へ向かったのだろう。
『レーダーが飛翔体を探知、
『すぐ行く! 待機中の基地航空隊は上げておけよ』
俺は回線を繋いだまま地下の指揮所に走る。大変な異常事態だった。
洋上警戒中の艦娘たちが迎撃準備に入っているだろう。そこで対空配置に就く筈だ。
『すぐ戦える空母は?』
『まだ全員が艤装を受け取っていません。演習中の瑞鶴さんたちは実弾を持っていませんが、長門さんたちが帰投したばかりなので、もう少しで出られるそうです』
と言う事は、警戒部隊を率いている龍驤が唯一と言う事だ。
それも当然の事で、外洋で哨戒網を敷くピケット艦隊と、鎮守府周辺を警戒する艦隊。2重の警戒網を突破されるなど、どこの鎮守府だって前提としていない。
しかし、飛翔体とは……。
通常のミサイルは艦娘には効果薄で、拠点を狙っても着弾までに撃墜は必至。となると航空機という事になるが、その場合ピケット艦隊の哨戒網に引っかかる。空母など近寄れる筈がない。
奇策とは認識の範囲外を突くもの。
やはり、深海棲艦も人類の思考を読んで戦っているのだろうか?
階段を走り下りる途中、そんなことを考えた。
「不明機は約24機。あと12分で到達します!」
指令室に飛び込むと、待っていた大淀が駆け寄って来る。
既に人間の曹士――ではなく下士官たちが配置についてレーダーとにらめっこしている。
「12分? 探知したのは
「試みましたが、合致するデータはありません」
そいつは本当にアンノウンだ。
分からない敵、それは時に強敵以上の脅威と言える。
「基地航空隊は?」
「〔雷電〕1個区隊がそろそろ接触します」
基地航空隊。妖精たちが運用する航空部隊。この基地にいるのは液冷型の〔雷電〕。
有用な戦力だが艦娘の神通力を介する存在ではない。敵の新兵器とやり合えればいいが。
なので……。
「墜とさなくていい。情報を得る事を優先させてくれ」
彼女らには艦娘を補完する戦力に徹してもらっている。それを不満に感じている様子はないようであるし。
「敵を目視しました! 今から攻撃に……あっ!」
「どうした?」
尋ねてはみるものの、電探の情報を見れば結果は分かる。
「速すぎて追いつけずに突破されたと……」
だろうな。だが知りたいのはそこじゃない。
「飛翔体は艦載機のようです。ただ……”巨大なロケットエンジンのような円柱形のユニット”を抱えていると」
「やはり新兵器か」
「でも、いったい何処から? あれで航続距離を延長したんでしょうか?」
夕張も新型に興味はあるのだろう。余裕があれば外見から性能を推測してもらうところだが、残念ながらそんな時間は無い。
「恐らくな。だがこれで連中の目的が見えた」
「と、言いますと?」
大淀の表情は知りたい半分不安半分と言うところだろう。
問いかける表情にもいつものような余裕はない。
「目標は鎮守府の施設だ。20機やそこらの艦載機じゃ艦隊相手に出来る事は知れている。だが、ドックなり工廠なりを損傷させれば鎮守府の動きを止められる。こちらの
そうなると、このまま戦うのは面白くない。
少々冒険になるが、問題なかろう。先輩が育てたのは
「艦娘を
大淀と夕張の目が見開かれ、失望に変わる。機器を操作する下士官たちも同じだろう。
司令部施設だけ守っても艦娘たちは戦えない。ドックが無ければ傷も癒せないし、工廠が無ければ装備も使えない。貯蔵している資源が失われたら出航さえできなくなるだろう。
問題を先延ばしにした命令。動機は自分だけが助かりたいがため。そう取られても仕方がない。
構わず背を向ける。言葉で説得する時間も信用も無い。行動で示すのみだ。
「どちらへ?」
呼び止めた大淀の声からは諦観が感じられる。
俺だって何も感じないわけではない。だが根回しをしている時間も無い。
「囮を使って敵を司令部施設の上空に誘導する。そこで一網打尽にする」
「そんな囮何処にいるんです!?」
とうとう声を荒げた大淀に、俺は不敵に笑って、その実冷静を装い謳った。
「ここにいるだろ? とびきりの囮が」
失望の色は驚愕に変わる。
深海棲艦が人間の意表を突くような戦いをしてくるようになったのなら、行けるはずだ。
やはり奴らは、人間の戦いを研究している。提督の暗殺を狙ったと疑われる作戦も確認されているのだ。
ならば、それを逆手に取ることも可能なはず。
顔を見合わせる2人を置いて、俺は駆け出す。
非常階段に向けて。
◆◆◆◆◆
鎮守府上空に飛来した飛翔体は、巨大な円柱を切り放す。
雄叫びと共に急降下を始め、工廠に向けて爆弾を切り離……す前に吹き飛び、四散した。
「ったく…どんな采配してんのよ…本っ当に迷惑だわ!」
吐き捨てるように悪態を吐く。もう何度目だろうか。
工廠を朝潮型駆逐艦、霞は、有り合わせの装備で上空に砲弾をばらまいていた。
自分用に調整された艤装ではないので、照準に残る微妙な癖が嫌な感覚だ。
艤装は重い。整備科の兵隊たちがクレーンで持ち上げて艦娘の背中に取り付けてゆく。こちらから出陣するならいいが、奇襲を受けた今となっては、手当たり次第に艤装を載せて戦場に出すしかないのだ。
「ほんっっとに! 最悪! 大外れよ! あの駄目司令官!」
前任のクズ司令官は
今回のはクズにも値しない。ひたすらダメダメだ。
『霞、そっち行くわよ!』
続いて工廠を飛び出してきた不知火が、敵機を追い回している。やはり艤装との相性か、いつもの彼女からは想像できないほど精彩を欠く。
向かってきた1機に両用砲と対空機銃を斉射する。また照準が微妙にズレた。最悪だ。
『全艦、司令部棟に向かえ! 現地点は放棄してよし!』
「!!」
激高のあまり司令部に向けトリガーを引きかけた。大淀や他の職員たちの存在を思い出し、我慢したが。
「霞、行かないと!」
「……行けるわけないでしょう! ここには整備兵がいっぱいいるのよ!」
陽炎の言葉を遮って、あんたたちは行きなさいと司令部棟を指さす。片手で砲を撃ちつつ。どう考えたって2人たちも行きたいわけがない。それでも命令は命令。自分はそれに従うつもりはないが。
「あーもう最低! 何もかもめちゃくちゃよ!」
「分かってますけど! ここで統制を欠いては敵の思うつぼ……」
「ねえ! あれ!」
説得を試みた不知火の肩に、陽炎の手が置かれた。
目線の先、司令部棟の屋上には、
艦載機は工廠を引き上げ、司令部棟へ向かう。
陽炎が言った。
「確かにめちゃくちゃだけど、まだ駄目になってはいないわ!」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
屋上を見上げた戦艦長門は、目を見開いて息をのんだ。
信じると決めた。反発する声も、時は必ず来ると自分が受け止めた。
だってあの人が。
だってあの人が選んだ
一度やると決めたら断固やるべきだ。迷っては駄目だ。
『長門、お前が指揮を執れ』
それでも先程の命令は全てを疑いかけた。信じ続けて良かったよ。全く!
軍刀の束を握りしめ、微動だにせず曇天の空を睨みつける男。
無線の主、津田宏武大佐だった。
「ふっ、ふはっ!」
謎の笑みが漏れる。
これは、これはなかなか……。
なかなかに愉快じゃないか!
『どうした? 不満なら俺ごと吹き飛ばしてくれても構わんぞ?』
『無用だ! 下手に動いて破片に当たらないようじっとしていろ。
あらら、と。
後に続く陸奥がからかうに微笑んで、何も言わずに背中を合わせた。
こういう時、実は妹の方が寡黙だ。
だが、何も苦言してこないのは、彼女もこの事態を歓迎しているという事に他ならない。
将帥が兵隊の支持を得る方法はシンプル。
トップもまた自分たちと共に戦っている。そう思わせる事だ。
問題は兵隊の心を掴めなければ空振りどころか逆効果に終わる事だが、津田と言う男はそれをアドリブでやってのけた。
恐らく、この行動だけで彼を認めた艦娘も少なからずいるだろう。
まったく、こんな小賢しい奸計でどうにかしようなどと、
最初の混乱から立ち直ってしまえば、後は歴戦の艦娘たちが砲列を敷いて待っているのに。
『全艦ッ! 撃ち方始めッ!』
長門の雄叫びを合図に、司令部の空は火花と砲煙で埋め尽くされた。
今日の挿絵は〔液冷型雷電〕です。
発動機を〔火星〕ではなく〔DB605〕を前提に開発された〔雷電〕です。製作は谷利氏。
主翼は空冷タイプと共通化されているので、武装も同じです。機体の紡錘形も共通しています。