”目には目を、歯には歯を。一航戦は決して斟酌しません”
空母赤城のインタビューより
憲兵たちに動揺が走る。基地のシステムは死んでいるからだ。
「おい赤城、お前どこから……」
一航戦筆頭からは返事はない。代わりに、憲兵たちへの警告が室内に響いた。
『叛徒の皆さん、
大尉の足がどいたので頭を持ち上げてみる。憲兵たちが一斉に拳銃を抜いて身を屈め、ドアに向けていた。
あれでは駄目だ。ろくに射撃訓練など受けていない自分でも、動きの拙さが分かる。
「そんなに大切な提督なら巻き添えにしたくないでしょう? 大人しくヘリポートまで行かせてもらえませんかね?」
こいつらはこのまま俺を〔オスプレイ〕まで連れてゆくつもりだ。
艤装があれば切り抜ける事も出来ようが、システムが落ちている現状では……。
「……決裂ですね。あなた達は慢心が過ぎたようです」
次の瞬間、部屋が地震のように揺れた。
続いて大量に崩れ落ちるコンクリートの破片、飛び降りた戦艦長門は憲兵たちに目もくれず、大尉の頭にアイアンクローをかけて、放り投げた。壁に激突し、ずり落ちる。
憲兵たちが立て続けに発砲……しても、深海棲艦の砲弾を弾く超弩級戦艦である。傷ひとつ付ける事はできない。
続いて飛び込んできたのは妖精が乗り込んだ艦載機たち。彼女らの仕事は更にシンプルだった。部屋を飛び回りながら精密射撃で拳銃だけ破壊してゆく。
憲兵たちは痛感している事だろう。自分たちが逆立ちしても立ち向かえる相手では無かったと。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
部屋から出された時見た景色では、既に夜が明けようとしていた。
俺はそのまま医務室(人間用)に直行したわけだが。
「ご主人様御免なさいっ! 私がちゃんとっ!」
「大丈夫だっての。お前は良くやってくれた」
わーわーと泣き出す漣の頭を撫でていたら、やっと張り詰めていたものが抜けた。連行されてゆく憲兵さんたちの処遇は俺が
「で、基地のシステムごと落とすなんて大技をやってくれたわけだが、どうやって復旧した? 明石か?」
ひょいと顔を出した明石が、ドヤっと右手を挙げて見せた。
「それは簡単ですよ。こちらも向こうを監視していたんです。流石に全部の情報は掴めませんでしたが、基地の電気系統についてを調べていたので、予備システムをチョイチョイと」
プラモデルみたいに言うな。
「で、漣さんが知らせてくれたから、仕掛けておいた盗聴器を起動したら、ビンゴでした」
それはありがたかったが、そもそもわけが分からない。なぜ自軍の憲兵さんを監視せねばならんのだ。
何故気付かないかと笑いを堪えながら、赤城が言った。
「
俺は爆笑のあまり、折れた鼻の痛みに耐えるのに必死だった。
奴らは艦娘をモノ扱いした挙句、モノではない彼女たちに手玉に取られたんだから、こんな愉快な事はない。
「基地の復旧は?」
「もう終わってます。念のため川内たちが周囲を警戒してくれてますが、夜だからって喜んで行きましたよ」
まあ、ご期待通り夜戦は発生して無いだろうが。
「さあ、もう休みましょう。漣も、七駆の皆が心配しますよ?」
「……はい」
「おー、今日はありがとな」
手をひらひらさせて見送る俺に見送られるた艦娘たちは、小銃を持った警備兵たちの敬礼を受ける。どうやら不幸にも俺の警護を命じられたようだ。
椅子を使って良いと命じたら、そうはいきませんと敬礼された。
「そうそう」
立ち止まった赤城が言う。
「明日の『総員起こし』はちょっとした趣向をこらしましたので」
趣向? なんだそれは?
その時、まあいいかと流したのが一生の不覚である。投げ込まれたのは大変な大型爆弾だったのだから。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
朝の準備を終えた艦娘たちは、訓練や任務に入ろうとする。昨日のシステムダウンは大騒ぎになったが、そこを斟酌してくれる深海棲艦ではない。そこに異例の緊急放送である。興味も集まった。
普通、「総員起こし」はラッパが鳴った段階で全ての準備を終えなければならない。潮気のついた艦娘たちは準備完了して「総員起こし5分前」を待っていた(一部を除き)。
そして、流れてきたのは……。
『……朝のマイクチェックよし。緊急放送です。えーと、赤城さんより『先月着任された津田提督の
何事かと布団の中で聞き耳を立てていた彼女たちは、大いに面食らう事になる
『……あんたらは、船乗りじゃねえ』
なんだ? これは……。
声は津田大佐らしい。いつもの不機嫌そうな声とは全く違うが。
『フネを信頼して身をあずけない奴は船乗りじゃねえ。あんたたちに海軍の制服は似合わねえ。潮気のつかない
放送では、誰かが自分たちを罵倒しており、あの小役人の津田大佐がそれを擁護してくれているらしい。
出来合いの言葉ではない、彼自身のもの。そして艦娘たちが提督に求めるもの。
『ああ! そうしてやるさ!
ざわ……。
艦娘も、海軍軍人たちも。
ある者は単純に驚き、ある者は顔を見合わせ。
そしてある者はにやにや笑いをした。
その後、赤城よりこの発言がされた背景が語られる。
放送が終わった時、沈滞した鎮守府の空気はすっかり変わっていた。
◆◆◆◆◆
「”せんべろ”って言うらしいよ?」
「せんべろ、ですの?」
親友がまた変な事を言い出したと、熊野は首をかしげる。
鈴谷と言えば警戒する熊野に気付かず、聞きかじってきた話を並べだす。
「本当は鈴谷たちの事が好きで好きでたまらないのに、ついつい意地悪な事を言っちゃう最新の流行語だって」
「……何処から突っ込むべきかしら? それは”ツンデレ”では? ついでにもうずいぶん昔の言葉ですのよ?」
「い、いーじゃん! 流行はまた巡るの!」
まあ、この子の語彙はいつもこんな感じである。
そこが愛らしいと言うか色々心配と言うか。
「でも、今時そんな天然記念物がいるんですの?」
「小学生とかそーじゃん。島の学校行くと男の子はみんなあんな感じだし」
完璧かつ容赦ない的確な表現だと熊野も思う。
まあ、今まで遠巻きに見ていた提督だったが、一度世間話でも振ってみても良いかも知れない。
◆◆◆◆◆
自室で放送を聞いていた六駆の面々は皆、知らせを判断しかねるように考え込んでいた。
津田については、近寄りがたいものを感じ距離をとってきた彼女たちである。今更それを変えるべきなのかどうなのか。
だが突然立ち上がって拳を握りしめた者がいた。
「今まで私たちに話しかけたくても出来なかったのね! 可愛いとこあるじゃない!」
「はわわ、また雷の病気がはじまったのです」
確かに、
船の時代でも気の弱い新兵を気にかけていた。
フネの頃は人間に干渉できなかったが、人の体を得た今過干渉にならないか心配だったりもする。
「悪ぶって気を引こうなんて子供じゃない。レディの相手にふさわしくないわ」
ふんす、と腕を組む暁の言葉も届かず、雷は止まらない。
「そう言うダメなところを私が立ち直らせてあげるの!」
どうする? と視線を向けられた響は、処置なしと肩をすくめて見せる。
「前任は良い人だけど隙が無かったからね。庇護欲を持て余してたのさ」
3人はやれやれと軽い溜息を吐くが、悪い気分ではなかった。
何故なら……。
「でも、新しい司令官さんも悪い人じゃなさそうで良かったのです」
結局、彼女たちの見解は一致した。
まずは、少しだけ話してみようと。
◆◆◆◆◆
「やめろおおおおおお! やめてくれええええええ!」
灰の様に燃え尽きる俺は、漫画の様に頭を抱えて悶絶した。
赤城よ、まさかこんな形で今までの仕返しをしてくるとは。しかも最も核心をついたやり方で。
いや、自業自得ではあるが。これはないじゃないか。
一連の恥ずかしい情報に続き、状況説明と一連のやり取りを編集したラジオドラマのような何かが放送された。
最後に、ダメ出しのコメントが付け加えられた。
『以上について、赤城さんから補足があります。『彼は鎮守府の作戦を妨害する者から私たちを守るために、止む無く嫌われる行動をしていたのです。どうか優しくしてあげてください』だそうです』
……人間って羞恥だけで死ねるんじゃね? と初めて思った。
あいつのことだ。謎の敵対者の存在まで暴露しやがったのは意図的にだろう。もう自分は知っているぞと。。
とは言えこの事件後、何故か鎮守府に活気が出始める。
俺を見て不安がる艦娘が居なくなったのだ。それどころか皆積極的に話しかけてくる。
俺を嗤いに来た、わけでもなさそうだしなぁ。
「あっはっはっは! ご主人様やっちゃったんですね!? 溢れる青春のパトスをぶちまけたんですね!? ねえねえ今どんな気持ち!?」
「……てめえ」
昨日の殊勝さは何だったんだろう。
今日は優しくして『間宮』くらい、とか思った俺が浅はかだった。