”勝利の美酒に酔う暇も無かったな。
また苦難の日々が再開ってわけだ”
津田宏武提督のインタビュー
全てが終わった夜。
この勝利で、米国・カナダと日本を結ぶシーレーンが復活した。戦いは続くが、今後はハワイの米艦隊と相互支援できる。提督がいないために内地で着任を待っている艦娘たちと、同様の状態にある米国・欧州艦のトレードも行われるだろう。
鎮守府はおろか、人類全体の正面戦力はかなり増すはずだ。
これが最後の1缶。空気が抜ける音で、酒宴は始まる。最後の
摩耶の奴に随分と持っていかれたが、この一杯は死守したぜ。柿の種が無いのが唯一の心残りだ。
いやあ、やっぱビールはキンキンに冷やして乾いた喉に流し込むのが最高だね!
ふと、手が止まる。水面の向こうのあの人に、尋ねたくなったから。
……俺、やれてましたかね。木葉先輩。
返事など無い。当然の事だが。
「こんなところで何やってるんですか?」
背後から声をかけられ、俺はビールを取り落としそうになった。
「脅かすなよ。赤城」
「脅かしてませんよ。あなたが隙だらけだっただけです」
確かにそうだ。こっちは人間なので大目に見て欲しいが。
「悪いな。お前の分はないぞ」
彼女は大げさに溜息を吐いて見せる。若干の苛立ちと共に。
「いりませんよ。祝勝会の最中とは言え、旗艦の私がお酒の匂いをしていたら、皆さんどう思われます?」
構わないんじゃないか? そう思ったが、わざわざ彼女の矜持を否定する事もなかろう。俺は曖昧に笑うだけで済ませた。
「それより、いい加減祝勝会に顔を出してください。皆さん待ってますよ?」
「いや、こういう時上役ってのは出しゃばっちゃいけないもんで……」
「なに型にハマった良い上司ぶってるんです」
いや、飲み会で実際そうしてくれる上官もいるにはいたから!
「そうなんだがな。本来なら皆の賛辞を受けるのは先輩だったわけで。俺はひっそり月夜の祝勝会で良いかなーと」
二度目の溜息。今度はもっと盛大だった。
「じゃあシンプルに言いましょう。皆さんは提督が来て欲しがってます。あなたはその気持ちを踏みにじると。そう言うわけですね?」
「……ずるくない?」
「ずるくないです」
どうにも居心地が悪いな。俺はうっかりと胸ポケットに触ってしまう。あー、そう言えば……。
「煙草、切らしたんですか?」
「いや……」
桟橋に置いたビールを取り上げ、最後の一口をあおる。もう温まって苦くなっていた。
「禁煙したんだよ。ここに来ると決まった時に」
それだけの覚悟を持って煙草断ちしたのに、この女はくすくすと笑いだした。本来はふくれっ面でもしてやるべきなのだが、思いっきり不本意な事に少しだけ――見とれてしまっていた。
「提督、何かお忘れでは?」
「何かって何だよ?」
「私たちは、80年前から来たんですよ? 当時は艦内で煙草は吸い放題。誰も臭いなんて気にしませんよ?」
あっ……。そう言えばベテランの曹士から聞いた事がある。昔は護衛艦でも休憩時の喫煙が許されたとか。昔の海自でそうなら旧海軍だってそうだよなぁ。
ここ数か月の無駄な努力を思い、どっと疲れを感じた。
「それで、また煙草を始めるんですか?」
提督は外洋で指揮を執ることはあっても基本は鎮守府でどっしり構えている役職。海自時代のように航海中は吸えない、なんてことも無い。副流煙がどうと騒ぐ者もいないなら、ある意味天国のような環境ではある、が。
「やめとくわ。金もかかるし部屋も汚れるし、何より鳳翔の飯を楽しめないのは勿体ない」
「そうですか」
見上げた赤城の顔は、何やら満足げだった。
「まだ自由な体に未練があるみたいですけどね――」
彼女は少し間をおいて、言った。
「あなたはもうとっくに、鎮守府の一員ですよ」
「……そうか」
そこまで言われちゃしょうがない。皆の前でへたくそな演説か親父ギャグでもかまして、にぎやかしにでもなって来るとしよう。
俺は立ち上がろうとして、右手を差し出した。彼女は一瞬ためらって、ゆっくりと俺の手を……握ろうとした手が止まった。
「しれーかーん! ここにいらしたんですね! 大変ですっ!」
駆逐艦吹雪がクリップボードを抱えて、走って来た。
「お、大淀さんから連絡ですっ!」
クリップボードを受け取って一瞥し……溜息を吐いた。これは、相当に荒れる案件だ。
恐らくだが、大淀は放送を使うと祝勝会を妨げると判断したのだろう。
「あの、なにが?」
不安そうにクリップボードを覗き込んでくる赤城。こいつが一番知られて厄介なひとりなのだが、隠してもしょうがない。そのまま渡してやる。
彼女の目は見開かれ、すぐに踵を返し、駆け出した。そうせざるを得なかったのだろう。
ボードに張り付けられた資料にはこうあった。
『敵機動部隊残骸より、新たな艦娘を救出。その艦名は――』
『空母加賀』
終わりは次の始まりでしかない。
そんな当たり前の事を直視させられ、俺はただ立ち尽くした。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
丹賑島 北東1000km
「モウテキノショウカイケンガイ」
”彼女”は暗い暗い夜の海を見下ろし、北東の彼方を見つめた。あの先に友軍の拠点、ダッチハーバーがある。
月明かりが、彼女の
「悪いけど、
”彼”は苦笑を堪えつつ、相棒に告げる。
彼女はほんの僅か、残念そうな顔を浮かべた。
「わかっタ。もう敵の哨戒圏外。これでいい?」
「うん、ありがとう」
2人が身を任せているのは、硫黄島で鹵獲した小型艇である。何しろろくな整備もしていないので
「……まだ間に合う。本当に良い?」
片言だったが、彼女の言葉は正確に伝わった。
「もう僕は君たちに作戦を提供してしまっている。今更戻ってもスパイ容疑さ」
彼の言う事は分からなかったが、今戻ると仲間に攻撃されるようだ。彼との友誼で知ったつもりになった人間は、自分が思うより複雑怪奇な存在らしい。
「気にしなくていい。僕は僕の望むことをやるだけだよ。大切な
「家族……。血縁のこと?」
「血縁だけじゃない。なんて言うのかな、強い絆で惹かれた間柄はみんな家族なんだよ。出来れば君ともそうなりたい」
「キズナ」なる概念が良くわからない。それでも恐らく褒められていると分かった。
ありがとうとお礼を言う。
「まあ、その辺りもおいおい教えていくよ」
彼が楽しそうに笑ったので、自分も笑ってみる事にする。少しだけ楽しいと思った。
「それに、思い切り優秀な後任を置いてきたからね。娘を嫁に出すみたいでちょっと複雑だけど」
「それは、私たちには障害」
彼は肩をすくめ、彼女の青い目を覗き込んだ。
「いいかい。君と彼女らが争うような事は絶対にしない。僕を信じて欲しい」
息をのんだ様子の彼女だが、その言葉はしっかりと伝わった。神妙に頷く。
「分かった。あなたを信じる。
「樹で良いよ」
一見敗残兵の集団でしかない数隻の深海棲艦は、ひたすらにダッチハーバーを目指す。彼らが、人類と深海棲艦、そして艦娘の関係に大きな大きな一石を投じる事になる。
これにて、第1部完結です。
続きは鋭意執筆中ですので、少しだけお待ちください。
第2部公開までに、気まぐれに短編を挟むつもりです。