”どんな状況下でも最善を尽くす。それ事こそが一航戦の在り方です。
提督がどんなお考えだろうと、ただお支えするのみ。動揺など微塵もありませんでしたよ?”
空母赤城のインタビュー
「こちら第一艦隊! 追撃の許可を」
「追撃は許可できない。帰還しろ。命令だ」
「しかし!」
「……命令だと言った」
何故このような。このような人が……。
東京都、
「大丈夫。悪い事にはなりませんよ」
最近、それが口癖になっている。
提督と艦隊の中核がまとめて行方不明。そんな状況だ。不意に覗かせる不安を和らげるには、そう口にするしかないが。
実のところ、それを最も信じていないのは、一航戦赤城、彼女自身である。
とにかく皆余裕がない。
戦いそのものは決して負けていない。立て続けに敵を罠にはめる前任の手腕で、硫黄島を占拠した深海棲艦は確実に戦力をすり減らしている。
と言うのに、頭脳と精神的支柱を同時に失った鎮守府は足並みが揃わない。形の無い不安は、勝ち戦を無残な敗戦に変えてしまう。そう、慢心と同じく。
中核である空母部隊も、サブリーダーである加賀を失った。
戦闘に埋没しがちな自分を抑えてくれるのは彼女くらいのもの。機動部隊のチームワークも以前とは比較になるまい。
いや、それも言い訳で、親友を失って意気消沈する部分が一番大きいのかもしれない。
後任がその穴を埋められるか? その疑念を持つのは他の者と何ら変わらない。立場上信じるとは言っているが。
彼の指揮はとにかく消極的だ。ダッチハーバーからの補給艦隊や、港湾施設への基地施設へのゲリラ攻撃ばかりに固執し、主力艦隊には目もくれない。
案の定艦隊内でも評判が悪い。自分が突き上げを食らわないのは、加賀を失ったダメージを気遣ってだろうと思う。
急がねばならない事情もある。前任が計画した硫黄島の攻略作戦。これをやり切らねばこの海域の深海棲艦を一掃できない。
鎮守府が力を合わせて取り組んできた目標が、水泡に帰すのだ。
「一航戦赤城、入ります」
いつものように人懐っこい笑顔を装って執務室の扉をノックする。
そんなものすぐに崩れると知っているけれど。
「赤城さん、乙です!」
書類から顔を上げたのは秘書艦の漣、ようやく古巣に戻って来た艦娘だ。
養成機関で現任の教育役を務め、そのままこちらに同道したらしい。
なお、着き従う津田大佐の態度に反し、妙に気安い。
「忙しい所に呼び出してすまんな」
新任の提督、津田宏武大佐はディスプレイの陰から顔を出すと、モニターアームをずらして姿勢を正した。
「……仕事ですので」
顔は笑っているが言葉に棘が出てしまう。
前任に反発していた頃の加賀もこんな感じだったと思い出す。
「じゃあ用件だけ言うが、前任の木葉中将が計画した硫黄島攻略作戦。あれを延期にしたい」
「なっ!!」
爪が手に食い込むのが分かった。
余程の事がなければ外面を保とうと思っていが、これはない。
「……理由を伺ってもよろしいでしょうか?」
問いかける声には怒りが籠っている。
『赤城さんは、ここぞと言う時熱くなりがちですから』
今は居ない親友の苦言を思い出し、短く深呼吸する。自分だって人の事は言えない癖に。
「予想される損失が大きい。作戦を手直ししたい」
あの作戦は、鎮守府の結束、いや鎮守府そのものだ。
多くの艦娘や、基地勤務の軍人たちまで戦訓を聞き取り、協力してひとつひとつ問題点を潰していったのだ。
「具体的には?」
当然の疑問である。
あれを却下するのはより良い計画案を出してもらわなければ収まらない。
「そう来るよな。ほら、これだ」
差し出された計画書にしわが寄りそうになる。受け取った手に力が入ったからだ。
「これ……漸減作戦!?」
提督は悪びれもせず、言い放った。
「そう、北上してくる敵をひたすら待つ」
それは史実の海軍が放棄した、ありえない程手前勝手な作戦だった。
なにしろ、敵が自軍に向けてひたすら突っ込んでくる事を前提としているのだ。
「待ってください! 人間同士の戦いならともかく、深海棲艦は増えるんですよ!?」
そう、深海棲艦は狩っても狩ってもやってくる。
内地の作家は彼女らを船幽霊に例えたそうだが、その比喩は的を射ているように思える。
「その増える分だけ削っとけばいいらしい。上はな」
「はぁ!?」
ここまで大声を出すのは鎮守府の”仲間”にはありえない事だった。
目の前の男が異星人に見える。
「有り体に言って、ここは警戒されてるんだよ。今まで勝ち過ぎたんだ。お偉いさんは『現状維持』がお望みだ」
「それで良いと仰るんですか!?」
いくら食い下がっても答えは変わらない。
「だって俺は公僕だぜ? 上から来た命令を下に流すのがお役目さ」
目の前にいるのは、戦う前から諦観に沈む弱者でしかない。
執務室を飛び出してから、ドアを叩きつけるように閉めた事に気づいた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「あーあ、また嫌われちゃいましたね。中二病乙」
ディスプレイから目を離さず、漣は言う。
分かってはいるんだが……。
「しょーがねーだろ。ここで変に入れ込んだらそれこそ台無しだ」
勿論本音ではないし、尋ねた漣も答えは期待していない。こちらの事情も理解してくれているし、それなりの信頼関係もある。こいつとは養成機関からの仲だ。
正確に言えば言いたくても言えない事情を分かってなお苦言している。
「それはいいけど、何とかしないとますますご主人さまが嫌われるよ?」
帰ってきた声色は、いつになく不安げだった。
「……そりゃ分かってるが、お前俺が背中を撃たれるところが見たいの?」
「いいですネ! 『圧倒的だな我が艦隊は!』とか言ってみましょう。ご主人様似合いそうですし」
「……てめぇ」
着任はしたものの、俺はスタート位置にすら立っていない。
艦娘たちと関係を築く事はまだできないし、するべきではない。
俺は保身万歳な小役人。それが今の津田宏武だ。
「ここで攻勢に出て戦力をすり減らしてみろ。ただでさえ機能していないハワイへの航路が完全に寸断される。ここは戦力を誇示して敵の動きを封じるべきなんだ。所謂フリート・イン・ビーイングだな」
余りのも微妙な言葉である。仮にも俺は見敵必戦の日本海軍を肩書にしているのだから。
「……と言う設定、な訳ですよね?」
漣が問う。ポッキーを器用に咥えながら。
別にこちらも好きで嫌われているわけではない。作戦発動までぼんくらでいた方が都合が良いんだ。
「とにかく、赤城には悪いが耐えて貰う」
冷めたコーヒーに手を伸ばした時、プレハブの扉が強引にノックされる。
『五航戦瑞鶴です! 入ります!』
通達への抗議者第1号は彼女らしい。
とは言え、彼女は若手空母の纏め役だ。以前は相当にじゃじゃ馬だったそうだが、最近すっかり落ち着いている様子。陳情もただの主戦論ではなく「これだけでは責任を持って後輩たちを納得させられない」といったところだろう。
あいつも加賀を失って、何とか状況を立て直そうともがいているのだ。
ちなみに、根拠は先輩と漣からの資料による。
(やれやれ、まるで俺みたいじゃないか)
それは感傷なのか自嘲なのか。
俺は最初の抗議者に入室を促した。無論全員に対応するつもりだ。
俺の目的は、この
そのためにはあらゆる手間を惜しまない。皆のヘイトを引き受ける事になっても。
どうせ前任のように愛される提督にはなれない。そもそも、俺にもうそんな資格は存在しないのだから。
過去を持ち出して居直れば、少しだけ楽になれる気がした。
ヘイトを受けてますが、マイルドな描写なのでご容赦を。もう2、3話で色々変わり始めます。