【旧作】『仮免提督といじわる空母』【ログ】   作:萩原 優

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第4話「空母は喪失感に抗う」

”この時の鎮守府は、完全に支柱を欠いていた。

 

怯える者、反発する者、醒めた目で状況を見る者。とても決戦に赴ける状況ではなかった。

一般的に、名将津田宏武が揺れる鎮守府を即座に纏め上げた事になっている。

 

当事者の話を聞く限り、状況はもっと複雑なようだ”

 

ネイビー・タイムズ中国版 終戦3周年記念号より切り抜き

 

 

 

 久しぶりにまとまった戦力で出撃を命じられ、機動部隊は俄かに盛り上がる。

 目標は敵艦の居ない港湾施設と知って皆肩を落としはしたが。

 

「赤城さん。せめて演習用の燃料だけでも交渉させてください。このままだと……何か、嫌な空気になります」

 

 上申する瑞鶴の気持ちはわかる。

 指導者を欠いた上、ただ止まっていろと命じられた軍隊は、必ず空気が弛緩する。一掃するには一発勝利が必要だが、それが出来ないなら手足を動かして何かしらの目的を達成する事だ。

 

 ミッドウェイ以来の苦境と、提督(前任)の下で戦った経験から学んだ嗅覚だろう。こちら(令和)に来てばかりの彼女を考えると、大きな成長と言える。

 今までそうやって気を回すのは、加賀の役目だったが。

 

 瑞鶴の戦いは、加賀への対抗心と焦りから冷静さを欠く面があった。彼女の行方不明(MIA)以来、今度は過剰に慎重な戦いをするようになっている。

 それが良い事だとは思えない。武士(もののふ)の勘が告げるのだ。

 

 後任の津田大佐は典型的な小役人で、共に取り組んだ作戦をひっくり返そうとしている。

 以前の彼女なら、迷わず爆撃していたのではないか。

 

「はいはい。話は『間宮』で聞こうか」

「気持ちはわかるけど。ね?」

 

 気を利かせたのか、二航戦の2人が瑞鶴の背中を押して退場してくれた。

 翔鶴が申し訳なさそうに頭を下げて、3人を追う。

 

 去り際に飛龍がウィンクして行った。

 正直ありがたい。

 それだけに、今まで一歩引いていた自分が代わりに彼女と向き合えるか。

 あの後任の駄目采配に次ぐ、目下の懸念だった。

 

 結局、怖いのだなと思う。

 加賀はそんな自分を分かってくれていたから、盾になったり、補ってくれていた。

 

 できる事なら、感謝の言葉を伝えたい。

 今の彼女に、そんな言葉を受ける予知が無い事も知っているが……。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

『君たちは、いつまでそうしているんだい?』

 

 あの時の一航戦は完全に余裕を失っていた。

 

 加賀は後輩たちに同じ結末を迎えさせまいと厳しい指導を繰り返し、自分はただストイックに勝利だけを追い求めていた。

 

 2人とも同じだったのは、人間に対する不信感。

 

 ミッドウェイの失態とそれ以降の破滅。

 自分の不甲斐なさのせいではある。だが彼らは杜撰な計画で仲間たちを死地に放り込み。それを繰り返した。

 

 度し難いと感じた。まだやれた。まだ戦えた。

 

 まだ守れたのに。

 

 その思いが気づかぬ内に他責感を育てていたのだ。

 

『この戦いを憂さ晴らしで終わらせるなら、別に止めないけどさ。勝利は欲しくないかい?』

 

 確か不遜にも「貴方に言われなくともその為の努力はしている」などと答えたように思う。

 

 そうしたら、彼は引き出しを開けて、硫黄島の攻略計画と、その第一段階である敵主力艦隊撃滅の作戦書を手渡した。恐るべきことに上層部の承認印が入っていた。漏洩すれば即刻首が飛ぶ案件だ。

 

『君たちが話さなければ誰にも分からないよ』

 

 そんな恐ろしいことを言って、書類を差し出した。

 

『もし勝利が欲しければ、もう一度人間の、僕の手を取ってみないか?』

 

 彼は何でもない態度で語っているが、ミッドウェイに匹敵する大博打を今仕掛けている。そう気づいた。

 

 駒は要らない。同志が欲しい。

 自分がそれに見合わないなら切り捨ててくれればいい。

 

 そこまで言われたら、信じるしかなかった。とりあえずだが。

 

『じゃあ、旨いものでも食いに行こう。せっかく人の体になったんだ。人の楽しみも味わうべきだろ?』

 

 結局「とりあえず」でなくなったのは少し先の事だが、あの時作ってもらった大盛の親子丼は、自分たちの大好物となった。

 重油しか食べられなかった頃、水兵たちが旨そうに飯を食べていた理由がやっと理解できた。

 

 今まで知らなかった損失を取り戻そうと、ちょっとだけ(・・・・・・)お代わりをし過ぎてしまい、鳳翔に怒られたのは良き思い出である。

 あの時は食事と言うものの適量がよく分かっていなかっただけ(・・)なのである。他意はないのだ。

 

 それからは、充実した日々だった。

 失かつて失った仲間たちと再び海原を駆ける日々は、怒りに任せて戦うだけでは得られなかっただろう。

 

 視界に入れもしなかったこの基地の水兵や島民たちとも世間話を交わし、冗談を言い合う関係になった。

 若い水兵たちの姿に、かつての(船だった)自分を思い出した。柱島で乗り込んできた若い船乗りたち見守る空母赤城に。

 人間との思い出は、悪いものばかりではなかった。

 

 きっと明るい未来がやってくる。あの時とは違う。

 それから二人三脚、いや三人四脚が始まった。

 

 自分たちのアプローチが全て不発に終わった事。彼の中に自分達の好意を拒む何かがあると感じていた。

 あの日(・・・)出来なかった事を一緒に成し遂げてくれるなら、それで満足だったから。

 

 そう信じられたのは、彼と加賀を乗せた輸送機が連絡を絶つまでだった。

 

 提督を欠いていようと、深海棲艦が休んでくれるわけではない。おまけに上層部はあんな軟弱者を送り込んできたから、あわただしくて泣く間もない。

 

 あの時親子丼を食べたのは、もう自分だけになってしまった。

 

「勝利なんて、貴方がいなくなったら達成不能じゃないですか。……ばか」

 

 こんな独白を廊下でするなんて、迂闊が過ぎる。

 気が緩んでいるな。慢心している。

 

 提督(前任)の穴を埋めなければ。

 自分がやらなければ……。

 

 彼女は歩き出す。

 その思考こそが、かつての自分そのものだと気付きもしないまま。

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