【旧作】『仮免提督といじわる空母』【ログ】   作:萩原 優

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第5話「お艦は鎮守府を心配する」

”ご飯を見れば分かります。

落ち込んでいる娘、喜んでいる娘、体調を壊している娘。

みんな分かりますよ。ご飯を食べている姿を見れば。

 

それから、絶望しているひとも”

 

軽空母鳳翔のインタビュー

 

 

 

 前任提督がここを去ってから、皆の動揺を強く感じている。

 食が細くなった者も居れば、突然偏食になった者もいる。居酒屋『ほうしょう』に訪れる呑んべえ達の酒量も増えていた。

 

 軽空母鳳翔は思う。

 

 自分だって不安だが、不安がっても何の利益にもならない。

 まずは美味しいものを作り、栄養管理をきっちりして、食事を楽しんでもらう事だ。

 

「あ、赤城さん。今夜お店に来ませんか? 内地から物資が届いたので、久しぶりに親子丼、どうですか?」

 

 今一番重責を担うのは彼女だろう。一航戦赤城を見つけて声をかける。

 同じく重責を背負うのは戦艦部隊を束ねる長門だが、割り切りが上手い彼女はとりあえず大丈夫だと思っている。割り切りが上手いだけで、ストレスそのものに強いわけではないのは注意だが。

 

「親子丼、ですか……」

 

 好物の名前を出されて、少しばかり逡巡する赤城だが……。

 

「いえ、打ち合わせがありますので」

 

 結局いつものように固辞された。

 ちょっと前までの彼女を知っている者なら、目の前のやり取りがいかに非常事態か分かるだろう。

 

 そして実際のところ、赤城も心配だが空母組全員が危ない。

 

 前任の行方不明だけでなく、自分たちの接着剤を失ったのだ。

 一航戦の不調は五航戦を苛立たせ、二航戦からも余裕を失わせる。

 悪循環、不協和音だ。

 

 海防艦、駆逐艦の動揺も大きい。

 皆が不安。

 

 そして、その不安を鎮めるべき現提督が現場を放棄し、皆のヘイトを一心に集めている。

 だが、鳳翔は思うのだ……。

 

「おや、あそこにも腹ペコな人がいますね」

 

 丁度良いとばかり、丸まった背中に向け、小走りに歩みを進めた。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 置かれたどんぶりと、料理人の顔を交互に見つめた。

 

「これは?」

 

 半ば無理矢理連れ込まれた居酒屋『ほうしょう』。注文を取るでもなく、一方的に置かれたのは、湯気が漂うどんぶりだった。

 中には溶き玉子が浮かんでいるが、卵スープをどんぶりで出したのか?

 

「にゅう麺です。ご存じないですか?」

 

 箸ですくってみると、白い素麺が顔を出した。

 にゅう麺と言うのは、温かい素麺の事だと思い出した。

 

「うん、旨い」

 

 とじ玉子とかつおだしが胃に優しい。片栗粉でつけたとろみも心地よい。

 久しぶりに人間らしい食事を摂った。

 

「根を詰めすぎて、食堂にもお顔を出されないからですよ?」 

 

 居酒屋の主人、鳳翔はぬるめのお茶を差し出してくれる。至れり尽くせりだ。

 

「ストレス性の胃痛ですね?」

 

 ばれていた。それでわざわざ消化に良いものを作ってくれたわけか。

 

「……皆には内緒な」

 

 それだけ言って席を立とうとするが、観念して着席する。真剣な視線に捕えられたからだ。

 

「何が聞きたい?」

 

 宜しいと首肯して、お茶のお代わりを注いでくれる。

 

「皆さんが言うように何も考えずいい加減に振舞う方なら、ストレスで胃など痛めません」

「気のせいだ。いい加減に振舞って嫌われたから胃を痛めてるかもしれんぞ?」

 

 鳳翔が自分の事を言いふらすとは思えなかったが、かといってここでメッキを剥がしても良い事は何もない。

 押し通すしかなかった。

 

「漣さんがあんなに慕っていてもですか?」

 

 一番言われたくない話題を突かれて、仏頂面で茶をすする。相手はにこにこと林檎の皮をむいている。

 漣は俺を教育する為引き抜かれ、一緒に着任する形で戻って来た艦娘だ。にも拘らず初対面の艦娘たちにも溶け込んでいる。「誰かさんも見習うべきですネ」とか五月蠅いが。

 

 で、俺について聞かれても「悪い人じゃないです」とはぐらかし、悪口が始まるとさらりと話題を変えるらしい。義理堅いあいつのことだから予想はしていたが、構うなと言うのに。

 

 何とか抗弁しようとしたが、さっぱり勝てる気がしない。

 俺は降参を決め込んだ。

 

「悪いが態度を改める事はできんし理由も言えん。悪いようにはしないつもりだ」

 

 それだけ言って出された林檎に齧る。

 果物なんて今や貴重品だ。俺じゃなく誰かに食べさせてやれば良い。そう思ったが、甘味の誘惑に負けてしまった。なんとなく断るのも違う気もしたのだ。

 

「頑固ですね。まるで木葉提督(前任)みたい」

 

 つい真顔で鳳翔を見上げてしまう。驚きが隠せなかった。

 俺が木葉先輩(・・)と似ているなど、今まで誰にも言われた事がない。

 

「やっぱりお知り合いだったんですね。何となくですが、そんな気がしてました」

 

 どう取り繕ったものか……。

 小手先の言い訳では無理そうだ。

 

「分かりました。ではもう何も言いません。鎮守府をお願いいたします」

 

 は?

 今のやり取りで何を分かったと言うのだ。

 鳳翔は笑顔でやり過ごす。俺の怪訝そうな顔をだ。

 

「木葉さんのお知り合いで、同じ感じのする方ですから、きっと何とかしてくれるかなと思いまして」

「……そこまで信用されると、ますます胃にきそうだ」

 

 軽口はかわされた。何故か楽しそうな笑顔で。

 

「でも、条件があります」

 

 急に口調が変わる。

 それは駆け引きと言うより、悪戯を咎める保母さんか何かのようだ。

 

「ひとつは、全部済んだらちゃんと皆さんにごめんなさいすること」

 

 参ったな。これは俺に勝てる相手じゃない。

 ひょっとしたら、彼女は俺が逃げ腰なのも見透かしているのかもしれない。確かに生き残るための作戦と言うのもある。

 だけど本音の部分は――俺が艦娘たちとの接触を避けているのは、先輩のように敬意を受ける自信が無いから。そして、失望が何より怖い。

 

「それから、朝昼晩何時でも良いです。必ず毎日1回はここにちゃんとした食事を摂りに来てください」

 

 自分は漣しか艦娘を知らかった。

 艦娘と言うのはこう言う者なのだろうか?

 

「お前は、カウンセラーとかできそうだな」

 

 賞賛半分の皮肉はやはり通じなかった。笑顔と共に流される。さも当然のように。

 

「私は皆さんの為に美味しいご飯を作る。それしかできませんし、それがやりたい事ですので」

 

 艦娘。

 

 人の心を持ったフネ。

 

 そして、人と共に在り、共に戦う存在。

 

 俺は、この時既に覚悟を決めていたのかもしれない。

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