”ご飯を見れば分かります。
落ち込んでいる娘、喜んでいる娘、体調を壊している娘。
みんな分かりますよ。ご飯を食べている姿を見れば。
それから、絶望しているひとも”
軽空母鳳翔のインタビュー
前任提督がここを去ってから、皆の動揺を強く感じている。
食が細くなった者も居れば、突然偏食になった者もいる。居酒屋『ほうしょう』に訪れる呑んべえ達の酒量も増えていた。
軽空母鳳翔は思う。
自分だって不安だが、不安がっても何の利益にもならない。
まずは美味しいものを作り、栄養管理をきっちりして、食事を楽しんでもらう事だ。
「あ、赤城さん。今夜お店に来ませんか? 内地から物資が届いたので、久しぶりに親子丼、どうですか?」
今一番重責を担うのは彼女だろう。一航戦赤城を見つけて声をかける。
同じく重責を背負うのは戦艦部隊を束ねる長門だが、割り切りが上手い彼女はとりあえず大丈夫だと思っている。割り切りが上手いだけで、ストレスそのものに強いわけではないのは注意だが。
「親子丼、ですか……」
好物の名前を出されて、少しばかり逡巡する赤城だが……。
「いえ、打ち合わせがありますので」
結局いつものように固辞された。
ちょっと前までの彼女を知っている者なら、目の前のやり取りがいかに非常事態か分かるだろう。
そして実際のところ、赤城も心配だが空母組全員が危ない。
前任の行方不明だけでなく、自分たちの接着剤を失ったのだ。
一航戦の不調は五航戦を苛立たせ、二航戦からも余裕を失わせる。
悪循環、不協和音だ。
海防艦、駆逐艦の動揺も大きい。
皆が不安。
そして、その不安を鎮めるべき現提督が現場を放棄し、皆のヘイトを一心に集めている。
だが、鳳翔は思うのだ……。
「おや、あそこにも腹ペコな人がいますね」
丁度良いとばかり、丸まった背中に向け、小走りに歩みを進めた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
置かれたどんぶりと、料理人の顔を交互に見つめた。
「これは?」
半ば無理矢理連れ込まれた居酒屋『ほうしょう』。注文を取るでもなく、一方的に置かれたのは、湯気が漂うどんぶりだった。
中には溶き玉子が浮かんでいるが、卵スープをどんぶりで出したのか?
「にゅう麺です。ご存じないですか?」
箸ですくってみると、白い素麺が顔を出した。
にゅう麺と言うのは、温かい素麺の事だと思い出した。
「うん、旨い」
とじ玉子とかつおだしが胃に優しい。片栗粉でつけたとろみも心地よい。
久しぶりに人間らしい食事を摂った。
「根を詰めすぎて、食堂にもお顔を出されないからですよ?」
居酒屋の主人、鳳翔はぬるめのお茶を差し出してくれる。至れり尽くせりだ。
「ストレス性の胃痛ですね?」
ばれていた。それでわざわざ消化に良いものを作ってくれたわけか。
「……皆には内緒な」
それだけ言って席を立とうとするが、観念して着席する。真剣な視線に捕えられたからだ。
「何が聞きたい?」
宜しいと首肯して、お茶のお代わりを注いでくれる。
「皆さんが言うように何も考えずいい加減に振舞う方なら、ストレスで胃など痛めません」
「気のせいだ。いい加減に振舞って嫌われたから胃を痛めてるかもしれんぞ?」
鳳翔が自分の事を言いふらすとは思えなかったが、かといってここでメッキを剥がしても良い事は何もない。
押し通すしかなかった。
「漣さんがあんなに慕っていてもですか?」
一番言われたくない話題を突かれて、仏頂面で茶をすする。相手はにこにこと林檎の皮をむいている。
漣は俺を教育する為引き抜かれ、一緒に着任する形で戻って来た艦娘だ。にも拘らず初対面の艦娘たちにも溶け込んでいる。「誰かさんも見習うべきですネ」とか五月蠅いが。
で、俺について聞かれても「悪い人じゃないです」とはぐらかし、悪口が始まるとさらりと話題を変えるらしい。義理堅いあいつのことだから予想はしていたが、構うなと言うのに。
何とか抗弁しようとしたが、さっぱり勝てる気がしない。
俺は降参を決め込んだ。
「悪いが態度を改める事はできんし理由も言えん。悪いようにはしないつもりだ」
それだけ言って出された林檎に齧る。
果物なんて今や貴重品だ。俺じゃなく誰かに食べさせてやれば良い。そう思ったが、甘味の誘惑に負けてしまった。なんとなく断るのも違う気もしたのだ。
「頑固ですね。まるで
つい真顔で鳳翔を見上げてしまう。驚きが隠せなかった。
俺が木葉
「やっぱりお知り合いだったんですね。何となくですが、そんな気がしてました」
どう取り繕ったものか……。
小手先の言い訳では無理そうだ。
「分かりました。ではもう何も言いません。鎮守府をお願いいたします」
は?
今のやり取りで何を分かったと言うのだ。
鳳翔は笑顔でやり過ごす。俺の怪訝そうな顔をだ。
「木葉さんのお知り合いで、同じ感じのする方ですから、きっと何とかしてくれるかなと思いまして」
「……そこまで信用されると、ますます胃にきそうだ」
軽口はかわされた。何故か楽しそうな笑顔で。
「でも、条件があります」
急に口調が変わる。
それは駆け引きと言うより、悪戯を咎める保母さんか何かのようだ。
「ひとつは、全部済んだらちゃんと皆さんにごめんなさいすること」
参ったな。これは俺に勝てる相手じゃない。
ひょっとしたら、彼女は俺が逃げ腰なのも見透かしているのかもしれない。確かに生き残るための作戦と言うのもある。
だけど本音の部分は――俺が艦娘たちとの接触を避けているのは、先輩のように敬意を受ける自信が無いから。そして、失望が何より怖い。
「それから、朝昼晩何時でも良いです。必ず毎日1回はここにちゃんとした食事を摂りに来てください」
自分は漣しか艦娘を知らかった。
艦娘と言うのはこう言う者なのだろうか?
「お前は、カウンセラーとかできそうだな」
賞賛半分の皮肉はやはり通じなかった。笑顔と共に流される。さも当然のように。
「私は皆さんの為に美味しいご飯を作る。それしかできませんし、それがやりたい事ですので」
艦娘。
人の心を持ったフネ。
そして、人と共に在り、共に戦う存在。
俺は、この時既に覚悟を決めていたのかもしれない。