”津田提督の下で戦うと決めた以上、どんな事でも受け入れると誓いました。
だから趣味がちょっと変わっていても、榛名はその……、大丈夫です”
戦艦榛名のインタビューより
鳳翔に叱られた後、執務室に戻ったら漣にも怒られて、提督室を追い出された。
「いい加減休みを取らないと、怪しまれますヨ?」
もっともな話である。
反論も思いつかないので、寝るだけに使っていた男性寮に向かう。
丹賑島には数百名の人間のスタッフが詰めている。基地のシステムを回したり、艤装や機器の整備をするだけなら戦闘力は必要としないし、人間の方が向いている。
食堂などは鳳翔や間宮の手伝いとして、地元の方に協力頂いてもいる。
で、その男子スタッフが暮らす寮の一等地に、俺の部屋はある。
万年床でほとんど物は無いが。
「ではお言葉に甘えて、久しぶりに楽しませてもらうか」
部屋に帰った俺は、冷蔵庫から隠匿物資のビールを2本取り出す。
今の時代お高いし、鳳翔に気遣ってもらった手前後ろめたくはあるが、この位少しだけ許してほしい。
そして鞄からプレーヤーを取り出し、部屋のテレビに回線を繋いだ。
こんな事もあろうかと、映画を何作か持って来てあるのだ。
「これこれ! ずっと観たかったんだよな。『オクトパス・イン・ベニス』!」
こんなタイトルだが、ちゃんとした映画だ。B級だが。
ストーリーも凄いぞ。
秘密捜査官の主人公は、ベニスで悪のマフィア「白ザメ団」と銃撃戦になるが、水に落ちたマフィアが水分を吸われてミイラになっている事に気付く。
彼はベニスの海底に棲む巨大なタコが人間を襲うと推理する。
大ダコを倒すため、人間の腰位の背しかない双子、「中美人ミモザ」を探し出した主人公は、祈りの歌で伝説の海賊「カルロ・ゼン」を召喚し、彼は空飛ぶ海賊船で……。
素晴らしいじゃないか。この取っ散らかったあらすじ。
白ザメ団とか何処行った? みたいな突っ込みは野暮と言うものだ。
勘違いしてもらっちゃ困るが、俺は普通の映画も大好きだぞ。その上でB級も大好きだと言うだけだ。
ここ重要。
「信頼のアールバトロ社製作だものなぁ。楽しませてもらいますよ」
再生を選択し、プルトップに指を引っかけた矢先……。
「あーっ、ずりぃ!」
早くも発見された。
「あっはっはっは! 何だよこれ!」
秘蔵の缶ビール片手に爆笑しているのは、重巡摩耶である。
ありのまま、今起こった事を話すぜ。
暇そうにしてたら漣に頼まれたとかで、彼女が書類を持ってきたのが1時間半前。何見てるんだとテレビを覗き込み、いつの間にかどっかりと腰を降ろし、現在に至る。
「ちゃんと調節して呑めよ? 1本で2時間持たせるのが通の飲み方だ」
「けち臭くね?」
「……言うな、この頃は酒も稀少なんだ」
呑んべえ艦どもからはもう少し何とかならんかと要望が来てたが、流石の先輩も養老の滝は生み出せんだろうからな。
「なあ、結局このタコ倒されねーの? 見なかったことにして終わらせようとしてるけど?」
「それがB級だからな。統合性を気にするのはA級でやればいい」
「そんなもんかねぇ」
摩耶はなんだかんだ言って楽しそうに画面を見ている。
海自時代はだれも受け入れてくれなかった趣味だが、まさかこんなところで理解者に会えるとは。
「せっかく来たんだ、A級の方も見とけ」
「いーけど、2時間でビール1本なら、もう2時間でもう1本だよな?」
「……」
ハードケースを開く。
稀少な酒をせびられた腹いせに、「
さて、何を薦めるか。
艦娘相手に戦争映画は芸がない。フィルム・ノワールやオーソン・ウェルズをいきなり薦めるのは意識高すぎる。アクションは鉄板作品を持ってきてない。
……おお、これがあった。
「『先生のお気に入り』と言うコメディだ。叩き上げの記者である主人公は大学教授のヒロインに恋をするが、高学歴である彼女の同僚に劣等感を持ってしまう。一方彼女の方も現場経験豊富な主人公に劣等感を持っていて、お互いそれに気づかず……と言う話だな」
「ふーん、笑える映画ならいいじゃん」
「はっはっは、観て驚け」
結局、摩耶は大笑いしながら終始ご機嫌だった。
なんというか、映画は誰かと見るのもまた良いもんだ。
「また何か観たくなったら来い。ビールがある時は奢ってやる」
「ああ、サンキューな!」
屈託のない笑顔に、思わずたじろいでしまう。
この座りの悪さはなんだろう。そう思い、直ぐに答えを見つける。
欲しかったものが、自分が捨てようとする場所から転がり込んできたからだ。
「この映画ってさ」
「うん?」
「大佐の話じゃね?」
プレイヤーを片付ける手が止まった。
「どうしてそう思う?」
「んー、何となく」
「……そうか」
口調の荒っぽさから見誤っていた。こいつの嗅覚は侮れない。
不思議と怖いと言う気持ちは起きなかった。少し楽になった気持ちすらある。
「じゃあ、俺は仕事に戻るわ」
制帽を取り上げて。ドアに向かう。彼女もそれに続いた。
さあ、エネルギーも充填したしもう一仕事――。
ゴンッ!
開けたドアの向こうから「ぎゃんっ」と謎の声がした。何かにぶつかった感触と共に。
「お、お疲れ様でふ」
鼻を押さえた高雄がぎこちなく敬礼をした。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「摩耶! 本当に何かされなかったの!?」
「高雄姉さん、流石にそこまで……」
愛宕たち高雄型姉妹は苦笑する津田大佐を見送り、いきりたつ高雄を宥めつつ自室に帰る。抑え役の鳥海には気の毒だが、自分も気にはなる。
津田宏武と言う男を見ていて、どうにも難物というか、曲者な印象を抱いた愛宕である。
素直に自分の意図を掴ませず、掴んだ尻尾は鰻のようにずるり滑って何処かへ行ってしまう。
それがどんな考えで妹と映画など観ていたのか。
「別に映画2本見ただけだって。ビールは貰ったけど」
「ビールを餌に部屋に連れ込むなんてっ!」
「ちょっと高雄、落ち着きましょう」
この手の話題を仕切らせるには、どうにも高雄は堅物すぎる。
彼女は前任への想いが強すぎるのだ。津田大佐の指揮ぶりはまあアレだが、今の高雄にとっては誰が提督でも不適格だろう。
「大佐が
それがこの世界の常識。
人間が狼藉を働けるわけがない。ヒトの大きさで軍艦の力を発揮する艦娘である。
艤装が無かったとしても、軍刀や拳銃でどうにかできるとは思えない。
高雄もそれを思い出し、クールダウンする。
「多分さぁ。大丈夫だと思うぜ、あいつ」
「多分って……」
渦中の摩耶は何やら考え込みながら言う。
意外に感じはしたが、妹の感性を疑う気にも、何故かなれなかった。
「なんかこう、なんだろうなあ」
上手く説明はできないようだが、彼女の中では明確な何かがあるようだ。
「ねえ高雄、様子を見ない?」
遺憾そうだが、高雄も頷いた。どうやら同じ結論に至ったようだ。
「あの大佐が実は名将で……なんて事ないわよねぇ」
呑気な発言をしてしまうが、これには高雄は頑なだった。
「……
彼が消息を立った日、彼女の狼狽え振りは尋常では無かった。
それだけ前任に入れ込んでいた高雄である。同じ思いはさせたくないが、後任がやる気のない小役人では話にならない。
摩耶の直観が外れではない事を願うばかりである。
『先生のお気に入り』は本当に面白いコメディ映画なので、是非観てみて欲しいです。
タコのやつは適当にでっちあげただけなので探しても無駄です。