"繰り返してしましますが青葉さん。私は最初から提督に疑念などありませんでした。不安がったり悪態をついたりするなど、私には無縁でした。
……何ですかその目は?"
空母赤城のインタビュー
今日も今日とて執務室から追い出されたわけだが……。
鳳翔のかに雑炊を啜りながら周りをキョロキョロと伺う。
ここのところ誰かしらと顔を合わせるから、きっと誰かが仕込んでるんだろうなぁ。だいたい想像はつくが。
「そんなに気を散らして食べるのは食事に失礼ですよ?」
ごとりと。
赤城の前に置かれたのは、寄せ鍋用のでかい土鍋だった。
「なあ、この物不足にどうやって蟹なんか手に入れたんだ?」
「さあ、蛇の道は蛇じゃないですか? 司令官権限で報告させたら良いのでは?」
「それはそれで何か怖いんだよなぁ」
山盛りのかに雑炊を、これまた調理用の金属製お玉でどんぶりに注いでゆくのは……、勿論一航戦の赤城だ。
「お前さんも鳳翔さん招集?」
「……まあ、そんなところです」
対立するにしても、相手の人柄を知っておいて損はない。
口説き文句はそんなところだろう。
「正直、驚きました。摩耶は好き嫌いが激しいし、曙も人見知りするところがあります。長門さんは、まあ最初から様子見でしたけど。他の
俺は沈黙で返すしかなかった。
なぜそうなったか俺自身が知りたいくらいだ。好かれるような事は何もしてないってのに。
「……それから、
鳳翔に視線をやると、ぺろりと舌を出された。
こりゃ文句は言えそうにないな。悔しいが可愛い。
「あの人は、救ってもらってな」
ことり。
頼まれもしないのに、鳳翔が黙って熱燗を置いてきた。
言いたい事はあるが、ここは頂いておく。今日はもうお休みにしよう。
「何もかも失ったところに、ヒーローみたく颯爽と現れて、頼みもしないのに引きずり回されてな。まあ、立ち直るきっかけを与えてくれた」
「分かります。あの人にはそう言うところがあります」
ちゃっかり自分の分も受け取り、ちびちびと味わい始める。
「あなたはそれなのに、皆に嫌われるよう振舞っていたわけですが?」
やっぱりその話題になるわな。
勿論話す事は出来ない。ここで俺が赤城と話している事だって問題があるのだ。
「悔いてはいるよ。決めたことだから、どうしようもないがな」
くいっと熱燗を煽る。
職務中に躊躇なくこんなものを出してくるのは、漣あたりと繋がってるんだろうなあ。
赤城は何も言わず、続きを促す。
「お前たちを避けるのは理由がある。だがまあ、俺自身の問題もある事は認める」
「大佐自身の問題? 軍人としてではないという事でしょうか?」
これを話すつもりは無かったんだがな。ここまで外堀を埋められちゃあな。鳳翔のやつめ……。
「お前は経験ないか? 仕事でもゲームでも友人関係でも何でもいい。何かを成し遂げた時、ふと頭をよぎるんだ。『明日目が覚めたら、皆無くなってるんじゃないか?』ってな」
「……っ!」
洗い物をしていた鳳翔の手が止まる。
一瞬、ほんの一瞬だけ赤城が放ったのは、殺気。俺に向けたものではなく、おそらく……。
「すみません。取り乱しました」
「俺の方こそ、迂闊だった」
彼女が今、我を忘れた理由は先輩から聞いている。赤城もそれを察しているだろうから、バレている事はバレている。
「大佐の
御猪口をゆっくりと置き、俺に向き直る。
映画のように艶やかで、画になる所作だった。
その後に続いた言葉を除けば。
「あなたを許しません」
俺は驚いた。
ここまでの威圧を受けて、全く動じていない自分に。
死ぬことなど怖くない。いや、怖いのだろうが、俺の精神は麻痺しきっていたのだろう。それを感じる事が出来ない程に。
だが赤城の怒りと、抱えているであろう絶望は想像できる。
自分もあの日……。
「……少しだけ、時間を貰えんか?」
赤城の口角が、不機嫌そうに下がる。
だが、失望の色は感じなかった。
「自信が、ないんですね?」
彼女の言葉は、非難ではなくそのままの問いだろう。表情から伺えなかったが、声色からそんな気がした。
「近く、大きな戦いがある」
特に驚きは与えなかったようだ。
まあ、ここまで言外に匂わせたらそうだろう。それが”敵”にバレていたら完全アウトだが。
「それが終わった時、俺が結果を出すことが出来ていたら。その上でここの艦娘たちが望んでくれたなら、この島に骨をうずめる覚悟をする」
ここの連中が気に入りかけている。その自覚はあった。
どうせ空き缶のように放り出した命である。ここで使うほうが有意義だろうという気持ちもある。
提督として、いや人間としても、先輩に勝つなど考えたこともない。賞賛もない。
それでも赤城は、率直に答えた。逡巡する様子もなく。
「それで、手を打ちましょう。提督見習いさん」
見習いかぁ。まあ確かに見習いみたいなもんだが。
「見習いは酷いな。せめて仮免くらいは行っててほしいぞ」
「仮免? なんですそれは」
不思議そうな顔が返ってきた。自分の言葉が警戒されていないことは、割と嬉しいかもしれない。
たしかにこの島には車なんて少ないもんな。
そうでなくても現代に生まれ変わったばかりの艦娘が免許制度なんぞ知らんだろう。
「運転免許のひとつだ。練習の為に道路を走れるけど、正式なドライバーとは認められない資格を言う」
「良い得て妙ですね」
艦隊の指揮は許されているものの、まだ皆から提督と認められてはいない。おれにぴったりの肩書じゃないか。
「じゃあまあ、仮免提督の健闘を祈って一杯付き合ってくれ」
ちょっと馴れ馴れし過ぎか?
半分は恐る恐るで徳利を差し出してみる。
「…………」
赤城はしばらく思案して、仕方ないですねとお猪口を持ち上げる。
しかし、酒は注がれることは無かった。
『空襲警報発令! 空襲警報発令! 島民の皆様は、落ち着いてシェルターまで避難してください!』
俺たち3人は、示し合わせたわけでもなく、店を飛び出す。
サイレンとともに鳴り響いた警報は、前任就任以来起こらなかった、基地への攻撃を知らせるものだった。
次回から、提督の反撃が始まります。