トリックスターの歩む道   作:保泉

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与えられた二つの道

 

「魔法使い……」

「先ほどの、ドアが岩壁に見えたのも」

「魔法ですね。諸伏さんが地下に降りる階段のドアを見つけられなかったのも、ドアを隠す魔法をかけていました」

 

 驚いた表情を浮かべたまま固まっているお巡りさん達に、まずはジャブが成功したことを確信する。まだドアを壁に偽装する魔法しか使っていないからね、軽く先制しただけだから。

 

 畳みかけるのも選択肢の一つだけれど、お巡りさん達にはしっかり現実として飲み込んでいただかなくてはいけないので、今回はなしということで。話も長くなるだろうからと設置しておいたソファーを勧めて、全員に座ってもらう。僕から促しておいてなんだけれど、彼らが素直に座ってくれるのは、まだ衝撃が抜けてないんだろうなぁ。

 

 考え込んでいる様子の彼らの思考を止めるため、パンっと手を一回打つ。視線が僕に集まったことを確認し、にっこりと笑って見せた。

 

「他にも実例欲しいですよね。では、皆さんが魔法と聞いて思い浮かぶことはなんでしょう?」

「あー、物を変化させるとか」

「む……箒で空を飛ぶ」

「変身する、かな」

「メラゾ○マですかね」

 

 リクエストを聞いてみれば、次々に例を挙げてくれる皆さん……待って、今異色なの一個あったような?

 その発言の主に視線を向ければ、他のお巡りさんも同様に視線を向けており。その場の全員の視線を集めた風見さんは、恥ずかしそうに顔を赤くしていた。ゲーム好きなんですか、わかります。一度はやってみたいですよね、攻撃魔法って。

 

「メラゾ○マは、室内だと危険なので物の変化でいきましょうか」

「出来はするのか……」

 

 微笑ましいものを見る気持ちで風見さんを見ている僕に、上司さんがぼそりと呟いていた。はい、出来ますがそこは危ないので掘り返さないでください。

 

「空を飛ぶはですね、まず箒を呼び出します」

「何もないところから箒が……」

「そして箒に跨ぐか、または腰かけまして、ちょっと浮きます」

 

 箒に腰かけて少し浮いて見せると、すぐにソファーを立ち上がったお巡りさん達は、僕の頭の上やら体の下やらを手探りして、ワイヤーなどがないか確認している。タネも仕掛けもないですよー、あるのは魔力と魔法です。

 

「うわー、マジでどこからも吊ってない」

「箒は自作ですか?」

「ホームセンターで購入したものですね」

「重量制限はあるかな?」

「今の僕の技量だと、大人二人くらいまでです」

「デッキブラシで飛べるか?」

「なるほど、皆さんの魔法使いのイメージはジ○リですね? できますよ、なんならザルでも飛べます」

「原典……!」

 

 諸伏さん、風見さん、降谷さん、上司さんの順で、目を輝かせながら質問してくるのを、微笑ましい気持ちで回答していく。うんうん、よくわかります。ジ○リを思い浮かべますよね。魔法に対する少年の心は、大人になっても持っているものだからね。

 ちなみに、デッキブラシで飛べるかどうかの確認は、あの世界でもこの世界でも可能であると確認済みです。

 

「次は変身ですけれど、どんな服がいいですか。和装からウェディングドレスまで幅広く対応可能ですよ」

「ウエディングドレス入れる必要あったか? というか、選択肢が結婚式の花嫁のやつ」

「イメージがわかりやすいかと思いまして」

 

 箒を魔法で消すと、あからさまにガッカリした雰囲気を出す面々に吹き出しそうになるのを耐えながら、少々強引に次の話題に進める。すごい、顔に出てないのに雰囲気がとても未練たらたらだ。今後、箒の後ろに乗せてほしいと言われるかもしれない。

 僕からの洋服のリクエストを受けて、悩んでいるようだけれど、これはさっさとこちらで決めてしまった方が早いかな?

 

「返答がないのでおまかせ希望ですね、えい」

「自分ですか!?……あ、軍服か?」

 

 ちょうど良さそうな身長の風見さんに、黒地に黄緑色のアクセントがあるディアソムニア寮服を着せた。短い髪を後ろに撫でつけるようにセットもすれば、軍服じゃないのにそう見える不思議。

 

「ああ、やっぱり風見さんこの系統似合いますね」

「は、はは……そうですか」

 

 しみじみと呟いた僕に、風見さんは少々ひきつった声で返事をする。あれ、なにかしてしまっただろうか。魔法掛けただけだけど……それしかないね。突然魔法かけられたら、挙動不審になるのも仕方なかったか。いけない、あの世界の感覚から結構戻ってきたつもりでいたけれど、まだまだずれているのかもしれない。

 

「触った感じは普通の布だな……高そうだけど」

「風見、そのジャケット脱いでみろ」

「はい」

「……んん、警察手帳がそのままジャケットの内ポケットに入ってるぞ」

「本当に着ている服を変えているんだな、布の量と金属の部品はどこから増えているんだ、魔法でか?」

 

 上着の飾りや、裏地の縫製などを確認していく諸伏さんと降谷さん。魔法で出現させると、任意の質の布地を出せるのがとても良い。魔法士の技量によって出せる布の質の範囲は異なるようで、最初は頑張っても麻の布みたいな粗いものしか出せなかったのを、此処まで上達できたのは純粋に嬉しい。

 

「他に着替えてみたい方は」

「今回はいいかな」

「では風見さんも戻しますね」

 

 元のスーツ姿に戻った自分の服を見て、風見さんはほっと息を吐いていた。すみません、心労増やして。

 

 

* * *

 

 

「少し休憩しましょうか。……良ければどうぞ」

「今度は本格的なティーセットが出た」

「今回は、ロー・ティーではなくハイ・ティーを用意しました。男性ばかりですし、ね」

 

 つい、と悠が指を降り、キラキラと光がローテーブルの中央に集まった後、皿が三段置かれたスタンド──スリーティアーズと、ティーポットに人数分のティーカップとソーサーが置かれていた。

 

 スタンドの上段には焼き菓子やクリームを使用したケーキが、中段には陶器の匙にのせられたワンスプーンやカナッペなどのアミューズが、下段にはバターロールにローストビーフまたはパストラミを挟んだサンドイッチが並んでいる。ちなみにこれらの料理は、萩原達に出して好評だったものばかりだった。

 

「いただきます」

「──ヒロ、お前躊躇なく食べたな」

「あっ……サンドイッチ美味しいぞ?」

「誤魔化すな」

 

 公安警察官達が検討している横で、いの一番にサンドイッチを取り、迷いなくかぶりついた諸伏に、降谷はじっとりした視線を向ける。食事に関しては悠を信頼しているのだろうが、やはり公安警察官としては迂闊にすぎる。

 目を泳がせる諸伏と睨む降谷を見て悩む風見に、チョコレートケーキいかがですかと悠が勧めると、こわばった表情でおずおずと彼は受け取った。フォークで切り分け口に入れると、目が輝いた風見を見て、悠が嬉しそうに頬を緩めている。

 

 ひとしきり部下たちが食べているのを見た後、上司の男がカップのつるに手をかけた。

 

「ほう、美味いな」

「おや、紅茶がお好きですか?」

「コーヒーよりは好んでいるな」

 

 一口飲んで感嘆の声を上げるのを聞いて、口に合ったようで良かったです、と微笑む悠。そんな彼を上司の男はじっと見つめた。悠はその視線を受け止め、苦笑いに切り替える。食べ終わるまで待ってみようと思ったが、催促されてしまったのなら仕方がなかった。

 

「ではそろそろ。僕から要求と対価を提示します」

 

 咀嚼していた警察官達がピタリと動きを止めた。もぐもぐと口を動かしながらも、佇まいを直す様子に、リスみたいだと悠はつい連想した。口に詰め込みすぎたのか、咀嚼に時間がかかっている諸伏の姿に、降谷が眉間にしわを寄せている。きっと後で怒られるのだろう。

 

「要求は、この場にいるメンバー以外に魔法についてあらゆる手段でも伝えないこと。対価としてこのシールを提供します」

 

 悠がパチリと指を鳴らすと、ローテーブルの上のティーセットは姿を消し、A4サイズのシール台紙の束が現れていた。台紙には緑色の動物の爪のようなものが八つ連なっており、それがいくつも印刷されている。

 

「これ、なんのマークですか?」

「ヒスイカズラという花です。警察を象徴するのは桜ですけど、あからさま過ぎますから、ひねってみました」

 

 ヒスイカズラはフィリピン諸島に自生するマメ科のつる性植物で、名前の通り宝石の一つである翡翠の色をした花が咲く。花といっても動物の爪のような、鳥のくちばしのような不思議な形をしている。

 

「日本の国石は翡翠ですから、そこから花色が翡翠色のものを探したんですよ。なんでも、現地ではコウモリによって受粉するそうで。潜入先に協力者(コウモリ)を仕立てる、あなた方が思い浮かんで、また身代わりの意味を強められそうだったので選びました」

 

 他意はまったく無さそうな、むしろ得意げな悠の様子に、警察官達は気に留めないよう全て流すことにした。どうやら完全に善意のみであるようなので。諸伏だけは、悠君たまにそうゆうことするよね、と遠い目をしている。

 

「あーっと、要求はともかく、対価のシールとはいったいどういうものなんだ?」

「では実演してみますね」

 

 悠はリンゴを二個とペティナイフを魔法で呼び出して、まずは一つ目のリンゴにナイフをさっくりと刺した。さして抵抗なく刺さった様子を見せるように、さくさくとリンゴを切り分けていく。

 

「まあ、これはただのリンゴです。こうやって切り分けるのも簡単です。ですが、このシールを貼ると」

 

 切り分けたリンゴを皿に盛り、もう一つのリンゴに台紙からはがしたシールを張り付けると、徐にリンゴにナイフを振りかざした。その勢いに警察官達が思わず腰を上げると、ガキン、という明らかに金属同士が接触した固い音が聞こえた。

 

「──ほら、リンゴには傷一つありません」

 

 くるりとリンゴを一回転させれば、目を丸くした警察官達がぽかんと口を開ける。ご自分でもお試しくださいと言い添え、リンゴとナイフの柄をローテーブルに悠は置いた。ナイフを手に取った風見がリンゴに突き刺そうとしても、硬い感触と金属に当たるような音がしてまったくリンゴが傷つく様子がなかった。

 

「防護の魔法陣を印刷しています。一枚でそうですね……対戦車用地雷程度の衝撃なら耐えられるかと」

「……対戦車用地雷、程度?」

「それよりも小さい衝撃なら、シールの爪状の花が全て消えるまでは、小出しで使えますよ。軍事利用できる代物なので、在庫管理はお気をつけくださいね」

 

 ──とんでもないものが出てきた、と公安警察官たちは戦慄した。目の前で微笑む悠が出してきた対価は、彼の有用さと彼を害する難しさの両方を突きつけてきた。

 

 重戦車のキャタピラを切断し、装甲車なら大破させ、軍用トラックならバラバラになる対戦車用地雷の威力を、彼は程度と表現した。それ以上の防護が可能だと、暗に示しているのは間違いない。

 

 彼の経歴にある銀行強盗の犯人に撃たれた事件では、その時点では魔法が使えなかったか、人目がありすぎて魔法が制限されたかのどちらかなのだろう。むしろ、撃たれた経験の結果、今回の対価であるシールを準備していたのかもしれないが。

 上司の男は、とんでもないな、と静かに口に出し、小さく息を吐いた。

 

「君が見せた対価は魅力的だ。魅力的すぎると言ってもいい。このシール一枚で、多くの仲間の命が助かるだろう。

 ──だからこそ不可解だ。君が何故、わざわざ交渉をするのかがわからん。君なら、我々から記憶を消すこともできるだろうに」

 

 上司の男の言葉に、微笑みを浮かべていた悠の表情が消えた。

 

「……魔法で消した記憶は、二度と戻りません。完全な記憶の消去は、脳が空白を補完してしまうため、本人も気づけません。

 例え数秒間だけでも、その人にとって今まで生きた人生の一部。人生の一部を消すことは、その人の一部を殺すようなものです」

 

 忘れさせるだけならば、思い出すこともできる。封じ込めるだけならば、鍵を開けることはできる。

 だが、箱の中身自体を燃やしてしまえば、灰から復元することなど、魔法でもできはしないのだ。魔法は決して、万能ではない。

 

「──僕にも無くしたくない記憶がある。だから、誰かからそれを奪うなんて、できないんです」

「君なりのルールというやつか」

 

 表情を消した悠の声は震えてこそいなかったが、か細くなった声量が、彼が押し殺した何かを上司の男に悟らせた。男は悠の様子に触れずに、委細承知した、君の要求を飲み対価を受け取るとしよう、と告げた。

 

 その後、交渉が終了しシールの台紙の束が入った封筒を抱え、玄関まで移動した一同。玄関の傍に回した車を前に、上司の男が振り返る。

 

「ところで本田悠君。警察官になる気はないか?」

「ないですね。僕が守りたいのは、見知らぬ他人じゃないですから」

「そうか。それは仕方がないな」

 

 回答がわかっていたとばかりに口の端を吊り上げ、上司の男は後部座席に乗り込んだ。車が発進し、門を出ていくのを玄関に立ったまま見送った後、悠はちらりと右隣の男を見た。

 

「諸伏さん」

「うん」

「あの、一緒に帰らなくてもいいんですか」

 

 あまりにも堂々と自分の横に立っているものだから、悠は諸伏に突っ込むことができなかった。今までと悠の公安警察の中での立ち位置が変わったため、てっきり居候も解消して全員で帰るものだと思っていた悠は、おずおずと尋ねる。

 すると諸伏は悠の言葉に重々しく頷いて見せた。

 

「それがな」

「はい」

「オレは今、姿を隠さなきゃいけないから、登庁ができないんだ」

「そうですね」

「その間何も仕事をさせないのも勿体ないそうで」

「……そうですね?」

「あの人の判断で、現時点で一番暇なオレが、悠君の監視役になったから」

「うん?」

 

 監視役、と悠が目をぱちぱちとさせて呟けば、そう監視役、と諸伏が苦笑しながら返す。

 

「流石にね、このまま悠君を野放しってのはできないからさ」

「まあ、そうですよね」

「だから、これからもよろしくな」

「──はい。こちらこそ、よろしくお願いしますね」

 

 

***

 

 

 時折対向車のヘッドライトに照らされながら、公安警察官達は夜道を車で進んでいく。沈黙が漂う車内で、降谷は疑問点を裏理事官に尋ねた。

 

「諸伏を置いてきてよかったのですか」

「今の彼には必要に見えたからな。もう少し話していれば蟠りも消えるだろう」

 

 本来ならば、諸伏も一緒に引き揚げさせる予定だった。警察官に暗示をかけるような相手だ、いかにその人格が温和であろうとも、そのまま同居させるのは承認できなかったからだ。

 

 しかし、今日の交渉を経て、決定を裏理事官は覆した。

 

「既に奴は、彼の身内にカウントされつつある。彼の側にいる奴を通して、我々は彼とコンタクトを取れる」

 

 想定よりも、本田悠は諸伏のことを大切に扱っていた。諸伏自身も、本田悠を気にかけ、許していた。今日の交渉が穏便に進められたのは、公安警察との関係が拗れることを厭うた、本田悠の采配だ。

 

「懐に入れた相手が所属する組織を、無下にしないタイプだな。我々が自国に属する正式な組織というのも大きいだろうが、現時点では好意的だ」

 

 だが、と裏理事官は目を細め、鋭い視線を彼方に向ける。

 

「裏を返せば、我々が奴にとって害があると判断すれば……最悪、彼自身の手で潰されるだろうよ」

 

 そう例えば、黒の組織に本来の所属がバレた理由が、公安警察に近い人物であると「彼自身が」見つけた場合などがそうだ。普段が温和であるからこそ、線引きを越えたモノの対応を、彼がわざわざ甘く抑える必要はない。彼はまだ、威力の強い攻勢の魔法を、公安警察達に見せていないのだから。

 

「降谷」

「はい」

「巣くった白蟻の駆除を急げ」

「──了解」

 

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