トリックスターの歩む道   作:保泉

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個性豊かな先達がいたもので

 

 再び諸伏さんと同居を開始しました。それに伴い、諸伏さんの新しい偽名が決定したそうで、これからは「弘田 雄輝(ひろた ゆうき)」と名乗るらしい。偽名いっぱいで覚えられますかと聞いてみたら、大丈夫と笑っていたので本当なんだろうね。

 

 さて、同居が再び始まったのは良いのだけど、今までの生活費分だと言って厚みのある封筒を差し出された。あの、小指一本分ほどもあるのですが、中身が全部千円札だとしても計算がおかしいですよね。そう訴えてはみたものの、爽やかに笑って押し通されました。なんだろう、とてもカリム先輩を思い出す強引さだった。

 

 よくよく話を聞いてみれば、犯罪組織に潜入していた際に受け取っていた給料という、ある意味後ろ暗いお金なので、早々に社会の循環に回してしまいたいとのこと。ということは、この封筒の中身はヒロさん──諸伏さんのことをヒロさんと呼ぶことになった──のポケットマネーなのではないだろうか。なお数年間の潜入で、後ろ暗い口座の貯蓄金額が福沢さんで四桁に達しているそうだ。犯罪組織がすごい潤ってる。ヒロさん自身も散財する性格ではないため、どうやって減らすかを悩んでいたらしい。いや、別に減らさなくてもいいのでは。

 

 貯めこんだままが心苦しいのならと、ヒロさんの本名の証券口座を開設させ、そこに手堅いETFを購入して再投資し続けるようにした。これなら世界にお金は回りますし、ある程度全体資金が成長したら分配金は寄付すればいいのでは、と言った僕に、ヒロさんは驚いた後、くしゃりと笑った。

 悪い事で得たお金だからこそ、有効利用して善行に使えばいい。ただ浪費するよりはよっぽど健全な使い方だ。そう力説する僕にニコニコ笑顔を向けるヒロさんからは、いつもどこかにあった影が薄れているように思う。

 

 ある日のこと。飛田さん──公安警察官達は本名を呼ばないでほしいと言われた──のお迎えでヒロさんはドナドナされていったのだけれど、帰宅することなく数日が経過した本日、僕は警察庁の一室にいた。

 一室というか、これは取調室だね? 思いもよらず自分で自分のフラグを回収してしまったけれど、どうして呼ばれたのかと悩むよりも、僕の意識はパイプ椅子に腰掛けている大怪我をしたヒロさんに向かった。

 

 包帯がぐるぐると巻かれた腕を吊って固定し、頭や頬に包帯とガーゼが貼り付いているヒロさんに、僕は真顔で治療魔法をかける。突然僕が魔法を使用したことに、三人はとても驚いていた。防音と防視の魔法をこの部屋にかけたので問題はないですと、キリッとした顔を作って見せれば、安室さんに勢いよく肩を掴まれた。

 うわ、いい笑顔ですね力強くないですか、もしかして安室さんも美麗なフィジカルゴリラ枠でしょうか。正面から浴びる威圧感が、稼げるネタを前にしたアズール先輩を彷彿とさせる。つまりは、さっさと話せということですね。

 

 僕が慣れた様子で防音魔法を使用したことに驚かれたのだろう。魔法薬を作成する際、完成時に大きな音が鳴ることがあるので、近所迷惑だからよく使っていると話せば、しぶしぶ納得された。有用だけれど犯罪に使える魔法でもあるので、お巡りさん的には見過ごせないのだろう。爆弾ばかり投げつけていて大変申し訳ない。そしてこれからもよろしくお願いします。

 

 安室さんが落ち着いたので、ヒロさんにどこか他に痛いところはあるかと問いかけながら、全身にスキャンを掛ける。治療魔法の経験は僕自身のみのため、他人にかけてどこか不備がないか確認が必要だからね。

 

 

* * *

 

 

「んー、ちょっと胃が荒れ気味と睡眠不足がありますね。市販のもので良いので、必ず胃薬を飲んでください。寝つきが悪いなら香を調香するので試して……なんですか?」

 

 宙に浮かんだ半透明なモニターを確認しながら、つらつらとオレの診断結果を話す悠君は、ようやく自分が凝視されていることに気づいたのか、こちらを向いて首を傾げた。

 いや、宙に浮かぶそのモニターとか、オレにかけた魔法の詳細とか、いろいろ突っ込むべきところはあるんだけど、まずは一つだけ。

 

「君は、医者の真似事ができるのか?」

 

 オレが口に出す前に、ゼロが問いかけた。そう、それ。なんというか、今の悠君の雰囲気というか態度は、病院にいる医者と同様のものだった。症状の診断に慣れた様子が伺える。

 

「錬金術師──魔法使いの技能の一つですが、内容は薬師みたいなものなんです。小さな村レベルだと医者の扱いですし、授業でも問診のやり方や症状の見極め方を学びます。

 まあ、僕は錬金術の成績は良かったですし、趣味で魔導工学にも手を出していたので、自分用の薬は調合できますし、CTやMRI替わりの魔法も使えますよ」

「待って待ってタイム取らせて。突っ込むところが多すぎる」

 

 首を傾げながらも正直に話してくれるのはいいんだが、如何せん内容に突っ込むところが多すぎて頭に入ってこない。横目で見ると風見さんは遠い目になっているし、ゼロは眉間のしわが凄い。

 

「授業、と言っていたが……君はどこかで魔法を習ったのか?」

「はい。習っていた時は、僕はまだ魔法が使えなかったのですが、知識だけは詰め込んでいました」

「……えーと、習った場所は?」

「ツイステッド・ワンダーランドの賢者の島にあるナイトレイヴンカレッジです」

「もう一回いいか」

「えっ……ツイステッド・ワンダーランドの、賢者の島にある、ナイトレイヴンカレッジ、です」

「何一つ地名らしきものの聞き覚えがない……!」

 

 殴りかかってくる情報に耐えかね、とうとう頭を抱えてしまった幼馴染に、オレは心の中でエールを送る。頑張れ、頑張れゼロ。オレと風見さんは情報量にもういっぱいいっぱいなんだ。

 

「まあ、異世界の魔法学校ですからね。知らないのが当然ですよ。二大名門校として有名でしたね」

「異世界……そうか、異世界か……」

「あの、安室さん大丈夫ですか。流石に情報量が多いと思ってこの前は伏せていたのですが、お伝えした方がよかったですか」

「いや……お気遣いありがとう」

 

 テーブルに頭垂れたゼロに、オロオロと声をかける悠君。この前って、裏理事官が来ていた時のことだよな。あの時にまとめて言われてたら、受け止めるのにより時間がかかっていただろうし、悠君の判断は正しかったと思う。打ちのめされて起き上がれないゼロの代わりに、オレも悠君へ疑問点を尋ねることにした。

 

「悠君は今もその異世界へ行き来できるのか?」

「いいえ、できません」

「え。なら、どうやってその異世界に行ったんだ?」

「……拉致されて?」

「は?」

 

 らち……拉致?

 オレが悠君に聞き返すよりも早く、跳ねるように体を起こしたゼロが、テーブル越しに悠君の手を掴んだ。うわ、動きがホラー過ぎる。

 

「詳しく聞かせてもらっても……?」

「ハイ」

 

 ひっくいゼロの声音に、悠君は片言の返事を返していた。……とりあえず落ち着けゼロ、直前のお前の動きもあってだろうけど、悠君めっちゃくちゃ引いてるぞ。

 

「ええと、夜自室で眠っていたら、その魔法学校の迎えの黒い馬が牽く馬車が僕をかっさらったらしく」

「それで?」

「……本来なら同意を得て馬車に乗せるそうなんですが、僕のケースは学校側としても想定外のようでして」

「それで?」

「い、家に帰そうとしても、僕が異世界出身とわかり、その、場所がわからないとなって」

「それで?」

「……援助を受けるために雑用しながら四年間、その学校で生活してました」

「完全に拉致の被害者じゃないか!」

 

 僕の日本の国民になんてことを、とグルルと唸るオレの幼馴染を宥める。完全に同意なんだが、人間性を捨てないでほしい。悠君自身もアウトだと理解しているのか、話しながらだんだんゼロから目を反らしていたしな。

 しかし、極めて例のないレアケースとはいえ、拉致を防ぐ対応が何一つ不明なのがなぁ。警察としてはどうすればいいんだか。

 

「ちなみに、拉致されたのはいくつの時なんだ?」

「十五歳ですね」

 

 十五歳か、若いな。

 ん、あれ……なんだか、計算が合わないような?

 

「悠君っていま十八じゃなかったっけ」

「肉体年齢はそうですね」

 

 肉体年齢ってなんだと疑問が顔に出ていたのか、悠君が困った顔で、この世界に戻ってきたら、時間が全く経過してなかったのだとオレに言った。

 つまり、十五歳の時に拉致されて、四年間過ごして戻ってきたとすれば、経験としては帰還時点で十九歳だということだ。

 

「悠君の今の年齢は」

「精神年齢は二十二歳です」

 

 いつの間に魔法で取り出したのか、湯呑みでお茶を啜っている悠君があっけらかんと言う。本来は、オレとゼロの三つ下なのか。なるほど彼が大人びている訳だ。

 

「生命の危機に七度ほど遭遇しましたが、貴重な知識も技能も得ることができましたし。

 名門校ではあるものの、生徒の性質上治安も悪かったので、挨拶のように物理やら魔法やらで絡まれてはいましたが、全部マブ……友人と叩き潰していたので大丈夫ですよ」

「ツッコミどころ増えたぁ……」

「血の気が多い……」

「七回も死にかけてるじゃないですか……」

 

 挨拶のように物理やら魔法やらで絡まれるって何。その学校は名門校ではなかったのか。どうしてヤンキーが多く在籍する不良校みたいになっているんだ。

 いや、そもそも生命の危機って、いったいどういう事件に巻き込まれているんだこの子は。

 

「死にかけてはないですよ。死ぬかもしれない状況になっただけで」

「なんの気休めにもならない」

 

 ちょっと投げやりに説明した悠君は、からからと笑っていた。

 

 しかし、彼の話でようやくわかった。悠君が様々な技能を身に着けている理由が。

 それらはすべて、必要だったからこそなんだ。コミュニケーション能力も、体術も、魔法に関する知識も、礼儀作法も、調理技能も──身に付けなくては生きていけないから、習得した。

 

 魔法が使えないのに魔法学校に在籍する生徒、それは正式に入学した生徒たちからすれば、快い事ではないはず。悪感情を向けられる中で、四年間必死に学んできたのだろう。それこそ、司法試験の勉強の過密さすら、問題ないと判断するほどに。

 じっと悠君を見つめていると、視線に気付いた彼は、きょとんとした表情を浮かべた。

 

「なあ、悠君。医者の真似事ができるなら、ゼロと風見さんの健康診断をお願いできないかな」

「ヒロ」

「僕にですか?」

「ほら、オレ達は普段偽名を使っているだろ。だから大っぴらに病院に定期健診もいけなくてさ」

 

 咎めるようなゼロの声を無視して、悠君に頼む。警察病院で融通されてはいるが、頻繁にとなると難しい。とくに潜入中のゼロは、どこに組織の目があるかわからないので、怪我したときくらいしか病院に行っていないはずだ。

 

「それなら構いませんよ。……うっかり闇医者デビューかぁ」

 

 快く頷いてくれたものの、遠い目をしている悠君から、迷惑をかける身としてはそっと目を反らすしかなかった。

 

 

* * *

 

 

「対価のシールについてなんだが、こちらで検証した結果、説明通りの効果があることがわかった」

「ああ、試したんですね。それなら枚数が減ったでしょうから、いま追加分渡しましょうか?」

「……うん、ありがとう」

 

 渋ることなく催促前に追加を渡されて、微妙な笑みを安室は浮かべる。これは双方のシールに対する認識の差によるものだ。安室はこのシールの作成に手間が掛かっていると思っているが、悠にとっては開発こそ時間をかけたが、出力にはそう手間はかからないためだった。

 

「後々、効果を改良するつもりなので、完成したらまたお渡ししますね」

「どこに改良点が……?」

「衝撃を受けた際の音が金属そのものだったので、接触を肌で感じ取れつつ音をマイルドにできないかと」

「悠君って結構凝り性だよね」

「日本人なので」

 

 使いにくい商品には意味がないから使い心地もアンケートしたい、と真剣な顔で言う悠に、安室は眉尻を下げて曖昧に微笑んだ。あまり頻繁に伝えると、研究一直線になりそうだと思ったので。

 

「でも、シールの効果が確認できたのに、何故ヒロさんは怪我をしたのですか?」

「いや、これは潜入先だった幹部に見つかって」

「なにしてるんです!?」

 

 目を剥いた悠に、もっと言ってやってくれと安室と飛田がうんうんと頷いた。不可抗力なんだ、と弘田は慌てて抗弁する。

 

「まさか末端の取引現場に幹部クラスが来るとは思わなくて。そこにいた幹部が変に鼻が利くヤツでね、別件で設置されてた爆弾の近くに誘導されて、爆発に巻き込まれてさ。ノーメイクで眼鏡と帽子を被ってたんだけど、すぐ気付かれたよ」

「観察眼エグイですね。そして初手の殺意がひどい」

「疑わしきは殺せって方針だからな」

「どうして組織として運用できてるんですか?」

 

 使い掛けのシールで助かった、と苦笑する弘田に、ぐりぐりとこめかみを揉みながら深々と悠はため息をついた。物騒きわまりない犯罪組織に狙われて、よく命が助かったものだ。どうして美品を弘田が持っていないのかは後々追及しよう、と悠は固く心に誓った。

 

 最後に、健康診断のため、悠は安室と飛田にスキャン魔法をかける。その結果を見て、警察官の問題児ぶりを悠は認識することになった。

 

「安室さんは睡眠不足以外は問題ないですね、ご飯をしっかり食べているようで何よりです。ただし、改善されなければ強行手段も厭いませんからそのおつもりで。

 ──さて、飛田さん」

「ハイ」

 

 おののく飛田の前にトン、と置かれたのは、透明なコップに注がれたビビットピンクの液体。心なしか発光しているように見える。

 

「これ、飲んでください」

「えっ」

 

 飲む、この蛍光ピンクの液体を飲む?

 恐る恐る、コップを見つめていた飛田が悠を見上げると、いつになく真顔の青年がそこにいた。こわい。

 

「飲んでください」

「いや、その、これは本当に飲んでいいものなんですか」

「麻痺魔法かけてからの点滴がいいですか」

「飲みます」

 

 追い詰め方の容赦がなかった。どちらにせよ、この液体を体内に入れるしかないと悟り、飛田はおずおずとコップに口をつける。

 

「あ、けっこう美味しい」

「美味しくないと飲まずに捨てる輩が一定数いますからね。偉大なる先達が改良してます。ただの栄養剤なので安心してください」

「飛田さん何味ですか?」

「レモネードだな」

「その色で……?」

 

 こくこくとコップを傾ける飛田を横目で見た後、悠は宙に浮かぶモニターのようなキーボードで所見を打ち込んでいく。現代日本の公務員だというのに、飛田はその体格相応の栄養が足りていない。食事を抜くことも多いのか、胃が荒れぎみでもある。飛田も悠の家で寝泊まりしてもらい、食育したいと思った程だ。

 

「ヒロさんにも胃薬出しておきますので、食前三十分前か食後一時間経過してから飲んでください」

「オレまで強制対象に」

「買いに行く手間が省けるでしょう。飛田さん、食事はきちんと取ってください。時間がないというのなら、会議や報告の時間を食事と一緒に行ってください。

 ──マナーが悪い上に消化にも良くないですが、食べないよりマシです。いいですね」

 

 念押しする悠に、答えられず飛田は黙り込んだ。頷いたとして、守れる確約ができなかったからである。だが、易々とだんまりを許すのならば、悠はあの学校で四年も生活できていない。

 椅子から立ち上がり、飛田の顎に長い指をかけ、顔を上げさせて視線を合わせる。そして美しくも獰猛な──素晴らしくヴィランな笑みを浮かべて見せた。

 

「返事がありませんが?」

「わかりました」

「よろしい」

 

 舌舐りする肉食獣に睨まれた心地の飛田は、ひきつった声と顔で了承する。二人の様子を眺めていた弘田は、悠君つよいなと頷き、安室は部下の公安警察らしくない態度と、悠の統率者としての新たな一面に、頭がとても痛くなった。

 

 

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