トリックスターの歩む道   作:保泉

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技能に貴賎なし

 

 年も明け、成人式も過ぎた一月の早朝に、僕は浮かれた様子でキッチンに立っていた。

 今作っているのは、豚肉と大根のオイスターソース煮で、食べやすい大きさに切った豚肉と大根を、ショウガの薄切りとニンニク半片、水とオイスターソースと醤油で煮立たせ、最後に水溶き片栗粉でとろみをつけたものだ。キッチンにオイスターソースと醤油、ショウガの良い匂いが広がり、次は何を作ろうかと胸が躍って仕方がない。

 

 キッチンにある簡易テーブルの上には、それまでに作った料理の数々が既に並べられ、横に置かれた重箱に詰められるのを待つばかりである。今回は和風で統一しているので、一つのお重はおにぎりで埋めることが決定しているため、そろそろ調理をする手を止めなくてはならない。

 いやいっそ、デザートまで完備すれば問題ないのでは、と小鍋を手に取ったら、その手をヒロさんに握られた。

 

「はいそこまで。もう重箱に入らないからね」

「大丈夫です。デザートを添えるだけですから」

「デザート何品作るつもりかな?」

 

 呆れた目を僕に向けるヒロさんから、視線を泳がせる。三……四品くらいならきっと食べられますよね、お巡りさんは肉体労働でもあるし。でも、デザートはなしで、と首を横に振るヒロさんを出し抜くには、流石に時間が足りないので、今回は諦めるしかないらしい。くそう、次回はホールケーキ持って行ってやる。

 

 さて、何故僕が早朝から重箱に詰めるべく料理をしているかというと、安室さんと飛田さんに差し入れをするためだ。先日飛田さんの食生活の偏りが判明したため、それを少しでも改善すべく差し入れすることを思いついた。

 

 ところが、ヒロさんからストップがかかった。どうやら公安警察官達は他人が作った食事をとらないことを推奨されていて、任務の都合上仕方なく飲食することはあっても、基本的には避けているらしい。それを聞いて、良かれと思ってやったおもてなしが反対に困らせていたことを知り、僕はとても落ち込んだ。そうか、公安警察官もカリム先輩みたいな扱いなんだな。食べてもらうとしたら、基本的には大皿料理で、毒見をすればいいのだろうか。

 ヒロさんに毒見を提案してみると、頭を押さえてひどく疲れた顔をした後、悠君らしいねと苦笑いされた。何故。

 

 それと、毒見をしたとしても、飲食の制限は職務でもあるため、安室さんや飛田さんにとって心苦しいことには変わりないだろう。とすれば、必要なのは僕の料理の飲食許可である。許可を取る相手は──この前の上司さん。

 

 鳥さんたちにお願いし、上司の方の居場所を特定する。でも世間から隠れているようなので、僕は場所を耳にしないようにしつつ、鳩さんの脚に細長いお手紙をくるくると巻き付けて配達をお願いした。

 手紙で僕が作った料理の飲食許可を求めてみれば、次の返事でOKをいただいた。

 あっさりと許可が出たことに疑問を覚えつつ、早速飛田さんに連絡して経緯を話してみたところ、電話の向こうで呻いていたので、本当はまずいんだと思う。

 

 それはさておき、いざ差し入れを持参し突撃これから昼ごはん。公園で待ち合わせをすることになり、疲労感漂う飛田さんが登場した。お忙しいところ申し訳ない。流石に安室さんは堂々と表に出れないようで、これから別の集合場所で合流するらしい。

 

 安全上、その場に僕も行くわけにはいかないので、飛田さんに重箱五段をお渡しすると、頬を引きつらせていらっしゃった。……僕は飛田さんの胃痛の原因にしかならない気がする。申し訳ないので対面の少ない、より便利な配送方法を検討してみよう。転送魔法を利用した配達ボックスとかどうだろうか。

 

 研究テーマができてウキウキしている僕に、ヒロさんがそっと頭を撫でてきた。あの、その慈愛の目はいったいなんですか。

 

 

* * *

 

 

「ただいま帰りました……おや、いらっしゃい安室さん」

「お邪魔しているよ、悠君」

 

 買い物袋を肩にかけた悠が談話室の扉を開くと、ソファーに弘田と安室が座っていた。詳しく述べるならば、項垂れた弘田とニコニコと笑顔の安室がそこにいた。異様な雰囲気に突っ込むべきか悠が悩んでいると、ちょいちょいと安室が手招きをしている。

 

「なにかありましたか?」

「ちょっとお願いをしただけだよ」

「どこがちょっとなんだよぉ……」

 

 悠が促されるままにスツールに腰かければ、安室の言葉に弘田が顔を上げて反論した。前髪の間から睨みつける目は暗く、切羽詰まった彼の内心を察することができた。

 

「ところで悠君」

「はい、なんでしょう」

「性別を変える魔法とかあるかな?」

「はい?」

 

 思わず悠が聞き返すも、安室は笑顔を崩さないままだが、その向こうにいる弘田の顔が「無」としか言えないものになっている。その光景を見て悠は悟った──性別変えられる対象は、弘田だと。

 

「ヒロさんを女性にしてどうするんですか?」

「オレがされるって理解しているのに止めてくれないっ!?」

「うるさい、少し黙ってろヒロ。

 ──明日、僕はとあるパーティーに潜入するんだが、公安警察の女性たちの都合が空かなくてね。一般人の協力者に頼むには、少々機密レベルが高いパーティーだから悩んでいたんだが……ふと、悠君に聞いてみたらどうにかなるかなと思って」

 

 あと、そろそろヒロに仕事を持ってこようと思って、とにこやかな安室に、弘田は呻くような声音で唸った。

 

「なんでそこで女装じゃなくて性別変える発想になるんだよ……」

「警察官の男なんて皆ゴツイじゃないか。パーティーは夜だぞ? ゲストの層として上流階級が多いから、女性のドレスコードがグローバルのセミフォーマルなんだ。ヒロの体格で女装できると思うか?」

「ああ……」

 

 安室の言葉に悠は納得した。肌の露出を下品と受け取る日本の服装マナーの場合、同じ女性の夜のセミフォーマルでもグローバルな基準とは異なり、肩出し胸出し背中出し煌びやかはほぼNGだ。ミセスたちにとても不評になる。しかし、本来のグローバルスタンダードであればむしろ女性は光り輝くほうがOKなため、上流階級がメインのゲストであるなら、ドレスコードはそちらに準ずることになるだろう。

 

 結論。日々修練に励む警察官の男性には到底無理だ。

 

 ふむ、と悠は顎に手を添えて考え込む。性別を変える魔法? もちろん可能だ。しかし、仮に女性の姿になったとしても、その仕草に慣れていなければ、変に目立ってしまい目的を達することができない可能性が高い。

 上流階級が多いのなら尚更である。マナーをきちんと身に着けたレディたちから見たら、女性の動きに慣れていない男がどれほど稚拙に感じられるか。いっそスーツを着て男装した方が受けが良いくらいだろう。

 

「よし、ちょっと待っていてください」

「……悠君?」

 

 立ち上がり、談話室の階段を登っていく悠を、不思議そうに見る弘田と安室。それらの視線を無視して悠は階段の先の通路に入っていく。目指すは二階に移動したばかりの自分の部屋。悠は何かを取りに行くわけではない、ただ単に──着替える場所が欲しかっただけだった。

 

 

* * *

 

 

 十数分後、圧倒される雰囲気を携え、優雅に階段を降りてくるその人に、警察官達は目を瞬かせた。

 

 上品に拵えられたメイクに、結い上げた艶やかな黒髪。細身ながらメリハリのあるボディーラインを包むのは、紺色のイブニングドレス。胸元にレースをあしらったノースリーブの首元には、大粒のサファイアとブルートパーズを贅沢に飾った銀のネックレスが輝いた。胸元と同じレースのロンググローブが包む手首には、華奢な細身の銀のブレスレットが収まっている。スカートの裾から覗く形の良い脚は、黒と銀のヒールに包まれている。

 

 階段を下まで降りたその人──悠は、暖かな春のような柔らかい笑顔を浮かべた。

 

「お待たせいたしました。いかがでしょうヒロ様、わたくしのように振る舞うことは可能かしら?

 苦言を申しますが、今のわたくし程度の仕草が出来ないのであれば、どんなに無難なドレスを選んでも悪目立ちしてしまいますわ。安室様、パーティーの日取りは明日でしたわね?」

「ああ……そうだが、その」

「では、ヒロ様が最低限の所作を身に着けるには、到底時間が不足しておりますわね。……わたくしからの提案なのですけれど、安室様がよいとおっしゃるのであれば、お力添えができるかと」

「それは、大変助かるんだが……聞いてもいいかな?」

「はい、なにか?」

「その恰好については置いておくとして、どうして君は仕草まで違和感なくできるんだ?」

 

 困惑した表情の安室に、悠は一度目を伏せてから、悪戯っぽく微笑んだ。

 

「在学中にクラスで開催された、“誰が一番お嬢様!?パーフェクトレディは君だ IN 1-A”の結果ですわ」

「タイトルから男子高校生のくだらなさが凄く出てるのに、どうしてそこまでの振る舞いが身についたんだ!?」

「先輩方や先生方が悪乗りなさいましたの。各寮対抗で、徹底的に所作を仕込まれたからですわ」

 

 もはや誰が言い出しっぺかは悠の記憶にないが、お嬢様ゴッコを全員で演じて一番上手かった奴が勝ちという、些細なイベントだったと思う。

 それが寮の先輩たちの耳に入り──高校生らしく彼らも悪ノリした。あれよあれよといつの間にやら寮対抗戦になり、寮長が指導してくれるらしいと告げたエースとデュースがあまりにも嫌そうな顔をしていたため、つい悠は吹き出してしまったのだった。

 先輩の助力が得られないオンボロ寮の悠とグリムは、イベントに熱を上げて盛り上がる学園に少し引きつつ、自分たちは観戦していようと思っていたのだが、放課後に講堂へ呼び出されたと思えば、待ち構えていたトレインと担任であるクルーウェルの指導下に入ることになった。

 

 そして宇宙を背負った一人と一匹に、教師陣からの容赦ない教育が課せられる。

 日本でいうならば、立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花を本気で求められ、優雅な立ち振る舞いや歩き方、階段の進み方などから始まり。

 上品な微笑み方に相手を飽きさせない会話術、目線での相づちの仕方や相手から情報を得るための言葉の使い方に進み。

 幅広い教養を得るためのマンツーマンの授業など、二人の理想の淑女を目指すあまり、もはやお嬢様の域を越えて王妃教育クラスのレッスンになっていたが、ツッコミを入れて正気に戻ったら負けだと、悠は見て見ぬふりをしていた。

 

 その結果、悠は審査員たちに素晴らしいと絶賛されつつも、これはお嬢様ではないと一位は逃したのだった。教師二人からは謝罪ついでにいっぱい食料を貰ったので、悠としては収穫だったのだが。

 

 因みに、紳士のマナーを身に付ける前に、淑女のマナーを習得してしまった影響か、どちらかというと淑女の方が得意になってしまった事は、悠も想定していなかった副作用である。

 

「それで、いかがなさいますの?」

「もちろん──どうか僕とパーティーに参加いただけませんか、お嬢さん」

「ええ、喜んでお受けいたします」

 

 胸に手を当て一礼し、片目をつぶってみせる安室に、悠は頷いた。その様子を見て、自分が性別を変更しなくて済みそうだと、弘田は胸を撫で下ろす。

 

「──ああ、それとヒロ様」

「な、なんだ?」

 

 安堵していた弘田に視界の端で気づいていた悠は、今日一番美しい笑みを弘田に向けた。

 

「後日、女性版のマナー講習を受けていただきますので、お覚悟くださいませ」

「そんな!?」

「わたくし、流石に毎回パーティーに参加するのはご遠慮いたしますわ。ですがご安心なさって、一から十まで懇切丁寧にご指導いたします」

「へえ、それはそれは……頑張って下さいね、ヒロさん」

「ゼロ!?」

 

 わざわざ擬装用の口調を引っ張り出した、幼馴染の「仕事しろよ」というメッセージに気づいた弘田は驚き、そして再度項垂れることとなった。

 

 

***

 

 

 人気のない高架線の下、自分の愛車を止め外で待っていると、見慣れた白いスポーツカーの姿が近づいてきた。車の持ち主である降谷さんが運転席から降りてくる。チャック付きの小さなビニール袋に入ったマイクロSDカードを受けとって、胸ポケットにしまい込んだ。

 

 今日の降谷さんの任務は、セレブが多いパーティへの潜入。たしかパートナーは人員の都合上、悠さんに頼むことになった筈だ。降谷さんもそうだが、あの人も大概なんでも出来すぎだと思う。

 

「それでどうでしたか、彼の変装は」

「完璧だったよ」

 

 しみじみと言う降谷さんに、心の中でですよねと同意する。以前悠さんに見せてもらった女装は、高い身長のままだというのに、どう見ても女性としか思えなかった程だ。

 

「セレブ達に見劣りするどころか、あの場の誰よりも優雅だった。王妃教育レベルで仕込まれたと言っていたが、それに相応しい素晴らしい立ち振舞いだったな。あれ程巧みに会話を掌握するとは……」

 

 だが、悠さんへの評価は、もう一段階上があったらしい。セレブ達にマナーで勝るとかどういう事なんだ? 王妃教育? 悠さんは男性では?

 

「か、会話を掌握、ですか?」

「決して此方から催促していないのに、僕が欲しかった情報が集まっていくのは壮観だったぞ」

 

 疑問を頭に浮かばせながら降谷さんに尋ねると、そう答えられた。

 ……ああ、これが「もうあいつ一人でいいんじゃないかな」というやつか。降谷さんはやけに嬉しそうだが、何か他に面白いことでもあったのだろうか。

 

「それで、検査の結果は?」

「白です。何も出てきませんでした」

「やはり完全な善意だったか」

 

 先日渡された重箱の差し入れは、一部を検体として採取し成分検査にかけられた。彼の好意を足蹴にするようで心が痛むが、必要な措置のためやらない選択肢はない。

 結果は真っ白だったので、より良心が軋むことになったのだが。

 

「検査で使用した部分以外を一部のメンバーで食べましたが、腹痛や他症状は現時点でありません」

「味は?」

「──大変美味しかったです」

 

 任務のスケジュールの都合上数日抜けても問題ないと判断され、人身御供だと思って落ち込んでいた自分を含む選出メンバーたちが、笑顔で完食するくらいには美味でした。

 味を反芻していると、じっとりとした視線を降谷さんが自分に向けていることに気づいた。え、あの、自分何かしましたか?

 

「最近、ヒロが彼の作るご飯やデザートが美味しいと自慢してくるんだ」

「あー、その」

「僕も食べたいのに」

 

 諸伏、お前降谷さんに何を言ってるんだ。そして降谷さん、この前彼の家に訪問した際に、お願いすればよかったんじゃないですか。多分、喜んで作ってくれたと思いますが。

 

「……次回があれば、取り置きしておきます」

「頼んだぞ」

 

 真剣な目で念押しする降谷さんに、顔を引きつらせないように努めつつ、コクコクと頷いた。

 

 なお、悠さんの次回の差し入れは、10号のホールケーキとミートパイだったので、しっかり両方一切れずつ取り分けておいた。そこらのケーキ屋より美味しかったため、仲間からのブーイングがきつかったが何とか任務完了した。

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