トリックスターの歩む道   作:保泉

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生まれた時からそうですが

 

「また海外に行くって? 本当に?」

「はい。ちょっと、のっぴきならない事態になっていまして」

「なんだそれ、詳細を聞くのが怖いな」

 

 談話室でソファーに座って頭を抱えている僕は、当然部屋に入ってきたヒロさんに見つかった。彼はオロオロとした態度を隠せず様子のおかしい僕に、何があったのかと心配そうに尋ねてきた。海外から依頼が来たと伝えただけで、厄介な依頼だとすぐに察してくれるヒロさんは、やっぱり優秀なお巡りさんだと思います。

 

 ヒロさんと万屋灰猫で依頼を受けて数年、最長依頼期間ダントツトップのヒロキ君案件に、個人的心労トップの伊達さんの交通事故や、知人弁護士案件の藪医者から医師免許をはく奪するお手伝い等々、沢山のできことがあった。僕としては伊達さんに公安に提供したシールの簡易版をプレゼントした過去の僕を称えたい。あの人、なにも大型トラックに轢かれなくてもいいだろうに。聞けば、徹夜明けで頭がぼんやりしていたそうなので、やっぱり睡眠って大事だなと改めて思う。

 

 そんな『人の振り見て我が振り直せ』で睡眠をしっかりとるようになった僕ではあるけれど、チェス仲間だったはずのユーザー名『曙草(あけぼのそう)』さんから届いたメッセージは、数多のトラブルに慣れた僕としても、一時言葉を失うのに十分な威力を持っていた。

 その内容を要約すると。

 

『突然、チェスと関係のない内容でごめんね。便利屋の貴方に依頼したいことがあるの。私と子供の命にかかわるから、是非依頼を受けて欲しいわ。こちらに来る日を連絡してくれたら、迎えを出すからお返事待ってるわね。

 サクラ・アルディア・ヴェスパランドより親愛を込めて 魔法使いへ』

 

「なあ、悠君。この最後の名前さぁ」

「気づいてしまわれましたか」

「そりゃあ気づくだろ。……なに、女王陛下とチェス仲間だったの?」

「そうみたいですね」

「いや他人事みたいに」

 

 ツッコミどころの多いメッセージの中で、ヒロさんはまず名前を取り上げた。もはや彼もこのメッセージが悪戯とは思っていない。悪戯で僕の個人情報を調べてきたら、それはそれで妙な恐ろしさがある。でも一介の便利屋が他国の女王陛下に認知されているという事実も怖い。何しろ僕は彼女に一度も会ったことがないのだから。

 

 ちなみに、魔法使いという呼び名については、僕がネット上でそう呼ばれていることを知っているので、本質に気づかれたわけではないだろう。ノアにお願いして調べてもらったところ、不思議が好きな方々が反応してないから、魔法バレはしていないと思う。

 

「まあ、このネット時代ありえないことでもないですし。

 それよりも問題は、この依頼内容です。詳細を一切説明していない点も問題ですが……国主が命の危険を感じている、つまり王位継承権のゴタゴタに巻き込まれたということですよ」

「また、そうあっけらかんと……」

 

 じっとりした視線を寄こすヒロさんに笑顔を向ける。何をおっしゃるヒロさん、他国の国家権力の依頼を断れるような後ろ盾づくりをしていなかったので、ほぼ強制の依頼ですよこれ。開き直るしかないでしょう。

 

 そもそもの話、当初僕は海外からの依頼を受けるつもりは一切なかった。というか、日本から出国するつもりがなかった。

 

 欧州に似た『ツイステッド・ワンダーランド』で過ごした四年間、母国とは違う常識に疲れていた僕は、帰還した際に母国の文化に傾倒した。住まいこそ洋館ではあるけれど、親戚の伝手を使用して日本文化の所作やマナーを習いに行っていた時もある。そのためか思考も内向的になっており、恥ずかしながら、若くて隠居を目指していた。働かなくても生きていける遺産があったことも、それを推進させていたと思う。あの頃、萩原さんと松田さんに会わなければ、僕は今もそのまま引きこもり生活を続けていたかもしれないね。

 

 それに僕が学んだのは日本の法律だけで、海外では国ごとに違う法律となり、便利屋の依頼を受けながらだと流石に勉学に時間を割けない。使うかもわからない国の法律を覚える時間があるなら、魔法薬の研究を進める方がずっと良い、と判断していたから。以前ほど内向的ではなくなったものの、わざわざ外国まで『万屋灰猫』を宣伝しようとは思っていなかった。

 

 僕が信条を覆すことになったのは、ヒロキ君からの依頼だ。正しくは、見知らぬ誰かからのヘルプコール。

 あの捻じれた世界で、僕は沢山のトラブルに巻き込まれたけど、同じくらい沢山の人に助けられた。面倒くさげだったり、厭味ったらしい態度だったり、嫌々だったり拒否されることが大半だったけれど。

 でも、本当に僕が困っているときは、助けての声も言えなくなっているときは、必ず誰かが引き揚げてくれた。それはマブだったり、先輩だったり、先生だったり──認めたくないけれど、学園長だったり。

 

 どこにも魔力なしを受け入れてくれる研修先がなくて、ただ一年を過ごすはずだった四年生の時。学園長は僕にNRCが所蔵している貴重な蔵書の閲覧許可をくれた。いくら性格がひねくれた者が多数所属しているとしても、あの世界でもツートップに位置する名門の魔法士育成学校。そこでの貴重というレベルは、世界でもすでに絶版した書物が大半だ。ラギー先輩曰く、僕が許可を受けたと知ったレオナ先輩が、ムスッとした顔で不機嫌そうにしっぽをラグに叩きつけていたそうだ。王族で、入学前にNRC卒業レベルの魔法の知識を持つあの人が、羨むほどの書物達。当時の僕はその話を聞いて、その貴重さをありありと理解させられたものだ。

 

 書物を盗むような人格ではないと、悪戯に破損させるような性格ではないと、判断されたこともあるだろう。一定の依頼を受け、達成した実績を判断されたこともあるだろう。それでも、一介の生徒に貴重な蔵書の閲覧を許可するほどの、信用を得たつもりはない。

 完全なる厚意で、学園長は僕に無為な一年を過ごさないための材料をくれた。ま、許可にお金がかからないということもあるかもしれないけど。そのおかげで、僕は相棒たるグリムも、マブ達もいない学園で、ぼんやり過ごすことなく充実した生活が送れたので、感謝はしているんだ。

 

 捻くれた人達が見せた優しさに助けられて、今僕は生きている。だから誰かが助けてと僕に伝えたなら、出来る限り助けてあげたい。もちろん、内容は精査するけどね。積極的に犯罪の片棒を担ぐつもりはないからさ。

 

「助けてくれと言われたら、話くらいは聞いてあげたいじゃないですか」

「──そっか」

 

 ヒロキ君の依頼は、引きこもっていた頃の名残を吹き飛ばし、日本の外に目を向ける機会になった。僕の方針を告げると、ヒロさんは柔らかく目を細めて、微笑んだ。流石イケメン、顔が良い。光属性の微笑みだけど、太陽のようなカリム先輩と違って、ヒロさんは月のように微笑む人だと思う。

 

「ヒロさん」

「ん、なに?」

「緩いウエーブのかかった黒髪ロングで一部だけお団子にして、黄色いドレス着てみてくれません? 性別変えて」

「嫌だよ!?」

 

 ポロっと頭の中の考えを漏らしてしまったら、断固拒否されて僕のストレスの心配をされた。すみません、似合うと思ったんです某月の黒猫さんの格好。

 

 さて、詳細を話し合う前に休憩しようとヒロさんにごり押しされ、ローテーブルに広げたクッキーをつまみながら、紅茶を楽しんだ後。僕とヒロさんはノートPCを前にソファーに並んで座っていた。

 

 普段は僕と何の関わりがないヴェスパニア王国だから、正道で手に入る情報は観光地としてのものばかりだ。けれど、最近で日本の一般人でも知っているニュースが一つある。深部の地殻変動により未知の鉱石が見つかったというものだ。推測ではあるけれど、今回の態々僕まで依頼した根本原因は、この鉱石の取り扱いを巡ってのことだろう。

 

 となると、僕に求められた役は調停者、女王側に寄るなら相手の説得だろうね。敵対者は力づくでの王位簒奪を狙っているわけだから、これは骨が折れそうだ。

 

「また下手をすれば数か月かぁ」

「今回はオレも着いていくけど、植物の世話はどうしようか?」

「ああ、朝だけ戻って水やりするので大丈夫です」

 

 期間が定められない依頼なので、人に頼むにも申し訳なさが先立つ。毒草もあるから、僕の事情を知っている人達にしか、頼めない。それなら、僕が転移魔法で毎日帰ればいいことだからね。

 

「そうなんだ、朝だけ……え?」

「え? ……あっ」

 

 但し、僕は忘れていた。ヒロさんに──公安警察に、転移魔法について話していないことを。

 

「悠君、どういうこと……笑顔で誤魔化さない! こら!」

 

 問い詰めてくるヒロさんを笑顔でとぼけ続け、出発まで凌いだ。深々と息を吐いていたヒロさんには、後で何か美味しいものをご馳走しようと思う。任せてほしい、現地のグルメ情報はしっかりゲットしている。

 

 

* * *

 

 

 出発時に多少のイザコザはあったが、悠とヒロは何とかヴェスパニア王国に飛行機で無事到着した。スーツケースを転がしながら、ゲートを出てすぐでヒロが悠に声をかける。

 

「先方から迎えが来るんだっけ」

「その筈です。まあ、依頼人側とは限りませんけど」

「ほんとそれだよなぁ」

 

 何せ依頼人は王座を巡って争い中、この依頼を聞きつけた反王勢力が二人をどう受け止めるか不明だ。依頼人の伝手を絶とうと、木端な自分たちが誘拐されないとも言い切れない。

 最悪を考えながら言葉を濁して話している二人に、スーツを着た男二人がゆっくり近づいてくる。

 

「ヨロズヤハイネコ様ですね」

「貴方は?」

「アケボノソウ様より貴殿の迎えを仰せつかりました。あちらに車を用意しております」

「わかりました」

 

 恭しく対応する男たちが、オンラインチェスのユーザー名を出してきたあたりで信用性が若干高いとみて、二人はスーツの男たちの後をついていくことにした。

 

「いやリムジンって」

「もう少しグレード落とせなかったんでしょうか……」

「申し訳ございません、安全の為にこの車種にしたと伺っております」

「うわぁ……文句を言ってすみませんでした」

 

 用意されていた車がリムジンだったので二人で引いたが、説明を受けてさらに引いた。なるほど、一般車だと襲撃される危険があるという事らしい。不幸な事故で済ませられる可能性に気づいてしまい、相手の本気度が垣間見えて悠もヒロも窓から景色を見つめた。これは観光が難しそうだと呟いた悠に、ヒロは観光する気だったのかとその度胸に呆れた。

 

 道中襲撃されることもなく、リムジンに乗ってたどり着いた先は品の良い豪邸だった。正面玄関前に停車し、待ち構えていた使用人に誘導されて屋敷内に入ると、二人は玄関ホールから応接室に案内された。

 応接室のソファーに腰を下ろして待っていると、軽いノックの後、身なりの良い上品な所作の金髪の男性が入室してきた。悠とヒロはそれを見てソファーから立ち上がる。

 

「ヴェスパニア王国へようこそお越しいただきました。私はこの国にて伯爵の称号をいただいております、キース・ダン・スティンガーです」

「初めまして、スティンガー卿。僕は万屋灰猫です。こちらは僕の助手。この度は空港までお迎えいただき、ありがとうございました」

 

 精悍な顔立ちに硬質な笑みを浮かべているスティンガー卿に、悠は対照的な柔和な笑みを返す。だが、自分の名前を名乗らない不敬にヒロが悠をちらりと見るが、何も言わなかった。そんな彼の態度をどう受け止めたのか、ふっ、とスティンガー卿は笑みを深めた。

 

「警戒されるのも当然です。ですが、あの方とすぐに会わせることができない事情があり、我が屋敷にお越しいただいた」

 

 どうぞお座りください、とソファーを勧められ、悠達は改めて腰を下ろした。黒スーツの男が準備した紅茶は、この国特有の茶器ではなく、欧州のカップとソーサーを使用していた。それに手を付けるか悩んでいると、こちらの態度に気づいているのか、スティンガー卿は話し始めた。

 

「実は、あの方が貴殿に依頼をした後、諸々の手配をしている際に、このような流言が王宮に広がりました。あの方は、王宮に愛人を迎え入れるつもりだ、と」

「それは……随分とデリカシーのない噂を流すものですね」

 

 いくら敵対しているとはいえ、自国の子供もいる女王に流す噂ではない。しかも、事実ならともかく全くの虚偽であるならば、さらに。眉を顰める悠達に、同意するようにスティンガー卿は頷いた。

 

「あの方を疎む存在が流したことは明白ですが、だからと言ってお二方をお連れするには触りがあります」

「まあ、恋愛に関する噂話は、信じられやすいですからね」

 

 王宮に勤める者たちが、全員女王を慕っていたとしても、好意で広まる噂もある。特に王配に先立たれ、女王として執務をしながら我が子にしっかりと愛情を注ぐ、尊敬するあの方に幸せが、と。

 

 全く悪気がないのが質が悪い、というやつである。彼の敵対者の目の付け所が素晴らしいが、称える気にはならないなと悠は目をつぶった。

 

 聞く限り、スティンガー卿は依頼者である女王に悠達を会わせること自体は、許容しているようだ。ただし、悠達を王宮に連れていくことによって、噂が確定してしまうことを懸念している。確かに、女王の客人と女王の愛人では、現時点で許される行動範囲が異なってくる。

 ならば対策は一つ、と悠は目を開いてにっこりと笑った。──なお、その笑顔を見て、ヒロは背筋がひやりとした。

 

「つまり、男性と分からなければOK、ということですね?」

「はい?」

「すみません、着替えのための部屋、出来れば鏡台があれば嬉しいのですが、お借りしてもよいでしょうか」

 

 きょとんとした表情を晒したスティンガー卿に、ますます笑顔を輝かせる悠。あー、と納得した顔のヒロと悠を視線で行き来した後、戸惑った表情で了承した。

 

 

* * *

 

 

「じゃ、いきますよ」

 

 許可を得てニコニコと笑顔を浮かべたまま、オレは悠君に腕を掴まれて引きずられるように応接室を出た。おい、悠君なんでこんなに力強くなってるんだ。この前計った体重、オレの方が重かったよな?

 

「なあ、ちょ、もしかして」

「いいえ、僕だけですよ。ですが、それなりの恰好をしてもらわないといけませんから」

 

 黒スーツの先導に続きながら、腕を放してもらったオレは悠君の隣に並び、小さい声で問いかける。よかった、オレは免除らしい。一晩程度ならどうにかなる程度は、悠君に教育されたけど、依頼の期間中ずっと続けられるほど習得していない。それは悠君も知っているから考えてみれば当然か。

 

 用意された部屋に入ってからの悠君の動きは、とても素早いものだった。

 

 スーツケースから化粧品を取り出し、洗顔後肌の手入れをする。慣れた手つきでメイクを施し、ジェルワックスで髪をかき上げる。ブラウンとゴールドを基調としたメイクは、インナーのボルドーのハイネックとベージュのレディース型のパンツスーツによく似合っている。足元はローヒールの黒いパンプス、手元にブラウンゴールドのハンドバック。

 

 掛かった時間は三十分も経っていない。完成時は思わず拍手しそうになった。本当にこの子は器用だな……。

 

 悠君の仕上がった姿に感嘆していると、ギロリとこちらを睨まれた。正確には、睨んだと思うほど強い視線を向けられた。

 

「何をぼんやりしているの。貴方も早く支度なさいな。それともママのように手伝ってほしいのかしら、坊や?」

「自分でやります」

 

 とんでもなく艶やかな嘲笑を貰い、すごすごと悠君が差し出したスーツを受け取る。なあ、そのキャラでずっといくの?

 

 もの言いたげなオレの顔に、悠君はちょっとキツクしすぎましたか、と元の口調と雰囲気に戻してくれた。よかった。

 ちょっと女王陛下に謁見するには強すぎるかな、と意見を言うと、確かにと納得して、以前見せてくれた王妃バージョンに変更したようだった。

 

「どこで覚えたんだ、その口調」

「どこって、以前拝見いたしました映画を参考にしましたの」

「ああ、なるほど。いそうだな、そういう登場人物」

 

 妙に慣れていた言葉遣いは、映画で覚えたらしい。そうか、映画か……待って、艶やかな嘲笑が似合う女性が登場する映画って、教育に悪い系なんじゃ……?

 いやいや、悠君はもう成人男性だぞ。精神年齢を言えばとっくに越えてる。何見ても咎めることではないだろう、正気に戻れオレ。

 

 悠君を弟のように思うのはいいが、子ども扱いしかけている自分に気づき、ワイシャツに袖を通しながら息を吐く。別に、保護者面するのが悪いわけではない。だが、オレの課された役は便利屋の助手であり、居候の兄貴分であり、魔法使いの監視である。

 

 悠君を手助けすることはあっても、彼の足を引っ張ることは求められていない。今のオレの思考は、保護者に寄りすぎている。このままでは、もしかしてこれまでも、彼の行動に枷をしていたかもしれない。

 組織から離れて、優しい環境に慣れて緩んだか。自分自身の不甲斐なさに反吐がでそうだ。ネクタイを締めながら、鏡に映るいつもとは違うシルバーフレームの伊達メガネをかけた自分を睨みつけた。

 

 *

 

 着替え終わり、先ほどいた応接室に二人で戻ってみれば、悠君の性別を感じさせない姿に、スティンガー卿は目を見張っていた。うんうん、凄いですよね悠君の技能。初見は驚きが必須なんですよ。

 

「さて、これでお会いできそうでしょう?」

 

 そう言ってウインクをする悠君は華やかで、日本人男性とは到底思えない。そんな悠君につられたのか、スティンガー卿も少し柔らかく微笑んだ。

 

「あの方に予定を伺いましょう。──ところで、貴殿は男性ですよね?」

「勿論男性です」

 

 思わず噴き出したオレの脇腹を、悠君が肘でえぐってきた。マジごめん。

 

 

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