トリックスターの歩む道   作:保泉

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想定外にも程がある

 

 オクタヴィネル寮生っぽさを薄っすら感じさせるスティンガー卿に世界の広さという衝撃をお裾分けした後、本日の宿として彼の屋敷があてがわれた。翌日に優雅な朝食を堪能する頃には女王への内謁(ないえつ)が許され、具体的な時間が決まっていたのだから、女王からの依頼だとしても仕事が早い。謁見ではないのは、非公式にしたいからだろう。

 

 ポムフィオーレ寮でレッスン(強制)を受けたメイク術を施した外見からは、性別を断定するのは難しい。何しろ特殊メイクに近いものだから、獣人達なら化粧品の匂いの中の臭いにすぐ判別するだろうけど、人間しかいないこの世界なら騙せる自信がある。

 さらに、メイクに加えて所作を女性よりのものにしたからね。無理やり服を脱がせるかボディーチェックをしない限りは、男とはわからないだろう。王宮の廊下を歩いている今も、僕に向かって視線が突き刺さってくるけれど、大半が困惑だから。

 

 さて、この先に待ち受けるのは一国の主だ。まず始まるのは依頼内容の交渉。請われて来たからと言って、女王にとって僕らはそこらの藁。国内の味方が判別できないからこそ、縋っただけの鬼札だ。目的を遂げるまではある程度配慮されるだろうが、万全を期すなんて待遇は望めないだろう。

 依頼内容だってそうだ、気を引き締めていなければ、依頼人有利の条件となってしまうだろう。国主は国のために力をふるうもの、自国が有利になるように努めるのは当然のこと。しかし、唯々諾々と受けるわけにはいかない。こちらからも条件を付けなくては、丸損するのは僕たちだ。

 

 最低でも国内の安全の保障をしてもらわなくては。日本では伝手でどうにかできる内容でも、異国の地である此処では、僕らはただの観光客でしかない。日本大使館に駆け込むのは、最終手段にしたいからね。

 

 通された部屋でヒロさんと二人で待つこと数分、スティンガー卿が二人の男女を連れて現れた。一人はテレビでも見たことがある女性。ヴェスパニア王国国主「サクラ・アルディア・ヴェスパランド」女王だ。もう一人は屈強な男性。おそらく女王の護衛だろう。

 

 女王はにこやかに僕らを見つめていた。一見して親愛の情しか感じ取れないが、あの世界でろくでなしに慣れた僕は、笑顔の奥でこちらを観察する冷静な目に気づいた。

 やっぱり、彼女は僕たちを招喚したけれど、全く信用していない。必要だから、使おうとしているだけだ。うん、やっぱり王様ってこんなかんじだよね。穏やかさと冷徹さのバランスが良い感じである。

 

「初めまして、万屋灰猫さん。私がサクラ・アルディア・ヴェスパランドです。ようこそ我が国へ」

「お招きありがとうございます、陛下。偽名をガルネーレ・グリムと申します。こちらは僕の助手、偽名をモーント・グリムと」

「あら、本名は教えてくださらないのね」

「ええ、今は不要でございますので」

「そうですね、その方がきっと良いでしょう。ガルネーレ……小エビさん」

 

 ニコニコしながら挨拶をする僕と女王。はたから見たらきっとうすら寒い挨拶の後、女王は今回の依頼の内容と経緯を話してくれた。内容については、王弟との間の調停者役をお願いしたいとのこと。わあ、対処間違ったらすぐパーンされる使者の役ですね。王族すぐ無茶振りしてくる。

 

 経緯については、僕たちが予想していた通り、発見された鉱石の処遇が根本的な原因だったそう。その鉱石が持つ性質がレーダーのジャミング──つまり、ミサイル等に取り付ければ目標に索敵されることなく、一方的に攻撃が可能という、不穏極まりない厄介なものだった。

 

 王弟ことジラート公爵はこの鉱石を用いて兵器を作成し、国力の増強を目指すことを提案するが、女王がそれに真っ向から反対。理由としては国際情勢に過度な影響を及ぼすため。

 自国の発展を第一とする公爵と国際社会に置いての自国の立ち位置を重視する女王で二極化したのだと。

 

 女王側からの情報ではあるけれど、それぞれの主張を聞けるとは思わなかった。てっきり依頼者側だけの意見を聞かされると想定していたけれど、女王は公爵の主張も理解をしているようだ。国力の増強は重要だが、それでも否定すべき理由があることに気が付いているのだろう。公爵もそれに気づいているはず。それなのに推し進める理由は何だろう。

 

 女王は、報酬については後の交渉を希望した。まあ、難易度が高い事しかわかっていないからそうなるのは当然だけども、前金さえないのはどういうつもりだろうか。踏み倒されたら盛大に仕返しすることも検討しておこう。

 

「さて、色々なことを調べなくてはいけないが、どうするんだガルネーレ? いつの間にかオレの偽名を決めたガルネーレ?」

「相談なしで即興で決めたのは謝りますよ、モーント。まずは公爵に会いましょう」

「いきなりか?」

「両方の言い分を聞く、調停の基礎です」

 

 女王との内謁の部屋を出て、用意された部屋のソファーに座る。盗聴器をポイポイ外していくヒロさんを頼もしく思いつつ、作業が完了した彼にペットボトルの水を差しだした。

 

「女王は一切公爵の性格などを僕らに伝えませんでした。対立している意見のみでは、どういう思考でその考えに至ったのかまったくわかりません。さっさと会えってことでしょう」

「見た目に反して、なんというか」

「十代はそうとうじゃじゃ馬だったでしょうねぇ」

「オレがせっかく言いよどんだのに」

 

 簡単に調べた情報ではあるけど、女王は王女時代に近代五種競技という大会で優勝したこともあるそう。馬術・水泳・ランニング・フェンシング・射撃が満遍なくできるのは、大人しい王女だとしたら無理だろう。

 王族の女性ってパワフルだよねと、廊下側のドアを開けてその前に立つ衛兵に声をかけた。

 

 

* * *

 

 

 公爵との内謁はすぐに取り付けられた。二つ返事だったようだから、公爵の手駒が女王の周囲に配置されているのは間違いないだろう。女王が命の危険を訴えたのも当然、いざとなれば暗殺可能なほど近くにいるのだから。

 

 公爵の第一印象は、高慢な貴族様というものだ。悪人面と言えばいいのか、何か企んでいそうな雰囲気を醸し出している。次に印象深いのは目だ。悠達を観察する感情を読み取らせない目が、悪い第一印象を覆して深い知性を感じ取らせた。長子継承のため王位こそ遠いが、女王と比類する素養があるのだろう。そうでなくては、女王を出し抜いて手駒を配置できはしない。

 

 公爵はひとしきり僕たちを眺めた後、わからぬなと言った。

 

「あの姉上が態々他国から呼びつけ、頼った相手と聞いていたが。何もせぬとは」

 

 心底わからないと表情に出した公爵に、悠は顔を引きつらせそうになった。この公爵、初手で自らを囮にした。部屋の中には公爵と悠達の三人しかいない。自らが派閥のトップと自覚しながら、敵対勢力確実に削ぐために、あえて犯行をしやすい状況を添えてきた。射撃大会で優勝経験があることは調べたが、近接格闘も得意なのかもしれない。

 

「暗殺者でも雇ったと思われましたか」

「当然だろう。姉上しか気づいておらんが、躊躇はせん方だ」

 

 公爵の端的な言葉からは、女王である姉への敬意があった。自身の策略に女王以外は察していないが、女王が気づいただけで何かしらの対処はされるだろうと、姉の判断力を信用していた。

 それを感じ取って、やはりおかしいと悠は思う。たった二言三言だけで、目の前の公爵が果敢かつ聡明であることは理解した。だからこそ、この方があの鉱石を利用することのデメリットに気が付いていないはずがない。

 

「私は女王陛下と公爵閣下の調停者となるよう依頼されました。女王陛下側のお考えはすでに伺いましたので、次は公爵閣下にお話を伺いたく存じます」

「ほう、調停者とは。なんとも耳障りの良いスパイがいるものだな?」

「これは手厳しい。ですが、少しばかりの情報共有で国力を減らす原因を排除できるとならば、有効な手かと」

 

 じっと悠達を見る公爵。しばらく沈黙が続いた。

 

「よかろう、何が聞きたい」

「ありがたく。閣下の鉱石利用策に関するデメリットについて、どうお考えでしょうか」

 

 ──反応は、顕著だった。

 あれだけ澄んでいた公爵閣下の目が突如澱み、先ほどの端的な話し方が嘘のように、饒舌に話し始めた。

 

「デメリットだと、姉上が自然環境が崩れるとおっしゃったが、我が国の発展を考えれば些細なことだ、そもそも長い間農業主体だった我が国が自動車や電化製品などの工業化に進んではいるが、いまだ産業機械は他国より購入している、自国の技術を向上させるのに最短なのは兵器の開発だ、あの鉱石を利用すれば武力面は勿論、我が国の基礎技術も向上させることができる」

 

「ガルネーレ、これは……」

「シッ……彼の気を引かないようにしてください」

 

 つらつらと、どこか夢を見るような目で話し続ける公爵。あからさまな異様な様子に既視感を覚えたヒロは、隣に座る悠に声をかけるが、ひそめた声で制止された。悠は、こちらを気にも留めずに話し続ける公爵の身体全体をじっと見る。

 

 そして──ひとつ、公爵の目の前で柏手を打った。

 但し、そこに一つの魔法をのせて。

 

 空気が破裂する音は、ボンヤリしていた公爵の目を元の怜悧なものへと戻すのに十分だった。眼前に差し出されている手の平を合わせた悠の手を、彼は目を細めて見ている。

 

「何をした?」

「気付けをしただけでございます。閣下、今一度伺います。閣下の鉱石利用策に関するデメリットについて、私にご教示ください」

「デメリットだと、そんなもの──」

 

 何かを口にしようとした公爵の表情は、みるみるうちに険しいものへと変化していった。先ほどまでの、正気でない自分に気が付いたのだろう。自身を睨みつけるようなその目に、悠は微笑みを返してみせた。

 

「良く気付かれました。マインドコントロール……閣下はそれを受けていた可能性がございます」

「──はあ、だろうな。なんだこの、勢いだけの自分に都合の良い視点だけを集めた理屈は。こんなものを私が発言……頭が痛いわ」

「心中お察しいたします。私などを女王陛下がお呼びになったのは、調停者の名目で閣下と正面で対話するためでしょう。それまでの閣下の性格を確認し、真正面から閣下のあのお言葉を聞かなくては、違和感を覚えなかったと思います」

「……これだから姉上には頭が上がらぬのだ」

 

 言葉を吟味して話す癖のある公爵があんなにも言い募っているならば、その人柄を知っているものほどそれほど熱意を込めて進言しているのだろうと勝手に解釈してしまう。ただ一人、この国で誰よりも弟のことを知っていた姉だけが、危機感を持っていたというわけだった。

 

 ぐったりした様子ながらも、公爵はサイドワゴン上の保温されていたポットを手に取った。くびれのあるグラスの、チャイバルダックに注がれるのは紅茶で、濃く入れてあるのか濃赤色をしている。ソーサーに角砂糖を二個添えて出され、悠は迷わず二個とも入れた。この飲み物がストレートだと胃にダメージが有りそうなほど、渋いものだと知っていたので。悠の様子を見ていたヒロも、角砂糖を二個入れてティースプーンで混ぜた。

 

 自分の分も紅茶をチャイバルダックに注ぎ、角砂糖を放り込んで乱暴に混ぜてあおった公爵は、どことなく自棄になっているように見えた。マインドコントロールの結果とはいえ、支離滅裂な意見を堂々と発言していた自分という、黒歴史が出来上がったのだから仕方がないことだろう。記憶があるからこそ打ちのめされるもの(心)もある、オーバーブロットしたようなものだと悠は納得していた。

 

 それよりも問題は。公爵がマインドコントロールを受けていたその内容ではない。公爵に纏わりついていたあの気配と、解除の魔法の効き具合。

 間違いない。思考誘導の技術に、『魔法』が使われていた。

 

 無詠唱の簡単な魔法で解除できたため、掛けられたのは高度な魔法ではない。ほんのまじない程度の魔法を、何度も何度も掛けたのだろう。本人は魔法を使っていることすら気づいていない可能性が高い。それほど、小さな小さな魔法だ。

 

 内容が本人が言わない低レベル過ぎて気づかれているけれど、仕込む内容によっては誰も洗脳に気づかないかもしれない。じわじわと、徐々に方針が変化していくのだから。

 

「下手人は私に近いな」

「接触が多く、鉱石について会話した人物ですね。犯人にとって閣下のマインドコントロール解除は想定外でしょうから、出来る限り今まで通りを装ってくださいませ」

「あれをか」

「あれをです」

 

 すごくすごーく嫌そうな顔をする公爵を見て、先代国王が彼を王位につけなかったのは、長子ではない点以外に、いざという時顔に出るからではないかと、悠は何となく思った。

 

 

* * *

 

 

「騒動が収まったら、私も一目件の鉱石を見てみたいものですね」

「見るだけであれば今見せても良いが」

 

 退室間際に軽い話題で悠君が振ったのだろう、鉱石の見学に公爵はあっさりOKを出した。女王といい公爵といい、この国の王族思いきりが良すぎないか。マインドコントロールを悠君が解除したということで、信用されたのかもしれないけど。

 公爵は窓際にあるローチェストの引き出しを開け、細やかな装飾がある宝石箱を取り出した。待って、この部屋にあったの国家機密。

 

「閣下、まさか無断で持ち出しされて……」

「あまり指摘してくれるな。情けなさで気を失いたくなる。……まあ、アレなときに持ち出したやつだ。この後すぐに返す」

 

 悠君が眉をひそめて公爵を見ているが、公爵は苦い表情でソファーに座りなおした。ああ、マインドコントロール時の。

 

「掘り出した直後は母岩と色が変わらない黒い色をしているが、徐々に赤みを増してこのような暗いチェリーのような色に落ち着く」

 

 開かれた宝石箱の中には、少し暗いが艶やかな赤い石が入っていた。へえ、宝石みたいだなとオレはマジマジとみていたが、隣に座った悠君が、全く反応していないことにふと気づいた。

 

「ガルネーレ?」

「──どういう原理で色が変わるのでしょう。掘り出してからとなると、空気に触れることによる酸化でしょうか」

「ふむ、これが酸化鉱物であると? レッドスピネルよりは、ルビーのような熱を加えることで発色する石の方が近いというわけか」

 

 顔を覗き込もうとしたが、そのタイミングで公爵に話しかけた悠君。公爵も鉱物について造詣が深いのか、嬉々として話している。なにやら宝石の性質について語りだした二人の様子を、オレは心持、身体を引いて眺めた。

 

 悠君、いま誤魔化したな。

 彼が興味のある何かについて語っているときは、こんなに冷静に話していない。目をキラキラさせて、幼げな笑顔を浮かべて、楽しくて仕方ないとばかりに全身で表現しているんだ。

 

 何かに気づいている雇い主に、オレは後で問い詰めることを決意した。

 

 

* * *

 

 ──どうにか誤魔化せただろうか。

 

 公爵に見せてもらったヴェスパニア鉱石を前に、僕は言葉を失っていたことを。

 

 目を疑った。信じられなかった。夢かと思った。

 

 だってあれは──魔法石だ。

 

 

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