トリックスターの歩む道   作:保泉

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既視感なんて求めてない

 

 公爵との面会が終了した後、悠達は部屋の外に待機していた衛士に、戻る足でそのまま女王の元へ案内された。おそらく彼女は公爵についての初見の感想を聞きたいのであろう。今回二人が案内されたのは、人の出入りがより制限される女王の私室というべき場所だった。

 

 相も変わらずにこやかな笑顔の女王にソファーを勧められ、二人は腰を下ろし、女王に向けて悠が色々ぼかした結果を伝えていく。念のためマインドコントロール云々は報告からすっぱり省いて、話し合いが進んだという事実だけを伝えると、女王は目に見えて喜んだ。話し合いが進むイコール、元の公爵に戻ったということであるから、詳細を伏せても理解してくれた。察しの良いトップだと楽だという典型だろう。

 

 さて、悠が請け負った依頼の姉弟の仲裁は完了しているが、まだまだヴェスパニア王国に降りかかる問題は解決せず残ったままだ。しかし、犯人の特定に至っていない現在、どこにそれらの目や耳があるかわからないため、口頭でさえ女王に報告ができない。そこで悠は当初に女王が連絡してきたアプリを利用することにした。メッセージ機能以外にも、ちょっとしたチャット機能があるもので、文字数制限が厳しいため小まめな送信になってはしまうが、背に腹は代えられなかった。

 

「ガルネーレ、姉上に訊ねてほしいことがあるのだが」

「ごきげんよう、公爵閣下……もう少しばかりフットワークを重くしていただけませんか」

 

 そうしてチャットで連絡を取ろうとしたところに、何故か部屋を訪問してくるのが、要経過観察中の公爵である。

 

「お前たちの部屋にはマイクもカメラもなかろう。阿呆のふりをするのも疲れるのだ、目こぼしせよ」

 

 そう言って悠の向かい側のソファーに腰を下ろす公爵は、日に日に悠達に対する遠慮がなくなっている。ヒロが差し出した紅茶を躊躇なく飲むのは、狙われている王族としてどうなのだろうか。そういう態度を取られると、こちらの言動がつい気安くなってしまうからちょっとやめてほしいと悠は思った。レオナ先輩に対する態度になってしまうと、流石に不敬になってしまう。

 

「では、なんとお伝えすれば」

「下手人を見つけた、と」

 

 ノートパソコンに向かっていた悠が、声音の違いに顔を上げれば、先ほどまでの気を緩めた姿とは違い、無表情の中で爛々と目を輝かせた公爵がいた。

 

「閣下ご自身で調べられたのですか」

「私が探すのが一番手っ取り早い。鉱石の話題を振る者は多かったが、その中でもやたら顔を覗き込んでくる男がいた。その背後を調べてみれば……推薦者は国力拡大派の重鎮でな」

 

 顔を覗き込むという所作は、洗脳魔法に多い。目という器官は、人体の中でも感覚が鋭く、また脳に近いため防御反応する前に魔法がかけやすい。積極的に顔を覗き込もうとするということは、無意識に魔法を発動しているのではなく、故意ということが確定する。

 後ろ盾が軍事的な国力増大を推奨する人物であることと言い、ヴェスパニア鉱石を兵器として使用することが、下手人の利益となるのだろう。後ろ盾の人物も公爵同様に洗脳されている可能性が高いけれど、と悠は内心独り言ちた。

 

「他国の干渉の線もありえますね」

「鉱石の横流しか」

「ええ、事業とするなら不正を働く者が出てくるのは当然です。下手人が洗脳を得意とするなら、尚更容易でしょう」

「さらに、閣下以外の王族を──失礼ですが──排除すれば、この国の方針すら操作できるってことです。ね、ガルネーレ」

「その通りです」

 

 悠とヒロの予想を聞いて、目を閉じてじっと考え込む公爵。悠達がこの国に来なければ、高い確率で現実となっていただろう未来図。毎日何度も魔法をかけて続けていれば、早々に解けることはありえない。女王が弟を切り捨てない限り、この国に残る王族は一人だけとなっただろう。公爵は子を儲けていないため、万が一公爵に何かがあれば王家の血が一番濃い貴族から、次の王冠の持ち主を決めることになるだろう。

 

「後ろ盾の貴族は王家に近いですか?」

「先王の妹が降嫁している。まあ、詳しいことは下手人に問いただせば判明する。今はいくつか吐いただろうよ」

「……すでに捕まえたと」

「暗示にかけるには目を見る必要がありそうだからな、目隠しをさせれば簡単だった」

「待ってください、まさか閣下直々に拿捕なされたのですか」

 

 すでに捕まえていたことにも驚いたが、捕まえた実行役が公爵閣下本人だった。この方本当にアグレッシブだな、とヒロは呆れた目線で彼の人物を見ていた。

 

 

 * * *

 

 

「これで姉上との契約は満了といってもいいだろう」

「まだ報酬交渉が残っておりますが」

「問題ない、どうせこれから増えるからな」

 

 含むように笑う公爵に、嫌そうな顔をする悠君。猫がかなり剥げているけど大丈夫なのかソレ。

 ここ数日で公爵の悠君に対する態度は気安くなる一方だ。悠君はオレも含むと思っているようだが、悠君を通して評価されているに過ぎない。王族に対して必要以上にへりくだることなく、時には奔放な態度に呆れてもみせる対応が楽しいのだろう。王族への対応に慣れすぎている悠君のこれまでの人生を思うと、ちょっと目頭が熱くなる。

 隣で座るオレの感傷を余所に、表情を平静に戻した悠君が続きを促した。

 

「何をさせるおつもりですか」

「我が国が他国からの干渉を受けていることは共通認識だろう。その根を絶ちたい。やり方は任せる」

「は?」

 

 思わず声を漏らした。──なんだその依頼は、規模と範囲がデカすぎる。悠君は有能とはいえただの便利屋、そんな外交官やスパイに任せるような、国家規模の依頼なんてするものじゃない。

 既に王位継承のゴタゴタに巻き込まれていても、だ。

 

「……すべてを知らぬ存ぜぬで通される、と」

「無論。貴殿がどのような手段を選んだとしても、我が国はその方法を知らんのだからな。まあ、残ったときはそれなりに対応するぞ」

 

 公爵が不敵に笑い、対照的に悠君はストンと表情が抜けた。

 

 ここで来て、俺達を切り捨てすることにした、いいや、逆に方法を任せるほど重用しだしたと考えるべきだ。知らぬ存ぜぬ、つまり証拠が残れば助けないという意味ではない。

 少しでも足跡を残せば、悠君を此の国の中枢に引きずり込むという宣言だ。

 遠回しなヘッドハンティングだ。ほぼ強制と言ってもいい。悠君に魔法がなければ、一介の便利屋に達成不可能だ。

 

 ──いや、そうじゃない。

 公爵……いや女王もか、悠君の特異性に気づいていると考えればどうだ。気づいていて、どこまで出来るのかを試し、あわよくば味方に引き込もうとしているのか。

 

「方法は全て任せる。無事達成すれば、我が国は何があっても貴殿に何も追及せぬ。それ以外に報酬も準備してある」

「わたくしどもについての情報の遮断と不可侵、それに追加して別途報酬という事でしょうか」

 

 そうだ、と告げた公爵をじっと見る悠君。特異性に気づかれたのはやはり公爵の暗示を解いたことだろう。姉弟仲の良さを思えば暗示を解こうとするのは当然、しかし解けなかったのだろう。

 

 となると、だ。オレが持っている情報を加味すれば、公爵の暗示には魔法が使用されており、悠君はそれを魔法を使って解除した。つまり、この国に魔法使いがいるということ。それも悠君とは違って、他者を貶めるのに戸惑いがない相手が。

 

 そりゃあ、友好的な悠君を引き込もうとするわけだ。対抗策がそこにあって手を小招くような人物でないことは此の数日で証明されている。

 

 黙り込んでいた悠君は、深く息を吐き出すと承りましたと言った。満足そうに頷いた公爵が部屋を後にするのを見送りながら、オレはこの後の行動を検討する。

 

 きっと、何も言わないでいれば悠君は、オレを置いていくだろうから。

 

 

 * * *

 

 

 公爵にとんでもない無茶振りをされた日の夜。僕はこっそり外に出る準備をしていた。隣の寝室で眠っているだろう、ヒロさんを起こさないように身支度を整えていく。公爵からの依頼を完遂するには、魔法を駆使しなくては到底できない。真っ当な法の手続きをするには時間が足りず、手段を無視するには伝手が足りない。それなら僕一人で行動することで、魔法で無茶を通すことができる。まあ、あの世界でも健全な使い方ではないから、心苦しさは残るけれど。

 

「一人で行くつもりか」

 

 窓枠に手を掛けた時、背後から声を掛けられた。振り向いた先には、寝巻ではない服に身を包んだヒロさんがいた。

 どうして、とは思わなかった。僕は彼に眠りの魔法をかけていない。気配に聡いヒロさんが、僕に気づかない可能性の方が低かった。気づかれなかったら、そのまま出かけるつもりではあったけどね。

 

「悠君、オレに何か隠しているだろう」

「公爵のマインドコントロールについてですか」

「いいや違う」

「……鉱石のことですか」

「それも違う。オレ自身についてのことだ」

 

 ──心臓が跳ねた。

 動きそうになる表情筋を制御する。……てっきり、この国に来てからのことを言われると思っていた。ヒロさんの前で不審な態度を取っていたことは自覚していたから、相手も魔法を使うことを理由に、一人で行こうとしていたのに。

 

 ヒロさんに僕の隠し事はバレやすい。彼の優秀な観察眼なのか、僕が隠すのが下手なのか……またはヒロさんに対してだけ下手なのか。どちらかというと、やっぱりヒロさんが優秀ってことが一番の理由だと思う。安室さんにも割とバレそうだと考えるあたり、僕自身が原因とも思えるけれど。

 

「ええと、どのあたりを隠していると」

「……なんか、一つ二つじゃなさそうだが、オレが気が付いたのは目と耳と鼻の機能性だなって、悠君?」

「的確過ぎてどうしよう」

「悠君って自白するのが早いよね」

 

 自爆で藪蛇したことよりも、はっきりと気づかれていることに目を覆う。うん、これは誤魔化せない。しおしおと開きかけた窓を閉じ、ふらふらとソファーまでたどり着いてから、横になってふて寝する。いつになくだらしのない僕の所作に目を丸くしたヒロさんは、向かい側のソファーに腰を下ろした。

 

「なに、そんなに言えないことを隠しているのか?」

 

 じとーっと睨みつける僕に苦笑するヒロさん。言えないというか、言うと色々マズイというか。まあ、言えないのだけど。

 

「言えないのは、オレの立場が原因か?」

 

 黙ったままの僕を見つめながら、静かな声でヒロさんは聞いてきた。ええ、それもある。僕はこの数年で、ヒロさんの為人は十分に知ったつもりだ。生真面目で心優しく、基礎能力も優秀という理想の警察官。公安への忠誠心は現時点で上司に恵まれていることもあって高い。

 真面目だからこそ、言えないのだ。

 

「ごめんな、オレがフラフラとしていたから、話せなかったんだよな」

 

 くしゃ、と髪を揉むように頭を撫でられる。いつの間にか僕の寝転がるソファーに近づいていたヒロさんが、宥めるように髪を梳いていく。

 

「なあ、悠君……オレは君の監視役だ。君が魔法で平和を脅かさないか、それを見張る公安警察官だ。だけど、一から十まであちらに報告するわけじゃない。君が隠しておきたいことを、無理に暴こうとしているわけでもない。

 でも、いま、悠君が隠しているのは、オレの為なんだろう? 話したら、報告をせざるを得ないような内容なんだろう?」

 

 ヒロさんの青い目が、僕を柔らかく見つめている。その柔らかさに、どこか胸の奥がこそばゆく感じた。ああ、まずい。

 

「言うなと君が願うなら、絶対に誰にも言わない。ゼロにだって、風見さんにだって……兄さんにだって言わない。魔法を使って制約とかできるなら、やるさ。どんとこい。だから──だから、一人でなんでも抱え込むなよ。

 頼りない兄貴分のままでいさせてくれるな」

「──ヒロさんは、今でも十分頼れるお兄さんだよ」

 

 もう、これ以上誤魔化せない。ヒロさんの真摯な目が、僕に其れをさせてくれない。あの学校にいたせいか、僕は良い人にめっぽう弱くなってしまった。

 潔く自分の罪を認めていかなくてはならない。今まで決して漏らさなかった、ヒロさんの身内の存在まで、開示してくれたのだから。僕は、僕の出来ることをしなくてはならない。

 

「ヒロさん、ちょっと耳を押さえて貰えるかな」

「耳、えーと、オレのでいいんだよな?」

「うん、ヒロさんのだね」

 

 横たわった体を起こして促せば、ヒロさんは戸惑いながらも耳を押さえてくれた。但し、その場所は本来耳がある場所よりも上……ああ、やっぱり無意識だけど気がついているらしい。

 

「ヒロさん」

「ん?」

「その場所は、人間の耳がある場所かな?」

 

 僕の指摘に、自分の行動に気がついたのか、息を飲んで絶句したヒロさんに苦笑を向ける。

 

「はっきり言うよ。ヒロさんは、なんと、今、猫の獣人になっています」

 

 

 

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