目が覚めたら違う天井だったなんてオチが、二回連続で来るとは思わなかった。見知らぬ病室で目覚めた僕の頭と胴体には、包帯がぐるぐる巻かれていた。下手に身動きせずにナースコールを鳴らすと、看護師さんとお医者さんがすっ飛んできた。色々検査している間に、警察もすっ飛んできたようだけど。
事情聴取を受けた結果、僕を攫ったのはやっぱり爆弾犯だったらしい。犯人の仕掛けた爆弾を時間内に解除できず、身代金を十億支払ったが、犯人が捕まったお陰で元に戻ってきたらしい。よかった僕らの税金。
犯人は僕の連れ去りもあって現行犯逮捕、取り調べによって爆弾犯と分かったようだから、ある意味僕が巻き込まれたことで被害が少なかったようだ。抜け目なくも遠隔操作で止まったタイマーを動かすことができるように、プログラムを組んでいたようだから。やっぱりこの世界殺意が高すぎないだろうか。
目覚めるまで一日経過していたため、僕が孤児だったことを警察は把握していた。あの日の午後に相談予定だった弁護士さんが、保護者代理で説明を受けてくれたらしい。非常にありがたい。今後ともどうぞよろしくお願いします。
そのため、僕に対する病院の方々の対応が非常に優しいが、普通に接してほしいのが本音だ。僕の身体は現在十五歳だけど、精神年齢ではもう十九歳。あと一年で成人するので、どうか子ども扱いはやめていただきたい。あ、でもお菓子はありがたくいただきます。
弁護士さん曰く、治療費はしっかり犯人に請求するとのことだが、払えないだろうと思って請求はしないと伝えた。もう二度と犯罪を犯さなければそれでいいと思っている。爆弾作成の能力持ちが、借金のせいでまた手を染める、なんてことがあるほうが怖い。
幸い、両親が残してくれた資産は、僕が働かなくても食べていける額がある。株やら債権やらを売らずに運用すれば、問題なく生きていける程度には。そんな僕が治療費を請求するのも、腑に落ちない。
そう伝えたら弁護士さんは、当然の権利なんだよと困ったように笑っていた。
──四年間の強制節約生活で節制に目覚めまして、と言ってみたらどうなるかな。
* * *
退院後、悠は地図を片手に住宅街を歩いていた。
相続の手続きを担当する弁護士より、現在悠が住んでいるマンション以外に物件があることを知り、どんなものなのかを見学しに来たのだった。渡されたのは地図と鍵の束で、古めかしいレトロな鍵にデジャヴを覚える。
地図を頼りに駅から歩いておよそ20分。たどり着いたその物件は、奇しくも悠にとって非常に見覚えがあった。
「──オンボロ寮、だよね。まったくボロくないけど」
前庭とポーチのデザインは少々異なるものの、外観はほとんどオンボロ寮──『ツイステッド・ワンダーランド』で悠が寝起きをしていた寮に似ていた。まあ、外壁は石を組んだもの、屋根は鮮やかな緑に手入れのされた庭と小さな噴水。
異なる点は多いが、雰囲気はよく似ている。つまり、ゴーストが出没しそうな、やや不気味な佇まいだった。
門の鍵を開け、石畳を歩いて屋敷まで歩く。よく見れば庭の中にベンチになりそうな石が設置されており、小さな噴水の端から流れる水流は、小川のようにカーブを描いて配置されている。定期的に庭師の手入れがされているというのも本当らしい。
ポーチの付近、屋敷の左側には白線替わりに色を変えた石が並べられ、車が三台ほど停車できるようになっている。どうやらガレージはないようだった。
悠はひと際細工の細かい鍵を手に取り、おそるおそる鍵穴に差し込む。鍵を開け、ゆっくりドアを開くと、そこには想定した通りの壁紙と絨毯が引かれた、見覚えのある光景が広がっている。
「やっぱりオンボロ寮だよ、ここ。こんな、でもどうして……?」
どうして『ツイステッド・ワンダーランド』にあった『オンボロ寮』に酷似しているのか。それを疑問に思いながら、悠は屋敷の間取りを確認していく。カーテンがすべて閉められているのか、暗い室内に明かりを灯そうとランプに近づくと、ガラスのカバーの中は電球が入っている。流石にランプそのものではないようだった。
スイッチを探せば、入り口横の壁に、古いタイプのブレーカーのようなスイッチを見つける。パチリと操作をすれば、廊下の明かりがついて内装を照らした。
応接室に食堂、キッチンと談話室。埃っぽくも似た部屋を見つけるたびに、悠の目はキラキラとしたものとなっていく。最後に自室として使っていた部屋を確認すると、悠は深々と頷いた。間違いない、ここはこの世界のオンボロ寮だ。少なくとも、間取りは。
どうして悠の両親がこの屋敷を所持していたのかはわからないが、見慣れた内装に彼の機嫌も最高潮となっている。掃除は大変そうだが、今住んでいるマンションを引き払って、この屋敷に住むのも面白いかもしれない。……税金は、高そうだが。
ソファー類にはすべて白いシーツがかけられているため、きちんと手入れをすれば使用は可能だろう。悠はこの屋敷が三階建てということをようやく思い出し、その掃除工程を考えて目が遠くなった。
いや、雨漏りを直すレベルから始めるよりはずっとマシなはず。学校のない土日は頑張ってみよう、と意気込んでいたとき、相棒の声を思い出した。
『こんな雨漏り、魔法でパパーっと直しちまえばいいんだゾ』
まだ出会ったばかりの、他人だったあの頃。相棒の魔獣は魔法を使えない悠を馬鹿にしていたけれど、きっとあの時の彼も雨漏りを直す魔法は使えなかったと思う。何故それでマウントを取ろうと思うのかはわからないが、それがNRC生クオリティだからしかたない、と四年過ごした今なら納得するのが面白い。
「確かに、魔法でパパーっと掃除出来たらいいのに。確か、こんな感じ……で……え?」
悠は魔法は使えないが、魔法の構成は知識として理解している。魔法の実践はできないものの、その他の錬金術や魔法史等の学科の成績は上位だったのだ。教科書に記載されていた構成式を思い出しながら、軽く指を振ってみる。
懐かしさに任せた、遊びのつもりだったそれが、光を帯びて部屋中を駆け巡っていく。悠が目を見開いたまま其れそれを見つめていても光景は変わらず、しかし数秒後にはソファーにも、ローテーブルにも、窓枠にも──埃一つない談話室が存在していた。
「は……?」
軽く口を開けたまま、呆然と埃のくすみが取れて、綺麗になった談話室を悠は見つめた。『口を閉じなさい』と美しい先輩の声が聞こえた気がして慌てて軽く口を結び、ごしごしと目をこすってみても埃の無くなった窓枠やカーペットに変化はない。
しばらく沈黙のまま時が過ぎる。
おもむろに、悠はソファーの前のローテーブルを睨みながら、頭の中に構成式を浮かべて指を振る。またもやキラキラした光と共に、ローテーブルの上にティーポットとカップとソーサラー、シュガーポットが出現していた。ティーポットの蓋を開けてみれば、中にはしっかりと温かい紅茶が入っている。
「は?」
十分ほどまじまじとティーセットを見ていた悠だが、おそるおそるコートのポケットに手を伸ばした。そこに入っているのは、この世界に戻ってきたと理解した日に、何故か部屋にあった相棒の魔法石そっくりなペンダントトップ。美しい紫色だったそれが、わずかにくすみ、二つばかり黒い点が見える。
「これ、魔法石なの? ──今、僕……魔法を使ったよね」
魔法石とは、魔法を行使するたびに術者に溜っていくカス、ブロットの蓄積を代行させる石のことだ。これによって安全に魔法を使える便利な代物であるが、魔法を使えないはずであった悠には見覚えがあっても基本的に馴染みがないものであった。
まあ、真っ黒に染まった魔法石、という点では、非常に縁があったのだが。
何故、魔法が使えるのか。
何故、魔法石が手元に来たのか。
その理由はさっぱり想定ができない。──が、いま何をすべきなのかは、悠にはしっかりと手順が見えており。
「すべての魔法の知識、忘れる前に出力しないと……!!」
覚えている魔法を総動員してでも、記憶にある情報をすべてアウトプットすることだった。
学び舎たる『ナイトレイヴンカレッジ』では、四年次は学外に研修に行くこととなっている。しかし魔法が使えなかった悠に、受け入れてくれるような研修先があるはずもなく。仕方ないと諦めていたところに、学園長から図書室の貴重な蔵書の閲覧を許可されたのだ。
それから一年間、悠は知識の入力と研究に勤しんだ。錬金術担当であるクルーウェル先生や古代魔術に詳しいトレイン先生などと議論を交わし、卒業済みの先輩方がNRCに来れば同様に議論を交わすという、実に充実した一年を過ごしていた。そしてそれによって、現在悠の脳みその中には、貴重な魔法関連の知識が充填されている。
知識を忘れる前に、すべて書き出してしまわなくては──記憶を自動ペンで書き写す魔法を使用しながら、悠の顔は満面の笑みを浮かべていた。
──ねえ、みんな。
──僕、魔法が使えているよ。
ほんの少しだけ、あの世界で使えていたらなあ、と寂しく思いながら。
* * *
魔法知識をアウトプットし終えた悠は、オンボロ寮に酷似した屋敷を自宅にするべく奮闘した。
掃除は魔法でどうにかできるが、キッチンやバスルームなどは流石に改装が必要だったからだ。各階にあったユニットバスを普通のトイレと洗面台に、物置になっていた地下倉庫のひとつを浴場に改装した。浴場については魔法で防湿と換気できるようにしている。悠にとって、日本に戻ってきてまでユニットバスは嫌だったので。
電気工事も完了し、居住環境が整ったので意気揚々と彼が引っ越しを実行した頃は、すでに季節は春となっていた。ちらほらと見かけるようになった小さな蕾が、徐々に膨らみ丸さを帯びているのを見上げながら、悠は食材の買い出しのため、スーパーへと向かっていた。
駅の近くのスーパーは流石に品ぞろえがよく、目的の調味料を購入できてほくほくしている悠だったが、その進行を妨げるように人影が現れ、彼の肩と接触した。
「わ、すいません」
「いてぇな……」
悠がぶつかったのは、彼よりも二つか三つばかり年上の青年だった。如何にも、といったヤンキーじみた派手なアウターとアクセサリーに、悠は返答を間違ったことを悟る。青年は一人ではないようで、二人ほど向こうから歩いてきている。青年は悠の体格を確認すると、にやけた笑みを浮かべた。
「あー、こりゃあ痛めちまったかもしれねぇなー」
「マジで? 明日大会だってのにマズくね?」
「ってことで、病院代くれるよな?」
なんとも懐かしい絡み具合に、悠は目を細める。そういえば、カルボナーラの温玉が崩れたってことで絡んできた先輩がいたなぁと、ほのぼのとした気分にさえなってしまう。とはいえ、今の悠は十五歳の身体能力な上に、両手を食材で塞がれている。どうやって青年たちを沈めようかと考えていると、青年たちの背後からひょっこり覗き込む姿に気づいた。
「痛めたって? ちょいと確認させてくれや」
「はっ? なんだよテメェ」
「うんうん、このくらい力を入れても全然痛そうに見えねぇな」
ふわふわした黒髪にサングラスをかけた男性が、先ほど痛めたといった青年の肩を掴んでいる。グイっと引いて男性の方へ振り向かせているが、痛みを感じるそぶりは見受けられなかった。やはり、嘘をついていたようである。
「学校が休みだからって年下に絡むなよ、なあ?」
「そーそー。お兄さんから正しい年下との付き合い方、レクチャー受けてみるかい?」
サングラスの男性より背の高い、華やかな容姿をした男性が、反対側の青年の肩を掴んで覗き込むように言った。ニコニコした笑みを浮かべている男性が、胸ポケットからなにやら黒い手帳のようなものを取り出した。
「け、警察……」
「なあに、そこに交番があるから、時間は取らせねーぜ?」
「い、いえ! もう大丈夫なんで!」
「おっと」
掴まれた肩を振り払うように、ヤンキー青年達は焦った様子で走り去った。また誰か別の人とぶつからないといいけど、と走る姿を悠が眺めていると、怪我はねぇか、とサングラスの男性に尋ねられた。
「はい、ありません。ちょっと肩がぶつかっただけなので」
「ならよかった。中学生?」
「ええ、今月卒業しましたが。絡まれているところを助けていただき、ありがとうございました」
「いえいえ、警察として見過ごせないしね」
ほら、手帳。と言って先ほどヤンキー青年に見せた黒い手帳を、悠にも見せてくれた。手帳には背の高い男性の顔写真と氏名らしきものが記載されている。
「萩原さん、ですか」
「そ。こんなにイケメンでも警察官だよ……イテッ!」
「何言ってんだアホ。で、俺のがコレな」
「松田さんですね。僕は本田悠です」
顔面偏差値の高いお巡りさんだな、とケイト先輩系の萩原とジャック系の松田を見て悠は微笑む。実際のケイト先輩は女性が苦手だけども。萩原は悠の両手に下げられた買い物袋を覗き込んでいる。
「随分荷物が多いようだけど、おつかい?」
「いえ、買い出しです。最近引っ越して、家に食料が何もないので。まとめて買いすぎたとは思ってはいるのですが」
「もしかして、そのリュックにも買ったもんが入ってんのか?」
「ええ。調味料は重いので、背負ったほうが楽ですし」
大き目のリュックは、非常時には水を運ぶこともできる防水のクーラーバックだ。今回は冷凍物を購入していないので、背丈のある調味料が詰まっている。便利ですよ、とニコニコしている悠を見た後、ちらりと互いの視線で会話していたお巡りさんたちは、それぞれ悠の手から買い物袋を取り上げた。
「あの」
「いいからいいから、家までお兄さん達が送るぜ」
「転んだら割れるもんが多そうだしな。で、どっちに行けばいいんだ?」
ウインクしながら悠の肩を叩く萩原とニヤリと笑う松田に促され、苦笑しながら先導する。治安は悪いけど、良識はこっちのがあるんだよねと、何事にも対価を要求するNRC生を思い出し、お巡りさん凄いなと悠はのほほんと思った。
悠はお巡りさん達の後を着いていきながら、荷物がなくなり軽くなった両腕を触る。魔法の代わりに四年間で鍛えた筋肉は微塵も感じられない上、年齢が若返っているため手足のリーチも短くなっている。
「鍛え直しかな」
また見た目で絡まれるのは面倒だ、と悠は笑顔を浮かべながら、内心辟易した。
なお、お巡りさん達に屋敷の広さと大きさにドン引きされた。まあ、気持ちはわかると悠は深く頷いていた。
* * *
本田悠と名乗ったガキの家の、キッチンの端に置かれた小さ目のダイニングテーブルに腰かけて、くるくると動くその姿を頬杖をついて眺める。荷物を運ぶだけで終わらせるつもりだったが、御礼をと引き留められ、夕飯をご馳走されることになった。
ちらりと隣の萩の様子を見る。珍しく真顔を浮かべているが、ガキが振り返ったらまた、いつものようにへらへら笑うのだろう。
悠の家までの道中で、俺と萩が爆発物処理班に籍を置いていることを話せば、悠は昨年11月のマンション爆弾事件を挙げた。直近の大きな爆弾を使った犯罪はそれくらいだから、当然ではあるが。当時、バカやってた萩にとってはあまり膨らましたくない話題のはず。俺と陣平ちゃんも現場にいたんだぜ、なんて明るく言ってはいたが、顔が少しだけ雲っていたしな。
そうしたら、悠も事件に関わっていたなんて言いやがった。爆弾が設置されたマンションの住人かと聞けば、違うと首を横に振る。
あの事件に一般人が関われそうなところなんて、マンションの住人かはたまた犯人の知人か──いや、待てよ。もう一人、該当者がいたじゃねぇか。
犯人に連れ去られた、一般人──中学生のガキが。
萩原も、俺と同様に気付いたのだろう。まじまじと悠の頭から足先までを見てからペタペタと手で触っている。おい。いきなりボディーチェックが始まって目を白黒してんぞソイツ。
怪我はもう大丈夫? と萩原の言葉を聞いて、ようやく意図を理解したのか、もう完治してますよとはにかむように悠は笑った。
──なんだ、ちゃんと笑えんじゃねーか。
大人びた微笑みではない、ようやく見せた照れの入った年齢相応の笑顔に、萩原もほっとした顔をしていた。
まあ、たまに様子見にくるとするか。完成した料理を嬉しそうに運んでくる悠と、手伝いのため腰を上げた萩を眺めて、頬杖をついたままそんなことを考えていた。
その後、俺と萩は悠の料理に胃袋を掴まれることになり、想定よりも回数が増えることになるんだが。
下手に外食するよりも美味いんだからしゃーねーだろ。