トリックスターの歩む道   作:保泉

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風が吹く前のこと

 久方振りの見慣れた我が家の門を抜け、玄関の鍵を開けてヒロさん共々扉をくぐった直後、荷物をゆっくり床に置きつつ僕はその場にしゃがみこんだ。

 

「はぁ、キツかったぁ……」

「いやー、お疲れさまでした悠君」

「ヒロさんもお疲れさま。とりあえず明日はダラダラしたい」

「ハハ、同感だ」

 

 靴を脱ぎ、スリッパに履き替えてノロノロ談話室に向かう僕を、ヒロさんが優しい笑顔で誘導した。あっ、なんか介護されている気がする。

 

 ヴェスパニア王国内にて再追加の仕事が発生した後。僕たちはとっても貴重な鉱石の流出ルートを探し出して根こそぎ丁重に潰しつつ、現時点で想定できる他のルートをどうにか雇い主達に伝えることができた。

 時折、楽しそうな王族に絡まれながらの仕事は心労がとても嵩むもので。帰国した僕が疲労困憊になるのも仕方がないよね。

 

 対処完了の報告をすれば、あらためて報酬の上乗せをされたもの。金額の高さが流石にこわい。

 

 その前に貰った報酬が多すぎるからとどうにか追加分を断ったのだけれど、なら代わりにと押しきられて定期的にヴェスパニア王国食品詰め合わせが送られてくることになった。まるで実家からの仕送りのよう。

 彼らの思惑はなんとなく気づいているものの、逃げ出すほどの圧力をかけてこないあたり、そこそこ加減されているようだ。

 

 送られてきた詰め合わせの中には高価な食材も多数詰められていたので、此方からも日持ちする日本の食品やお菓子をお返ししてみれば、チェスゲームアプリのチャットでひどく興奮した文面で喜ばれた。日本限定フレーバーのチョコや駄菓子に袋菓子でそこまで喜ばれるとは、と驚いたけれど、そういえば元々サクラ女王は日本贔屓の方だったから予想できることだった。

 図らずも好感度アップを選択してしまい、そのせいなのか、僕は女王陛下だけでなく公爵閣下ともチェスアプリで交流するようになっている。今では立派な遊び相手である。

 

 ちなみに、流石にお菓子を直接王宮に送りつけるようなことはしていないよ。恐れ多くもスティンガー伯爵に中間地点となっていただいている。一度お礼にスティンガー伯爵にもお菓子等を贈ったら、気遣いは不要と丁寧な文面で高級菓子と共に返信が来たので、それ以降は止めている。以前より少しばかり量を多めに送ることにしたけどね。

 

「──でもそろそろ、何かしら対処しないとなぁ」

 

 王家と遊び相手兼食品を贈り合う仲という、目を遠くさせる間柄に着地してから暫く後。僕は自室の一人用ソファーに腰掛けながら、胸元から魔法石のペンダントを取り出した。

 

 嵌め込まれた魔法石は本来の透き通ったものではなく、全体的に色はくすんでおりさらに黒い部分が三割ほど見受けられる。帰国してから殆ど魔法を使用していないのにこの状態、確実に現状のストレスが原因だろうね。

 

 魔法を使用した残りカスであるブロットやキャパシティを超えたことによるオーバーブロットについて、僕は誰にも打ち明けていない。ブロットを直接体内に溜まることを防ぐ魔法石や、魔法士としての弱点を晒すことになるからだ。

 ツイステッドワンダーランドでは誰もが知っていたオーバーブロットの危険性を、魔法の浸透していないこの世界では完璧に理解されないだろう。安易に僕を破滅させるためだけに、オーバーブロットを引き起こしかねない。

 又聞きほど、脅威を正しく見積もれないことはない。無知の善意が悲劇を引き起こすことも同じく、だ。

 

 じゃあストレスを根本から解消しようと考えても、かの王家との関係はあちらが切らない限り続く見込み。つまりは対処療法しかできない。

 気分転換に料理をするのも手だけど、回復までにビュッフェスタイルの店レベルで作りそうな気がする。

 よし、食品衛生責任者と防火管理者はいざというときの為に取っておこうかな。今回は間に合わないけれどね。

 

 気晴らし方法についてうんうんと悩んでいた僕だけど、ある日ヒロさん経由で警視庁の術科センターに呼び出された。僕の身体能力を測定したいのか、当日は動きやすい服装を指定されていた。

 

 ヴェスパニア王国案件中に、ヒロさんの前で建物の壁をロープなしで昇り降りして見せたり、片手の指先で壁の出っ張りをつかんで全体重を支えたりしたから、それがきっかけだろうね。

 うん、普通に生きてきたらそんなことできないからね。おそらくだけど、ヒロさんは僕の監視兼護衛なので、どこまで僕のことを僕に任せればいいのかを判断したいのだろう。

 

 なに、特に隠すものでもない。自宅でできるトレーニングはしていたけれど、広い訓練場を用意して貰えるのなら、多少はしゃいでも問題ないだろう。

 予期せぬストレス解消手段の確保と久々に本気で動けるのが嬉しく、当日僕は柔軟体操をしながらウキウキと飛田さんの説明を聞いていた。

 

 

***

 

 

 オレが帰国後に悠君についての報告を提出したら、すぐゼロに呼び出された。

 まー、そうですよね。

 

「──と、いうわけで、ふざけてるとか手を抜いたということじゃなくて、本気でそれしか書けなかったんだよ」

「……そうか」

「本当、お伽噺の魔法使いですね、彼」

 

 悠君とノアに止められた内容と依頼者の情報を伏せた上で、唯一魔法について話せるゼロと風見さんに口頭で報告する。部屋に入った直後はしかめっ面だった二人は、オレの予想通り今は頭を抱えている。

 

「ま、悠君って魔法を使うとき、異世界の法律に準ずるようにしているみたいでさ。魔法による犯罪を犯さないように気を配っているらしいから、もうまずい使い方はしないってさ」

「犯罪……たとえば?」

「んーと、他者への同意無しの魔法薬の適用とか、限定条件下以外の魔法による意思の誘導とか」

「被害者全部諸伏だな」

 

 ──たしかに全部オレだわ。

 思わず真顔になった。ゼロたちには報告していないが、魔法薬の効果を誤魔化すために、幻覚の魔法もかけられている。これも同意なしだが、多分法律違反な気がする。

 被害がオレで留まっているのは幸いなのだろうか。

 

「転移魔法についても法律があるのか?」

「あー……それが、そもそも魔法道具なしの転移をできる奴が、魔法が得意な種族にほぼ限定されていて、法が制定されていないらしい」

 

 魔法の鏡を使用するのが通常らしく、こちらについては作成も販売も管理も資格が必要だとか。失敗すると体の一部を移動元に置いてきてしまう、という背筋も凍る話をされた。そりゃ資格制になるよな。

 

「……もしかして、悠さんって異世界でもすごい魔法使いなんじゃ」

「オレも気になって聞いてみましたが、どうでしょうって微笑まれました。でも多分すごい魔法使いだと思います……っていうか思いたい。

 転移魔法は自粛している状態で、滅多に使うつもりはないみたいですね」

「結局は悠君自身の道徳心に頼ることになる、か」

 

 ゼロの言葉にまったくそれな、と同意する。

 魔法を使えるのが我欲を優先する人間じゃなくてよかった。いや、悠君も自分のために魔法を使うけど、なんていうか、便利な家電を使うのと同じ感じなんだよな。犯罪に繋がらない使い方といえばいいのか。

 そもそも悠君自身の魔法以外の能力が高くて、魔法を使うまでもないというかな。催眠しなくても会話だけで意識誘導できるもんな。んん、ちょっと彼の道徳の許容範囲について改めて確認したくなってきた。

 

 オレの思考が横道に入りかけていたとき、一度彼の能力を把握したいな、とゼロが呟く。

 

「魔法については僕らの物差しでは測れないが、一般的な能力については別だ。特にどれ程身体を動かせるかについては、データは十五歳時点のものしかない」

「現在は諸伏より護衛対象の方が強い可能性もありますね」

「ウッ」

 

 とても痛いところを風見さんに突かれてオレは呻いた。

 悠君宅の地下にトレーニングルームがあるが、実は今まで一緒にトレーニングしたことがない。二人とも地下に入ってしまうと来客に気づけない可能性があり、一人一人使用しているからだ。

 もし一緒にトレーニングをしていれば、軽い組手もしていただろうから、悠君の実力がまったくわからないという事態は防げただろう。

 

「危険な場所から転移で即座に逃げられるだろうが、彼は基本的に魔法を隠そうとするからな。一人ならともかく他に一般市民が複数いる場合は、どうにか魔法なしで対処しそうだ」

「たしかにそうですね。十五歳の負傷もそのせいでICUに入っていますから」

「そのためにも基本技能を把握する必要がある。風見、訓練用の施設の手配を頼む」

「了解しました」

「ヒロも悠君に伝えてくれ」

「おう」

 

 そして当日。軽く息を乱した程度の晴れやかな笑顔の悠君に、オレは半笑いするしかなかった。光輝くその笑顔の向こうに、お手本のような笑顔のゼロが見えた気がしたが、気のせいとしておく。

 

「楽しかったか?」

「楽しかった! 久しぶりに本気で動けたよ!」

「そっかぁ」

 

 結論、悠君の身体能力は想定外にとんでもなかった。

 彼はパルクールか何かを習得していたようで、あれよあれよと障害物をするりと乗り越えていくわ、転がるわ、五点着地するわで見ている方も感嘆するほどの動きだった。

 

「異世界の住人ってみんな悠君みたいに動けるのかな?」

「ううん、全員ではないかな。種族としては獣人なら同じかそれ以上動ける人が多いよ。僕は先輩達のご教授があったから動けるようにはなったんだ」

「優しい先輩だったんだな」

「…………は、い。えっと、そうですね。……優しいところもある先輩達です」

「物凄く言い淀んだね?」

 

 風見さんの相づちにひどく葛藤するような顔と声で悠君は頷く。本当に頷いているのかそれ。

 

「それ以外の癖が強くてつい。お世話にはなったんですよ、そのままだと死にそうだということで鍛えてくれましたし」

「死にそう」

「実践に勝る修行はないってしみじみ思いましたからね」

 

 つまり身体能力も悠君の生存努力の結果という。この子なんでこんなに苦労しているんだろう。努力家だなぁ、と思わず呟けば、悠君は眉尻を下げて笑って、僕程度じゃまだまだだよと言った。

 

 悠君以上の努力家ってそうはいないと思うんだけど、向こうの先輩にとんでもないのが複数人いたようだ。聞けば聞くほど有能で努力家で後輩を心配する先輩達のようなのに、学校内の治安が悪いってどういうことだろう。

 いや、これは寧ろ悠君がその先輩達に可愛がられていただけで、学校自体の治安は本当に悪いのかもしれない。

 

「次は、なにを確認しますか?」

「うーん、格闘技能を見せて貰おうと思っていたんだが、ここまで動ければ早々追い詰められることはなさそうだし、飛ばそうか。悠君、十五歳の時に一対三の相手を仕留めているしね」

 

 あ、やっぱり知られていますよね……と、眉尻を下げて悠くんが笑う。表向きの警察の資料にしっかり残ってるぞ。SAT出動寸前だったんだからな?

 

「あの頃は体格も筋力も平均でしたし、人質も周りにいましたから安全に仕留める機会を窺っていたら……血を流しすぎたのかちょっと意識が朦朧としていましたねぇ。いやぁ……やりきった僕えらーい」

「反応が軽いな」

「過去のことなので。次に備えれば問題ないよ」

 

 備えた結果があの物理無効シールなんだろうなぁ。オレは以前伊達班長がトラックと交通事故にあったのに、怪我ひとつなかったことを思い出していた。

 

 

***

 

 アパートの一室にカタカタとキーボードをタイプする音が響く。

 ぼんやりと光る画面に表示されているのは、起動中の文書作成ソフト。内容は「賢者(ワイズマン)について」と題された報告書だった。

 最終行のEnterキーを押した後、降谷はキーボードから手を放して湯呑みを持った。粗熱が取れた緑茶を啜りつつ、監視対象「本田悠」について思考を巡らせる。

 

 降谷にとって、悠は諸伏の命を救った恩人だ。魔法の薬を浴びせてしまったことで、悠は諸伏こそが被害者だと思っているようだが、実際はあの日悠が匿わなければたとえ公安で保護できたとしても、何処かで情報が漏洩し諸伏は脅威に晒されていただろう。上司に命じられた白蟻の駆除には降谷も苦労したため、悲観的な想像とも言いがたい。

 

 任務の合間に悠の家に立ち寄っては、諸伏と会話する姿を観察してきた。時折協力を求め、その反応も見極めて許容範囲を確認してみたが、此方についてはNoと言われたことがまだない。

 どんな質問をしても、どんな無茶な相談をしても、対応可能なその知識と技能の幅。そのため、公安内部では協力者でもない彼は「賢者(ワイズマン)」とコードネームを付けられた。応対するのは引き続き降谷と風見だけだが、存在は周知されている。

 周知されてからは悠の家に向かう際に数回尾行を受けたが、何故か降谷が撒く前に追手が見えなくなるという現象が起きていた。もしやと悠に聞いてみれば、悠の家に向かおうとするときだけ、尾行を防ぐ魔法道具を愛車につけたと得意気に証言される。

 家に向かうときは諸伏に連絡を入れていたため、その度に発動させていたらしい。風見の車にも付けているようで、諸伏には許可を貰っていると言われたが、そんな報告など受けていなかったので、取り敢えず降谷は馬鹿を一発どついておいた。

 

「賢者(ワイズマン)」から与えられる恩恵は、殉職率の低下という目に見える形で公安に提示された。当然、命をつなぐシールの価値は上昇する。

 

 そのうち保管されている場所で、何人かシール台紙を持ったまま気絶しているのが発見された。このシールについて、悠は取り扱いに気をつけるよう降谷達へ告げていたが、しっかり彼自身も予防線を張っていたらしい。降谷と風見以外の人間が台紙に触れると意識を落とす魔法が掛けられていると後日聞いた。実際に流出防止になっているため何も文句が言えない。攻撃的な魔法を付与する場合は一報いれて欲しいとだけ伝えた。

 

 定期的に注文する仕出しも好評で、何も警戒せずに美味いものが食べられると、公安警察官のメンタル回復の一助となっている。そのありがたさは降谷もよく理解しているので、仕出しを頼んだときは彼らの取り分が減らないよう、公安に寄らないようにしている。

 

 このように、日に日に悠から与えられるものが増えているというのに、彼は一向に公安へ要求してこない。最初に取り決めた「魔法を誰にも話さない」という四人を対象とした縛りだけだ。

 日本人らしく我慢している様子もなく、楽しげに此方の頼みを聞いている姿をみれば、彼にとって最初の縛りがどれだけ重要かがわかる。

 先日の依頼によって、彼は公安が約束を破った場合に逃げ込める退避先を作ることができた。この国に住むメリットをデメリットが上回れば、お人好しの悠でも流石に他国に逃げるだろうと、降谷は考えている。逃亡先が諸手を上げて歓迎するなら、なおさらのことである。

 正直、降谷や風見、諸伏が自ら約束を破ることは考えづらい。降谷の上司とて同様である。だが、「破らされる」可能性もまたある。諸伏は殆ど報告できないなかで、出来る限りの内容を伝えてきた。依頼主の身内が魔法と思われる力で洗脳されていたと。

 

 悠以外の魔法使いの存在発覚により、悠の重要性がさらに増した。異世界の知識ではなく、この世界発祥の魔法の技術があるとわかった以上、それに対する防御を固める必要が出てきた。

 悠曰く、回数を重ねなければ効果が出ないほどの弱い魔法とのことだが、弱くても重ねることができればひどいことになるともいうことだ。すぐに物理防御のみであったシールを、魔法防御も含んだものに差し替えてきたあたり、降谷の想像は当たっているようだった。

 

 ことり、と空になった湯呑みをテーブルに置く。近いうちに何かしら悠に要望を聞き出さなくては、と降谷は頭の中のスケジュールを確認して、来週から組織の海外任務が詰まっていることを思い出す。タイミングの悪いと舌打ちをした。

 

 気を取り直して帰国後の予定を組む降谷だったが、海外任務中に悠からの要望を風見経由で聞いて、少し敵対組織に八つ当たりする未来がくるとは今の時点で想定してなかった。

 

 

 

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