トリックスターの歩む道   作:保泉

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四年間の研鑽

 

 知り合ったお巡りさんこと、萩原さんと松田さんと僕は短くて週一回の頻度で会っている。会うといっても、集合場所は僕の家だけど。萩原さん達は、毎回食材とお酒を持ってくるけど。

 以前絡まれていたのを助けてもらったのと、両手と背中の食材を家まで運ぶのを手伝ってもらった事で、御礼に料理を振舞ったのだが、味を気に入って貰えたらしい。久しぶりに人に振舞えたこと、色んな種類の料理が作れたことで僕としても大変楽しかったから、その頻度が増えたのは大歓迎だった。

 貰った食材で僕が作り、二人と話しながら食べる時間には、もうすっかり慣れてしまった。

 一人のごはんよりもずっと美味しいし、ね。

 

 四月を迎えて年度が新しくなり、大型連休もとっくに過ぎた六月後半のある日。僕は新しい本を買いに街中まで出かけた。

 大型の書店はやはり品ぞろえが豊富で、目当ての本以外にも欲しいものをたくさん見つけてしまった。しかし財布の中身を確認してみると、手持ちでは全ての本を買うことは不可能だ。しばらく本棚の前で悩んでいたけれど、しぶしぶ買う本を厳選しても、まだ合計金額は財布をオーバーしたままで。

 よし、銀行に行こうと決めるのは、割と早かったと思う。

 

 平日の銀行はそこそこ混みあっているようで、ATMでさえ待ちの列がずらりと出来ていた。お昼時で、会社員の人達が多いのかもしれない。僕は列の最後尾に並び、本代と生活費を合わせた金額を下ろした後、ふと尿意を感じたため銀行のトイレに向かった。

 用を済ませて手を洗っていると、何やら窓口の方が騒がしい。耳をすませてみれば、男の大声と何かを叩く鈍い音。そうっと僕がトイレの入り口から覗き込んでみたら、何やら覆面をした男が三人とその手に握られたL字型の黒い塊……はい、どう見ても銀行強盗ですね。

 

 僕は静かにトイレの個室に戻り、知り合ったお巡りさんにヘルプメールを送った。

 

 

* * *

 

 

「腹減った」

「今日は外やめとく?」

「もう食堂でいい」

「あいよ」

 

 午前の訓練が終わり、空腹が限界に達した陣平ちゃんが眠そうに歩いているのを、腕を引っ張って食堂まで誘導する。陣平ちゃん今日寝坊してたからなぁ、朝飯ちゃんと食ってないんだろーね。

 注文したトレーを持って空いた席に着き、牛丼を口に掻っ込む陣平ちゃんの横でチキンカツを咀嚼していると、後ろから誰かに肩を叩かれた。

 

「よお」

「あれ、班長じゃん。ここに来るなんで珍しい。今から?」

「まあな。この席いいか?」

「ひひほ」

「汚ねぇな!」

 

 同期の伊達班長が、目一杯口に牛丼を含んだまま喋った陣平ちゃんに文句を言う。うへぇ、ちょっとご飯粒飛んでるんだけど。班長のトレーには、俺と同じチキンカツと唐揚げに、ささ身と三つ葉のワサビ和えだったか? 小さな小鉢が載っていた。……鳥が多くないか。もっとバランス考えろよ班長。

 しっかしマジ珍しいな、伊達班長が第八機動隊にいるなんてさ。

 

「ちと此処の古い資料に用があってな。運が良ければお前らに会えると思ってたが……」

「やー、班長も元気そうでなにより」

「伊達はんちょー、その唐揚げくれ」

「やるわけねーだろうがアホ。自分で取ってこい」

「チッ」

 

 すげなく断られた陣平ちゃんが舌打ちしてトレーを返却しに行った。……また一食注文してくるね、アレは。松田は相変わらずだな、と班長がニカッと笑う。うん、あれが陣平ちゃんの通常モードだからね。

 

「で、萩原はちゃんと防護服を着てるみてぇだな」

「おいおい、いつまで突っ込む気よ、ソレ」

「お前らんとこの隊長が、顔合わす度に俺に言ってくるんだよ」

「班長は俺の保護者か」

 

 マジでなにやってんの隊長。もう数か月経ってるんだから、いい加減信用してくれてもいいだろうに。ま、積み重ねるしかねぇなと笑う班長の言葉が、頭を抱える俺に降りかかった。わかってますよ、俺の自業自得ですよ。

 

 カレーを持って戻ってきた陣平ちゃんと班長も食べ終わり、食後に適当に駄弁っていると、携帯に着信があった。メールだ。

 

「だーれかな」

「昨日の合コンのヤツじゃね?」

「残念ながら昨日は交換してない……って、悠ちゃんだ」

 

 半目で俺を睨む陣平ちゃんに画面を見せながら、メールアプリを起動する。

 悠ちゃんは、数か月前に知り合った十五歳の少年だ。上品で楚々とした──つまり大人しそうな見た目でよく絡まれやすいようだが、内面は陣平ちゃん並みに好戦的な男の子だった。

 自分から手を出す陣平ちゃんと、危害を加えられたら反撃する悠ちゃんの違いはあるが、相手を屈服させることに迷いがないところが少し似ていると俺は思う。

 俺の黒歴史となった去年の十一月のマンション爆弾事件。犯人に連れ去られた中学生ってのが悠ちゃんだったらしいが、両手両足拘束された状態で、焦ることもなく冷静にどうやって事件を鎮圧できるか考えてたってんだから。精神力半端ないよね。

 

 さてさて、何かのお誘いかな、と気楽な気持ちでメールを開いた俺は、その内容に目を見開いた。

 

「班長」

「ん?」

「帝都銀行米花駅西支店にて覆面の男三人が襲撃。全員拳銃を持っているように見受けられる」

「なに!?」

「悠ちゃんからのヘルプメール。あの子はトイレに隠れているってさ」

「110番通報しなかったのは、声を出せねぇからだな……班長」

「ああ、すぐに警部に連絡するぜ」

 

 悠ちゃんからのメールを撮影した後、班長は速足で携帯を操作しながら食堂を出ていく。陣平ちゃんが班長の残したトレーを自分の分に重ねて席を立った。

 

「すぐに戻るぞ、萩。出動すんのは第七かSITだろうが……犯人が、爆弾を持っていないとも限らねぇ」

「了解」

 

 犯人の武器の所持内容によっては、俺達にも出動が要請される可能性もある。自分のトレーを片付けながら、ため息をつくのは仕方ないだろう。悠ちゃんって、もしかして巻き込まれ体質なのかねぇ。

 

 

* * *

 

 

 魔法を使用するのにエフェクトが付かなければなぁ、と悠は後ろ手に縛られた両手首をわずかに動かしながら、ささやかにうなだれた。

 彼はトイレに隠れていたが、犯人が他に客がいないか確認するのは当然で、此処にいても何れは見つかってしまうだろう。反抗的ではないと証明するため、自主的に隠れていた、ではなくトイレに入っていたため騒動に気づいていなかった、という体をとって、悠はあっさり捕まった。

 

 彼は紐で後ろ手に縛られているのだが、数か月前と違って今の悠には魔法という対抗手段がある。使用できれば、拘束を解くことも犯人を捕縛することも簡単だろう。しかし、何度やってもキラキラというエフェクトが付属することもあって、この人目がある場所で使用するのは避けたかった。

 

 人質の客たちは、ご老人や女子供ほど犯人に近い位置に座らされていた。これは犯人が、いざというときに人質にして乗り切ろうとしているためだろう。平日のためか、この場にいる子供は三歳未満の幼い子ばかり。

 人質として担ぐには問題ないサイズで、説得するとしたら犯人の良心に訴えかける方法は使えないだろう。むしろ逆上して子供を危険にさらす可能性が高い。

 

 なお、悠が座っているのは犯人の近くである。どうやら危険性は低いと判断されたらしい。まことに遺憾であった。

 

 悠がトイレの中で使用した携帯はすでに犯人達に取り上げられているが、上手くいけば、萩原経由で通報が出来ているはず。それは犯人たちからすれば想定外の早さのはずだ。

 金庫内の現金の回収が始まったのは、つい先ほどのこと。犯人の逃走準備ができ、銀行から出たその時に制圧することが一番の理想だった。

 

 悠は、『ナイトレイヴンカレッジ』の体力育成の時間を、ほぼ筋トレと走り込み、そして体術につぎ込んだ。他の生徒が箒で飛びながら魔法を使うことに注力するようになっても、ひたすら己の体を鍛え続けた。

 担当教師のバルガスとも積極的に手合わせを願い、偶に先輩に助言を貰いながら黙々と。そのおかげか、絡んでくるNRC生が魔法を使う前に拳を使って意識を落とし、マブ達が顔を引きつらせたり、目を輝かせたりするという場面もあったのだが。

 

 十九歳の悠にとっては、三人程度の飛び道具を持つ相手なら、鎮圧する自信があった。しかし、今の彼の肉体は十五歳のままで、経験はあるが圧倒的に筋力が足りていない。瞬発力と攻撃力が足りないため、一人目に飛び掛かっているうちに撃たれるだろう。

 そうなると怪我を厭わなければ二人まではいける、だが、もう一人をどうにかしない限り悠はもちろん他の人質たちも無事では済まないだろう。

 

 結論として、大人しくしておくことを悠は選んだ。大体、彼が得意なのはこちらに人数を揃えたうえでの戦術で、己が一人で困難を打ち砕くといった方法はまずしたことがない。劣勢側が自分一人のみであれば話は別だが、今の状況は手に余る。あとは頼んだぞお巡りさんたち、とすべてを丸投げした。

 

 ──丸投げしていた、のだが。

 

「車を用意しろ! こいつの頭を撃ち抜かれてぇか!」

 

 なんで逃走用の人質に僕を選ぶのだろう、と痛みを耐えながら死んだ目で彼はつぶやいた。

 

 

* * *

 

 

 萩原の知り合いの子供からのメールを受け、目暮警部経由で機動隊に出動要請が入った。俺達捜査一課も現場に急行したが、到着時点で客の一人が犯人を刺激し、激高した犯人によって少年一人がこめかみに拳銃を突きつけられていた。

 

「長さん、伊達君!」

「目暮警部。現在、犯人による立て籠もりは継続中。犯人の発砲によって負傷した少年を人質に、車を要求してますわ」

「そうか……」

「なお、少年の負傷部位は左肩。相当の出血が確認されます!」

 

 長さんが目暮警部に報告する横で、俺も取得した情報を開示する。銀行の自動ドアのガラス越しに、覆面をした犯人と、その前に無理やり立たされた少年の姿が見える。肩から足元まで、赤く染まった彼の服も同時に。あの出血量では、輸血が確実に必要になるだろう。

 

「これ以上は少年の命に係わるってことで、上は車両を用意することを決めたみたいだぜ……発砲許可もな」

「! ……致し方ない、か」

 

 表情を曇らす目暮警部は、鬼警部と呼ばれるほど犯人に毅然とした態度で応対する人だが、同時に情が深い人だ。少年の命の代わりに犯人の命が失われることに、心を痛めておられるのだろう。

 SATが到着し、タイミングを調節できた後──犯人は死ぬ。特に、少年を人質にとる男は確実に。俺も、目暮警部も、長さんも。暗澹とした気持ちで自動ドアを眺めていたとき、少年が膝から崩れ落ちた。

 

 

* * *

 

 

 人質たちは、犯人によって少年が引きずられる様を、見送ることしかできなかった。

 

 きっかけは、少年の隣に座らされていた幼い少女が、場の雰囲気に耐えられず、愚図りだしたことだった。警察に囲まれ、追い詰められた犯人は幼い少女に激高し、いきなり発砲をした。それを庇った少年が被弾し、肩から血が流れている姿を見て、犯人が少年を盾にするように自身の前に立たせたのだ。

 少年がどんな表情をしているのか、人質たちからは見えない。ただ、彼の足元に滴る鮮血が、少年が重傷であることを強制的に理解させられた。

 

 あんなに血が流れているのに、無理やり立たせるなんて。そう思えども、彼の代わりに自分が人質になるなど、恐ろしくて言い出すことができないまま。犯人にとっても人質たちにとっても、焦燥感に追い詰められながら只々時間は過ぎていく。

 

 そして、ついに少年の体力に限界が来たのか、彼の膝が折れた。少年を掴んでいた犯人の男も、人一人の体重に引きずられて体勢を崩した。

 

 その時だった。

 限界を迎えたはずの少年が、犯人の足を思いきり踏んだのは。思わぬ痛みに少年を掴む手を離した犯人に対し、しゃがみこんだ体勢から、顎を目掛けて少年の足が勢いよく突き出された。

 

 脳を揺らされた男がふらつくと、少年はすぐさま後方にいた別の犯人に向け男を蹴り飛ばす。まともに受け止めた二人目の犯人が体重を支えられず受付の台へしたたかにぶつかるのを見てから、少年はしゃがみ込むほど体勢を低くし、彼に向かって銃を突き付けていた三人目の犯人に急接近した。

 突然体勢を低くした少年を一瞬見失い、混乱する三人目の犯人。少年は低い体勢のまま後ろに飛び上がるように跳躍し、半回転してかかと落とし──『回転かかと落とし蹴り』が犯人の頭に叩き込まれたのだった。

 

 蹴りこんだ反動で体勢を整え、着地する少年の姿に唖然とした人質たちだったが、一拍して自動ドアから機動隊が突入してきた。犯人達を拘束し、連行していく横で、今度こそ体力が尽きた少年の応急手当てがはじめられた。

 

 すぐにストレッチャーに乗せられた少年が救急車で運ばれていくのを、拘束から解放された手を前で組み、祈るように見送った。

 ──どうかあの勇敢な少年の命が、助かりますようにと。

 

 

* * *

 

 

 少年による強盗犯三人の制圧劇は、この目でしっかり見ていた。実に鮮やかな対応で、瞬く間に鎮圧せしめた技能は、賞賛すべきものなのだろう。

 ただし、負った傷によって緊急手術が開始され、その後もICUに入っていなければだが。

 

 件の少年が萩原の知人だと判明したのは、解放された人質たちから通報の証言が取れなかったためだ。俺はわかった時点で萩原にメールを送った。もし今日のアイツの勤務が日勤なら、面会に間に合うかもしれねぇしな。

 俺は手元の書類をめくり、少年の情報が記載されたページを開いた。

 

 本田悠、現在十五歳。両親とは死別しており、親戚等もなし。高校には進学していないが、司法試験予備試験を受験中で、5月半ばの短答式試験は合格済み。順調にいけば、十七歳での司法試験合格者となる。

 

 これはまた、尖った奴だなと呆れる経歴だった。中卒で司法試験合格を目指すなんざ、目標として掲げるのは誰にもできるが、実行できる奴はほぼいない。現在少年が受けている予備試験でさえ、受験上ではあるが合格すれば法科大学院課程修了者と同等と認められる。

 十七歳が大学院卒と同等だぜ、一体どんな頭をしてんだか。

 

 順調にいけば、だが……どうもコイツはそれを成し遂げちまいそうで仕方ねぇ。

 

 少年の書類をデスクにしまい込み、ガチャリと鍵をかける。携帯の着信音が鳴り、送信者を確認すれば萩原からだった。内容を読めば、社交的なアイツにしては、ひどく端的な表現を選んでいる。こりゃ、想像していたが相当激怒してんな。

 ──まずはさっさと起きて萩原達の説教を受けろよ? 傾奇者め。

 

 

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