トリックスターの歩む道   作:保泉

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過ぎる日々と猫

 

 知らない天井・第三弾は、なんとICUの個室でした。嫌な方向にグレードアップしているね。今回は僕がナースコールを押す前に看護師さんがすっ飛んできた。まあ、透明な吊り下げドアのすぐ横にいたからね、看護師さんは。今までになく体にコードが繋がれていて、死にかけたということを目視で理解した。次はないように、魔法のもっと上手い使い方を研究しようと思う。

 

 意識が戻ったこともあって、僕がHCUに転室すると、今度は警察がすっ飛んできた。──正確に言えば、捜査を担当するお巡りさんと、萩原さんに松田さんがすっ飛んできた。二人の真顔に、本気のケイト先輩とジャックを思い出し、こりゃあやべえと心の中で怯えた。顔には出さなかったから、多分二人には気づかれてはないと思う。

 

 でもですね、僕にだって言い分はあるんです。だってあの犯人、小さな女の子に──レディに向かって銃を撃ったんですよ。子供に銃を向けるだけでも大人の風上に置けないというのに、さらにレディに向けるという、男の風上にも置けない最低野郎だったんです。

 

 なので、彼女を僕が庇うのは男として当然です。

 

 そう言い切った僕に、萩原さんと松田さん──事件を担当する伊達さんは目を丸くした後、苦笑いを浮かべる萩原さんと、大笑いする松田さんと、そうか当然か、とニッカリ笑う伊達さんに反応が分かれた。

 

 僕は『ツイステッド・ワンダーランド』生活に馴染んですっかり忘れていたけれど、この世界の日本は男尊女卑がなかなかに浸透していたことを思い出した。僕については先生や先輩方の指導によって、女性への対応方法をすっかり『ツイステッド・ワンダーランド』仕様に矯正されているのだけど、もしかしなくても日本で大分浮くよね?

 

 戻ってきてから女性と接するのはそういえば看護師さんだけ……もしかして、前回の看護師さんの過保護ぶりは、僕の応対が原因だったのだろうか。

 

 しかし、今更日本仕様に戻すのも、自分で自分に解釈違いを起こしてしまうような。脳内で先輩方に叱られるというか……うん、今まで通り継続で良しとしよう。

 

 なお、レディを庇ったことは不問とされたが、その後の犯人制圧についてはキツく説教を受けた。はい、思った以上に犯人たちが油断してくれていたみたいなので、これはイケると思ってつい。

 

 

* * *

 

 

 悠が退院し、司法試験予備試験の論文式試験を受け、その結果が合格で返ってきたころ。暦は十月となり、徐々に肌寒くなってきていた。

 

 試験までに退院するため、悠がちょこちょこと魔法を使用し、回復速度を高めていたのは言うまでもない。入院開始時点で試験開始まで一月を切っていたので、彼は人目を気にしながらも、躊躇することなく使用した。医者には回復が早いととてもとても驚かれたが。きちんと傷跡も残らないように治療済みだった。

 

 予備試験も残すは口述試験のみとなり、相続の事や事件に巻き込まれた際に、保護者代理でお世話になっている弁護士の鈴村に、どういう感じの試験なのかと予備試験受験中の報告と共に悠が聞いてみれば、唖然とした顔を晒した。

 

「待って、悠君……予備試験受けてるの?」

「はい。今のところ論文式試験までは合格しています」

「いやいや……いやいやいや、えっ、すごいね!?」

 

 悠君何歳だったっけ、と声が震える鈴村に、今は十六ですねと悠は答える。十代での合格確実ぅ、と顔を覆ってしまった彼に、悠は黙ってティーポットから紅茶のお代わりを注いだ。実際は、悠の年齢は四年足したものが正しいため、順調に合格したとすれば二十代なのだが。

 

「……よし、現実を見よう。それで、悠君は私に口述試験の体験を聞きたいんだね?」

「はい。書籍には最後の難関だと書いているものもあれば、受からせるための試験だと書いてあったり。受験者本人の得意不得意によって、難易度が変わるのかなとは想定しているのですが」

「うーん、そうだなぁ。私が見る限りは、悠君は得意な方に分類されると思うよ。私の時は制度がなかったから、知人から聞いた話になるけど」

 

 口述試験とはね、と鈴村はお代わりの紅茶を口にしてから、悠に説明した。

 

「その名前の通り、筆記ではなく試験官から口頭で事例を提示されて、それから質問がされるんだ。実務に沿った質問になるから、受験者の質問を理解してその場で判断し、回答できる対応力を見るんだよ」

「頭が真っ白になったらアウトということですね」

「うん、まあね。でも試験官からささやかなヒントが出たりもするし、六法を確認するように言ってくれたりもするから、よっぽど固まってしまわなければ何とかなったりもするみたいだよ」

 

 悠君はそこら辺は大丈夫そうだし、と呆れた顔を弁護士にされた悠は、どうしてそう言われるのかとばかりに首を傾げた。数か月前に肩を撃たれて出血多量の状態で、拳銃を持った銀行強盗を三人制圧したことを、気にも留めていない様子に、この子本当にすごい度胸だなと弁護士の彼は生温い笑みを浮かべた。

 

「試験中の礼儀作法も見られるけど、うん、これも悠君は大丈夫そうだし」

「なるほど……つまり、試験官の方を全力で品良く言いくるめればいいんですね」

「言い方ぁ……」

 

 得意分野です、と微笑む悠に、この子が弁護士になったら凄いことになるだろうな、と鈴村は目を遠くした。その後、合格して司法修習を受けても弁護士登録するつもりはないとも聞いて、まったく君って子は、と頭を抱える羽目になったのだった。

 

 

* * *

 

 

「──というわけで、司法試験に合格しました」

 

 いつものように悠の家に集まって、食いながら駄弁っていると、唐突に爆弾が落とされた。悠と出会ってから一年半が経っているが、コイツは俺達を驚かすことが生きがいなんじゃねぇかと思い始めている。

 

 萩も班長もビール缶を手にしたまま、間抜けにも口を開けたまま悠を凝視している。……俺も開けていたか? 口元を触ってみると、開いていたので閉じておいた。

 

「悠ちゃん、おま……言えよ!?」

「水くせぇにも程があんだろ!」

「今言ったよ。合格の通知が来たのが今朝だったから、最短だよ」

「午前中に言って!  おめでとう!」

 

 ケーキ買ってきたのに、と嘆く萩が天を仰げば、実はこちらにこんなものが、と悠は冷蔵庫からフルーツタルトのワンホールを取り出してきた。おい、普通に悠の家にある皿に乗せられてんだが、もしかしてこれ作ったのかお前。

 

「祝われる本人が用意してどうすんだ……」

「悠ちゃんが用意周到すぎる……知ってた」

 

 嘆く二人を尻目に、いそいそとフルーツタルトを切り分ける悠は、とても上機嫌だった。本人が喜んでんならいいけどよ、このレベルのモンを作るたぁ、お前は本当に何処を目指してんだ。俺はショーケースに並んだ店のケーキのように、綺麗に切り分けられたタルトを受け取って、何とも言えない気分で悠を見た。

 

「──よーし、悠ちゃん。車とバイクどちらが好き?」

「無回答で」

「えー、なんで答えてくんねぇの?」

 

 突然いい笑顔を浮かべた萩の質問を、悠は首を横に振って拒否した。なんか危険なフラグが立つような気がして、とか言ってるが、相変わらず勘はいいんだよな。騒動に巻き込まれることを回避できねぇだけで。

 

「答えろよー、車かバイクかー。俺達から合同で贈るから」

「流石に中古だけどな! あ、色の指定くらいは希望聞くぞ」

「いや金額。プレゼントの金額」

「あ? 値段なんか関係ねーだろ。気持ちが籠ってりゃ」

「逆では? 高すぎて気持ちだけで充分なんですが」

 

 このツッコミをまたすることになるとは、と悠が遠い目をしてんな。またって、前に高額なもん貢がれたことでもあんのか。ちょっとその話詳しく。その相手にお巡りさんとオハナシさせてほしいんだが。

 

「で、では……免許取ったら回答を考えます」

「おう、楽しみにしてるぜ。回答貰うまで積み立てとくからよ」

「ちょっと本気で貯金してみるか……」

「待ってください、やめてください」

 

 まだ粘るつもりの悠に伊達班長にノって冗談で呟いてやれば、俺の服を引っ張りつつ青ざめた顔で首を横に振っている。まあまあ、と宥めながら決してやめると言わない俺達に、あああ、と悠は唸りながら頭を抱えだした。コイツからかうとおもろいな。

 

「回答は早めにな。じゃないとそのうち中古じゃなくて新車になるぜ」

「お巡りさんの本気を見せてやるよ」

「そのセリフ別の場面で聞きたかった」

 

 テーブルの空いた場所に突っ伏する悠の頭を、ワシワシと撫でる。サラサラとした癖のない髪質は、触っているとなかなか心地よい。じっとしたまま俺に撫でられている姿を見た萩と班長が参戦し、圧が、圧がと悠が悲鳴を上げる。

 おーおー、流石に二対一じゃ逃げれねぇな。最近アイツ筋トレしているからか、腕力が強くなってるからな。……俺ももう少し自主トレするか?

 

「ともかくな、合格おめでとう」

「……。ありがとう、ございます」

 

 逃げてテーブルの別の場所にダレていた悠は、跳ねまくった髪をそのままに、少しだけ顔をあげて、へんにゃりとした笑みを見せた。

 

 

* * *

 

 

 生まれた世界に戻ってから三年、悠は『ツイステッド・ワンダーランド』の魔法の知識とこの世界の知識をすり合わせていた。魔法の構成式や魔法陣は問題ないのだが、錬金術など「素材」が必要なものについて、この世界のもので代用ができるのか、それを確認していかなければならなかった。

 

 簡易な傷の治療薬でさえ、調合は手間取った。あの世界の素材の現物があれば、それの成分を解析し、類似したものを探すのは簡単だったかもしれない。一時期は司法試験の勉強と研究、司法修習の研修と研究で、目まぐるしい忙しさだった。山にフィールドワークも行っていたため、自業自得の部分が多いのだが。

 

 悠が司法試験を受けたのは、法律を勉強したいということもあったけれど、それ以上に「高校に行かなくても納得される」理由を作りたかったということが大半だった。彼にとっては、もう、高校生活はすでに体験し終わったことで、それを上書きしたくなかったのだ。彼らとは別の出会いがあるとはわかっていても。学歴社会のこの国で、将来不利になると理解していても。

 

 悠にとって中学を卒業した後の入学先は、『ナイトレイヴンカレッジ』だけにしたい。誰にも言えない、悠にだけわかるこだわりだった。

 

 ある日、研究の成果である再現した変化薬──猫の耳としっぽが生えるだけで、獣人になるわけではない──の試作品が入った試験管を月にかざしながら、悠はため息をついた。

 問題なく錬金したはずなのに、想定した反応も色の変化もないためだ。魔力を含んだ月の光にかざしたり、作成完了から一定の期間をおけば何か反応しないかと悠は考えたが、まさか全くなにも変化がないとは。

 

 後は怪我を覚悟で自分に使用することも検討し、香りの変化はないかと試験管の蓋であるゴム栓を抜いた時、横から突然現れた人物にぶつかって悠はよろめいた。

 

「ッ、すまん!」

「あっ」

 

 人影は悠にぶつかったことを謝罪したが、悠の口からは同じような謝罪は出てこなかった。──手を離れてしまった、試験管の行方を目で追っていたので。

 

 悠の手を離れた試験管は弧をえがき、悠の目線の先に落下していく。──謝罪の言葉を投げた人物が、走っているところへ。

 

 ぱしゃん、という音と共に、魔法薬が頭にかかったのだと思う。断言できないのは、走っていたはずの人影が、服を残していなくなったからだ。

 

 目の前の現象に息を飲み、だらだらと背中に汗をかきながら、悠はこわばった顔で残った服の元に歩み寄る。自分はいったい何の魔法薬を作成したのか、先ほど浴びた人物は無事なのか──まだ、命はあるのか。

 

 見知らぬ人に魔法薬を浴びせてしまったことを含めて、想定外に過ぎた。たどり着いた服の塊の傍にしゃがみ込むと、なにやらもぞもぞと服の下で動いている。小さくなる薬が完成していたのかと、もがいているであろう被害者が出てこれるように手伝っていると、三角の黒いものが見えた。

 

「え?」

 

 服の塊から出てきたのは、尖った耳と灰色が混ざった青のまんまるの目。全身黒の体躯に、ぶわっと毛が逆立っている細長いしっぽ。──どこからどう見ても、猫だった。

 

『……巨人?』

 

 惚けていた悠の意識を元に戻したのは、目の前の猫から発せられたつぶやきだった。成人男性から猫サイズにまで突然縮めば、悠はさぞ巨人に見える事だろう。猫の目を見て、悠はゆっくりと首を横に振る。

 

「いいえ、貴方が小さくなっているんです。いいですか、落ち着いてご自分の両手を見てください」

『両手?』

 

 男性はまだ現状を認識していないようで、悠の促しに素直に視線を下げる。──両手を確認するように促して視線を下げるとは、体の動かし方の意識がすでに猫のものになっている。変身薬としては成功と言えるが、偶然できた薬というのが頭が痛い。解除薬作れるだろうか。

 

『俺の手はどこに……?』

「そこです。その黒いモフモフとした小さなあんよが貴方の両手です。──はっきり言いますよ、貴方は、今、猫になってます」

 

 自身の前足を見て呆然とした猫になった男性に向かって、悠は心底真剣な顔で通告をした。

 

 

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