トリックスターの歩む道   作:保泉

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ひっそりと、暗躍

 

 全員で夜食のスープを食べた後、まだ満たされていなかった僕のお腹のため、冷凍ご飯でリゾットを作って、それもまた全員で完食した後、改めて今後の話し合いが開始された。いや、話し合いまで長かった。あそこまで音を鳴らさないでもよかったじゃないか、僕のお腹の虫よ。安室さんと飛田さんは肩を震わせていたし、緑川さんは噴出したし……お昼食べてなかったんです。

 

 今までのらりくらりとはぐらかされていた僕は、ようやく緑川さんの事情を聞くことができたのだけど……多分、いろいろ伏せて話されたのだと思う。それでも、十分内容は不穏だったけれどね。

 緑川さんが犯罪組織に命を狙われて、逃げている途中に僕にぶつかったこと。緑川さんの職場のメンバーの中に、犯罪組織の息がかかった下手人がいる可能性があるため、僕の家でしばらく緑川さんを預かってほしいこと。

 

 ねえ、これを聞いて断れる一般人っているかな? お兄さん達は光属性だというのに押しが強い……違った、光属性は押しが強いのは当然だった。ルーク先輩もカリム先輩も、輝く笑顔で言われるとひどく断りづらかったなぁ。まあ、快く了承はしたけどね。

 

 明日になれば飛田さんが、緑川さんの洋服などをここまで持ってくるそうで、今日のところは二人は職場に帰るようだ。戻る先が家じゃない、というところに僕は彼らの職場のブラックさを感じた。お勤めご苦労様です。

 

 一階の部屋はすべて掃除しているので、僕の部屋の103号室以外の、好きな場所を選んでくださいと緑川さんに伝える。彼は玄関側の角部屋、102号室を選んだ。僕も緑川さんも、今日は色々あってとても疲れていたので、早々に部屋に入って寝ることにした。

 よーし、明日からちょっと大変だぞ。

 

 

* * *

 

 

 次の日、悠はいつも通り朝の五時に起床した。隣室に響かぬようにいつもよりそっと自室のドアを開け閉めしてから、彼はキッチンへ移動する。悠はざるを取り出して米を二合研ぎ、水につけるまで準備をしてから浴室でシャワーを浴びた。

 手早く着替えて髪をドライヤーで乾かした後、水を吸った米を鍋にセットして炊飯を開始する。味噌汁の具に小松菜と油揚げを選択し、作り置きのニンジンの金平とボイルしたウインナーが一人二本。だし巻き卵と白菜の漬物など、おかずを小鉢に盛り付けてから、悠は緑川を呼びに部屋のドアをノックした。

 

「おはようございます、緑川さん起きていますか」

「──ああ、起きてる。おはようございます」

「ご飯できてますから、顔を洗ってからキッチンまできてくださいね」

 

 室内からは、少しだけ疲れたような緑川の声が聞こえてきた。やっぱりよく眠れなかったかと、悠は眉間にしわを寄せ、困った表情を浮かべる。彼にとっては命を狙われた直後な上に、昨日会ったばかりの人物の家に泊まっているのだから、仕方ない事なのだろう。

 日中様子を見て、酷ければ今日は安室か飛田に一緒に泊まるよう、勧めることも必要かもしれない。彼らが荷物を届けに来た時に相談することを、悠は脳内メモに書き込んだ。

 

 悠が炊き立てのホカホカごはんをよそっていると、緑川がキッチンに入ってきた。一人用の木のトレーに盛られた朝食を見て、うまそう、と緑川が目を輝かせた。

 

「久しぶりの真っ当な朝食だー」

「ありあわせですけどね。普段何を召し上がりに?」

「……朝は栄養ブロックとか。料理はできるんだけど、気力がなくてね」

 

 はは、と空笑いをする緑川を見て、悠はそっとほうれん草の白和えを彼のトレーに追加する。冷蔵庫を開けて他にも作り置きのおかずを追加しようとする悠を、もう十分だと緑川が慌てて止めた。

 

「流石に一度に大量には食べられないから、もう増やさなくて大丈夫!」

「確かに、減った食事量はすぐに増やせませんからね。少しずつ頑張りましょうね」

「いや、オレ病人でも何でもないんだけどな……?」

 

 緑川への食育を決意している悠の正面で、眉尻を下げて目を泳がせる緑川は、猫化は病気に入るのだろうかと内心首を傾げていた。

 

 

* * *

 

 

「え、弁護士にならないの?」

「はい」

 

 美味しい食事をゆっくり堪能し、食後の緑茶を飲みながら本田さんと話していると、彼の進路についての話になった。本田さんは今十八歳で、司法試験に合格済みで司法修習も受けていたが、名簿には登録しないと言った。え、そこまでやったのに勿体なくないか?

 

「法律を学んだ証拠みたいなものが欲しかっただけなので、仕事は別のものをするつもりです」

「それで弁護士の道を捨てるのも凄いな。別の仕事って?」

「万屋……いわゆる便利屋ですね。それ目指してます」

 

 いろいろ使える資格も取っているんですよ、とニコニコとした笑顔で本田さんは資格の合格通知を見せてくれた。第二種電機工事士にドッグトレーナー等、趣味も兼ねてと言ってはいるが……彼、司法の研修受けながらコレ取ったんだよな。

 最近暇になりました、とかさっき言っていたが、これだけ過密なスケジュールで何かしら勉強をしていれば、暇になったと思うだろうね。うわ、小型飛行機免許の合宿のパンフレットもある……いや、コレ便利屋で使わないだろ?

 

 そのあとは、本田さん──名前でいいと言われた──悠君に、この屋敷内を案内してもらった。キッチンの横のダイニングルームに、隣接した応接室。食糧庫に家庭菜園、二階の図書室なども回ってみたが、一人暮らしとしては当然だが、家族で暮らしたとしても部屋の数が多い。

 

「ああ、それはこの家は海外で学生寮だったんですよ」

「へえー」

 

 疑問に思って聞いてみれば、悠君はメレンゲを泡立てる手を動かしたまま、答えてくれた。今日のおやつにマカロンを作るらしい。今日の朝食も先ほど食べた昼食の魚介のスープスパも美味しかったし、悠君料理上手なんだと思っていたけれど、どうやらスイーツも作れるそうだ。オレもお菓子までは手を出したことないなぁ、あっても牡丹餅くらいだ。

 

 なお、折角なので、オレも一緒にマカロン作りに参加している。現在はチョコレートクリームを作るため、温めた生クリームにビターチョコレートを割り入れているところだ。久しぶりにまともにキッチンに立つが、チョコレートの良い香りに少し頬が緩んでくる。他にもバニラ味に抹茶味、ストロベリー等も作成すると聞いた。大量に作っても、知人や近所の住人におすそ分けするので余らないようだ。

 

「もう使用しなくなった寮を移築して、改装したそうです。巡り巡って僕の家になってますが」

「移築! 凄いな、一から建てた方が安かったんじゃないか?」

「絶対安いですよねぇ」

 

 どこにでも物好きはいるってことです、とグラニュー糖を随時入れながら手を止めない悠君。お菓子作りにとても慣れを感じる。将来の目指す先がパティシエでもないんだよな? まじまじとその手つきを見ていたら、趣味なので、と笑われた。

 

「緑川さんは、料理なさると朝おっしゃっていましたが」

「うん、料理は昔からやっていたからね。これでも時間があった時は、外で食べたものの再現とか挑戦してたんだぞ?」

「再現料理ですか! わあー、僕は先輩からレシピを教わったものばかりなので、そういうことはしたことないんです。ほぼ洋食ばかりですし」

 

 キラキラとした目で俺を見てくる悠君。なんかすごい眩しい。純粋な尊敬の念に、潜入生活でささくれたオレの精神が凄い癒される。ゼロから昨日渡された臨時の携帯で、同期たちが悠君の料理を求めて度々訪問しているのは教えられていた。が、この可愛い年下の青年を構うことも、目的なのかもしれないとオレは納得した。

 

「じゃあ、今日の夕飯はオレが作るよ。ファミレスの再現料理だけど、どこの店か当ててみて」

「なんと。ふふ、楽しみですね」

 

 楽しそうな悠君は、なんというか、全力で人生を楽しんでいるみたいだった。巻き込んだのか、巻き込まれたのかわからない出会いだったけれど、彼との相性もいいのか付き合いやすいし、良い出会いだったのではないかとオレは思った。

 

 ちなみに、夕飯は某ハンバーグ専門のファミレスを再現したが、残念ながら悠君がその店自体を未経験だった。あー、しまったなぁ。でも喜んでくれたから良しとしよう。

 

 

* * *

 

 

 カツンカツン、と靴底が地面に当たる音が狭い路地に響いていた。月の光が射しているとはいえ、ビルに挟まれた路地には十分な光が届かない。そこを好んで歩く人物にとっては、正体を隠すベールとなるため、都合がよい場所であった。

 

「スコッチを逃がしたそうで」

「──バーボンか」

 

 足を止めた金髪の青年──バーボンは暗がりに佇む一人の男に声をかけた。やや癖のある長い黒髪とニット帽を被った男は、バーボンに視線を向けることなく、咥えていた煙草に火をつけた。徐に煙を吐き出す姿に、バーボンは苛立った表情を浮かべた。

 

「貴方らしくもない不手際ですね。犬一匹見つけられないとは」

「まあ、自爆した割には公安警察も優秀だったということだろう」

 

 男は、火が着いたタバコを咥えたまま、その場でしゃがみこむ。地面に落ちていた其れを手に取って立ち上がり、月明かりに翳した。ライに近づいてきたバーボンも、光が当たって輪郭が分かった其れを、眉をひそめて見る。

 

「それは時計ですか──スコッチのものに似ていますが」

「おそらく本人のものだ。この経路は途中までヤツが通ると予測していた場所だからな。──ただ」

 

 追われている際に腕時計をわざわざ外す理由とは。男は──ライはその不可解な疑問が、彼が自身から逃げ切ったヒントだろうと直感していた。スコッチの所属が日本の公安だと情報を受け取っていたため、彼の同僚か協力者が手を打ったのだろうと判断する。

 

「足を使っての追跡は此処までだ。後は防犯カメラやら本人の携帯のハッキングやら……俺の専門外でね」

「──おい、僕に丸投げか?」

「アンタは探り屋だろう、お仕事の時間だぞ?」

 

 ライは時計をバーボンに向かって投げると、路地の奥へと歩いていく。受け取ったバーボンは舌打ちをすると、時計をハンカチで包み、上着のポケットに入れ、ライと反対方向に歩き出す。

 その場に残されたのは、一部始終をじっと見ていた──一匹の黒猫のみ。

 

 

* * *

 

 

 静かな寝息が聞こえる部屋の中、ベッドで眠る人物──緑川を、淡く光を帯びた魔法陣と、宙に浮かんだ実体のないモニターが照らし、ぼんやりとその寝顔を浮かび上がらせている。

 

「──うん、よかった。未完成の魔法薬を浴びた割には、後遺症がほとんどない」

 

 緑川に充てられた部屋で、悠は次々とモニターを操作し、表示されたデータを確認していく。

 魔法薬というのは非常に作成が繊細で、新薬など研究が進んでいないものについては、たとえ希望した効果があったとしても、予期せぬ副作用があるものが多い。NRCで習う魔法薬のレシピは、過去の魔法士達が研鑽し、副作用がとても小さく抑えられたものばかり。学生の作った完全な新薬など、普通の魔法学校では怖くて試すことすらできない、とは教師のクルーウェルの言葉だった。

 

 まあ、NRCは思いっきり学生に新薬作らせて、飲ませていたが。優秀な教師のフォローが完璧であるが故に、身をもって危険を体験させているのだろう、と悠は好意的に思い込もうとしている。

 

 緑川は奇跡的に副作用による後遺症は、魔導スキャンにおいては見受けられない。悠は安堵の息を吐き、モニターの一つを指で呼んで近くまで移動させた。

 

「あとは、栄養素の不足が何種類かと、不眠かな。食事はこれから改善できるからいいとして、不眠はどうするかな……」

 

 魔法薬の被害にあった彼に、悠から薬を渡したとして、素直に服用するとは到底思えなかった。服薬ではなく、香による間接的な緊張の緩和を目指した方がいいか、と悠はパチリと指を鳴らした。

 途端、魔法陣やモニターが消え、再び部屋が暗闇に包まれた。 『使い魔』の感覚共有も停止させ、片目に映し出されていた別の映像が消える。

 

 悠は、そっと緑川の顔を覗き込む。悠の魔法によって眠らされている彼が起きることはない。あと30分もすれば魔法も解け、自然な眠りに移行するだろう。

 

「おやすみなさい、良い夢を」

 

 微笑みながら緑川の頭をひと撫でし、淡い紫色の燐光を残して、悠の姿は部屋の中から消えた。

 

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